ChatGPT vs《南蒲田》 #6

生活するということは、昔あったラーメン屋の名前を忘れていくことなのかもしれない。少なくとも、南蒲田においては。
「村上春樹が大田区に生まれ育った場合」みたいな感慨を胸に、私たち番組スタッフはこの街を後にしたのです。
一週間前。「ゴールデンウィーク中、都内で最も人が少ない場所はどこですかね」など例のごとくディレクターの松重が気まぐれに問うてくるので「サラリーマンの聖地、新橋はどうだ」「オフィス街の大手町は」「寧ろ今こそ築地市場に向かうべきだ」などせっせと案を出しているというのに、松重とくれば一瞥もくれぬままスマホをいじった挙句「人工知能チャットボットChatGPTで調べたところ、蒲田南らしいです」など抜かしてきやがります。なら最初から訊くんじゃない、と憤りそうになるも、この時ばかりは納得の方が勝りました。
今しがた私が出した案には「サラリーマンの聖地の」「オフィス街の」などすでに確固たるイメージがこびりついておりましたが、「蒲田南」はどうでしょう。「蒲田」の「南」であること以上の情報はなく、ChatGPTからの情報を足しても「住宅街」であることがわかる通り。
ここは、無記名の東京に放り出されてみましょう。
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南蒲田に、到着です。
悔しいくらい、ChatGPTの言うとおりでした。路地を一本入った途端「あれ、どくさいスイッチ押したっけ」「あれ、キリコの絵画に迷い込んだっけ」「あれ、体験版『アイ・アム・レジェンド』をプレイ中だっけ」などなど「人がいない喩え」が際限なく湧き出すほどに、人がいないのです。
さあ、ここから先は人間の領域です。確かにChatGPTが示したとおり人の気配はありませんが、ここは東京です。人がいない筈がありません。人工知能を、超えなくては。

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全く予想外の出来事が生じました。
そりゃ、人はいます。いますが、通常、こうした街ロケは「インタビューを受けてくれる人」を探すことに苦労するもので、十人にお声掛けして一人答えてくだされば良い方です。それが、どうでしょうか。今回、お声掛けさせて頂いた方は3名。そうです。全ての方が快くお話を聞かせてくださったのです。最初の「えちごや」さんが南蒲田の印象を「悪い人はいない」と仰っておりましたが、どの角度から見てもガラの悪い松重をこうも受け入れて下さるとは。
そして、もうひとつ予想外だったこと。半世紀以上にわたり営業されていた、まさに“ずっとそこにあった東京”を地でいく「えちごや」さんを何故か他のお二人が忘れていらっしゃったこと。暮らすことは忘れること、たまに思い出すこと、かもしれません。
と、ここまで南蒲田ロケの後記をまとめてみましたが、勘の良い方はお気づきかもしれません。途中まで「蒲田南」だった地名がいつのまにか、「南蒲田」に変わっていることを。
そうなのです。最初にChatGPTが示した地名は「蒲田南」。ところが、そんな地名はどこにもないのです。地元の方に聞いても、やはり南蒲田しかないとおっしゃいます。もしかしたら、本当に「人が少ない場所」である「蒲田南」という街が平行世界の東京には、存在しているのかもしれません。そして、そこに「えちごや」さんがあったのではないでしょうか。

すみません。「えちごや」は普通にありました。すぐそこに。
文責:洛田二十日(スタッフ)
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