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プロフィール

菊地成孔(きくちなるよし)
●生年月日:1963年6月14日生
●出身地:千葉県銚子市
音楽家、文筆家、音楽講師。
85年にプロデビュー、ジャズを基本に音楽活動を展開。
現在は「デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン」、「菊地成孔とペペトルメント・アスカラール」、「菊地成孔ダブ・セクステット」で活動中。
文筆家としては「スペインの宇宙食」、「歌舞伎町のミッドナイトフットボール」、「ユングのサウンドトラック」など。

IPサイマル radiko

放送後記 第8回(2011年6月5日)    菊地成孔さん収録を終えて語る。

DSC01801.JPGのサムネール画像

★スペシャルウイーク(聴取率調査週間)の相談をさせていただきたいんですけど。

 スペシャルウイークの相談?

 ★この番組ですと6月19日放送分がレーティング(聴取率調査)でして・・・

 レーティングってどうやって調べるんですか?

 ★それはですね・・・ゴニョゴニョ(大幅に略)で、次の次の収録分がレーティングにあたるんですね。

 ああ、そうかそうか。

 ★つまり、やるのかやらないのか分かりませんが、次回(6月12日放送分)が「テキーラ特集」だとしたら、その次(6月19日)の「ぐんぐんグルト特集」がレーティングにあたる訳で、それ本気でやりますか?

 
はははは。いや、「ぐんぐんグルト特集」はもちろんギャグですけれど。そうですね・・・レーティングの時ってどうすればいいんですか?

 
★他の番組とかで言うと・・・例えば、その週は特別に「マイケルジャクソン特集」とかね。

 
あーなるほどなるほど。

 
★つまり事前にやる事をある程度ホームページで告知したり、菊地さんの声で番宣スポットを録ったりして、よりたくさんの方に聴いてもらえる様に撒き餌をまくというか・・・それがいわゆるレーティング対策ですかね。


(ここで黒幕。番組プロデューサーが登場)以下
★まあ、この番組は始まったばかりだし、こんな番組ですよって知ってもらう事で基本的にはいいと思うんですけど。

 
レーティングの季節ですけれど、特に何もしません(きっぱり)っていうのはどうですかね(笑)?あるいはその回だけ「ラジオ寄席」が復活するとか(笑)、その回だけニコール・キッドマンがパーソナリティとか。「ニコール・キッドマンの粋な夜電波」(笑)。取れるでしょうこれで。アカデミー賞もあわせて(笑)。

 
(爆笑)

 
★まあ、特別な事をやらないまでも、聴いた事がない人達に対して、聴いたら面白い番組なんだって事はしっかりアピールした方がいいとは思いますが。


(この後、マネージャーの長沼さんも加えて、ああでもないこうでもないと打ち合わせが行われました・・・そんな訳で我々は聴取率をあげて、番組を存続させるためにがんばっていますので、皆さんもどうかあらゆる手を使って番組を宣伝してくださいね。←最後はリスナーだのみ(笑)さて、ここから今回はシャンパンに合う曲特集だったという事で、菊地さんにお酒についてうかがいました。途中から関係ない話に流れますが。)

 
★菊地さんは、煙草をやめてから、お酒が飲める様になったんですよね?

 
は「ワインおいしいなー」なんて2センチくらい飲むと頭ガンガンになっちゃって。顔真っ赤で。心臓バクバクいうんで、それはアカンという事になって、でもそれは煙草を吸いすぎていたんで血管がおかしくなってたんですよね(笑)。だから煙草やめて酒飲んでみたら頭も痛くならないし、心臓もバクバクいわないし「なんだ飲めるじゃん」って。ゴロワーズの両切りを一日5箱吸ってました。サックスを口にくわえていない時はタバコというぐらいで。

 
★菊地さんって「一気(飲み)世代」じゃないですか?(注 80年代におもに大学生がコンパ等で「一気」コールをかけながら、一気飲みをしていた事をさす)

 
一気世代ですよ。ていうかチューハイ世代ですよ。一気よりちょっと前。缶チューハイ(笑)。

 
★「タコハイ」とか?(酎ハイブームの中、女優田中裕子のCMでサントリーが発売した缶チューハイ)

 
そう。松田聖子のスイートメモリーズのペンギンはずっと後ですね。闇雲の焼酎をいろんなジュースで割るっていうカクテルが流行った時代ですよね。それがお洒落だとされたんですね。

 
★高田馬場の居酒屋「だるま」とか行くと、35種類のサワーとかありましたよね。

 
そうそうそう(笑)。居酒屋にチューハイが入って来て、学生がチューハイを飲む様になったんですよ。ウチらの世代。クリスタル世代。

 
★一気飲みやりましたか?

 
友達はみんなやってましたよ。一気やって急性アルコール中毒で運ばれるっていう。それを店員が普通にあわてず騒がず落ち着いてさばく。どの居酒屋でもやってましたね。どの居酒屋にも、終電過ぎれば救急車が見れた時代です。

 
★サークルは何だったんですか?

 
サークルはジャズ研。上智大学の。

 
★コンパは面白かったですか?

 
いや、コンパはやったことがないです。サークルは合宿とか面白かったけど、上智ジャス研は、学校のすぐ近くに「いーぐる」っていう老舗のジャス喫茶があって、練習が終わったらそこに行くっていうのが売りで・・・ワタシはそこでコーヒー飲んでましたね。みんなはそこでビール飲んだりして、テニス部のコンパみたいなのはあまり経験ないですけれど。ただみんな(コンパは)やっていましたね。居酒屋行くと見渡す限り大学生だったんで。

 
★ジャズ研に外の女子大から女の子が入って来て・・・私ジャスはやらないけど一緒にいたいの・・・みたいな。

 
合コンね。合コンはやりませんでした。あの、弱小サークルなんですよ。ジャズ関連はビッグバンドとラテンジャズのサークルが優秀で、コンボのジャズ研はキチガイばっかりいた弱小サークルだったんで(笑)、部内の数少ない女子をみんなで取り合うっていう構図でしたね。でも、それも大して面白くなかったんですよ。ジャズ研自体が狂ったように面白かったんです。この時代の話は、書いたり話したりした事が無いんですが、ワタシが小説家だったら長編にしますね。合コンというか、女子が来るパーティーを誰かがやっていて、そこの員数あわせで呼び出されたりした事はありましたけど、面白い話しして、みんな笑わせて、それっきりですね(笑)。

 
★ 合コンにはかり出されるけれど、僕は(女の子と深い関係になったり)そういうのはちょっと・・・みたいな?

 
合コンはお持ちかえるという競技だから、勝ちに行くモチベーションとスキルがないとダメじゃないですか。どっちも全然なかったですね。ワタシは大人数が集まったら、とにかくみんな、そこにいる全員が死ぬほど大笑いして楽しいんだ。それ朝までやって、終わったら帰るんだ。というのがガキの頃から染みついているので。まあ水商売の子ですよ。合コンっていうのは水商売的にはお客さんのやることなんでねあれは(笑)。ディスコはよく行ってたんで、だからナンパはよくしました。路上でもしました。ディスコの初期ですよね。クリスタル風の新興ディスコと、昔からあるディスコ「MUGEN」みたいな。だから昔からあるディスコではあまりできなかったけど、自分が遊ぶ様になってからできたディスコ、自分にジャストフィットしたディスコとかあるじゃないですか?だんだんそれは「ジュリアナ」みたいになって行かなくなっちゃうんだけど。新宿だったら「ニューヨークニューヨーク」とか。ああいう所行って、ナンパして、その人の家に泊まるとかはすごいしていましたね。メチャクチャいっぱいしてました。まあその、ワタシもう人生の前半終わったんで、後半は悔い改めて生きてます。天職と客様を喜ばせる事に生きようと(笑)。前半が余りに酷かったんで(笑)。

 
★これは、使ってもいいんですか?

 
はい(笑)。どうせ本当の事を言っても、みんなフカしだと思ってゲラゲラ笑うだけでしょうから(笑)。

 
★フリードリンク、フリーフードですか(一定額の入場料を払えば、食べ放題、飲み放題のこと)?

 
フリードリンク、フリーフードは基本。フリードリンク、フリーフード、フリーチャージ。景気がいい時の方が金使わないんですよ。友達に1人顔がいると20人位が行って(ディスコに)タダで入っていたから。で、フリードリンク、フリーフードで終わって帰るでしょ。歩いてその女の子の家まで行ってって事になったら一銭も使わなかった。お腹一杯だし。酒飲まないから。

 
★「ピテカン」とか行きました?(桑原茂一が1982年にオープンした原宿にあったクラブ。正式名「ピテカントロプス」)

 
行きました。ナイトクラビングの初期なんで、一番遊んでた頃ですかね。「ピテカン」は好きな人がライブに出る時しか行かなかったけど、「レッドシューズ」は随分行ったな。ワタシ、ある意味日本のヒップホップのオールドスクーラーの生き証人です。ヤンさんが初めてアディダス着てクラブ来たとか、高木完さんが初めてスピンしたとかっていうのは見てるから、びっくりしましたね。体操服着てる!っていう(笑)。それは見てます。

 
★フツーに就職しようという考えはなかったんですか?

 
就職って、大学出てって事?大学行ってないんです、ワタシ高卒ですから。ジャズ研は勝手にもぐり込んでたの。友達が上智大生だったんで。

 
★ええっ?そうなんですか。

 
高卒です。ワタシ専門学校なんで。それこそジャズメンの専門学校。スタジオミュージシャン養成の専門学校に入ったんですよね。

 
★上智大学出身だと思い込んでいました。

 
確かに上智に10年位通ってましたけど、上智大生じゃないですよ(笑)。高卒ですね。

 
★プロのミュージシャンになるなら大学に行く必要がないと?

 
いやいや。某大学の文学部に入ったんだけど、やめちゃったの、即。オリエンテーションでやめたんですよね。オリエンテーションってすごいじゃないですか、人がブワーッと・・・それに負けたのか具合が悪くなっちゃったんですよね(笑)それでやーめたって言って。

 
★わざわざ浪人して一年間勉強して大学に入ったんですよね?

 
はい(笑)で、親がキレて殺されかけたんで、口から出任せで「早く手に職がつけたい」って言って(笑)で、偶然「jazz life」(雑誌)を見て、その時に学校が立ち上がったのを知って。僕の行っていた学校が。今はすごくでっかい学校になりましたが、その時が開校でね。「メーザー・ハウス」っていう。そこに口から出任せで入ったんですよ。本当は文学部に行ってコピーライターになりたかったんですよね。

 
★凄いですね。オリエンテーションで学校やめちゃうって。

 
自分でもびっくりしました(笑)。まあ、一種のパニック発作ですね。それで、これはもう学校行けないなっていう事になって(笑)それでやめた。何か、軍とか会社とか、そういうものに捕まった気がしたんでしょうね。

 
★それがなかったらコピーライターになっていたかもしれないですね。

 
これはそっちこっちでよく話してる事ですが、その頃博報堂がコピーライター養成講座って・・・今でもあるのかな?あれの一期生の募集があったの。それの一期生募集の枠が最低でも四年制大学の文学部出なんですよ、確か。それで四年制大学出ないと入れないなってなって。そこに入りたかったんですよ。で、大学出てそこに入っていればナンシー関さんと同期なんですよね。そこで。

へえー。

 
ワタシとナンシー関さんは1つ違いですけれど、それで浪人したんですよね。もうとにかくコピーライターになるんだって言って。

 
★糸井重里さんとか川崎徹さんにあこがれて?

 
そうそうそう。コピーライターブームだったんで、で一行何千万っていう。ていうか、自分に向いてるこれ。って思ったんですよ(笑)、それには広告代理店に入らねばならぬみたいな。逆算で。それには文学部を出て面接を受けねばならぬ、みたいな。今だと夢みたいに一本釣りな話ですけれど、当時は好景気で就職もよかったんで適当に大学入ってりゃ行けるんじゃないの?みたいな感じで全然躊躇なく、そのつもりでいたんですよね。

 
★そこまで考えて大学に入ったのに、オリエンテーションでやめちゃうってメチャクチャですね。

 
そうですね(笑)。まあとにかく、堅気が無理なんですよね。商売としては水商売しか出来ないです。音楽は水商売と思ってやってます。っていうか、ジャズクラブはブルーノートなんかもそうですが、営業登記はレストランだから、水商売なんですね(笑)。人間誰しも、心ならずもダメな所に持ってかれると心身が反応するじゃないですか。ワタシは10年ほど前に重い神経症やりまして、そんときゃもう死ぬかと思ったんで(笑)、精神分析だの整体だの、やれることみんなやって治して、その後はお陰さんでそこそこ楽に行けるようになりましたが、あれの最初のでかい発作が、あの時の大学のキャンパスだったと思います(笑)。テメエの過去の話を奇麗に創るつもりはないですけど、要するにおそらくあれ、音楽やれという事だったんだと思います。ワタシ自分が、音楽やらずに文学部出て広告代理店にはいっていたらと思うとゾッとしますね(笑)犯罪とか犯してたと思います楽勝で(笑)。音楽やっていて良かった。とかじゃなく、音楽やるしかないんですね(笑)。

 
★なるほど。無理矢理ラジオ的なオチをつけるのもなんなんで、今日はこのへんで。ありがとうございました。