追悼:ボビー・コールドウェル~ヒップホップ世代からも愛されたミスターAOR (高橋芳朗の音楽コラム)

ジェーン・スー 生活は踊る

高橋芳朗:本日はこんなテーマでお届けいたします。「追悼:ボビー・コールドウェル~ヒップホップ世代からも愛されたミスターAOR」。今回は3月14日に71歳で亡くなったアメリカのシンガーソングライター、ボビー・コールドウェルの追悼特集をお届けしたいと思います。ボビー・コールドウェルは日本で非常に人気のあったシンガーですね。海外向けのプロフィールにも日本での人気ぶりが触れられていたりするぐらい。日本では「ミスターAOR」(Adult Oriented Rock)として親しまれていましたが、まさに都会的に洗練されたアダルトなロック/ポップスの代名詞的存在でした。そんなボビーのイメージを象徴するのが、1980年代後半から1990年代にかけて煙草の「パーラメント」のCMソングとして使われていた「Come to Me」「Stay with Me」「Heart of Mine」といった楽曲。夜のマンハッタンの映像にボビーの甘い歌声が見事にフィットしていました。

  

 

 

ジェーン・スー:はい。 

高橋:ただ、海外でのボビーの受容のされ方は日本とは微妙に違っていて。特にアメリカの黒人コミュニティでは偉大なソウルシンガーとして愛されて続けてきました。実はこれはボビーのデビュー当時のレコード会社の戦略が大きく影響を及ぼしていて。レコード会社の幹部がボビーのソウルフルなボーカルを聴いて「彼の音楽は黒人コミュニティにもアピールするに違いない」と確信して、偏見を抱かずに聴いてもらいたいということでボビーが白人であることを隠して彼の作品をリリースしたんです。デビューアルバムのジャケットのボビーの姿がシルエットになっているのはそのせいなんですよ。だから、当時はみんなボビーを黒人のシンガーだと思っていたそうです。アルバムがヒットしてナタリー・コールのツアーの前座としてボビーがステージに登場したときはオーディエンスが一瞬静まり返った、なんてエピソードも残されていて。 

スー:だよね、そうなるよね! 

高橋:はい。ボビーは当時のことをこんなふうに振り返っています。「私の曲は現在もなお黒人コミュニティに受け入れられています。私が白人だとわかったあとも『裏切られた!』というような反応は一切ありませんでした。オーディエンスは音楽には色がないという当たり前の事実を受け入れてくれたのです」と。

 スー:おー、よかった! 高橋:では、そのボビーの1978年リリースのデビューアルバムからアメリカのポップスとソウルミュージック両方のチャートでトップテン入りした彼の最大のヒット曲を聴いてもらいましょう。 

M1 What You Won't Do for Love / Bobby Caldwell 

 

高橋:この「What You Won't Do for Love」、黒人コミュニティではすっかりスタンダード化していまして。リリースから40年以上経過したいまもなおラッパーやR&Bシンガーにカバーされたりサンプリングされたりしています。驚かされるのはボビーのオリジナルがヒットした翌年、1979年からすでにカバーされ始めているんですね。 

スー:早い!

 高橋:つまり、「What You Won't Do for Love」はリリース直後からずっと評価が変わっていないんですよね。それでは「What You Won't Do for Love」をいち早くカバーした曲のなかから、ボビーをツアーの前座に起用したナタリー・コールがディズニー映画の『美女と野獣』や『アラジン』の主題歌でおなじみピーボ・ブライソンとのデュエット仕立てで取り上げたバージョンを聴いてもらいましょう。

 M2 What You Won't Do for Love / Natalie Cole & Peabo Bryson 

 

高橋:ボビー・コールドウェルは2000年代に入ってから再評価されることになるですが、これもやはり黒人アーティストが彼の曲をサンプリングしたことがひとつのきっかけになっています。それが俳優としても活躍しているラッパーのコモンが2000年にリリースした「The Light」。この曲ではボビーが1980年にリリースした「Open Your Eyes」をサンプリングしています。

 M3 The Light / Common

  

高橋:興味深いのは、コモンもボビーのことを黒人シンガーだと思っていたそうなんです。曰く「このシンガーは本当にソウルフルだ。ソウルに『色』なんて関係ないんだって改めて感じたよ」と。このコモンのようなケースはめずらしいことではなく、いまだにボビーを黒人だと信じ込んでいる人がアメリカには結構いるらしいですね。ボビーはコモンによって自分の過去の作品に再びスポットが当たったことをとても喜んでいて。「誰かがリメイクしようと思ってもらえるほどに私の曲が人々に愛されているなんて本当に素晴らしいことです。実際に私のレコードの売り上げも上がりましたからね。コモンのように、こうして楽曲に2回目の人生を与えてくれるアーティストは本当に素晴らしいと思います」と。「Open Your Eyes」は「The Light」の登場によって完全にボビーの新しい定番ソングになったと言っていいでしょうね。 

M5 Open Your Eyes / Bobby Caldwell 

 

高橋:僕とスーさんでお届けしているAmazon Music独占のポッドキャスト番組『高橋芳朗 & ジェーン・スー 生活が踊る歌』の3月27日配信回でもボビー・コールドウェルの追悼特集をお届けします。彼の功績と影響をより深く掘り下げているのでぜひそちらもチェックよろしくお願いします。

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