ゴーゴリは、十九世紀のロシアの作家。

ドストエフスキーなど後(あと)に続く作家に大きな影響を与えたと言われています。

『検察官』は、1836年に完成させた戯曲です。

 

ニコライ・ゴーゴリは1809年、ウクライナの小さな村に生まれました。

父はアマチュアの劇作家で、ゴーゴリ自身も、学校時代、演劇が得意だったそうです。

彼は、その後、帝政ロシアの首都ペテルブルクに出て、下級官吏をしながら、

小説を書き始めました。幻想が入り混じった『鼻』や『外套』が有名です。

今回の戯曲『検察官』を書き、翌年、上演されると、庶民の喝采を得ると同時に、

政治を批判するものだと言われ、賛否両論の嵐が沸き起こったそうです。

ゴーゴリは、その評判に恐れをなし、ロシアを逃げ出して、

その後は、主にドイツやイタリアで暮らし、1852年、43歳の若さで亡くなりました。

 

 

| 作者・作品紹介 |

芥川龍之介の初期の名作『羅生門』彼が23歳のときの作品です。

『帝国文学』という雑誌に掲載されましたが、すぐには、認められませんでした。

 

夏目漱石の門下に入り、次に書いた『鼻』を漱石に誉められて、

世間の注目を集めます。漱石が最後に誉めた男、芥川龍之介。

その短編小説の完成度、切れ味の鋭さは、他の追随を許さず、

多くのテーマを問いかけています。

『羅生門』は、今も高校の教科書に採用されている傑作。黒澤明がベネチア映画祭で金獅子賞をとった映画の原作としても有名です。

 

芥川龍之介は、とにかく好奇心・向学心が旺盛で、日本の古典作品

『西遊記』『水滸伝』。中国文学、イギリスやフランス文学などを、

幼少期から読みあさっていました。

『羅生門』は、『今昔物語』に着想を得て、人間の中の悪に焦点を当てた作品。

この作品で、芥川龍之介は、一躍、時代の寵児になりました。

 

 

| 作者・作品紹介 |

今年2月、作家松谷みよ子さんが、お亡くなりになりました。

哀悼の意を込めて、番組を制作しました。

 

作家 松谷みよ子 1926年、東京生まれ。

17歳で、初めての童話「とかげのぼうや」を執筆。

その後、民話を採集しそれを土台に『龍の子太郎』を創作。

『龍の子太郎』は、国際アンデルセン賞を受賞しています。

「モモちゃんとアカネちゃんシリーズ」では、

児童文学でタブーとされた両親の離婚なども、自然に取り入れています。

その他、原爆を扱った『ふたりのイーダ』や

『私のアンネ・フランク』など、社会問題に取り組んだ作品、

さらに、『いないないばあ』など赤ちゃんの本シリーズ、

現代の民話など...。心の残るたくさんの作品を残されました。

| 作者・作品紹介 |

夏目漱石の処女作にして傑作、『吾輩は猫である』

漱石がこの作品を書いたのは、今から110年前。彼が40歳のときでした。

イギリスへの留学から帰国して、帝国大学講師として、英文学を教えながら、

高濱虚子のすすめで、俳句雑誌『ホトトギス』に、

小説を書きます。当初は、最初に発表した一回かぎりでしたが、

あまりに評判がよかったので、続けて書くことになりました。

この小説には、漱石自身が投影されていて、彼の好みがふんだんに

取り入れられています。

たとえば、落語。漱石が愛した落語のように、エピソードごとにオチが

用意されていたりします。

また、ストーリーで読者をひっぱるのではなく、短いエピソートで

つなぐという手法も、当時は画期的でした。

| 作者・作品紹介 |

イタリアの作家、カルロ・コッローディがこの作品を書いたのは1881年。

今から134年前の小説ですが、大人になるということ、人生の真理など、

今も色あせない奥深いテーマがぎゅっとつまった作品です。

 

作者カルロ・コッローディは、1826年生まれ。

イタリアのフィレンチェ出身です。

幼い頃は、あまり勤勉な子供ではなかったようです。神学校も途中で退学。

17歳のときに出版社で働くようになって、いろんな知識や教養を身につけました。

21歳の時に、雑誌に投稿して、作家としてのスタートをきります。

『ピノキオの冒険』を子供新聞に連載したのは、55歳。

彼は63歳でこの世を去るのですが、この作品がこんなにも世界的なヒットに

なるのを知ることはありませんでした。

| 作者・作品紹介 |