パラ陸上競技界のレジェンド・山本篤選手の歴史!TEAM BEYOND presents 伊集院光と喜入友浩とパラスポーツと~パラ陸上競技の巻 その2 決意までのタイムは?!

伊集院光とらじおと

パラ陸上競技界のレジェンド・山本篤さんの歴史

前回に引き続き、ゲストは北京そしてリオパラリンピックの走り幅跳び銀メダリストで、東京大会で4大会連続のパラリンピック出場となるレジェンド、山本篤選手。山本選手は17歳の時に起きたバイクの事故がきっかけとなり義足になりました。スポーツが大好きだったこともあり、リハビリの時から運動ができるようにトレーニングを続け、スノーボードを始め、その後、競技用の義足に出会い、パラ陸上を始めたそうです。

義足になってからスポーツをやろうと思うまでの期間

足を切断することになったタイミングで、これからの人生を考えた山本選手は、スポーツをやりたいと漠然と思い、リハビリ後にスノーボードを始めます。決め手となったのは楽しいかなと思ったこと。義足になることが決まってからスポーツをやろうと思うまでにかかった期間は1日。1日泣いて、次の日には明るくなっていた様子を見た看護師の方やご家族は「本当に大丈夫なの?」と心配したそうですが、元気なまま変わらずリハビリも進み、スポーツへ向かっていったそうです。

パラ陸上との出会い。パラリンピック出場への思い。

走れる事の楽しさやもっと早く走りたいという思いで行っていたパラ陸上ですが、大会に出場した際に、シドニーパラリンピックに出場していた同じ年齢の選手に雲泥の差をつけられ意識が変わっていったそうです。その後、結果を伸ばしていきましたがアテネパラリンピック出場に0.1秒足りずパラリンピック出場を逃します。次のパラリンピック出場を目標に大学でのトレーニングを重ね、無事、北京パラリンピックへの出場を果たします。

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