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2012/10/28「うれしはずかし文化的初体験」 アーカイブ


2012年10月28日Part0(予告編)「うれしはずかし文化的初体験」

ustream_life201210.jpg

今月のLifeは

「うれしはずかし文化的初体験」

2012年10月28日(日) 深夜25:00~28:00 (=月曜1:00~)



※再生できない場合は、個別ページTBSラジオクラウドにてお聞きください。
※最新エピソードはユーザー登録なしでお聴きいただけます。

出演:速水健朗、斎藤哲也、佐々木敦、さやわか、大串尚代
海猫沢めろん、塚越健司、常見陽平、西森路代ほか

予告編の出演:速水健朗、斎藤哲也、矢野利裕、ディレクター久保田聡平、
リスナー永江さん、寺澤さやか、長谷川裕P(黒幕)

Ustreamによる動画生中継も行います⇒ http://ustre.am/lrQf
(オフエア時はスライドショーを表示しています)

※インターネットでラジオを聴くラジコではラジオをお持ちでない方も
パソコンで音楽も含めて放送と同じものが聴けます(エリア内のみ)。
スマホの方はラジコアプリをご利用ください。

======

速水健朗です。

今月のLifeは、久々に"文化"寄りのテーマで行きたいと思います。

さて、僕はいま38歳ですが、僕よりも大体10歳くらい上の世代の人に、
『ビックリハウス』に影響を受けたんだよねという話を聞くことがあります。
『ビックリハウス』は、萩原朔美さんが編集長で、糸井重里さんが
『ヘンタイよいこ新聞』の連載をしていた雑誌で、中身は読者投稿が中心。
まだ一般人だった大槻ケンヂさんが投稿していたなんていう、とおりいっぺん
の知識は持っていますが、どうおもしろかったのかは、正直ピンと来ません。

こういうものは、同時代に摂取しないとわからない空気的なものなんだと
思います。そんなに部数が出ていたわけではないけれど、影響を受けた人たち
がその後メディアをつくる側に回り、それを語り始めたということなんでしょう。

僕の時代にそんなメディアがあるかというと、これは予告編のポッドキャストで
話したように、やっぱりありました。元切込隊長の山本一郎氏やライターの
九龍ジョーさんら同世代には、元『ログイン』読者というだけで話が通じる
ところがあったり、電気グルーヴのオールナイトニッポンを聞いてたという
同世代が多かったり。これがあと10歳若いアラサー世代なると、伊集院光さん
や爆笑問題のラジオがそういう存在だったという話を予告編の中でもしました。

おそらく、その世代に特別な影響を与えたメディアや番組(または作品や作家)
はいつの時代にもあって、当時のその市場規模以上に、次世代に影響を与え
続けてきているんだと思います。また、それは他の世代からは見えない、
理解されにくいものだったりするんです。きっと。

というわけで、今月のLifeのタイトルは「うれしはずかし文化的初体験」。

リスナーの皆さまからは
いまの自分を形作るきっかけとなった文化的な体験を教えてください
というテーマでメールを募集します。皆さんがいまの自分になるうえで決定的な
影響を受けた本、漫画、雑誌、テレビ・ラジオ番組、アニメ、音楽、ゲーム、
映画、人物との出会いなどなどについて、ぜひ教えてください。

このテーマで、僕が知りたいのは、みなさんにとっての、『ビックリハウス』や
『ログイン』的なものは何なのかということです。それを集めていくうちに、
世代的な共有、または断絶などが見えてくればおもしろくなるでしょう。

さらに、掘り下げられればいいなと思っているのは、そういう存在のメディアや
作品が、どういう機能を持ち、なぜそういう存在になり得たのかについてです。
さらには、自分たちがいま、そういうメディアや作品をつくることができるのか
についても考えてみたいですね。

というわけでメールお待ちしています。10月28日(日)深夜1時にお会いしましょう。

life@tbs.co.jp

メールはぜひお早めに(できれば前日までに)よろしくお願いします!
年齢や職業、お住まいの地域などもお書き添えください。

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2012年10月28日Part1「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
IMG_2699.jpg
       斎藤哲也さん             速水健朗さん              
 

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○みんなの文化的初体験
・文化的には奥手、予備校デビュー(斉藤)
・ラジオっ子的原点はアメリカングラフィティ、ハワイアンドリーム(速水)
・アメリカを意識したきっかけは少女漫画とハリウッド映画(大串)
・ビックリハウスとか好きでした(さやわか)
・僕はニューウェイブかぶれかぶれ(さやわか)
・アイドル大好きなんですよ...アイドル初体験はモー娘。(塚越)
・その時代ごとのムーブメントには毎回騙されてた(海猫沢)
 →その中でもメインじゃないジャンルに引っかかる(海猫沢)
・馳星周の『不夜城』から、気付けばサブカルへ(リスナー)
・高校2年生、1998年に参加したフジロックが文化的初体験(リスナー)
 →大人の世界に入ったうれしはずかし感(速水)
・一見普通の小説の中にある暴力や性との出会い(斉藤)
 →立花隆の『宇宙からの帰還』でソロ活動...(斉藤)
・僕の場合は西村寿行...一見普通のミステリと思いきや(速水)
 →偶発的な、事故のような出会い(さやわか)

○Yaoiの祭典初体験
・サンフランシスコでのヤオイコンに行ってきました(大串)
 →アニメ上映、コスプレ、日本らしく書かれた同人誌...(大串)
 →ノベルゲームとかも日本らしくなりますよね(さやわか)
 →かたわ少女とかですね(海猫沢)
・日本ではやおいってあんまり言わなくなりましたね(佐々木)
 →やおいは二次創作、BLはオリジナルが中心(大串)

            text by Life助手;今野夏希

○参考URL

・Yaoi-Con
 http://www.yaoicon.com/


○Life関連アーカイヴ  

・2009/01/25「未知との遭遇」
(佐々木敦、さやわか、吉田アミほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/2009125/

・2007/08/26 「ひと夏の思い出」
 http://www.tbsradio.jp/life/20070826/


参考資料&選曲↓
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131415


このパートでかけた曲

●山下達郎 "アマポーラ"(速水さん選曲)

●Frank Zappa "Vally Girl"(佐々木さん選曲)


BGM↓
●The Jam "Absolute Beginners"

●NRBQ "First Sounds"

●Spencer Doran "First of All"

●XTC "Love At First Sight"

●Chet Baker "Happy Little Sunbeam"

●The Beatles "I'm Happy Just To Dance With You"



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2012年10月28日Part2「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
IMG_2684.jpgのサムネール画像 DSCF2029.JPG
         大串尚代さん             佐々木敦さん



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○ラジオっ子たちの文化的体験
・ラジオでかかる曲をラジカセで録音していた(大串)
・当時、サウンドストリート(NHK-FM)が好きだった(大串)
 →高校生で音楽を聞き始めたきっかけはサウンドストリート(佐々木)
・山下達郎は好きだけれどジェームス・ブラウンはあまり...(大串)
 →好きな人が影響を受けた物が理解できないこともある(さやわか)
・FMステーション、FMファン...エアチェック時代(リスナー)
 →僕はアニラジグランプリ(塚越)
・音楽の入り口はNHK-FMのミュージックスクエア(リスナー)
 →田舎過ぎて他のFMは聞けなかった(リスナー)
・中学生で気取ってFMに入る奴となんとなくAMに入る奴(塚越)
・修学旅行でみんなが枕投げをしている中、ラジオを聞いていた(塚越)
 →当時のアニメやラジオの地域格差(海猫沢)
・山に登ったらエヴァが見られる!(海猫沢)
・北海道ローカルの「会員制ラジオ番組うまいっしょクラブ」(さやわか)
・文化的初体験はラジオ!AM,FM問わずたくさん聞いた(リスナー)

○オールナイトニッポン(ANN)の思い出
・ANN二部での伊集院光人気(速水)
・僕にとっての伊集院さんは自虐を笑いにするイメージ(塚越)
・文化的初体験はまぎれもなくANN(リスナー) 
 →電気グルーヴ、フリッパーズ、大槻ケンヂ等にハマった(リスナー)
 →ネットを介して昔の文化に影響を受ける人が多いのでは(リスナー)
・ANNの洗礼はわたしも受けました(常見)
 →ANN一部に大抜擢されたシンデレラボーイ大槻ケンヂ(常見)
・サイキック青年団は外せない(塚越)
 →サイキックミーティング行ってました(海猫沢)

○大槻ケンヂの影響
・エログロの江戸川乱歩との出会い(常見)
・ラジオって、更衣室で先輩の童貞喪失話を聞いているような...(常見)
 →1対1で語るような、ラジオの感覚(速水)
・オーケンによってメンヘル系の人にも光が当たったのでは(西森)
・自分のルーツを探ろうと思ってオーケンを読み直した(海猫沢)

             text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイヴ  

・2007/01/06 「ラジオ」
 http://www.tbsradio.jp/life/20070106/

・2010/02/28「小沢健二とその時代」(磯部涼、芝浦慶一ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20100228/

・2010/03/28「ライブメディアの現在」(濱野智史、そらのほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20100328/

参考資料&選曲↓
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このパートでかけた曲
●筋肉少女帯 "暴いておやりよドルバッキー"(海猫沢さん選曲)



BGM↓
●Moacir Santos "Haply-Happy"

●Friends "The First Day Of Spring"

●Morphine "Shame"

●Flipper's Guitar "Happy Like a Honeybee"

●The Who "Happy Jack"

●Mike Randle "Glad Yer Gone"




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2012年10月28日Part3「うれしはずかし文化的初体験」

IMG_2798.jpg IMG_2886.jpg
      さやわかさん                   塚越健司さん
   


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○オカルトの時代
・中野ブロードウェイがルーツ...未確認生命体や古銭(リスナー)
・自分の周囲にはつまらない奴しかいないという気持ち(リスナー)
 →それを代弁してくれた大槻ケンヂ(リスナー)
・初体験からどこかへ繋がっていくのか?ということ(速水)
・80年代後半流行の前世症候群...月刊ムーの投書から(海猫沢)
 →『僕の地球を守って』の影響(海猫沢)
・スピリチュアル系というと『ガラスの仮面』(大串)
 →ホラー風に描かれるマヤの演技(大串)
・土着的なアングラから、先端幻想的なポストモダンへ(佐々木)
・90年代サブカルとアングラが拮抗していた80年代オカルト(佐々木)
・超常的なものに対する憧れとカルト宗教(佐々木)

○エヴァがもたらした衝撃
・新世紀ヱヴァンゲリヲンで失われた文化系童貞(リスナー)
・アニメを深夜にやっても視聴率がとれるとわかった出来事(速水)
・作中にちりばめられているオカルト(速水)
・エヴァを見ていたときの感覚が今になって甦る(塚越)
・ヱァンゲリヲンが出発点だという人は物凄く多い(佐々木)
・最終回をどう受け取っているか(佐々木)
 →僕はテレビ版の最終回に共感した(塚越)
・文化的初体験はコミックボンボン、そこからスパロボへ(リスナー)
・エヴァからオタクの世界や批評の世界を知った(リスナー)
・この辺りからネットに流れ始めるんですね(斎藤)
・エヴァではなくナデシコからアニメに入った(リスナー森さん)
 →ナデシコは80年代アニメの総決算(塚越)

○作品とデータベース、自我の問題
・アニメや映画のコミカライズが好きだった(リスナー)
・作品と同時に背景も楽しむ...今で言うメディアミックス(リスナー)
・資料があるから批評することができる(速水)
・作品が手に入りやすくなったことで薄れていく意味(さやわか)
・外側に未知なものがあった、外に行くという憧れの時代(佐々木)
 →膨大な情報のストックやアクセスが可能になった90年代(佐々木)
 →ゼロ年代の<私>の問題へ(佐々木)
・エヴァのサブタイトルに出てくるフロイト的な用語(大串)

             text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイヴ  

・2009/07/12「ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破」(稲葉振一郎ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20090712/

・2009/09/13「『ニッポンの思想』をめぐって」(佐々木敦、小林浩ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20090913/

・2007/02/17 「『叫』~黒沢清監督を迎えて」 (黒沢清ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20070217_kurosawa/


参考資料&選曲↓
123

456

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このパートでかけた曲
●SKE48 "狼とプライド"(塚越さん選曲)


BGM↓
●G. Love & Special Sauce "Shy Girl"

●Talking Heads "Happy Day"

●Bash & Pop "First Steps"

●Stackridge "Happy In The Lord"

●Gary Valentine "The First One"

●The Rolling Stones "Happy"



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2012年10月28日Part4「うれしはずかし文化的初体験」

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       常見陽平さん               西森路代さん



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○世代と作品
・情報のスピード、理解力が上がってきた現代(リスナー北村和孝さん)
・形は変わりつつも、ユーザーとメディアの関係性は変わらない(北村)
・ニコ動のようなサブ・サブカルの発展(北村)
・ここ数年のアニメ映画は続編やリバイバルなどばかり(charlie)
 →文脈を知らないと楽しめないような作品が多い(charlie)
 →若い世代は自分たちの世代の作品を求めていたのでは(charlie)
・今どきのアニメ体験もできるだけ多くの人と体験したいもの(charlie)
・文脈が無くても楽しめるようになっているエヴァ、AKB...(さやわか)
 →様々な層が「自分のために作られている」と感じられる(さやわか)

○メディアと共通体験
・自分達の時代と文化的初体験の次元が異なる(速水)
・雑誌やラジオではなく、インターネットを参考にした(リスナー)
 →尾崎豊好きから60年代ロックが好きな若年寄に(リスナー)
・インターネットは膨大なアーカイヴへの入口(リスナー)
・遡っているという意識があまりない、順序関係のない体験(佐々木)
・メディアの変化と選択肢が増えたということ(常見)
・高校に入るくらいまでは共通体験が存在した(常見)
 →中学生くらいまではCDTVが共通体験だった(塚越)
・お笑いブームや韓流ブームがよい逃げ場になった(リスナー)
 →全体性をぎりぎり担保できるお笑い(さやわか)
・お笑いブームからK-POPにいっている人が多い(西森)
 →K-POPのネタ的消費(西森)
・ルールがなくなった世の中であえてルールを設定して楽しむ(さやわか)

             text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイヴ  

・2012/01/22「何のためのアーカイブ?」(五十嵐太郎、濱野智史ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20120122/

・2011/12/25「文化系大忘年会2011」
 http://www.tbsradio.jp/life/201112252011/

・2010/04/25「様々なる定番」(片桐仁、前島賢、前田久ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20100425/

参考資料&選曲↓
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このパートでかけた曲
●Kirche "五月はベリルの風をつれて"(大串さん選曲)


BGM↓
●The Lotus Eaters "The First Picture Of You"

●Guided By Voices "Glad Girls"

●Lily Allen "Shame For You"

●Kokomo "Happy Birthday"

●Bodysnatchers "Too Experienced"

●Van Morrison "Glad Tidings"



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2012年10月28日Part5「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
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               海猫沢めろんさん


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○雑誌の影響力
・初体験は小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』(リスナー)
 →あのゴー宣の作者がなぜAKB48に...(リスナー)
 →彼がネットの右傾化に与えた影響(リスナー)
・SPA!をサブカルだなぁと思いながら読んでいた(リスナー)
 →90年代のSPA!のサブカル批評は濃かった(速水)
 →中森明夫と小林よしのりの連載が与えた影響(佐々木)
・雑誌が与える影響力が失われていると考えざるをえない(速水)
・雑誌ならではの"雑"、ノイズの部分が失われつつある(さやわか)
 →広告が入ることでできていた余裕(さやわか)
・カタログ雑誌はほぼネットと携帯に代替された(佐々木)

○メディアと参加
・ビックリハウスと宝島のプレセンス(佐々木)
・雑誌が提供していたロールモデル(さやわか)
・参加できるメディアとしての雑誌(佐々木)
 →ロッキング・オンも投稿雑誌(佐々木)
 →インターネットを先取りしていたのでは(速水)
 →デイリーポータルZはその流れ(斉藤)
・アニメージュ、アニメディア、ニュータイプ...三大アニメ誌(海猫沢)
 →ファンロードは投稿型、コミケの雑誌版(海猫沢)
・元々はサブカル誌だった月刊OUT(さやわか)
・時代を切り取る雑誌の雰囲気(さやわか)
・雑誌は今で言うとハッシュタグのようなもの(常見)
 →今は個人が雑誌化している(斎藤)
 →ジャンルを横断する東浩紀(斎藤)

            text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイブ

・2008/05/11「雑誌」(藤井大輔ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/2008511/

・2006/11/18 「糸井重里さんを迎えて」
 http://www.tbsradio.jp/life/20061118_itoi/

参考資料&選曲↓
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このパートでかけた曲
● "スペースハリアーのメインテーマ"(さやわかさん選曲)



BGM↓
●Tim Buckley "Happy Time"

●The Jesus & Mary Chain "Happy When It Rains"

●Michael Franks "I Don't Know Why I'm So Happy I'm Sad"

●Paul Westerberg "First Glimmer"

●Roy Wood "Oh What A Shame"

●Ben Lee "Begin"



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2012年10月28日Part6「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋

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       佐々木敦さん                 西森路代さん

IMG_2790.jpg IMG_2823.jpg IMG_2840.jpg IMG_2835.jpg
  森立真さん       遠藤健さん     嘉島唯さん     今野夏希さん


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○出会いと共有
・Lifeを知ったきっかけは濱野さんのツイート(リスナー遠藤さん)
 →濱野さんとの出会いは演劇に関するシンポジウム(遠藤)
 →演劇と濱野さんを接続した人の存在(黒幕)
 →情報伝達が俗人的になっている、人のメディア化(さやわか)
・雑誌などでの共通体験を同年代と感じたことが無い(Life助手今野)
 →インターネットでの人との出会い(今野)
 →きっかけが無数に増えている(黒幕)
・みんなで盛り上がれた最後の世代かな(リスナー嘉島さん)
 →常見さんも最後の時代って言っていた(速水)
・SNSが普及したくらいからみんなばらけていった(嘉島)
・同時的な、共有できる体験があるかどうか(速水)
・センスを共有できるかどうかで仲良くなれるか決まる(西森)
 →センスに限らず何か共有できればいいのでは(さやわか)
・みんなで「バルス」って言えればいいんじゃないか(さやわか)
 →作品の楽しみ方の変化(さやわか)

○参加の欲望と孤独
・初体験してどうなるか問題(佐々木) 
 →孤独から解放されるか、孤独を深めるか?(佐々木)
・孤独感から参加の欲望へのシフト(佐々木)
・僕は文化と出会って孤独を深めた方(佐々木)
 →そういう文化や人の側に組してきたし、今後もそうしたい(佐々木)
・僕は逆に、みんなで共有している作品が好きかもしれない(速水)
 →それでも理解の仕方が異なり感じる孤独(速水)
 →メジャーマイナーと孤独の問題は一致しない(佐々木)
・共通体験が持ちにくいからひとまず「バルス」で始める(さやわか)
 →共通体験持てなくてもよくね?(佐々木)
・潜れるということをもっと評価してもいい(塚越)

            text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイブ

・2010/03/28「ライブメディアの現在」(濱野智史、そらのほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20100328

・2007/06/17 「若者文化(ユースカルチャー)」
 http://www.tbsradio.jp/life/20070617/


参考資料&選曲↓


BGM↓
●Lilys "The First Half Second"

●Phil Parnell "Happy Jig"

●Rumer "It Could Be The First Day"

●Nick Drake "One Of These Things First"

●Sunaga t Experience "Theme From Sunaga 't Experience"

●Allen Clapp "Happy To Be Sad"



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2012年10月28日Part7(外伝1)「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
DSCF2042.JPG



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○文化系初体験としてのOlive
・同年代の文化系なら通る道、Olive(西森)
・Oliveとの出会いは中2ごろ(西森)
・ファッション誌にはまだ手を出しちゃいけないと思った(西森)
 →当時はもっと大人向けだったファッション誌(速水)
・Popteenは性の匂いがした(西森)
 →総合誌的な感じだったOlive(大串)
・印象に残っているのは山田詠美の『放課後の音符』(西森)
・衝撃的だったのは、子供向けに限らない漫画紹介(大串)
・ユリイカと一緒に買って違和感の無いマリ・クレール(大串)
 →ファッション雑誌というよりは文化雑誌(大串)

○"雑"という役割
・雑誌の"雑"の部分がラジオっぽい(常見)
・グラビアで売れてしまう、コラムが失われつつある(速水)
・雑誌に何を期待しているのか(常見)
・失われた"雑"の接続の部分(速水)
・ビックリハウスのへんたいよい子新聞に受けた衝撃(リスナー)
 →ゼロ年代のインターネット文化を先取りしていた(リスナー)
・広告が取れず好き放題やってクオリティを上げた雑誌(さやわか)
・内輪向けだった80年代メディアの態度(速水)
 →つながりの可視化(速水)
 →その内輪感をうまく利用している津田マガ(常見)
・センスの共有も行なわれていた(さやわか)
 →それを雑誌で行なったのが糸井重里(さやわか)

○アニメと批評
・キャラ萌えするから駄目だと言われる第三世代(海猫沢)
 →まさに動物化世代(速水)
・文化的敷居が高くなっている?(常見)
 →むしろ逆ではないか(さやわか)
・キャラの役割さえ理解できればいい東方プロジェクト(さやわか)
 →Type-Moonの作品もある...多様化している(海猫沢)
・求められているのはキャラの関係性(さやわか)

○アイドルとユーザー
・アイドルを見るときも関係性を重視している(西森)
 →ももクロも結局は関係性消費(さやわか)
・ももクロ内で流行ってるのは「水」!(海猫沢)
 →よくわかんないけどとにかくイチャイチャしてる感(海猫沢)
・一生懸命文脈を表現しようとする所から溢れ出す関係性(さやわか)
・結局、こちらが求めていることを無意識に表現している(海猫沢)
・ユーザー発信で作っていくアイドル、制服向上委員会(塚越)
 →AKBもユーザー型(塚越)
・今のアイドルはユーザー型が前提(さやわか)
 →全員が受け手であり送り手である俗人型メディア(さやわか)

            text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイブ

・2008/05/11「雑誌」(藤井大輔ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/2008511/

・2006/11/18 「糸井重里さんを迎えて」
 http://www.tbsradio.jp/life/20061118_itoi/

・2011/11/27「ゲームと社会設計」
(米光一成、濱野智史、井上明人、神里達博ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20111127/

参考資料↓
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2012年10月28日Part8(外伝2)「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
IMG_2776.jpg IMG_2771.jpg
     大串尚代さん&さやわかさん           常見陽平さん

IMG_2907.jpg IMG_2893.jpg
      Life助手:ナッキー今野        観覧リスナー酒井さん



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○みんなの一人映画体験
・初、一人映画...「ソーシャルネットワーク」(リスナー)
 →思い立ったら行ける、見終わった後に一人で浸れる(リスナー)
・みなさんの初めての一人映画体験は?(リスナー)
・映画のコミュニケーション消費(速水)
・あまり自分が好んだものを人と共有しようという気にならない(大串)

○共有したい欲求
・一人で楽しむものだったラジオ(リスナー酒井さん)
 →Twitterができてからみんなで楽しめるようになった(酒井)
 →みんなで言う「こんばん天~」の楽しさ!(酒井)
・リスナーオフ会に行ってもなかなか話せない(酒井)
 →共有したいモチベーションはあるのに孤独化(速水)
・かみ合わないまま終わったLOUDNESSファンの集い(常見)
・ムーで文通相手を募集したらオウム真理教の勧誘が来た(海猫沢)
 →「植物と話せます」という相手に対して「森と喋れます」(海猫沢)

○文化系宣言=ロック?
・1997年の香港返還からのウォン・カーウァイの流行(西森)
 →文化的初体験としての香港映画(西森)
・初一人映画は「愛の流刑地」(Life助手今野)
 →ちょっと背伸びした感覚+人と共有できない孤独感(今野)
 →「うれしはずかし」というキーワード!(常見)
・北方謙三「ソープへ行け!」、矛盾と書いてソープと読む(常見)
・その体験を自分で引き受けるという通過儀礼(さやわか)
・「ドラえもん のび太と竜の騎士」と「スケバン刑事」(速水)
・文化的初体験は「うれしはずかし」+「ロック」(常見)
・中二の時に行ったLOUDNESSのライブが文化的初体験(常見)

○コミュニティとアイドル
・孤独を受け入れるのか、コミュニティに参加するのか(さやわか)
→参加するのにも勇気が必要(斎藤)
→どこかに一人での挑戦がある(斎藤)
・コミュニティに参加しないとやっていけないアイドルファン(西森)
→ライブアイドル化...ライブに行くことがファン活動(さやわか)
・オーガナイザーになるというさらなる活動(斎藤)
・構造の変わることがないファンコミュニティ(速水)

            text by Life助手;今野夏希


○Life関連アーカイブ

・2009/07/26「バンドやろうぜ」
 http://www.tbsradio.jp/life/20090726/

・2010/11/16「シネマハッスル『リトル・ランボーズ』&『観光』
 http://www.tbsradio.jp/life/20101116/

参考資料↓
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2012年10月28日Part9(外伝3)「うれしはずかし文化的初体験」

撮影:会田邦秋
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        速水健朗さん                   塚越健司さん   

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        斎藤哲也さん                 長谷川裕P(黒幕)



※再生できない場合は、個別ページTBSラジオクラウドにてお聞きください。
※最新エピソードはユーザー登録なしでお聴きいただけます。

○ソーシャルメディアとコミュニティ
・ソーシャルメディアのつながりや流儀のめんどくささ(常見)
 →ファンコミュニティの監視との類似(速水)
・敵と味方の可視化(常見)
・コミュニティに参加し続ける必要は無い(さやわか)
・文化的息苦しさ...自分の発言で意図せずカテゴライズされる(常見)
 →SAPIOの「ネット論壇マトリクス」(常見)
・ソーシャルメディアの島宇宙(さやわか)
 →選択することによる排除と強化(西森)

○中二病とソーシャルメディア
・幸せな中二病時代を過ごしにくい時代(黒幕)
 →完全に孤立した中二だから他人に迷惑をかけずに済んだ(黒幕)
 →「中二であることを知っている俺」...中二病のメタ化(さやわか)
・問題が起こってることにも気づかなかった中二病時代(海猫沢)
 →ソーシャルメディアによって問題に気づかされる(黒幕)
 →中二はそれすらも気にしない(海猫沢)
・中二病ということがインストールされて適応していく(塚越)
 →結果、過剰に防衛的になってしまわないか(黒幕)
・ソーシャルメディアのような衆人環視とは別のメディア(さやわか)
 →あたかも自分にだけ与えられているような作品(さやわか)
 →出版メディアの可能性(さやわか)

○Lifeリスナーの行く末は?
・情報の発信者は文化的初体験を起こすよう意識してきたか?(常見)
・Lifeを通った人はどこに行くのか(常見)
 →みんな津田ギャル化?(速水)
 →Lifeを聞いてなかったら僕はここに座っていない(塚越)
・Lifeが人生を変えたと言えるまでにはまだ時間がある(斎藤)
・内輪感の広がりが一つのカルチャーに(さやわか)
 →内輪を拡大していけば、別の内輪に接触する(by ばるぼら氏)
 →Lifeで起こったことを広げていってどこかに接触する(さやわか)
・初体験を追体験することで見えてくるもの(海猫沢)

            text by Life助手;今野夏希


○参考URL

・SAPIO「ネット論壇マトリクス」リアクションまとめ
 http://togetter.com/li/387517


○Life関連アーカイブ

・2012/06/24「ソーシャル時代の"世間"考」
(國分功一郎、濱野智史、西嶋一泰ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20120624/

・2012/01/22「何のためのアーカイブ?」
(五十嵐太郎、濱野智史ほか)
 http://www.tbsradio.jp/life/20120122/

・2011/06/26「グッときたレコメンド体験」
 http://www.tbsradio.jp/life/20110626/


参考資料↓
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2012年10月28日(放送後記動画)「うれしはずかし文化的初体験」

放送後記の出演:速水健朗、さやわか、斎藤哲也、塚越健司
撮影/編集:UstToday

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2012年10月28日「うれしはずかし文化的初体験」未読メール特集1

今回いただいたメールの中から、放送中に読めなかったものをいくつか
ピックアップして掲載致します。

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赤い赤血球は通常の3倍 ペルー・リマ市 男 34歳 鉱山技師

僕の初恋は高校2年生、相手は通学バスでみかける他校の女の子でした。「バンドが好き」との彼女の言葉に、音楽趣味ゼロだった僕はラジオで邦楽を「勉強」しようとしました。

当時、中村貴子さんがパーソナリティだったNHK-FMミュージックスクエアを聞くようになってJ-POPバンドの大ファンに。サニーデイやピロウズ、スーパーカーにのめり込みました。

ただ、残念ながら初恋相手の好きな「バンド」はDEENやFIELD OF VIEWといったビーイング系で、さっぱり会話も合わず。もちろん初恋も実らずじまいです。振り返ってみれば、あの時、初恋と一緒に「文化的初体験」を済ませたのかなと思っています。

むかしの放送を思い出してみると、パーソナリティの中村貴子さん(タカちゃん)が番組中に泣きだしたり、ゲストが番組中に寝てたり、NHKの割にけっこう無茶苦茶な番組でしたね。あの番組にいまの音楽趣味を決定付けられました。


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ウサコ 女性 36歳 群馬県高崎市

英語教員歴10年文化系女子です。体験Aとして、英語に夢中になれたのは子供の頃の少女漫画などの影響だと思います。キャンディキャンディから始まり、ハウス名作劇場、成田美名子さんの漫画など。金髪碧眼の美少年美少女や多国籍の格好良い外国人に理屈抜きに憧れてました。実際会ってみたら夢は覚めてしまいましたが(笑)。

体験Bとしては大学生のころ、オウム事件後の社会の雰囲気や個人的な失敗で行き詰まって社会に絶望していた私を勇気付けてくれたのがTBSラジオ「荒川恐啓デイキャッチ」の金曜ゲスト、宮台真司さんの発言の数々でした。当時の宮台さんは文科省の寺脇研さんと共に教育改革関連の発言を多くされていました。興味を抱いて著書を片っ端から読みました。(馬鹿な私には表現が難解で理解できない部分だらけでしたが) この人の言う通り改革がなされ、自分もその一端を担えたら社会が良い方向に変わるかもしれないと希望を抱き教員になりました。皆さんご存じの通りこの改革はゆとり世代を生む結果になり、私も中央と現場のギャップに苦しみ挫折しました。でも宮台さんの一押しがなければ今の自分は無いと思います。

当番組のパーソナリティ、チャーリーさんは恋愛に関する考え方に共感を覚え宮台さんに弟子入りしたと何かで読んだ覚えがありますが、宮台さんのお弟子さんがやってる番組だということでLifeの存在を知り、今こうして自分はifeリスナーになっている訳で、なんか不思議な気持ちです。

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パジャマ通信 三重県名張市 35歳 男性会社員

僕の文化的初体験にあたるのは、高校時代に連載が始まった、小林よしのりさんの初期の「ゴーマニズム宣言」です。

政治問題や社会問題を始め、落差別問題や恋愛論、果ては食生活の問題について、独自の視点で「ゴーマンをかます」内容は、僕にとって全てが強烈な文化的初体験でした。

大学に進学後も、講義で社会問題を扱う際に小林よしのりさんの視点が大きく影響していたように思います。

しかし、歴史認識などについては徐々に小林よしのりさんとは意見が合わなくなり、いつの間にか読まなくなっていました。

でも、新作の「脱原発論」は久々に読んでみたいなと、気になっています。


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まつかさ 宮城県仙台市

いまの自分を形作るきっかけとなった文化的な体験・・・と記憶をさかのぼっていくと、中学時代聴いていたラジオ番組が真っ先に思い当たります。

ゼロ年代前半、夜10時からTOKYO FMで放送されていた「やまだひさしのラジアンリミテッド」「MOTHER MUSIC RECORDS」「SCHOOL OF LOCK」や、NHK-FMの「ミュージックスクエア」をよく聴いており、現在の、日本語のものを中心とした音楽好きはこうしたラジオ体験に端を発していると思います。

特に、お金が無く、時代遅れのエアチェック(しかもMDですらなく、カセットテープ)をしていた私にとって、曲がフルでかかる「ミュージックスクエア」には大変お世話になったことを覚えています。国内の多様なポップミュージックが流れるため、J-POPから(比較的)マニアックな音楽への橋渡しをしてくれる、非常に具合の良い番組でした。

とはいえ、当時BUMP OF CHICKENにもっとも夢中だったことは、心の奥の「黒歴史フォルダ」へと厳重に格納されているわけですが・・・。


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ますだ39

今年44歳ですから昔話になりますから7歳頃読んだ「がきデカ」
あたりが覚えのある漫画体験で
小学生の間には「ねじ式」や「デビルマン」も読みました。

当時の書店はカバーもなく、読み放題だったので
新刊も雑誌もなんでも読んでました。

文化的となると中学の頃には
音楽の雑誌は二誌
シンセや多重録音の雑誌も二誌
航空雑誌は四誌
自動車は三誌
バイクは五誌くらい。
漫画は少年誌・青年誌・少女漫画ざっと10誌くらい

よく読んでましたね。
高校までは5000円くらい雑誌に使って、立ち読みも合わせると
月一万円くらい読んでました。

社会人になった頃はそれらの大半を買ったので
雑誌が山のように部屋に積まれました。

ネットがないってこういうことですw

これ以外に時々レコードを買ってテープに録音して
全曲歌えるくらい聴くんですよ。そういう時代です。
レコードは2800円もするような時代ですからね。

買う時も悩みきって購入。
YOUTUBEもない時代は雑誌や時折観るPVが大事な情報源。
情報は本当に貴重でした。


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いさかい 島根県在住 会社員 25才男性 ひとり身

わたしは一冊の本を挙げます。
高校を卒業(= 2006年)してすぐ、浪人生活のスタート時に手にとった≪≪≪立花隆『東大生はバカになったか』(単行本は2001年刊)≫≫≫ です。

この本を読んだことで、現役時代から志望していた東大を相対化するような見方ができたような気がしました。「何が何でも東大!」とガチガチに固執していたそれまでの考え方から解き放たれ、ずいぶん気が楽になったことをおぼえています。

そして大学についての考え方が変わりました。大学に入ってその大学はわたしに何をしてくれるのだろうかという視点ではなく、大学で自分が何をするのか、したいのかという視点に切りかわっていくきっかけになりました。

1年間浪人の結果、入学したのは学費免除を受けられた地方私大(法学部)です。あきらめたのか都合よく「合理化」したのか、東大は受験さえしませんでした。

学生時代には、本中に書いてあったように日経新聞を隅から隅まで読めるよう、身銭を切って4年間購読してみたり、空き時間があれば映画をみたり、おもしろそうな企画展示をしている博物館に行ったり、夏休みにはヨーロッパに行ったりもしました。

ただ、学内で同調できるような仲間は皆無でした。語学のクラスにおいてペアで会話をする場面では、わたしは一人でしたから、先生に" I have no partner " と申告し手近な学生を先生が指名し、わたしの緊急パートナーとして毎回学生1名が犠牲になり、更にわたしは忌避される...といった状況が展開されていました。

大学4年間で冒頭の本を読んだという人には出会いませんでした。これが著者の出身校であり教鞭も執っていた東大であれば違っただろうなぁ、と思います。周囲に同じ本を読んだという仲間がいて、感想を交わすことができる機会があるというのはなんとも貴重で幸せことではないかと思います(自分は括弧付き「意識の高い学生」であって周囲の学生を見下していたことも一因だった思われますが...)

わたし自身東大には駒場祭におじゃまする程度で、そう簡単に行き来できる距離ではなかったのでモグリやニセ学生として入り込むこともできませんでした。今になって、入る大学をまちがえたと後悔していないわけではないのですが、「置かれた場所で咲きなさい」といわれても、何かしら制約があって心残りするのだなあと今思い返しています。


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チャットモンチー 埼玉県 27歳 男性 会社員

僕がいまの自分を形作るきっかけとなった文化体験は
『伊集院光の深夜の馬鹿力』だと思います。

今までの流れでも語られていますが、まだ中学3年生の頃、上手く寝付けない時に流していたのがTBSラジオでした。まだ、ラジカセが主流の頃、TSUTAYAなどで借りたCDをテープに録音し、カセットウォークマンでヒット曲を聴いたりするのが流行っていました。

そんな中、何気なく流しっぱなしにしていたラジオのから流れていたのが伊集院光さんの深夜の馬鹿力でした。

テレビでは温厚な性格『白伊集院』で知られる伊集院光さんが日常生活の中での些細な事に対して面白おかしくツッコミを入れる普段の伊集院光さんからは想像のできない、しかし共感のできる『黒伊集院』の話術にすっかり魅了されてしまいました。

『夏のタイムマシーン』というコーナーでは過去にもし戻れるとしたら、あの時の自分に大人の自分はこう言うだろうという空想を饒舌に語る姿はラジオのもう一人の自分『ハガキ職人』の綴る共感できるエピソードで溢れていました。
あの時、自分は一人じゃないと感じ、同じように感じながら生きるラジオの先の人々を感じることができました。

また、同時期にネット上で流行していたのが個人が運営する『テキストサイト』でした。中国の最終兵器『先行者(先行者)』とブラジャーを被った渋い侍のTOP画像が印象的な『侍魂(さむらいだましい)』、白背景に文字だけの一見シンプルな外見とは裏腹に世間の日常をシニカルな視点で描く『ろじっくぱらだいす』、そんな大手サイトに触発され、文字のフォントサイズを変えたり色を変化させる事で日常に散りばめられた些細な出来事を面白おかしく公開していくネットユーザー達。

ブログが流行り始める前、ホームページビルダーやHTML辞典を片手に自分自身もlivedoorやYahoo!!Geocitysなどのフリースペースを借り、インターネット上でのコミュニケーションの醍醐味を感じたものでした。

僕らのようなファミコン世代が次世代のインターネット社会へコミットし、直接的な人間関係以外のネットコミュニケーションへ嵌っていくきっかけだったと思います

MSNが提供していたチャットルームやメッセンジャーを利用して個人サイトの管理人通しが繋がり、バレンタインデーには独り身の野郎達で秋葉原のメイド喫茶巡りやつけ麺をお腹いっぱい食べるオフなどへの企画にも参加するようになりました。

ラジオで自分と同種類の人間が多くいることを知りインターネットでホームページを運営し、人と繋がる事で現実世界でも交流をするようになる。部屋の中でラジオをひっそりと聴いていた内気な少年が段階を経て、リアルタイムで幅広い世代の人と交流し今、社会人として多くの人と接する接客業で働く。

中学時代の僕には想像もできないいまの自分を形作るきっかけとなった文化体験でした。

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米澤慎太朗 20才

僕の文化初体験は宇多丸さんのTBSラジオで現在も放送中のウィークエンドシャッフルです。初めて聴いたのは安室奈美恵(再評価)特集だったと思います。今でも聴いています。ゲストや出演者の幅広さと、ヒップホップからアイドル、映画評、書評まで教えてくれる、まさに師匠という感じでした。

Lifeを知ったのも宇多丸さん経由です。もし聴いてなければ、社会学を専攻することもなかったのでは、と思うと、非常に不思議な感じがします。


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タンバリン 37歳 埼玉県

我々の世代における「機動戦士ガンダム」、そして「ガンプラ」(ガンダムのプラモデル)の影響の大きさについては言うまでもありません。私もどっぷりとはまりましたが、なかなかうまく作れません。そこでHOW TOが欲しくて手を伸ばしたのが模型雑誌。具体的には「ホビージャパン」と「モデルグラフィックス」です。

しかし、模型雑誌はマニアのデパート。この世のありとあらゆる物体に対する愛が形にされています。最初はガンプラの記事ばっかり追いかけているんですが、だんだん同じ雑誌に載っている他の記事が気になってきます。

そこには男の子のあらゆる夢が形成されていました。戦車、飛行機、自動車そして美少女フィギュアは毎号載っています。さらに、「戦艦」「日本の城」「デコトラ」「怪獣」もジャンルとして成立していたりします。「ラーメンの屋台」なんてプラモデルまであります。なんてカオス!模型雑誌を全部楽しむには、ありとあらゆるオタクジャンルを知っている必要があるのです。

少なくとも、私はそう受け取ってしまいました。その結果、普天間にオスプレイが来たと聞けば模型屋に行き、ミハエル・シューマッハが引退すると聞けば模型屋に行き、今年の自衛隊の演習で10式戦車がスラロームしたと聞けば模型屋に行き、はやぶさの帰還に涙して模型屋に行き、まどか☆マギカの劇場版を観て模型屋に行き、ガンダムAGEの悪口を言いながら模型屋に行く、というオタク総合商社のような人間が出来上がったのです。罪深いですね、模型雑誌は。


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バボダンク(BABODUNK) 45歳 IT系サラリーマン

初めてメールします。
私の文化系初体験とはまさに今年、「文化系トークラジオLife」に出逢ったことです。
ポッドキャストで偶然、東京論2012を聴いたのが始まりでした。自分はどちらかというと、理系で体育会系の人間と思っていたので、文化系ってよくわからないなぁという感じでした。しかし、一度聴いただけではまってしまい、すぐにWebのバックナンバーを初回から聴き始めて、5ヶ月かかって先日すべて聴き終えました。今はターミナルのバックナンバーを聴いてます。

Lifeを聴いた後に自分の人生を振り返ってみると、音楽、書籍、雑誌、アニメ、ゲームと文化系コンテンツに触れていたのだなと過去の文化系体験がつながりました。「あだち充」原理主義者だったことも思い出しました。

最近改めてラジオが素敵な文化的メディアだと思っています。津田さんや速水さんが出演されているテレビも見るようになりましたが、ファーストコンタクトがテレビだったら引いてたと思います。(笑)Life体験後、私の新たな文化系Lifeが広がった事を感謝しています。


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2012年10月28日「うれしはずかし文化的初体験」未読メール特集2

ドがつく無能 30歳 大阪市 トラックドライバー 

私が影響をうけたのは、高校時代に読んだ、90年代後半のサブカル系雑誌です。初期の「クイックジャパン」(赤田祐一氏編集)や、データハウスから出ていた「危ない1号」、月刊誌でいうと「BURST」や「GON!」など。あまり金もなかったので、BOOKOFFで1年遅れくらいで買って読んだり、立ち読みしたりしておりました。

初期の「クイックジャパン」からは、川内康範や竹中労や宮武外骨なんかを知り、そこからアナキズム的な思想に触れるようになりましたし、「危ない1号」や「GON!」からは、青山正明氏や村崎百朗氏を通して、どうしようもないようない「鬼畜」「変態」みたいな世界を知り、そのオワッテル世界にこそ、表向きの世界には感じられない、ダメな人、イタい人たちの愛みたいなものを感じました。

その少し後から出てきた「2ちゃんねる」などのネット文化が、弱いもの同士の叩きあい的なものに思えたのとは違い、当時のサブカル雑誌の紙面や読者欄(とくに「GON!」)には、なにか優しさのようなものがあったように思います。「馴れ合い」といってしまえば、まあそうなんでしょうが、しかし「馴れ合い」も、人間関係、ひいては社会をつくるうえで実は結構大事なんじゃないかとも思います。

あれから10年ほどたった今、読者であった私は、案外ふつうに社会人をやっておりますが、当時読んでいた雑誌や、その関係者の人たちは、なかなか厳しい状況になっていったようです。雑誌自体がつぶれてしまったり、大きく路線変更したり。また、「危ない1号」の編集者であった青山正明氏は自殺され、鬼畜系ライターの村崎百朗氏は2年前、読者の男性によって刺殺されました。「危ない1号」の編集をされていた吉永嘉明氏は、2004年に出た「自殺されちゃった僕」という本で、同僚であった青山氏や、漫画家の「ねこぢる」、そして自身の奥様を立て続けに自殺で失った経験から、残された人間の苦しみや、人とのつながりの大切さを、ひたすらに叫んでいます。当時の雑誌の内容とくらべると、なんちゅう結論だ!ってな話ではありますが、あの頃よりも「オワッテル」なぁと思える現代だからこそ、そんな話にもすごく感動してしまえます。(その本の編集者が、「クイックジャパン」創刊者の赤田祐一氏ってとこも含めて)

生き残っている人間は何をすりゃいいのかな、ってなことを思いながら、今も私は当時の雑誌を振り返ります。

「完全自殺マニュアル」の鶴見済氏が、脱原発デモに参加したり「脱資本主義宣言」なんて本を書いたりする、そんな流れを今の私が共有できていることを思うと、当時の「サブカル」的なものも過去の遺物には思えないし、また、同時代的に共有でき、かつ、手元にも置いておくことのできる、雑誌ってゆう文化は、やっぱいいよなあと思います。

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DJバード 30代男性

今日のテーマ、「私の文化的初体験」ですが、1992年、私が中学1~2生の頃に、バルセロナ五輪が行われました。テレビで開会式の様子をボ~と観ていたのですが、突然「リュウイチ・サカモト~」と紹介され、オーケストラを前に指揮をはじめました。後に詳しく知りましたが、開会式内のマスゲームの音楽を坂本氏が作曲し、自らオーケストラを前に指揮。当時の僕は、バルセロナ五輪でなぜ日本人が!?という驚きと共に、坂本龍一という存在をはじめて認識したのでした。

それからすぐに、坂本氏の音楽へという方向へは行かず、変わらず米米クラブやB'z、チャゲアスなどを聴く毎日でしたが、ある日の夜、93年のある日のことです。NHKで、東京ドームでのYMO再生コンサートの模様をたまたま目撃。あのオーケストラを前に指揮をしていた坂本氏がピコピコ(当時はテクノも何も知りませんでしたので)やってる!しかも他の二人もオッサン!!自分の親父と変わらない年齢であろうオッサンらが、機材に囲まれて、ほとんど歌が入ってない、繰り返しばっかりの音楽をやってる!

これで完全に坂本龍一ってマジでなんなの?からはじまり、あの音楽って何?といった興味もわき、坂本氏が関わる物事をチェック開始。ハウスDJトミイエサトシからテイ・トーワ、ドビュッシーからアート・リンゼイ、村上龍、浅田彰、柄谷行人、ゴダール、ベルトルッチ、大島渚・・・・・・。中学生の僕の目の前に、めまいがするような壮大な世界が拡がっていきます。

そこからは、よくもわるくも道をはずし、どっぷり状態。ただ、あの中学生時のテレビでの出会いのおかげで、後に大学生の時には、佐々木敦さんを講師にお呼びし、レクチャーとDJをしていただいたり(YCAM:山口情報芸術センター準備室での学生企画)、いろんな文化的出会いを経験させていただきました。今でも、日々、自分の価値観を越えるものとの出会いを大切に、楽しんで生活するようになりました。

ふとした出会いから今の自分につながっていく、おもしろいですね。たまたま出会ったものが、その人のものの見方・考え方を変えていく、っていうのは、その人の中に、もともと受け皿として反応する何かがあったのんでしょうか?単なる偶然にしては、あとあと尾を引く年月が長い・・。それぞれの人が何に興味をもち、どう変わっていくか・・興味深いです。ただ、情報がいっぱいで、ちょちょっと調べればある程度わかってしまう今、若い世代において、「なんじゃこれ~?!」的な出会いは起こりうるんでしょうか?


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なっぴょん 22歳、大学生、女

エログロ(とホラー)好きになってしまったわたしの文化的初体験を送ります。

一番最初に触れた(という記憶のある)ホラーは、小池真理子の『墓地を見おろす家』と喜志祐介の『黒い家』、『天使の囀り』でした(親の本棚から拝借して読んだ)。あとは友人宅で読んだ『地獄先生ぬ~べ~』は、当時小学生だったわたしにとってはエロ・グロ・ホラーすべて兼ね備えた恐ろしい漫画でした。

ですがここからさらにエログロ好きを加速させて衝撃の初体験に導いたのは、インターネットです。「エロくてグロくて怖いものに触れたい!!!!」どんなに強くそう思っても、そんなこと聞ける友達もいなけりゃ雑誌もない、そこで頼るのはインターネット(ダイヤルアップ接続時代からインターネットが先生です)。探せば出るわ出るわ、「Z級映画」「毒薬小説」などという言葉とともに衝撃的作品ばかりをレビューしているサイト。

そんなこんなでたどり着いた初体験はジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』という小説。それまでに触れてきたエロ・グロ・ホラーは全て前戯に過ぎませんでした。それがあるからこその、忘れ得ない衝撃の初体験でした。
この初体験以来、すっかりアブノーマルな方向に進んでいます。


余談ですが中高校生の時はロック大好き少女で下北沢のライブハウスに通ったりしてました。きっかけはフランツ・フェルディナンド、いつもそばには『snoozer』。オアシス、クラクソンズ、アクモン、ミイラズ...懐かしいです。


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コティーバ長野 神奈川県 速水健朗大好き 31歳 会社員
僕も予告編で皆さんが話していたように、爆笑問題、伊集院光のラジオには大きな影響を受けました。

また、そこからの流れでビートたけし、そして立川談志にも興味をもちました。特に談志師匠の笑いに対するスタンスは「人間の業の肯定」と銘打っていて、その深さに今まで見ていたお笑いの底の浅さを知り、一方で「人間の業の肯定」までできてしまう「笑い」の億の深さに感心もしました。

とはいえ、談志師匠の落語を実際に見る所まではしませんでした。その代わりといっては何ですが、僕の身近に触れられる環境にはダウンタウンの松本人志がいました。

「ごっつええ感じ」のトカゲのおっさんなんかはまさに「人間の業の肯定」なんじゃないかと思って見ていました。トカゲなんですけどね、、、

そんな風にお笑いに憧れていった僕は高校卒業後、吉本興業の養成所に入りました。(3年後に挫折し、今では普通の会社員ですが、、、)今でもその 3年間は貴重な体験ですし、そんな体験を形作ったのは、爆笑問題→立川談志→松本人志という流れなのかなと思っています。

そして、その流れで「人間の業の肯定」なんていう難しそうな考えを知らなければ、こうしてライフのような文化系なことにも興味を持てていなかった んだろうなと思っています。


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速水健朗マジイケル☆ 28才 東京在住

チャーリーのお師匠さんの宮台さんではありませんが、僕が初めてミメーシスした(感染・心酔、その人の様になりたい)のは松本人志さんでした。

関西圏で育った僕は「ごっつええ感じ」の最終回の時、中学生くらいの世代でした。当時、この番組を見て衝撃(笑激)をウケました。この人の面白さの魅力に魅了され。これまでの「お笑い」とは決定的に何かが違いました。エッジーでした。さらに、松本人志さんの著書、「遺書」と「松本」は僕の高校ではスラムダンク以外では唯一授業中にみんなで回し読みした本です。これらのエッセイの中で、彼なりの批評を展開します。とても個性的でかつ面白い内容に一気に読んでしまいました。彼の物事を見る視点の斬新さ、それを伝える文才、今までのお笑いとは違う笑いを自分は作っているんだというたまに垣間見せる真剣さ、そしてそれら全てにオチをつけてくれる所に魅了されました。

結構な中二病っぽさ(文化系的な「マジ」な部分というか、"古い"タイプのお笑い批判を結構、マジに批判してますよね)をチラチラとエッセイやラジオ等でコアファンに見せながらも、テレビ等の表の舞台では何から何まで笑い(「ネタ」)に回収してゆく、マジとネタの絶妙なバランス。そしてそれを彼自身のセンスだけで披露してみせる、その姿に僕は激しく憧れていた気がします。

物心つく前に「笑い=正義」という価値観をインストールされてしまう関西という地域で育ったことが大きいと思うのですが、「カッコ良さ」や「権威」をナイーブに追い求める事ができないひねくれた感性を当時の僕はもっていたような気がします。「お笑い」に対する信仰は「カッコ良さ」・「権威」に対する懐疑(ネタの材料として最良のものの一つとして見てしまう)を不可避的に伴ってしまう気がします。「お笑い」というものを追求した結果たどり着く「カッコ良さ」まで手に入れている松本人志という人物はとても魅力的だったのだと思います。

その後竹田青嗣さんや宮台さん、東浩紀さん等思想系の人に嵌って、現在は明石家さんま信者です。現在僕は、松本人志はお笑い界のニーチェで、明石家さんまはヘーゲルだと信じています。


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真一 30代 石川県

私の文化的初体験はやはり「パソコン(インターネット)」です。
初めて触ったパソコンはNECのPC98という機種で当時の日本のスタンダードなパソコンだったと思います。中学校の技術の時間にBASICをこの機種で学んだことをよく覚えています。いま主流のパソコンとはユーザーインターフェイスというか操作感が違って、MS-DOS上でコマンドを入力してプログラムを動かすわけですが、それが中二男子の心をガッチリ掴んでしまいました。

当時とても高価で、ワープロはともかくパソコンを買ってもらうのはとても苦しく、高校生になって「工学部に進学する」といって無理に買ってもらったのが最初のパソコンでした。当時富士通やアップルのパソコンもありましたが、その時自分の頭の中にあったのは「エロゲーがしたい」という一点であり、自分が望むエロゲーラインナップが豊富なのはPC98シリーズだったので迷わずNECのを選びました。特にエルフのゲームはディスプレイ上で表現できる色数が制限されているにも関わらず「実用性」が極めて高く、何度も精をほとばしらせました。私の性の目覚めはPC98のおかげだったといっても過言ではありません。

通信回線がダイヤルアップからADSLの常時接続に変わった頃からは、ゲームよりかはインターネットで情報をブラウズするのがなによりも刺激的でした。ポータルサイトや掲示板を行き来するたびに、自分自身が井の中の蛙だったことをこれでもかと痛感させられました。今では当たり前かもしれませんが、こういう経験は当時の自分にはなかったことだったので、あのときパソコンやインターネットに触れていたことを本当に感謝しています。いまの自分があるのはパソコンのおかげです。

その一方で、冷静になって考えてみると、有益なものからエログロな情報も含めて、もし子どもの頃にすでにそういった「大人」で「幅の広い」情報に触れていたならば自分は歪んで育ったんじゃないだろうかとも思います。16,17才くらいで初体験でちょうどよかったと思います。

例えばいまツイッター上ではるかぜちゃんみたいな小学生が大人と同じように情報に触れ大人と同じような発言をしていたり、その一方でいい大人か掲示板で幼稚な書き込みをしたり動画サイトでアニメを見てよろこんでいるのをみて、ネットのおかげで子どもの過度な大人化や大人の幼児化が進行しているような気がしてなりません。大人だけが知っている情報があるから大人として保てていたところが、そのあたりの情報が比較的容易にだれでも閲覧でき学べる状態が生まれてからは、大人と子どもの境界線はかなり曖昧になってしまったのではないでしょうか。はるかぜちゃん自身も「子どもっぽさって何?」「どうして子どもっぽいことを書かなくちゃいけないの?」といったことをつぶやいていたと思います。私が通過したカルチャーショックを今時の子は早くて小学生くらいで訪れているのかと思うと愕然とします。


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老ローザ 青梅市 62歳 女性

今晩は。今の自分を形作ったものは、世代がお分かりになると思いますが、「マルクス主義」でした。大学入学とともに、まず、マルクス・エンゲルスの原点の読書会が盛んに参加した最後の世代かもしれません。弁証法という方法論と、認識の仕方など、今まで、漠然とした世界が見事に解明されていくことのすばらしさに感動したことを今でも忘れられません。それゆえ、マルクス主義の終焉といわれる時代に、違和感を持ちながらも、その思想性の限界は何だったのかを、何時も考えているような気がします。

文化・文学・サブカルチャーの世界に自分の狭さを自覚するためにも、興味を持ち出したのは、1980年代です。それをリードしてくれたのは、さまざまな雑誌でした。ひところは、月刊雑誌をかなり読んでいました。多元的なものの見方をすることの大切さを教えてくれたのも、やはり雑誌だったような気がします。好きだった雑誌は、「思想の科学」「ひと」「現代の眼」「クロワッサン」「ビックリハウス」「噂の真相」「アサヒジャーナル」などです。まぁ、見事に廃刊になったものの多いこと!やはり、私はメジャーではないですね。だから、本当に恥ずかしいです。

好きな曲は、もちろん、「中島みゆき」です。文学は、さまざまですが、主に、戦中派の作品から、影響を受けたと思っています。でも、最近は若い人の作品も充分に楽しんでいます。ああ、恥ずかしい!


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ナナミ・シンプソン 28歳 茨城県日立市

自分の人生で決定的な出会いといえば、世界名作劇場の枠でやっていた"七つの海のティコ"です。

シリーズ唯一の原作なしで、ファンからは異端的な扱いの作品ですが、自分を振り返るにあたって絶対に外せないアニメです。この作品が今に続く自分の"二次元好き"(オタクではない)の原点であり、ラジオネームにもしている、主人公のナナミ・シンプソンは初恋の相手であると同時に今でも憧れのナンバーワンの女性です。

エロい方面の話もすると、この作品で水中フェチ(アクアフィリア?)に目覚めました。

海外の実写ならともかく、国内で二次元限定となるとこの手の趣味の持ち主がほぼ居ないので、イラスト等を探すのに非常に苦労します。

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2012年10月28日「うれしはずかし文化的初体験」未読メール特集3

りすきる 23歳 川崎市 大学生

僕の文化的初体験は小学生時代に読んでいたコミックボンボンです。
コミックボンボンを読んでいたことでガンダムにハマり、そこから
スパロボをやり、スパロボをやることで様々なロボットアニメに
興味を持ち、毎週ツタヤにビデオを借りに行きました。

そうやって見ていたアニメの中でも一番影響を受けたのはやはり
エヴァンゲリオンです。小学校高学年の僕にはエヴァの語ろうと
していたメッセージなんかはサッパリ解りませんでしたが、
解らなかったことで当時普及し始めていたインターネットを使い
エヴァについて調べ、そこからオタクの世界や批評の世界を知ること
になりました。

その後も色々な物に影響を受けてきましたが、今Lifeを聴いてるのは
元はといえばあの頃コミックボンボンを読んでたからです。

同年代の人には似たような経験をしたことがあると思います。
同年代ではなくても、20代から30代前半のオタクの人は
少なからずボンボンに影響を受けてるんじゃないかなと。


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くまぞう 首都圏在住 28歳 会社員

私の文化的初体験ですが、当時は文化では無かったと
思うのですが携帯電話の初体験です。

16歳の高校1年の時に、当時出始めたドコモのi mode携帯でした。
周りの友人はPHSが多かったのですが、当時父親がドコモの携帯を
使っていたということで自分は半ば強制的に携帯となりました。
当時PCを使ったインターネットは56kとはいえ割と使っていたの
ですが、携帯でインターネットが使えるということは画期的でした。

それから数年後、理系の大学に進み今ではスマホ向けアプリの
開発ディレクターをやっています。

このように当時は文化的では無い事でも、今となっては立派な一つの
文化に変わった例というのもあるのではないでしょうか。


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黄慈権(ファン・チャゴン) フリーライター

僕の文化的初体験は、「たほいや」や「征服王」といった、
90年代前半、フジテレビの深夜番組だったと思います。

中でも深夜特番「46億年の100大ニュース」は、
かなり影響を受けています。

たしか、中1か中2のとき、夜中眠れなくてテレビ
を付けて...、面白くてすぐにビデオ録画した記憶があります。


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森末潤一 名古屋市

私は1973年生まれの現在39歳です。
大学生時代は、93年から97年となります。

私にとって重要な文化的な体験として「パリペキンレコード」との
出会いがあります。大学生になった93年だったと記憶していますが、
クロスビート誌において佐々木敦さんがコラムで、特殊レコード店の
「パリペキンレコード」を紹介しており、それをきっかけとして
「パリペキンレコード」を訪れたことは私にとって、重要な転機に
なったと思います。

その体験で得たことを要約すると、「録音物にしても、印刷物にしても、
一般的な流通経路を経ない自主制作物が世の中には多数存在するのだ」
となるかと思います。

現在は、インターネットの普及により、よりマイナーな狭い範囲の趣味
を追い求めていっても、大抵のものは検索によりたどり着けることだと
思います。

ただ、パリペキンレコードで体験したのは、マイナーな自主制作商品のみ
で埋め尽くされた部屋に身を置くことであり、現在ではなかなか体験する
のが難しいことかもしれません。

今から振り返り思うに、90年代半ばは、インターネット時代の直前に
あたり、レコード店や書店といった実店舗が文化的情報の集積場所として
大きな存在感を持っていた最後の時代であったように思います。

私個人の体験に戻れば、パリペキンレコードを訪問したことがきっかけ
となりショートカットの熱心な読者になり、その後エスプレッソを
製作することに繋がっていったと思います。


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今夜は匿名でお願いします 40代男性

私にとっての文化的で、かけがえのない貴重な体験は、
ストリップの追っかけをやっていた事です。

ストリップ劇場は減少の一途をたどり、現在、日本国内で
現存するのは数十館、確実に百館以下でしょう。ストリッパー、
つまり踊り子さんは基本的に十日間を区切りで日本全国を巡業しています。
業界内や劇場ごとの決まり事、先輩後輩の上下関係などは、例えば演劇界
の劇場や落語界の寄席とも似ていると思います。踊り子さんも一人で仕事
が出来る訳ではありません。劇場の従業員さんや、振付の先生、衣装屋さん
など、多くの人の協力なしにステージは成立しません。

お客さんも、年齢や職業は本当に様々で、同じ踊り子さんのファンだったり、
旅先の劇場で偶然に知り合ったりで、仕事以外の事なのですが、振り返ると
驚くほどの数の人と知り合いになりました。踊り子さんの周年のお祝いや、
引退の時の送り出しなどを、お客さん同士で協力して行ったり、食事会や
飲み会など、交流の機会も沢山ありました。

決して良い事ばかりではなく、悲しい事も何度かありましたが、様々な人と
様々な場面で触れ合えた事は、今の私にとっては、かけがえのない財産です。

人それぞれ、何でもいいと思うのですが、私の場合、そのひとつが、
ストリップだったという事だと思います。


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きみどり 東京都 大学四年

私の文化的初体験は「青春パンクブーム」です。
私は現在22才なのですが、中学生の時に起こっていた
「青春パンクブーム」にはまり、文化系な人間になっていった記憶が
あります。特に銀杏BOYZの峯田君を通して、みうらじゅんさんや、
リリーフランキーさんなどの所謂「サブカル」な人を知り、そこから現在も
活躍している町山智浩さんや吉田豪さんの本を読むようになりました。
なので私の文化的初体験は「青春パンクブーム」だと言えると思います。


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アンチエイジング 37歳

僕の文化系初体験は、いくつか思いつくのでABCで挙げていきます。

Aは、小学校3年生くらいだったか、ファミ通の創刊号からです。
ゲームと全く関係ない、白黒ページのネタコーナーの面白さ、
掲載されていた漫画、鈴木みそ氏の大人の世界を描いた
「あんたっちゃぶる」や「おとなのしくみ」などが楽しみで、
これがおそらく文化系初体験なんだと思います。

Bは、高校生になった頃に、当時フジテレビで深夜に放送していた
「BEAT UK」です。よくわからないけど、今まで出会ったことのない
「カッコイイ」洋楽が次々と流れていく番組を観て、興奮してました。
この番組をきっかけにバンドを始め、大学でバンドサークルに入り、
今の自分を形作っていった気がします。また、これをきっかけに深夜番組
にハマり、「三宅裕司の天下御免ね!」などを好んで観ていました。

Cは、この番組、文化系トークラジオLifeに出会ったことです。
Lifeを知ったのは、2年ほど前にiPodを買って、「面白いポッドキャスト
はないかなあ」と探していたときでした。初めて聴いたときのテーマは、
クルマ社会の過去・現在・未来」でした。当時、クルマの維持費等の
負担を計算し、妻と相談して、クルマを持たない生活を選択したばかり
だったので、特別に興味深く聴きました。それ以来、この番組にハマり、
社会学の本や出演者の皆さんの本を読みあさるようになりました。

現在、仲間と勉強会やワールドカフェ、旅行などの企画をする社会人
サークルを運営していますが、Lifeで得た知識や紹介された書籍からの
知識をもとにして、企画案ができたりします。

おかげで、放送大学の社会科学系のテキストを購入し、放送を視聴する
ようになりました。もともと、社会的なネタが大好きだったこともあり
ますが、それに拍車がかかり、テニスサークル出身の文化系に理解の
余り無いリア充妻から呆れられています。


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シリウス 栃木県 25歳

自分が言論の世界に興味を持つきっかけが姜尚中さんと宮崎哲弥さんの
メディアでの活躍でした。10年くらい前の自分は評論やアカデミズムの本
を読んでいなかったので、メディアでの彼らの(特に朝生、アクセス)解説は
テレビや紙媒体の大方の意見と違うものが多く新鮮でした。

メディアに多く露出することは時に自分の首を絞めかねないですが、
一方で言論やアカデミズムに興味がないまたは知らない層に届くことも
また事実だと思います。また上記の二人がネットでの露出に消極的なのは
今のネット時代の若手の言論人との比較で考えると興味深いかもしれません。


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蛇色ディップスイッチ 40歳 富山県 農業法人勤務

予告編のログイン話が懐かしく、思わず初メールさせてもらいます
(ちなみに私は堀井雄二さんの連載『虹色ディップスイッチ』と当時騒ぎ
になり始めたAIDSなんかを取り上げていた『オールザットウルトラ科学』
が好きでいつも読んでいました)。

さて、今回のテーマですが、私にとっての文化的初体験は、
永井均さんの一連の著作でしょうか。ビジネス本や自己啓発本に出てきそうな
「哲学」のイメージとも、また当時その余韻が残っていたいわゆる現代思想・
哲学とも全く異なる「哲学」が存在することを知っただけで、何か自分の
世界が変わったように感じたものです。もっとも、書かれた内容がまるで
理解できていなかったことに気付くのはずいぶん後になってからなので、
私は長い間自分の錯覚に酔っていたに過ぎないかもしれないのですが...。
でも『ウィトゲンシュタイン入門』などは、つい今でも読み返したりする
こともあります。


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匿名 1957年生まれ

中学1年の時読んだ萩尾望都の短編「あそび玉」。
少女マンガの変革期が思春期と重なって、すっかりやられ...
今もマンガを描いております。


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嘉島唯

私の文化的初体験はスペースシャワーTVでした。
レッチリのかっこよさに衝撃を受け、ロキノン系にハマり、
ライブハウスとタワレコに通ったのが中学二年生でした。

でも、本来の文化的初体験は、
多分小学生の時のHUNTER×HUNTERかもしれません。
BLに手を出し、乙女ロードに通い、コマ割の意味を考え、
腐の文脈を読んでいました。でも、時代はオタク解禁前夜。
オタクであることがバレると、スクールカーストの底辺になる。
加えてオタクに漂う禁忌感と罪の意識!そこで、青春と引き換えに
オタクを断念したのでした。

でも、今はオタク文化が開花しています。
18歳の女子大生に、「中高は何に夢中だった?」と、質問したところ、
即答で「BL!ニコ生!」と答えられた時に、時代は変わったなぁ、
と思いました。ネットが普及して、オタク文化が花開いた今は、
文化的初体験の方法も、意味も、体系も、変わってきてるのかも
しれません。

ちなみに、文化的初体験Cは、
東浩紀さんと「動物化するポストモダン」だったと思います。
かつて、オタクの踏み絵を踏んだ、中学生の自分の供養的な存在でした。


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おのじ 世田谷区 25歳

私の文化的初体験は、12年前に加入したスカパーで一昔前の映画や
ドラマを観たことです。普通に地上波テレビを観ていたら、出会うこと
はなかったであろう数々の"名作"を観ることができました。

その"名作"の中で私が最も影響を受けたのは、刑事ドラマの名作
『特捜最前線』です。『太陽にほえろ!』や『Gメン75』と比べると、
後年語られることは少ないですが、この『特捜最前線』は刑事ドラマとして
だけではなく、人間ドラマとしても傑作です。

特捜は地味なストーリーが多いですが、"人間の弱さ"に焦点を当てた
優れた脚本が多く存在します。

未だに忘れられないのは、二谷英明演ずる神代警視正のセリフ
『人が生きていくために必要なモノに愛情もあるが、憎しみもある。
人を憎むことで強く生きられるということもあるんだ』...が忘れられません。
美辞麗句で飾らない"人間の本質"をそこに見たような気がします。

水戸黄門のような勧善懲悪モノが受け入れられなくなったのは、
明らかにこのドラマの影響だと思います(笑)


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むばんほう 荒川区 48歳 男性 会社員

1964年生まれのアイドル大好きおじさんです。
初体験はまきばゆみさんです。(70年代のマイナーアイドルです。)
いじめられっ子だったのでメジャーどころに背を向けて生きてきました。
そろそろ思い切りメジャーなAKBあたりに転んでも許されるかなと
思っています。


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元ラジオネーム stilllife (スティルライフ) こと
小高えま 30歳 神奈川県 翻訳業

82年、東京生まれ文化系育ちです。
小学生のころ、ジャンプ、なかよし、りぼん、少コミなども経由しつつ、
ゲーム雑誌マルカツスーパーファミコンからコンプRPG、
電撃スーパーファミコン、スニーカー文庫、月刊ASUKA、季刊CAIN(カイン)
ほかも読む。ゲームもマリオ一作目からやってました。
子供向けのギリシア神話や、星の王子様、ロアルド・ダールなどの児童文学も。
テーブルトークRPGに憧れながら、友達がいなくて独り遊びし、あまつさえ
自由研究でプレイレポート発表しました。

本は何でも買ってくれる親、6歳上の姉がいたことなどで、メジャーから
マイナーなものまで幅広く触れる。

自分にとって文化系の「A」体験といえば、フジテレビ「ウゴウゴルーガ」と
「ポンキッキーズ」。BOSEさんを好きになって、ブギーバックの入った
『スチャダラ外伝』買ったのが初めてのCD。

中学、ロッキング・オン・ジャパンと出会い、また、演劇部に入部。
文化系人生が決定的に。先輩やコーチが、その後演劇界や音楽界でも活躍する
ような人達で、刺激を受ける。芝居に使われた曲も、ムーンライダーズから
ケミカルブラザーズまで多様。この時、エヴァや少女革命ウテナ、
吉本の渋谷公園通り劇場なども通る。

高校の時は下北ヴィレッジヴァンガードの影響も多分に受ける。
コミックキュー的な漫画にも傾倒。

両親が長年の夢であったアメリカ移住を遂げ、外国に興味があった自分も
ついて行く。到着から数日で9.11が起こり、反テロを掲げたブッシュ政権政策を
マイノリティー市民として体験し、憤り、無力感、様々な想いにかられる。
ホームシックからテキストサイト、ブログ、SNS中毒に。

長引くアメリカ大学生活に疲れ、引きこもってた時に見たタイガー&ドラゴンに
癒され、落語にはまり、日本で半年ほど落語家追っかけの日々を送る。
少し後にTBSラジオのLifeやストリーム、タマフルなどにも出会い、
Life言論にかぶれて卒論のテーマは社会学目線で見る落語の分析(英語で)。

帰国後、縁あってTBSで落語関連の仕事をする。この仕事は請負だったので、
正社員職を探していたところ、「オタクで英語出来て文系知識もあるやつ求む」
という誘いを受けて、現在の翻訳事務所に。主にゲームの翻訳をチームで
やってます。そんな今の自分がいるのは完全にこういった文化体験があっての
ことです。結婚相手もネットで出会った文系研究者です。なれそめも音楽の話
から岡崎京子がどうこうとか90年代想い出話からスタートしました。


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ウェルダン穂積(芸人)33歳

NHKの「日本のジレンマ」でLifeの論客でもある宇野常寛さんが
丸山真男の「日本の思想」を連呼していたので、
そんだけ言うなら読んでやろうじゃないの!ということで購入して
ちびちび読んでいます。こういうところから結果的に文化に繋げているって
考えると、ああいう番組の価値って素晴らしいです。


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東京都/1974生/兼業主婦

10歳くらいで初めてラジオを手に入れました。
確かTBSラジオで...19:00か20:00台にやっていた、曜日ごとにジャンルを
分けたランキング番組をチェックし始め、これで、「ジャンル」という
概念を知ったように思います。

ニューミュージックや歌謡曲、演歌などの分けだったでしょうか。
確か金曜日が総合ランキングだった。

おかげさまで、中学に入って光GENJIが流行り出し、周囲の女子が
「かぁくんカッコイー」と下敷きを買ったりしている横で
「デビュー曲は飛鳥涼が作詞作曲えおねェ...」と黙考することに
なってましたね。

このときに私の人生の道ははっきりと別れた、と思います。


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横浜神童 30歳、男

Lifeで久しぶりの文化系な話題で楽しみにしています。

私を形づくった文化体験は「グランジ」です。

洋楽に詳しい近所のお兄さんに憧れていた私は、
中学1年生の時に一人HMVに行き、その時プッシュされていた
The Smashing Pumpkinsのアルバムを購入しました。
人生で2枚目に買ったCDだったと思います。(1枚目はEagles)

中学生ながら邦楽はダサいと感じていて、自分に合うかっこよい
おしゃれな洋楽を探しているところでした。とはいえ、当時の私には
難解な曲が多く、最初は良さがわかりませんでした。
ただ、電車で1時間の通学路で毎日MDウォークマンで同じアルバムを
聴いていたら徐々に好きになり、スマパンのCDは全て買って聞く
ようになりました。

その後、グランジつながりからNirvanaを聴くようになりました。
Smells Like teen spiritを始めて聴いた時は、かっこよすぎてベッドの
上でのたうちまわりました。

学校の友達はGlayやLuna Seaなどのヴィジュアル系ロック好きしか
居なくて、さびしい思いをしたのと同時に、自分にしかわからない
世界を持っているという優越感も持っていました。

グランジにはまったことが、多かれ少なかれ今の自分に影響を
与えていると感じます。まず一つに、ひねくれた性格になったと思います。
曲自体が鬱々としてネガティブな内容だったということもありますし、
「自分だけが知っているという優越感」という快感を覚えたため、
あまり人と共感したりすることに興味を持たなくなったと思います。

また、邦楽を経ずに、洋楽から好きになった自分は、どこか日本文化を
外から見る癖がついたと思います。日本の今のチャートにでている曲を
聴くよりは、昭和歌謡を聴くし、スカイツリーやヒカリエ等の流行の
スポットに行くよりは、ブルーカラーの飲み屋街、立石で飲んだりと、
どこか海外から来た人が新鮮に思う日本という視点で日本文化を見て
しまいます。

また、一人だけの世界という感覚を持ったことにより、マイノリティや
一人で何かをしようとしている人に対して理解ができるようになったと
思います。一般的に「変な人」、と言われるような人でもこの人はこの人の
世界があってこうなっているんだろうな、と思えるようになったのは、
良い影響だったと思います。

今メールを書いていて、ラジオ番組や書籍が直接的な言葉をもって
その人の考え方に影響を与えるのはわかるけど、音楽、しかも、歌詞が
わからない洋楽が人の考え方に影響を与えるというのは、面白いなぁと
思いました。


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にぎりめしほうりなげお

私にとっての、一番大きな文化的初体験と言えるのは、
ファイル共有ソフトのWinMXです。

当時高校生だった私にとって、イリーガルながらも、無料で様々な
ジャンルに触れることの出来るこのソフトウェアは、間違いなく自分が
蓄積してきた文化的教養を大幅更新した存在でした。

例えば、音楽で言えば、当時洋楽ばかり聞いていた自分が日本語ラップ
を聴くようになったきっかけは間違いなく「無料」というのがありましたし、
洋ゲーも、同じように無料でなければ、興味を持っても、実際に触れるまで
はいかなかったと思います。

十年経った今、社会人の自分はどちらのコンテンツにもそれなりのお金を
払っています。しかし、WinMXが無ければ、そのどちらにもお金を払う事
は無いでしょう。

私の同世代のカルチャーは、リッチな表現もプアーな表現もどこかフラット
に取り入れている印象があるのですが、それはどちらも無料のものとして
初めからあったからなのかなー、と今は思っています。

その意味で、さらにフリー化が進んだ今の若者がどういったツールで
初体験を経験者しているかが興味があります。


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佐々木さん出演回は貴重 書店員 29歳

予告編で皆さんが熱く言っていたところの「A」→「B」→「C」の
流れで考えてみました。そうすると、自分にとっては
「兄の影響」→「新・真夜中の王国」→「STUDIO VOICE」
というのがあるなと思いました。

小学校中学年までマンガばかり読み、いっさい活字に触れていなかった
僕が、今や本屋で働いてしまうまでに読書好きになったのは、ひとつ上の
兄から借りて読んだ推理小説がきっかけでした。当時、主にノベルス系で
「新本格ミステリ」という若手のミステリ作家のムーブメントが盛り上がって
いて、これらを兄から借りたり教えられたりする中で、うっかりミステリ・
マニアへの階段を上り始めてしまい、中学以降は完全に本の虫というか、
文化系のレールへ一直線でした。

高校に入ってから、活字以外の文化的世界への視野を広げてくれたのが、
BS放送でやっていた「新・真夜中の王国」。放送開始は1996年、
けれども観始めたのが2000年以降なので、後期のファンということに
なるのですが、映画監督、俳優、ミュージシャン、美術家、写真家、作家など、
多彩なジャンルの方々のインタビューがメインで、そのひとつひとつが興味
深かっただけでなく、(そのせいか、今も対談本やインタビュー番組が好きです)
最新の文化系トピックやニュースの紹介や、鹿野淳さんによる海外のバンドや
アーティストのレクチャーコーナーがあったりと、当時のカルチャーについて
の大事な情報源であり、自分にとっては本当に綺羅星のような番組で、
かじりつくように観ていました。

そして大学在学中、大学の生協で出会ったのが「STUDIO VOICE」です。
忘れもしません。というか、今も手元にあるのですが、2007年の12月号で、
今日も何度も話題に出ているエヴァの綾波が表紙の号でした。この説明不要
にして伝説的な雑誌との、これまた出会いとしてはかなり遅い時期ではありました
が、本日出演されているさやわかさんの記事や、まだ知る人ぞ知る存在であった
Perfumeのアルバムレビューが載っていたり、かなりいろんなジャンルへ手を
伸ばしているつもりになっていたけれど、「まだ僕の知らない面白いものが
たくさんあるんだ!」という衝撃と興奮を覚えました。やや余談ですが、
その後Perfumeには大ハマりしてしまい、ファンクラブにも入りました。

今や、僕に多大な影響を与えた兄は昔のようにたくさんの本を読むわけで
はないようで、「新・真夜中の王国」は大学入学と同時に放送が終了、
「STUDIO VOICE」も休刊してしまいましたが、
いずれも僕の中に今もしっかりと根を下ろしているのを感じる、
大事な思い出であるとともに、紛れもないルーツであると、改めて思いました。

思い出させていただき、ありがとうございます!


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こた

私は今年26になった男です。
自分にとっての「うれしはずかし文化的初体験」は、中学三年生のときに
出会った「クラシック音楽」です。当時の私は、勉強に意味を見いだせず、
学校も荒れており、失恋も続き、学校にほとんど行かなくなっていました。

その頃何をしていたかといえば、当時好きだった女の子(失恋相手)との
関係で、今や懐かしい「テレホ」の時間帯に、漫画やアニメを語るサイトで
夜な夜なチャットに興じたりしていました。進路を決めなきゃいけない時期
にも関わらず、引きこもっていた自分。そんなときに自分の目を啓かせて
くれたのが「クラシック音楽」でした。

小学生のときに聴いていた音楽はいわゆるオリコンにランクしていたような
ものが中心。中学生になってからはその他に古いロックや映画音楽、
ジャズやクラシックも名曲集に入っているようなものを聴いたりはして
いましたが、どれも決定打にはなりませんでした。クラシックに対しては、
やはり「ダサくて、カッコイイとは思えない」というのが当時の心境だった
ように思います。

そんな中、たまたまNHK-BSで偶然放送を目にしたある曲に耳を奪われました。
ストラヴィンスキーという20世紀ロシアの作曲家が書いた『火の鳥』という
作品です。およそ20分ほどの演奏時間、午前中眠い目をこすりながらボーっと
見始めたのですが、段々惹きつけられていき、フィナーレではこれまでには
味わったことのないような多幸感が自分の身を覆いました。終わった瞬間、
この感動を誰かに伝えたくて伝えたくて、ジッとしていられないというような
感覚をいまでもよく覚えています。

その後の私は、「こんな感動を人にも与えたい」と思い至り、1年間の高校浪人
で受験勉強をし、音楽高校に作曲専攻で入学、そのまま音楽大学でも作曲を
学びました。

最初はベートーヴェンやモーツァルトをダサいと思っていましたが、作曲を
学ぶ中で古典の凄さを思い知り、今ではきっかけとなったストラヴィンスキー
よりも敬愛しています。更に人生の価値観を変えるような体験をすることが
できたからです。

現在は、大学院でポピュラー音楽について研究していますが、
「クラシック音楽」を通ってきた耳には、また違った角度から色んなものが
見えてきます。聴く量は減っても、いまだに自分が折れそうになったときの
根幹にあるのは「クラシック音楽」です。「文化的初体験」によって
形成された判断・価値の基準が今でも自分の支えとなっています。


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揉みたい背中 26歳 千葉県

私の文化的初体験はクレヨンしんちゃん劇場版です。
私はクレヨンしんちゃんによる二次成長、言葉遣い真似しないの!
ときつく言われた隠れケツだけ星人世代です。毎週ミュージックステーション
の前は必ず野原一家の日常を凝視し、なんとはなしにしんのすけと成長を
共にしていたと思います。

そんな私に衝撃を与えたのは原恵一監督の劇場版クレヨンしんちゃんです。
特に原監督が脚本・演出から監督になった1作目「クレヨンしんちゃん
暗黒タマタマ大追跡」のオカマと玉を取り合うというシュールな設定を
民俗学的な雰囲気をかもしつつ銃をぶっぱなすロードムービーとしてまとめた
1作で、だだはまりし、以降作品がレンタル化するたびにビデオを借りてきて
は擦り切れるまで見たり、原監督のクレヨンしんちゃん最後の作
「あっぱれ!戦国大合戦」まで公開日に映画館に通う日々を過ごしていました。
地方に住んでいたので、映画館はやはり親子連れが多かったですが、
高校生になる頃には大人でも泣ける!むしろ大人が泣く作品(´;ω;`)!!
と噂されてたので、劇場では堂々と真ん中の良い席でふんぞり返れていた
ような気がします。

今では大阪万博世代を描いた「オトナ帝国の逆襲」など有名になったので
映画好きには理解してもらえるのですが、当時は「成長による喪失」を
学べる良作と話しても周囲には理解してもらえず、一人レンタルを借りて
きては居間を占拠し、正座して笑い転げながら、「大人社会の入り口」を
学んだのを懐かしく思います。

あの当時に原監督の作品に出会っていなければ、私は未だに二次成長して
なかったかもしれないと思うと、出会えた奇跡に感謝するばかりです。
時代のせいかもしれませんが、最近また、「おとなになることは寂しいぞ!」
と言ってくれる作品が減ってきたような気がするので、劇場版クレヨン
しんちゃんを超える衝撃作が出てくるのを願ってやみません。


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kratter (twitterネーム:hal0110)

僕の文化的初体験は宮台真司と宮崎哲弥の「M2:われらの時代に」
です。当時、大学に入りたての僕はサイゾーに連載されていた二人の
対談の愛読者でした。

本当の意味での文化的初体験は小林よしのりの「ゴーマニズム宣言」
でしたが、M2の「戦争でお国のために死ぬのだ!」的な2ちゃん右翼に
象徴される小林よしのりの思想をコキおろすような態度、ディレッタント
で豊富なデータベースから繰り出される二人の掛け合いを下段に描いてある
注釈を読みながらドキドキして読んでいた記憶があります。

一度では咀嚼し切れないので、「これだ!」と思う箇所にはドッグイヤー
と傾向ペンでなぞって何度も読み返しました。

政治から経済、映画時評(キューブリック論、青山真司との3ショット対談)
や音楽(ドラゴンアッシュ論、宇多田ヒカル・椎名林檎論)、性愛論まで
カバーしている二人のようになりたい!と思い、大学では「冠社会学」と
呼ばれる社会学を専攻したくらいです。

今、Lifeを聞いているのも、宮台先生のお弟子さんのcharieという繋がりです。
M2からから派生して、映画サークルまで立ち上げ、自分さがしがこじれて
留年してバックパッカーになったくらいです。そして営業という最も普遍性
が求められる会社で居心地の悪さを感じてからLifeを聞くようになったのも
全てはM2の出会いが始まりだと思います。

色んな人の考えや、思想を消化して「個」というものが形作られるという
ことを、「成長」と呼ぶのであれば、文化系の初体験からいろいろな
文化的体験を通じて、本当の自分が出来上がるのだと思います。


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所詮むさしの 23歳埼玉県在住、理系の大学院生

私の文化的初体験は、本谷有希子さんのオールナイトニッポンです。
それまでなんとなくネタコーナーを楽しみに深夜ラジオを聞いていた
自分にとって劇作家であり、小説家でもある彼女のラジオはまさに
文化的初体験でした。彼女はカレカノの声優もやっていたりと
サブカル方面にも造詣が深く、自ずと他のマンガや小説にどっぷりと
浸かるようになっていました。

そしてDTを奪ったのが本谷さんだとするならばうしろを奪ったのは
特定の本や音楽というよりもヴィレッジヴァンガードという店全体の
気がします。まわりにサブカルに親しみのある人間が少ない中で
ヴィレッジヴァンガードにいけば、最新のサブカルに触れられる。
詳しい人もいる。私にとってヴィレヴァンは至福の空間でした。

文化的入り口の変移を考える上で、サブカルも含めた文化の
アンテナショップという位置づけでとらえ、ヴィレッジヴァンガードの
変貌を追うという観点は大きな意味を持つかもしれません。


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首なしパンダ  東京都 26歳 プログラマー

僕にとっての文化系初体験のABCなのですが

A.好きだった女子が本を読む子だったので、会話のネタが欲しくて
小説を読むようになった。

今にして思えば最初に村上春樹を手にとってしまったのは女子との
会話ネタとしては失敗だった気がしますが、とにかく作品をベタに
読むだけではなくネタ的にもメタ的にも見て考えるようになったのは
思春期の欲が原動力だったように思います。


B.国文学の教官がエヴァ好きで、授業の中で本題そっちのけでエヴァ
の映画版について解説をしていたこと。

僕自身はエヴァのリアルタイム世代より下だったので、エヴァについては
設定が面白い「小道具の優れたアニメ」程度の認識はもっていたものの、
その教官の「アスカは絶対的な他者だからこそ恋愛の対象になりえている」
などの解説を聞き、視点さえ持てば漫画やアニメなどあらゆるものに
時代性や批評性を見出すことができるのだなと衝撃を受けました。
近いタイミングではナデシコやFLCLなど面白い作品もいっぱいありましたが、
フックの多さや視聴者が考えざる負えないような構成など、人を文化系に
引き込む力に関してエヴァには特別なものがあったと思います。


C.大学院での卒業研究に関連して読んだ梅田望夫さんの「ウェブ進化論」

単純に技術的な意味合いでしか興味がなかったITという分野に対して、
社会をいかによりよいものにして行くかという視点を得られたと思います。
ちょうど当時はiPhoneやTwitterが流行り始めだったこともあり、
実際に社会が変わってゆく感じを肌で体感していたことも大きいと思います。


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メグロポリタン 神奈川県

私の文化的初体験は、1995年に放送していたテレビ版の
エヴァンゲリオンだと思います。

私は当時、劇中の碇シンジと同じ14歳の中学生だったので、
難しい事はよく分かりませんでしたが、エヴァに乗った碇シンジが
渚カオルを握りつぶす場面は今でも印象に残っています。余談ですが、
その日は塾があったのにどうしてもその場面から目が離せず、
塾に遅刻したことを今でも覚えています。。。

高校生になってからは、ロッキング・オン・ジャパンを読み始め
くるりやナンバーガールを好んで聴くようになりました。

エヴァとロッキンオンジャパンに共通するキーワードは
「自分語り」や「自意識」だと思います。

1995年は、地下鉄サリン事件や阪神大震災などの大事件が立て続け
に起きるのと同時にITが急速に普及し始めた時期でした。私も子供ながらに、
社会がものすごい勢いで変わっていくのを肌で感じていました。そんな
社会の変化に対する反作用として、「自分はこの先どうやって生きていけば
いいんだろう?」という漠然とした不安があったと思います。
エヴァやロッキングオンジャパンは、こんな私のモヤモヤした気持ちを
代弁してくれていたような気がします。

「ログイン」や「ビックリハウス」もそれぞれの時代の空気をまとって
いたのではないでしょうか?その辺りのお話も伺いたいです。


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リーモー

僕の今の自分を形作るきっかけとなった文化的な体験は高校の演劇部です。

俗にいう高校演劇ってやつで、僕はたまたま入った高校の演劇部が色々
あって創部ほやほやみたいな状態。でも顧問の先生がめちゃくちゃすごい
演出で、音響照明、舞台に必要な環境が人も機材も揃ってるという
恵まれた環境でお芝居を始められました。

そんな中で舞台演出をやっていくうちに、音響のこと調べるうちに
洋楽から邦楽JAZZクラシックとにかく古今東西いろんな音楽に触れ、
衣装について調べるうちに色んなファッション誌を読み漁るようになり、
もうとにかく高校生が舞台の演出をやるとなるととにかく無限に映画や
音楽や様々文化にふれまくるきっかけになりました。

演劇の大会では県でも3位まで入れて、その時に一緒に演劇をやっていた
仲間は今でも親友と呼べる連中ばかりです。僕はもう24ですが今も高校の
部活とはつながりがあって今でもよく遊びにいってますw
(今日も遊びにいってきました)


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スターリング・エレファント 中野区 47歳・男・独居

僕の場合は70年代に創刊された情報誌、タウン誌、その流れを組む、
80年代のリトルマガジン群ということになるでしょうか。高校生だった
80年から82年にかけては『ホットドッグプレス』『メンズマガジン』などは
ガン無視、『GORO』『平凡パンチ』『週刊プレイボーイ』は宮崎美子(笑)
などグラビアだけチェック、『ポパイ』『ブルータス』は映画や本や海外旅行
など気になる特集以外はスルー、『ロッキンオン』など音楽雑誌は全く興味
なかったので存在すら憶えていない、マンガは『ビッグコミックスピリッツ』
を立ち読み、『週刊宝石』の書評コーナーを読み、『本の雑誌』『ぱふ』、
『OUT』などエンタメやマンガ、アニメ雑誌も立ち読み『アニメック』
だけは多少はアニメ評論というものの萌芽があったので購入、映画雑誌は
『キネマ旬報』を定期購読という状況でした。今から振り返っても
じじむさい感が致しますね。

そんな中やはり一番影響を与えられたのは関西の情報誌
『プレイガイドジャーナル』通称『プガジャ』(のちに正式に『ぷがじゃ』)
でした。B6判の本当のリトルマガジン、月イチ発行、映画や演劇、
ライブハウスのスケジュールを中心に、それ以外にも書評、マンガ評、
レコード評、あるいは社会問題に関する会合や、イベントなどの告知も。
反原発運動や各種の抗議行動など、今ならブログやツイッターなど
ソーシャルネットワークで拡散していくようなものが、全て並列に
掲載されていることが特徴でした。

つまり、京一会館や大毎地下劇場、戎橋劇場、三越劇場、香里園シネマなど
の名画座の番組編成、コンサートも名画の上映、試写会も催していた
中之島SABホールのイベント、厚生年金会館やサンケイホールで行われる
コンサート、神戸のチキンジョージなどライブハウス、アルバトロスや
オレンジルームなど小劇団の上演情報と、例えば食品の安全に関わる問題や
左翼的な社会活動のイベントなど、ごった煮的な情報を眺めていたわけです。

ぼくは映画ファンなので、もちろん映画の上映情報がメインで読んでいたの
ですが、ほかにも読みでのある記事やコラムが掲載されており楽しかった。
『ぴあ』と違うのは、この雑誌はただ情報を並べるだけでなく、きちんと
した批評も載せていたことです。

例えば誌面にはピンク映画の若手有望株で初の一般映画『ガキ帝国』を
撮影中で、厳しいスケジュールにボロボロになっていた若き日の井筒和幸監督
の連載や、マンガ評論、フリー編集者として台頭してきてのちに『プガジャ』
の編集長となる村上知彦、その盟友であり関西自主映画界のスターだった
大森一樹、マンガでは『がんばれ!タブチくん』『バイトくん』のヒットを
飛ばした、いしいひさいちの連載、あるいは『猟奇王』の川崎ゆきお
(ゆでたまごのいとこか、伯父さん)、ひさうちみちおなど個性的な面々が
揃っており、まさにカオス。

そこへ作家として独立した椎名誠のインタビューが掲載されたり、
INUこと町田町蔵やスターリンが取り上げられたり、遊ぶ本屋ことマンガ専門店
わんだーらんどの店長がフィーチャーされたり、後々誌面がB5判と大きく
なってからは、明確に洗練されたサブカル雑誌を志向し、大友克弘や吉田秋生
のインタビュー、村上春樹、川本三郎らの連載、そして竹内義和や中島らも
らが、名を上げていく。

大阪からは和泉山脈という山で隔てられ、文化果つる僻地、和歌山に住んでいた
高校生のぼくにとって、そのごった煮的(実際、レイアウトなど、誌面はとても
洗練されているとは言い難かった)な情報が、サブカルとの出逢いであり、
ひいては都市の歩き方、街場の掟みたいなものを教えてくれた、貴重な道案内
でした。

自分の高校、大学時代と丸かぶりしているから、やはり忘れ難い。
『関西版ぴあ』の創刊や、経営者と編集サイドの対立、バブル期を迎え読者の
嗜好も変わってきたのか、こういうサブカル志向とイベント情報を折り合わせた
雑誌は経営的に苦しくなったようで、88年には廃刊となります。

今や『ぴあ』もなくなり、人はネットに氾濫するタダの情報しか望んでないの
かも知れません。もちろん、ぼくもその恩恵を受けてはいます。ソリッドの自分の
興味ある情報だけを検索していればいいのかも知れない。

しかし、あの情報の並列、ごった煮、そして批評性を備えた『プガジャ』を読む
ことによって、全く関心のなかったジャンル、カルチャー、人について興味と
知識を得たことは、個人的に大きな財産になっていると思いたい。そう今の自分
を形作ってくれたもの、それが『プガジャ』でした。


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ワタナベ 34歳 東京都在住 フリーター

私の文化的初体験といえば、やはり現代美術の大御所、
村上隆さんでしょう。

村上さんが今ほど世界進出する前の、1997年の事です。
たまたま知人に誘われて行った愛知県立芸術大学の学園祭で、
イベントの一つとして開催されていた村上隆トークショーに遭遇しました。

美術とは無縁の普通大学に通っていた私にも、
村上さんの熱いアート系トークはとても興味深く感じられました。
上から高尚な文化を押し付けるような内容ではなく、文化とは何か、
美術とは何かを解析しようと試みる彼の基本姿勢が、無教養な私にも
受け入れやすかったのかもしれません。

また当時、村上さんがアメリカ留学から帰国した直後という事もあり、
時々英単語が混じりながら進められるトークは、(日本の絵画は
トゥーダイメンションの構造が云々...みたいな)何となく理解できるけど、
ちょっとハイブローで高尚な感じもする。でも決してオシャレではなく、
どこが不器用で、そんなところに共感を覚えた気もします。

私はそのトークショーの後、美術に興味を持ち、美術史の本とかを
読み漁るようになり、地方から東京に足繁く美術展を見にくるようになり、
その後普通大学から美術系の大学院に進学し、自分で絵を描くようにもなり、
作品発表などをするようにもなりました。実際に文化の片隅の片隅に関わる
ようになったことで、村上隆初体験の頃と比べたら文化という枠組みの
捉え方も随分と変化したと思いますが、昨今Twitterで村上さんが暴れてる
のをみるたびに、初心を思い出す。そんな私の文化初体験です


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岩手県盛岡市:超光速厩務員

まぁ...誰にも同意されないのは承知で言えば、
私の《文化的初体験》といえば『競馬』ですな。そして、それは今も継続中。
競馬以前にも本であったりアニメーションとは接触してはいましたけど、
それは《私の中の世界》なので、文化的初体験とはちょっと違う。

岩手の馬でスイフトセイダイというのがいまして...大きくて、強くて、
そして美しい馬でした。他の人は知りません...が、私の場合は博打ではなく
《馬ありき》のスタートでした。なので、常に競馬は《自分の価値観と現実との闘い》
でもあります。自分が《良い》と思う馬が常に勝つワケではない。
多くの場合、レースがスタートして2分後には『自分のどこが間違っていたのか』
を考えることになる。自分も含めて、競馬場に集う人間をみていれば
《人とはいかに自分に都合のいい情報にすがるものか》がよくわかります。
そして、人間とは、いかに他人(の情報)にすがり、他人に責任転化をするものかも...。
まぁ、なんです、随分私も謙虚になりましたよ、競馬のおかげで。パドックで
一番邪魔なのは《自分》というファクターですもんねぇ。

それだけではなく、競馬のおかげ、馬のおかげで《生物学》、
馬産に関連する《農政》、地方競馬に関連する《地方自治体の運営関連》に
関してはずいぶん真剣に勉強しました。無論、世界の馬産、競馬に関しても...。
正直、世界の、日本のことは、全部《競馬と馬が教えてくれた》といっても
いいくらい。ま、伝わらないだろうな。

追記:天皇賞・秋はとれました。昨日のスワンステークスもとれました。
今のところ、《自分と現実とのすり合わせ》は上手くいっているようです。
と、思っている時点で既に《傲慢の虫》にとりつかれているのですけどね。


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鶴賀太郎

「私と映画のABC」【雑誌編】

A) 「ワイドショー」
私は「ワイドショー」派でした。中学の入学とともに買い始め、
フィービー・ケイツとリー・トンプソンに胸をときめかせ、後ろの方の
白黒ページにおっぱいを探していく中で大作以外にも関心がいくように
なりました。気づけば一人で「ファンダンゴ」を観に行くような渋い
中学1年生になっていました。

B)「ニューズウイーク」
高校に入ると背伸びをして親に購読してもらった「ニューズウィーク」
の映画評にハマりました。それまで見て来た日本の映画評は大人の事情か、
どれも提灯記事のようなものばかりだったのに対し、「ニューズウィーク」
ではヒドイ映画や演技はボロクソにけなす他方、いい映画や俳優はきちんと
褒めていました。それが私の実感と一致していたので、とても重宝していました。
今となっては評者の名前を覚えておかなかったことが悔やまれます。

C)「広告批評」
大学に入ってから買い始めた「広告批評」に連載されていた
「淀川長治とおすぎの名作映画コレクション」に色々な意味で童貞をもって
いかれました。これで邦画や単館系の映画の面白さや、愛すべき先輩を慈しむ
おすぎさんの淀川さんに対する眼差しを学びました。今でも
「二人ならこの映画をどう切っていただろう」と思うことがあります。
あらためて淀川さんのご冥福をお祈りします。


「私と映画のABC」【メディア編】

A) 「日曜洋画劇場」
私と同世代の人ならこの番組を通っていない人はいないでしょう。
深夜の映画や昼間のテレ東の影響もバカにならないですが、
イニシエーションといえば「日曜洋画劇場」です!

B)「Show BIZ Today」
90年代にやっていた深夜番組。
ビルボードチャートと全米映画興行収入のカウントダウンに加え、
スターのインタビューを30分の中で小気味よく紹介。
たしかオリジナルはCNNの制作。この映画のカウントダウンでは各映画に
一言の寸評が付いており、淡々としているのに毒の効いたそのコメントに
しびれていました。

C)「ウィークエンドシャッフル」
正直言うと「シネマハスラー」を聴き始めた頃は、宇多丸さんと意見が
合わないことが多くありました。でも聴いていくうちに宇多丸さんの
論理的な映画の見方がとても参考になり、それによって私の映画の見方にも
大分広がりがでてきたような気がします。そして宇多丸さんに影響されたのか、
気づけばわりと宇多丸さんと同じような感想を持つことが多くなってきました。
特に宇多丸さんが大人の事情や人間関係と自らの矜持の間に挟まれ悶絶しながら
映画評をする回は最高です。


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となりのかべ 愛媛県 39歳

自分はラジオが文化への入り口となっている気がします。

小学生の時に、クリスマスプレゼントでポケットラジオを両親からもらい、
そこからラジオと共に生活しているようなものです。もっとも地方で
暮らしているので、東京の放送というより地元ローカル局の番組を聴くことが
多かったのですが、中学生の時、東京からネットされる深夜放送を聴いて
その面白さにはまってしまい、中島みゆき、デーモン小暮、サンプラザ中野、
鴻上尚史などのオールナイトニッポンを聴いては、翌日学校で友達と
放送内容について盛り上がっていました。

「さだましのセイヤング」に至っては、広島ではネットされていないにも
関わらず聴きたいがため、アンテナを東京に向けて雑音のなか、必死に
聴いていた記憶があります。そこで投稿される「はがき職人」さんのお便り
にずいぶん楽しませてもらいました。もっとも、自分は面白いこと
書くセンスはないようで、読まれた記憶はあまりないです。
そういえば、「はがき職人」から構成作家になった人もいたと思います。

20数年前はメールという個人が文章を書いて相手に送ることが
簡単にできるツールはなく、「はがき」という限られた空間の中でいかに
パーソナリティに読んでもらえるかを競っていた時代。自分の何度か投稿した
記憶をたどると、文章を書いて推敲し構成しとかなり時間をかけていたと
思います。時には面白い投稿をする人の文体をまねてみたりもしましたが、
なかなか採用されることはなかったですけどね。

時代がすすんでメールやTwitterでも番組に投稿できるようになった現在ですが、
「はがき」のみでお便りを受け付けている、山下達郎「サンデーソングブック」
を聴いていると読まれるお便りの内容や表現がまとまっていていいなあと
思うことしばしです。たぶん、いちど紙に落とし込むということは、
自分が書いた文章を読み返すという作業が必要になってくるからではないか
と思っています。

文化的初体験というと雑誌やテレビ、ラジオに影響を受けて、
音楽が好きになって人生が変わったなんてことになるのでしょうが、
学校の作文以外に文章を書く、その文章を番組で読んでもらうというのも
体験の1つではないかと思います。そのあたり、Lifeに出演されている方は
文章を書くこと生業にされている人が多いと思いますので、
何をきっかけに文章を書くようになったかも話のひとつにしていただければ
と思います。


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K.S.H. 大阪府 25歳

ぼくが中学生のとき、KICK THE CAN CREWやRIP SLYMEが
すごく流行りました。それまでの日本のヒップホップは、
ベースボールキャップを被ったイカツい兄ちゃんのマッチョイズム、
悪く言えば黒人ギャングの真似事の音楽が主流だったのですが、
それとはまったく別の日本の風俗にあった、スマートにラップする
スタイルが衝撃的でした。

当時はメジャーシーンで売れてランキングに乗ることがかっこ悪い
ことだという風潮があり、メジャーとアンダーグラウンドで対立する
動きが目立ち、ぼく自身も振り回されていました。キングギドラが
他のアーティストを「セルアウト」だと曲中でdisっていたのが象徴的で、
記憶に残っています。

最近ではアンダーグラウンドの人が、ラップを始めたキッカケや
影響を受けたラッパーに、かつてはセルアウトだとされていた
アーティストを挙げていることも多く、そういう世代なんだなぁと感じます。
「lyrical school」という「清純派ヒップホップアイドル」を掲げた
アイドルグループが活動していたり、「ヒップホップとは?」みたいなこと
をあまり気にしなくなったのかな、と思います。


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はちごろう 38歳 練馬区 自営業

小学校3年生の時、親から防災用の携帯ラジオをもらいました。
それをきっかけに、僕のラジオライフが始まりました。

最初に聴いたのは当時TBSの若手有望株だった松宮一彦アナが
担当していたTBSラジオの夜ワイド「夜はこれから」でした。
とはいえ夜中まで聴きとおせるほど宵っ張りではなく、せいぜい10時
ぐらいには寝落ちしてしまっていたのですが、それでも番組内で松宮さん
がリスナーに電話を掛ける際、「夜分遅く申し訳ありませんが・・・」と
言うのを聴いて夜に誰かの家に電話を掛けるときはそう断るのが礼儀なのだ
と教わりました。この番組は毎週木曜になると松宮さんが追っかけアナ
としてTBSテレビの「ザ・ベストテン」に出演する関係上、木曜日だけ
違う人が担当していました。それが当時「コサラビ」と呼ばれていた
関根勤さんと小堺一機さんでした。どんな内容を喋っていたのかは
ほとんど覚えていませんでしたが、二人は放送中ずっと爆笑していて、
その笑い声につられて爆笑していたのを覚えています。

その後は、吉田照美さんの「てるてるワイド」や三宅裕司さんの
「ヤングパラダイス」などを聴いていましたが、高校生になっても
深夜放送を聴けるほど遅くまで起きていられなかった僕は、録音予約が
できるラジカセを手に入れた高校2年生になるまでオールナイトニッポンは
ほとんど聴いたことがありませんでした。ですから、僕にとって最初に
はまった深夜放送のスターはたけしさんでも、とんねるずでも、伊集院さん
でもなく、当時土曜の夜に文化放送で放送していた「セイヤング」の
さだまさしさんでした。

そしてある程度夜中でも起きていられるようになった大学生の頃、
土曜の夜は11時から文化放送の「セイヤング」を聴き、0時半から
TBSラジオの「コサキン怪傑アドレナリン」にチューニングを合わせ、
そして深夜2時から「林原めぐみの東京ブギーナイト」を聴いて眠りにつく、
という生活をしていました。

その後、家業のクリーニング店を手伝うようになってからは僕のラジオ生活
はさらにエスカレートし、森本さんと悠里さんの小競り合いを聴きながら
仕事をはじめ、「なかなかTBSは昼の番組が定着しないね」なんて思いながら
夕方になるとまだ穏健だった「こども電話相談室」や若山源蔵さんの
「TOKYOダイヤル」を聴くという生活に入っていきました。
当時はラジカセ1台だった僕の所有ラジオもいまや一部屋に1台の勢いで、
毎日なんらかのラジオを聴きながら生活しております。


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21century schizoid man

私が美少女アニメに触れたのは多分中学2年の頃で、
もともと声優の林原めぐみさんのラジオを偶然聴きそこから聴き続けて
いたので林原さんが出ていた名探偵コナンとかいわゆる非美少女アニメは
普通に見てましたが、萌え系の絵で女の子のハーレムの中にいる男という
設定の美少女アニメは私のいた岩手県盛岡市では地上波でやっていません
でした。(たしか高校2、3年のときにらき☆すたが深夜に放送されてました。)
ちなみにアニメのEDでキャストの名前をチェックする習慣も声優ラジオの
おかげ生まれました。

そんな状況を変えたのがWOWOWでした。我が家は加入してなかった
のですがたまにチャンネルを合わせると洋楽のアーティスト特集や
ハリウッドExpress的な番組が見れることを知ってました。(そこで洋楽に、
特にFOO FIGHTERSに目覚める)その頃WOWOWでは同じように
無料視聴枠がアニメにもあって、そこで美少女アニメ「まぶらほ」に
出会い私の生活を変えました。

我が家にはTVがリビングに一台しかなかったのでアニメの放映時間帯
の午後六時あたりになると3つ上の姉が既に家に帰っていた事が多く、
自意識と姉の視線の2つの視聴阻害要因がありリアルタイムで見る
ことができませんでした。

それを解決したいがためにビデオレコーダーの必要性を親に説き買わせ、
勉強頑張るからとWOWOWに加入をさせ、ビデオとテレビの配線接続を
美少女アニメがみたい欲望で自分の金でケーブルを買い試行錯誤して
ビデオ録画を可能にしました。結果母親や姉がいないときにWOWOWの
録画したアニメを見るという習慣ができました。

現在は美少女アニメを含めていろんなアニメをチェックしてますが
このときの美少女アニメとの出会いは大きかったのだろうと思います。


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がらん 名古屋市 1964年生まれ

私は メディアクロスマガジン「バラエティ」です。
角川のアイドル誌と思われがちですが、この雑誌はありとあらゆるジャンル
を網羅しており、高校生の私には先生であり、映画、音楽、小説を楽しむ
初歩を教わりました。主流ではないものに惹かれるようになったのは
この雑誌の影響だと言えます。
マイナーなもの、あるいは良識派の大人から軽くみられるものを溺愛して
しまう私の性向に決定的な影響を与えたことは間違いありません。

とくに、高校の卒業式の翌日に6人で見に行った日活ロマンポルノにはまり、
先ほど亡くなられた若松監督がオーナーの「シネマすこーれ」という映画館に
にポルノがかかっているのを知り毎週通いました。「バラエティ」のB級映画
を偏愛する特集がその精神的裏づけとなり、森田芳光、石井隆、根岸吉太郎、
滝田洋二郎等の映画に出会うことができた豊かな時代でした。


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らおた 42さい男性

大学に入るまでは小ネタが大好きで大したことをしていませんでした。

「今の自分」を形作るきっかけになったのは何もする事がなかった夏休み、
エロ雑誌に載っていた「コミックマーケット」の記事でした。エッチなものを
見たいというわけでもなく、暇つぶしに行っただけなんですが、そこで、
「評論」というジャンルを知りました。そのサークルでは様々な研究をする
人達が集まっていて、彼らが「ホームパーティー」をやっているという
「NIFTY SERVE」に入る為、パソコンをリボ払いで買いました。

「NIFTY SERVE」に入ると、研究している人達が参加している
「コレクターズフォーラム」という所に出入りするようになりますが、
私はこれといったコレクションを持っていません。一人暮らしをしていたので、
いくらあっても困らないカップ麺のフタを集めるようになり、そこで、
インスタント麺研究家の大山即席斎さんと知り合う事になります。

大山さんがラーメン博物館にパッケージを展示するという企画があるそうで、
打ち合わせについて行きました。そこで食べたラーメンに感動し、ラーメン
を食べ歩くようになりました。その1年後、テレビチャンピオンで優勝して、
ラーメンを食べたり語ったりする事がライフワークになって、今に至ります。

「あの日あの時あの場所で君に会わなかったら」という歌詞がありますが、
私の場合は明確に、1995年の晴海の夏コミがきっかけでした。そういえば、
その同人誌の主筆も、ビックリハウスのエンピツ賞受賞者だったそうで、
私より年上の方はかなり尊敬していたようなのですが、私にもその凄さが
理解できませんでした。


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にんじんポタージュにシナモンを振る

私にとっての文化的、というか社会的初体験はLifeです。

私は外国人で、親の仕事の関係で日本に来て、インターナショナル
スクールに通い、テレビもほとんど見ずに暮らしてきました。
今は日本の大学に通っていますが、日本社会に関する知識は人と比べて
圧倒的に少なかったと思います。

初めてLifeを聞いたのは2年前で、自分が今まで住んでいた日本社会に
ついて知らないことが多すぎることに気づいてびっくりしました。
自分が外人で、自分が普通でないという認識はありましたが、自分の周りの
環境は普通の日本社会だろうと信じていたのに、Lifeで語られる様々な事象は
遠い国のことのようでした。そこでようやく日本社会に対する好奇心が持てました。
その後はニュースをチェックしたり、図書館で本を漁ったりして自分なりに
知識を補っています。

あとLifeを聴いて、自分が日本社会の中で少数派であることを常に意識する
ようになりました。それは外人だから、というより、自分が今属している
コミュニティが少数派であり、このコミュニティの中での考え方が外でいつも
通用するとは限らないと悟ったからです。社会と一言で言っても中には色々な
コミュニティがあるし、なかなか一括りにできないものですが、自分の属して
いるコミュニティの外をきちんと認識することは、少数派になったことのない
人たちにとっては中々難しいことなのではないかと思います。私は既に外人
というマイノリティであったことと、Lifeなどで知識を蓄えたことで、完全に
理解することは出来ないけど、考え方の違いを認識して尊重するところまでは
何とか来れたかなと思います。

インターネットなどで自分が能動的に手に入れられる情報は自分が知っている
ものに限られてしまうので、自分が何を知らないかを教えてくれるものが必要
になると思います。私にとってのそれLifeで、今のところすばらしく機能してる
と思います。

取り留めのない文章ですみません。
最後に、Lifeを作ってくださって本当にありがとうございます。
これからもずっと続けてください。応援してます。

こちらこそありがとうございます。今後ともよろしくお願いします(スタッフ一同)

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2012年10月28日「うれしはずかし文化的初体験」感想戦

・海猫沢めろん.com
 Life感想戦「うれしはずかし文化的初体験」
 http://uminekozawa.com/2012/11/lifekanso/

・試みの水平線 常見陽平公式ブログ
 【メルマガ配信】うれしはずかし文化的初体験
 http://blog.livedoor.jp/yoheitsunemi/archives/54240841.html

・大都会の粋な日々「うれしはずかし文化的初体験」
 http://ameblo.jp/daiki452/entry-11399518513.html

・巨神兵の日記
 文化系トークラジオLife「うれしはずかし文化的初体験」を聞いた
 http://d.hatena.ne.jp/kyo_shing_hey/20121029/1351502830

・レジーのブログ
 私の音楽的初体験、ついでに「若手論壇」と「音楽」の距離感について
 http://regista13.blog.fc2.com/blog-entry-37.html

・tomonr1984 
 Life感想戦「うれしはずかし文化的初体験」その1
 http://tomonr1984.blogspot.jp/2012/10/life201210.html

 Life感想戦「うれしはずかし文化的初体験」その2
 http://tomonr1984.blogspot.jp/2012/10/life201210_30.html

 Life感想戦「うれしはずかし文化的初体験」その3
 http://tomonr1984.blogspot.jp/2012/10/life201210_31.html

 Life感想戦「うれしはずかし文化的初体験」その4
 http://tomonr1984.blogspot.jp/2012/11/life201210.html

・STILLLIFE「発掘「女子とオタク-満身創痍のクロニクル-」
 http://d.hatena.ne.jp/stilllife/20121110/1352560316

・長野太一「うれしはずかし文化的初体験」の感想戦
 http://kothiba.sakura.ne.jp/wordpress/?p=985

・オトシゴ日記「ひとりゴジラと超全集(10月Life感想に代えて)」
 http://blog.otoshigo.net/2012/11/10life.html

・diaspora my bloody valentineの思い出
 http://art-math-taipei.blogspot.jp/2012/11/my-bloody-valentine.html

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