トークパレット木曜日「スタンバイ・ブックナビ」

2007年09月27日(木)

田家秀樹 『小説吉田拓郎 いつも見ていた広島 ダウンタウンズ物語』
小学館 1785円

今日の担当は書評家の岡崎武志さんです

 ★ちょうどほぼ一年前の9月23日に、静岡県掛川市で吉田拓郎とかぐや姫による、野外での大コンサートが開かれました。平均約50歳、3万5000人が終結し、その中に私もいたんです。この本は、70年代の日本の音楽シーンを引っ張っていったと言われる吉田拓郎の青春時代を小説のかたちで描いたものです。

★吉田拓郎は1946年鹿児島の生まれで、小学校の途中から広島へ移る。以後、大学までずっと広島で過ごします。この本は、1965年、拓郎18歳の時に、ジョン・レノンにファンレターを書くところから始まります。広島にはベンチャーズみたいなバンドばかりでビートルズのようなバンドはいません。僕たちは
ビートルズになりたい、と書きます。拓郎は1970年にプロデビューしますが、それまでは広島で、いろんなバンドを組んで音楽をやっていた。

★最初は高校時代、ウクレレとギターでプレスリーやアメリカンポップスを歌うバンドを作っている。ウクレレが入っているというのが今から見ると異色ですが、このころハワイアンのブームがあるんですね。そのあとエレキバンドを組むが、メンバー4人でエレキギター1本しかない。まず楽器がなかった。拓郎はドラムをたたきます。名前はバチェラーズ。演奏だけではなく、歌もうたい、作詞作曲もする点が当時としてはユニークで、人気を集めます。

★広島のカワイ楽器店長の勝野という若者が、この拓郎を気に入り、2階を練習場に貸したり、いろいろ相談に乗ったりする。必ず青春時代、こんな兄貴分というか、教師的な役回りをする人が登場します。

★この本では、時代は60年代後半、ちょうど日本の若者の音楽が、ベンチャーズからビートルズへ。ポップスからロック、フォークへ。グループサウンズのブームがあって、フォーク・クルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」の登場と、目まぐるしく変わっていく様が伝えられる。拓郎と言えば、フォークと言われますが、実は、いろんな音楽のバックを背負って登場してきたことがわかるんですね。

★おもしろいエピソードがいくつかありまして、例えば、このバチェラーズの時代、プロになるため一度上京している。西も東もわからず、訪ねたのが渡辺プロ。この時応対してくれたのがチャーリー石黒。エレベーターですれ違ったしゃがれ声の若者がいた。あとで考えるとあれが森進一。結局このときはプロ入りを挫折する。このあと、ボブ・ディランを聞いて決定的な影響を受け、ボブ・ディランが若い頃家出をしたと知り、とにかく家出をして、半年ぐらい千葉のお寺に居候したこともある。若いですねえ。これも挫折して、広島へ帰り、一時お茶を教えていたというから驚きます。母親がお茶の先生だったので見よう見まねで覚えたといいます。名前が吉田宗拓。

★後半はダウンタウンズという、より強力なグループを作って、岩国基地で米兵相手に演奏したり、コンサートをしたり、いよいよ広島では名前が知られるようになっていく。吉田拓郎と言えば、70年代颯爽とデビューして、あっというまに音楽のヒーロー的存在となるので、こういう挫折の時代、アマチュアバンドの時代を知る人は少ない。だから、拓郎のことをよく知らない人でも、未来を夢見て音楽をやっている若者にとって、共感するところが多い小説だと思います。青春小説としてもよくできていると思うんですね。

一覧へ戻る

ページトップへ