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2014年10月20日(月)「誤報の大研究」(ディスカッションモード)

ディスカッションモード

■テーマ

「朝日新聞の問題をきっかけに考える。

 誤報はなぜ起きるのか?その本質とは?

■スタジオ

マスコミ研究などが専門の専修大学教授・山田健太さん

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元「噂の真相」副編集長でジャーナリストの川端幹人さん

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元朝日新聞編集委員で桜美林大学教授の早野透さん

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★新聞など各社の方へのアンケート回答全文★ 質問1:「印象に残っている自社の誤報は?」 質問2:「印象に残っている他社の誤報は?」 質問3:「社内で誤報を防ぐために行っていることは?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ※TBSラジオ・崎山敏也記者 1:毎日新聞勤務時代の「誤報」。  1989年の6月に、毎日新聞が「グリコ・森永事件のグリコ社長誘拐事件の主犯と実行犯ら4人の取り調べを捜査当局が始めた」と書いてしまったのは有名な誤報ですが、これは、その2年近く前のことです。1987年10月22日の毎日新聞1面「グリコ・森永事件のグリコ社長誘拐事件で、事件当日、社長宅の隣の社長の母親の自宅に侵入した疑いで、49歳の男から事情聴取を始めた。グリコ・森永事件で捜査当局が容疑を抱いて、特定の人物を調べるのは初めて」という記事です。当時、私は神戸支局に勤務していて、捜査本部のある西宮警察署や兵庫県警本部を先輩記者が担当していました。しかし、この記事は神戸支局が書いたのではないのです。  東京本社から、警察庁などを担当する記者が「絶対間違いない」というから、と、明日の朝刊に載せたいと言ってきました。しかし、神戸支局では「そんな話は聞いたことがない」と載せるならこちらは責任は持たないよ、という感じでした。結局、記事は朝刊に載りましたが、兵庫県警の幹部に取材しても「そんな有力な容疑者はいませんがな」という答え。東京の方からも続報は出ませんでした。そして、およそ2か月後、社会面の隅に小さく「捜査本部は事情聴取を続けていた49歳の男について、容疑が薄いとして調べを打ち切った」と載りました。  これは誤報でしょうか?少なくとも毎日新聞社は誤報と見ていません。謝罪もしていません。しかし、読者からみたら、1面トップで、「グリコ事件の容疑で特定の人物を調べ始めた」と書かれたら、グリコ・森永事件の有力容疑者が見つかったと思うのではないでしょうか?私は「誤報」の範疇に入ると思うのですが。  ○TBSラジオ勤務時代の誤報  やっぱり、松本サリン事件の第一通報者、河野義行さんに関して、「除草剤調合ミスか」などの報道で、各紙や各放送局、そして新聞を引用する形で各放送局が犯した誤報です。私は事件発生時は海外出張中だったので、直接取材にはゆきませんでした。ただ、各紙の記事を読んだ結果「各紙の報道通りだったとしたら、河野さんの家にある農薬や薬品類では、絶対にサリンはできない」と判断していました。私は科学史を大学で学んだ際、毒ガス兵器についても学んでいて、サリンの前駆物質がどういうものなのか、など大体把握していたのです。  長野からの報道は地元局のSBCに任せていましたが、私はTBSラジオのデスクに「この件は、断定的に報じると、誤報になる。絶対に容疑者とみられるような報道をしてはいけない」と進言、表現を和らげていました。しかし、当時、あるニュースデスクが、私の目の届かないところで、この事件と河野さんについて触れ、「犯人なんだったら、本当のことを早く言えばいいのにね」などと放送で言ってしまいました。それを止められなかったのは痛恨でした。 2:1989年8月の読売新聞は「幼女連続誘拐殺人事件で逮捕された宮崎勤容疑者の秘密アジトを山中で発見」と報じました。「秘密アジトの発見、捜索で、これまでの宮崎勤容疑者の供述の矛盾点、疑問点がことごとく解明される」となっていました。しかし、一読して思いました。記事には、そのアジトとされた山小屋へ至るハイキングコースの写真は載っています。しかし、山小屋(アジト)そのものの写真はありませんでした。なぜ撮影できないのでしょうか?またアジトとされた山小屋がどういう建物なのか描写もなく、押収された「有力物証多数」というものも具体的に書かれていませんでした。これは、「飛ばし」た記事かもしれないと一読者の私は思いました。  なんと翌日には、「捜査本部がアジトの存在を否定」という記事と共に「おわび」が載りました。2か月後には検証記事を載せ、「記者の強い思い込みが、不確かな事実を間違いのない事実と信じ込んだ」となっていましたが、どういう事実を間違えて「宮崎のアジト発見」になったのか、具体的には明らかにされませんでした。 3:崎山が個人的に心がけていることを書きます。私は、記者は、「ファクト(事実)をして語らしめる」ことに基本は徹するべきだ と思っています。「吉田調書」でいえば、「吉田調書」を何らかの方法で手に入れたとき、その中の重要部分を、勝手な解釈をつけずに、報じるべきだったのでしょう。思い描いている物語や、何らかのイデオロギーを、事実にあてはめ、事実を組み替えてしまうと、誤報や虚報に至ります。記者の拠って立つ立場は、どういうファクト(事実)を選び出したかで、すでに明らかになっています。そのファクト(事実)そのものに語らせるのです。  原発報道でいえば、脱原発や原発推進という方向性を事実にかぶせ、一種の物語を作るのではなく、原子力発電をめぐる様々な事実の中から、今、読者、聴取者が  原発について判断するのに必要と思われる、ファクト(事実)を選び出し、わかりやすく伝える。それが記者の仕事です。それを脱原発の思いの支えとできるかどうかは、聴取者の作業です。自らが語るのではなく、ファクト(事実)に語らせるのが記者です。「吉田調書」に余計な解釈を付け加えることなく、抜粋すれば、それがそのまま、原発事故の際の絶望的な状況、深刻な混乱状況を伝える優れた記事になったでしょう。(もちろん、調書をスクープしたこと自体は優れた記者活動であることは確かですが) ※TBS「報道特集」のキャスターの金平茂紀さん 1:言うまでもなく、1996年のTBSオウム事件(TBSのワイドショー・スタッフが、オウム真理教幹部に、放送前の坂本弁護士インタビューテープをみせていた事件)での初期報道。調査が不完全な段階で、全面否定する放送を行ったこと。その影響はきわめて大きく、かつ深刻なものだった。現在に至るまでその影響は続いている。 2:イラク戦争の開戦に格好の口実を与えた、ニューヨークタイムズのジュディス・ミラー記者のフセイン政権が核兵器開発の疑惑があるという趣旨の1面トップ記事。スクープ記者として高名だった女性記者が、ブッシュ政権の中枢に結果的に利用された記事。貴重な他山の石である。 3:チェック機能の強化は、萎縮を生む。万能薬の対策などは存在しない。そのことを認識したうえで、報道に関わる人間の能力と想像力を日々鍛錬すること。そして、他者と日常において頻繁に話し合う機会をもつこと。 ※毎日新聞紙面審査委員の児玉平生さん  1については、自社の誤報で印象に残っているものといっても、お詫び程度の間違い以外に、自分で関わったものはないので特にありません。それでもというなら、11日の読売朝刊13面に新聞週間にちなんで誤報問題を取り上げたところにある「戦後の主な誤報」が参考になるのでは。松本サリン事件を除いて弊社が単独で挙げられているのは、グリコ森永の主犯取り調べ開始という記事だけでした。  2では、誤報と虚報とは違うということです。事実を誤認した、先走って判断をしてしまい、結果的に事実と違っていたら誤報です。しかし、伊藤律架空会見記や沖縄のサンゴ礁を自ら傷つけてニュースにした、また、田中康夫長野県知事の談話を勝手につくったというのは、誤報ではなく、ありもしないことをつくりあげて報じた虚報です。読売の一覧表に載ってる分から取り上げたわけですが、なぜ、朝日に、この虚報が目立つのでしょうか。  3については、事実確認を二重、三重にするということことに尽きるでしょう。 ※産経新聞編集長の乾正人さん  なかなかいい質問ですが、現役としては1も2もお答えできません。人間というものは間違いを犯す存在であることを肝に銘じ、一にも二にも確認を怠らない、という基本に忠実な仕事をすることに尽きます。当たり前すぎてすみません。 ※共同通信編集委員の杉田弘毅さん  共同では記憶に残るような、政治・外交、社会に影響を与えるような誤報は思い出せません。共同の誤報防止策は事実関係の徹底、クロスチェック、批判する相手のコメントをとる、などいくつかありますが、これらはどの社もやっていることで、特段新しいことではありません。 ※日刊ゲンダイ編集局長の寺田俊治さん  訂正などはあるんですが、ものすごく、大きな誤報と言うのはあまりなくて。というのも、夕刊紙の性格上、ある程度の飛ばしはあって、新聞と違って、見通し報道は許容範囲と考えているところがあります。したがって、社内対策も複数チェックや前日のデスクのゲラ読みでのチェック、裏とりコメントの有無、それを受けての表現チェックなど当たり前の日常業務になります。  強いて挙げれば、金融危機の際、コスモ信組と言う銀行の破たんを書いたことくらいでしょうか。早速訴えられましたが、裁判の途中で、本当にコスモ信組が破たんしたという落ちつきです。  別に夕刊紙は何を書いてといいと思っているわけではありませんが、ある程度の見通し、あるいは疑惑をいち早く報じて、世間に一石投じることは必要かなと思っています。そうじゃないと、息苦しい世の中になるし、面白くないし。最近は内閣改造人事を外しても謝罪する新聞などがありますが、じゃあ人事情報は書かない方がいいのか。そもそも何をもって、真実というのか。原発事故の報道なんて、みんな誤報じゃないですか。朝日が吉田証言を裏とりせずにかいたように、官房長官や東電の発言を信じて流したわけでしょう?メディアが真実を報じることができると考えるのは、理想ですが奢りです。毎日、誤報しているんじゃないかと検証する姿勢が必要だと思います。

荻上チキ、南部広美
radiko.jp

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