外山惠理と《向島》後編 #4

東京閾値

あの日。

 

外山惠理ちゃんはコタツに入りたい、その一心で墨田区向島言問幼稚園の厳重な警備の目を盗み、脱走。
音にすればそのまま「たちつてと」になりそうな足音で以って、自宅、言問団子までの峻厳たる山道を一心不乱に駆け上ったのです。途中何度もくじけそうになるも、冷えた足先を一刻も早くコタツでもって温めたい、何ならテレビも観たい、お菓子も食べたい、寝たい、稚心に詰め込めるだけの煩悩を詰めて、息も絶え絶えに、ついにご自宅へと辿り着いたのです。『走れメロス』の後半のようなスペクタクルで以って幾度となく回想された外山惠理脱走事件です。

 

……のような話を、なんとなく言問幼稚園の門あたりから外山さんご本人に解説いただいたわけでありますが、
お話の途中でもう「あ、着いた」です。実際、我々スタッフの目の前にはかの有名な言問団子があり、外山さんが「山道」と語ったその道は、「完全な球体」なら転がる程度の傾斜しかなく、地図上の距離はおよそ120m
自販機と自販機の間、くらいの距離です。

「私、大きくなったんだねえ」

外山さんがそうこぼされた瞬間、同行していた我々スタッフが一気に老け込むのが分かりました。疲弊したからでしょうか。否、「爺や」となったからです。初めて来た町であるはずが、そこで生まれ育った外山さんの語りの力で、まるで絶えず成長を見守ってきかのごとき妙な心持ちがふうと生まれ、追憶のなか、幼い少女が我々の傍を、息を切らしながら、走り抜けていったのです。『むぎ焼酎二階堂』がスポンサーになったかのような気分でした。ここ数年、当然のように「誕生日はない」と断言されるようになった外山さんだからこそ出来る離れ業でありました。

 

人の記憶というのは、こうも簡単に時間を超越してしまうものなのでしょうか。外山さんが幼少期によく「明太子パスタ」を食べに訪れていたという喫茶店の名が、「タイム」であるのを知り、涙が出そうになるばかり。

文責:片野(スタッフ)

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