東京新聞紙面連動企画・「自治体史の著作権 誰のもの?」

毎週月曜日は東京新聞との紙面連動企画をお送りしていますが、今日は「自治体史の著作権 誰のもの?」という記事に注目しました。
学校で郷土の歴史、という副読本などで読んだ、という方も多いと思いますが、その地域の歴史をまとめた自治体史。これの著作権についての問題を取り上げた記事。
■世田谷区の新しい区史の編纂事業で問題が
いったい、どこで、どんな問題が起きたのか。記事を書いた東京新聞、東京都ニュース担当記者、原田遼さんに聞きました。
東京新聞・東京都ニュース担当 原田遼記者
●「世田谷区が2022年の区政90周年に合わせた事業で、新しい自治体史、つまり世田谷区史の編纂を始めました。
2017年に学者や学芸員の方、50人くらいで作る編纂委員会というのを立ち上げ、今年度から本格的に執筆作業に入ることになっていたんですけれども、今年の2月に突然世田谷区側が、原稿の提出と共に著作権を譲渡するように、執筆者側に求める、ということが起きました。
これに50人のうち、中世史を担当する青山学院の谷口准教授が、今回、異を唱えました。
区側が著作権の譲渡を求めたのは、自治体史というのは、あくまで区が内容に責任を持って発行するものだから、という説明です。つまりその、区が自治体史に書かれてる事実にお墨付きを与えるものだから、修正する権利もこちらで持つ、というのが区側の言い分です。」
編纂委員会が出来て、6年経って、 突然言い出したのです。
区としては引用や転載、さらに二次使用のことも考えて著作権の譲渡を求めているのですが、それは例えば、小学生向けの郷土史の本などを出そうとすると、当然、易しい言葉使いや子どもに分かりやすい文章に変えなければなりませんが、その都度、何かあるたびに執筆者とやり取りをするとなると、非常に時間もかかってしまい、作業が進まないことになってしまう。そういう意味でも、著作権を譲渡してください、という主張。
しかし、青山学院大学の谷口雄太准教授が、これに猛反発しました。
谷口准教授は、世田谷の歴史の中でも重要な「中世」の執筆担当。この時代は、室町幕府を開いた足利氏の一族の吉良氏が世田谷一帯を支配していて、世田谷城もあった。今も、区内には世田谷城の跡があり、区史のこの部分を楽しみにしている人も多いとか。
過去の区史でも、多くのページが割かれている大事なところで、今回の60年ぶりの新しい区史には、谷口准教授の研究で新しく分かったことも盛り込まれる、という期待もあったのですが、対立してしまい、結果的に区は、谷口准教授に執筆させないことを決めました。
■著作権の処理は、依頼する際にすべきこと
この事態について、著作権に詳しい専門家はこう指摘します。一級知的財産管理技能士で、作家の友利昴さんのお話です。
一級知的財産管理技能士で作家 友利昴さん
●「著作権の譲渡、それ自体は自治体だったり企業でも、制作物を外部に委託するという実務は一般的にあると思いますし、その納品物、成果物について著作権の譲渡を受けるということも、一般的に行われてると思いますので、それ自体がすごくアンフェアな要求をしているということにはならないかな、と思っています。
そうですね、やはりタイミングが一番の問題だったんだろうと思いますね、はい。
最初のうちに「著作権、これ譲渡でお願いします」という風に交渉が出来ていれば、ここまでもめることにはならなかったんじゃないかな、と思います。
これまで作業してて、当然こっちに著作権がある、という前提で作業されてたと思うんですけど、これからいざ執筆というところで、著作権の譲渡が、その執筆の条件である、という風に言われたときに抵抗を示すのはもっともかな、と思いましたね。」
発注する段階でお互いが合意しておくべきですよね。
実は60年前の区史は著作権がどこにあるのか、区の方でも把握できていないのだそう。
友利さんは、時代的に、なあなあで済まされていたのかもしれないが「何も決めなければ
著作権は書いた人にある」というのが原理原則なので、著作権の在り処をきっちり決めたいのであれば、その提案の責任は世田谷区側にあったと思うので、そこは世田谷区の側の落ち度であったと思う、と。
また、ゆるキャラのデザインや区のPR誌のような、要望に沿った制作物ではなく、区史は、執筆者にとって、学者としての研究成果を記すものだし、歴史を正しく伝えるために、工夫をして書くものなので、発注者が当然に著作権の譲渡を受けられるわけではない、とおっしゃっていました。
■「著作者人格権の不行使」も盛り込む。これって?
実は、その「区史は歴史を後世につたえるものである」という点が、とても重要なポイントだ、と原田記者も話します。
東京新聞・東京都ニュース担当 原田遼記者
●「今回、区側から著作権の譲渡はもちろんなんですけども、それに付随して『著作者人格権の不行使』というのを盛り込んで来たんですね。これは、簡単に言うと、行政が勝手に原稿の内容を変えても、文句は言わないでくださいね、っていう事への承諾を求めて来た、ということですね。
それがなぜ問題かと言うと、行政が勝手に原稿の内容を変えてしまうと、歴史を書き換えることに繋がってしまう、という懸念があります。
やはり何十年も、区史というのは存在するので、今の世田谷区の首長さんとか、職員の方がそれをしない、と言ってもですね、次の首長、さらにその次の首長さんが、どういう方かというのは想像できなくて、例えば、区史を増刷する際に、時の首長さんが、ここの表現はちょっとイヤだから削ろう、とかっていう風に思っても、それを法的に制限できない、っていうのが、今回の懸念材料ですね。」
谷口准教授も「今回は世田谷区の話だけど、全国の自治体に、このような著作権譲渡のモデルが広がってしまったら、いつか歴史の書き換えのようなことが起こってしまう」ということを懸念しておられたそうです。
著作権について、世間的に叫ばれるようになったのはここ数十年。原田記者は、「今回、自治体史を巡って著作権をどうするか、と改めて世間に提示されてのはいいことだが、だからこそ、双方歩み寄って後世に残るような一定の著作権の在り方というのを両者で考えてほしかった」というのが担当記者としての思いですと話していました。
委託するのならば、その著作権はやはり執筆者にある、というのがすっきりするように感じます。二次使用の煩雑さを避けるために、というのは理解はできますが、内容の書き換えにつながる、それも可能だ、と聞けば、なおさらその執筆者の権利は、厳密に守られるべきではないか、と思いますね。
(TBSラジオ『森本毅郎スタンバイ』取材・レポート:近堂かおり)