【記者会見レポート】新番組『朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード』沢木耕太郎×斎藤工

人々を旅へといざない続ける、沢木耕太郎による旅文学の傑作『深夜特急』。
TBSラジオでは、4月から9月までのおよそ半年間にわたって、その全6巻を朗読する番組を放送いたします。
朗読を担当するのは、この本に強く影響を受け、海外を旅するようになったという俳優の斎藤工さん。
番組のタイトルは、沢木さんのアイディアをもとに命名された『朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード』。
さらに、斎藤さんによる朗読の音声は、番組の枠を超え、放送後にAmazonオーディブルでもオーディオブックとして配信。
今回の記者会見には、斎藤工さんと沢木耕太郎さんのお二人が登壇。司会を務めたのはTBSの杉山真也アナウンサーです。
『深夜特急』は着火のような体験
まずは、斎藤さんと沢木さんによるご挨拶から。
斎藤「僕の人生のバイブルである『深夜特急』と、その作者である沢木耕太郎さんと、こうして交点を持つ人生になるとは思っていませんでした。大きな責任と同時に、バックパッカーの気軽さを持ち合わせ、多くの方に音の旅『深夜特急』にご乗車いただけるよう、精進していければと思います」
沢木「斎藤さんお一人でこの場所に立たせるのもかわいそうかと思い、付き添いのような気持ちで来ております」
さまざまなメディアで『深夜特急』が人生の中でも大きな一冊になったと語っている斎藤さん。この作品に出会った頃の話をしてくれました。

斎藤「作品の冒頭にある、<これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ>という一文が、自分が住んでいた場所から出ることへのきっかけをくれたんです。僕自身、これを読み始め、読み終わる頃には日本にいなかった……というくらい、まさに着火のような体験でした。朗読を通して、この作品に触れてこなかった世代の方々にも、何かのきっかけになるような役割を果たせたらなという思いです」
「あの頃、たくさんの映画に魅せられて過ごしていましたが、沢木さんの書かれる活字からは、土の匂いや風の匂いが自分の中に広がってきました。そして、沢木さんの時代の旅を自らなぞる体験は、共犯関係になれるようで、僕の中でどんなエンターテイメントよりも特別なものでした」
スマホを持たない旅は大冒険
杉山アナウンサーから沢木さんに、時代によって旅はどのように変化したか、問いかけます。
沢木「一番大きい要素はインターネット。旅先でも、インターネットで宿を決めたりすることができます。素晴らしさがある反面、失われるものもあると思います。僕は今でもしませんが、今の若者はスマホを手放しては旅をしないでしょう。だけど、もしスマホを持たずに旅をしようと思うと、たとえば、ここから水戸に行くのだって大冒険になるかもしれない」
「インターネットとスマホを利用することと同時に、人々は偶然を手に入れられなくなった。それは、コロナ禍とも密接につながっています。コロナの流行によって、偶然との出会いが排除された。旅も人生も、偶然がさまざまなものを生んでくれます。しかし、偶然性をどんどん排除していくと、そこから生まれるものはごく小さな、狭く退屈なものになっていく気がします」
「ようやく規制が緩和され、自由を取り戻しつつある現状に対して僕は、『一歩前に進んで、偶然を恐れないで。偶然に遭遇することを楽しみにしてほしい』という気持ちを持っています」
現代の旅人へ向けられた言葉
<気をつけて、だけど恐れずに。>
『深夜特急』のあとがきに記された<恐れずに。しかし気をつけて。>という言葉。これまでにもたくさんの旅人たちの背中を押してきたこの言葉を、コロナ禍を経た今、沢木さんは語順を変えて、<気をつけて、だけど恐れずに。>と改変しました。
その言葉は、番組をはじめとするキャンペーン全体のキャッチコピー「旅に出よう。気をつけて、だけど恐れずに。」として採用されました。
沢木「当時は若い人たちに向けてのメッセージとして、一歩踏み出すことを恐れないで、という思いで『気をつけて』と書きました。ただ、これはすでに未知の世界へ出て行った人たちに向けての言葉です。今のこの状況では、あまりにも『気をつける』ことばかりを促され、まず一歩を踏み出すことすらできない。今こそ大切なのは『一歩踏み出すのを恐れないこと』なんじゃないかと。だから『気をつけて。だけど、恐れずに。一歩前へ行ったほうが楽しいんじゃないか』と思うわけです」
斎藤「僕は旅をする目的の一つが偶然の出会いだと思うのですが、もしかしたら、現代ではそれすら失いかけているんじゃないかと。すべてを情報で守りながら旅をしている自分もいるなと気付かされました」
「斎藤工さんの声には物語性がある」
話題は作品世界からメディアについてのお話に。杉山アナウンサーが、どのような朗読を期待するか、沢木さんに聞きます。
沢木「『深夜特急』には二つのトーンがあると思います。ひとつは、どんどん前に進んでいくような、明るく透き通った、青春のような色調。そしてもうひとつは、その土地に沈み込んで、自分の内面に鎮静していくような色調。僕の声は比較的高いので、前者には向いているかもしれません。ただ、時にその土地の中でさまざまな物を見聞きし、考察するような面をこの声で表現することは難しいでしょう」
「斎藤さんは声に物語性があると感じます。その声で、内面に向かう様子を表現できるのではと思うんです。前に進む色調と、沈んだ色調と、それらが入り混ざった色調を、斎藤さんならやってくださるだろうと。斎藤さんの声で聞いてみたいと思いました」

斎藤「非常に光栄ですし、親に感謝というか……(笑)。ただ、自分の声は眠さを誘ってしまうのではないかとも思うのですが、眠りを誘うことなく、旅をするワクワク感を持ちながら、風景や匂いも味わいながら、感じながらしっかりと……」
ここで沢木さんが「ときどきは眠くなってもいいんじゃない?」と、提案。すると斎藤さんも「そうですね。では、睡眠のおともにしていただいても」と、笑顔で返しました。
時代を超えた番組のメインビジュアル
続いて、杉山アナウンサーから「今回の番組ビジュアルとなった斎藤工さんを撮影されたのは、写真家の平野太呂さん。『深夜特急』の装丁を手掛けたブックデザイナー、平野甲賀さんのご長男です」と、番組のメインビジュアルについての解説。
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沢木「これには驚きました。『深夜特急』というと、まずあのブックデザインですよね。僕の本が売れたとすると、半分は平野甲賀さんの装丁のおかげだと思っているほど素晴らしいデザインです。1986年に、平野さんがこの本に命を吹き込んでくれてから数十年。もう一度、斎藤さんの声で『深夜特急』に命を吹き込んでくれるタイミングで、平野甲賀さんの息子さんである太呂さんがこの作品に参加してくださったことは、僕にとって幸せなことです」
朗読でもう一度
『深夜特急』の世界を
『深夜特急』が刊行されて約40年。沢木さんはご自身で書いた本を読み返すことは、ほとんどないそうです。
沢木「『深夜特急』も単行本から文庫本にする時に一度読んだきりで、何十年と読んでいないんです。細かい箇所は忘れている部分も多いので、いつか読み返したいとは思っていました。ただ、本にするにあたって、何百回と読み直しては推敲して、を繰り返したものだから、あの文章を読むのがつらいんです。だけど、もう一回あの世界を味わってみたい。そんな中で、今回朗読をしてもらえるのはすごくありがたいです」
「お歳を召して、老眼で本を読むのが辛くなったという方にも、朗読によって耳から作品が聴こえてくるというのはよいことなんじゃないかと、思います」
「それに『深夜特急』は、紀行文にしては珍しく、僕は写真を一枚も載せなかった。それは、街の匂いとか、風の気持ち良さを文章だけで表現したかったから。声のみで何かを表現するラジオの世界というのは、それに近いと思います。要素を極力削ぎ落とし、僕は言葉だけ、斎藤さんは言葉と声だけ。そこに親近感を感じます」
斎藤「目的のない凪のような時間が、旅の醍醐味だと思っています。生活の中でもそういった何もない時間が一番長いと思うんです。その隙間に音が寄り添ってくれる。『深夜特急』はラジオというメディアや朗読と、とてもいい相性だと思いますね」
途中乗車も途中下車も歓迎
会見の最後は、お二人による新番組へのメッセージ。
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沢木「僕が書いた作品を、斎藤さんの物語性のある声で半年間、聴かせてもらえるのが楽しみです。毎日聴かせてもらおうと思います」
斎藤「本当に長い旅になるとは思いますが、どうかお気軽に。途中乗車も、途中下車も歓迎です。音の旅を一緒に楽しんでいただければ」
新番組『朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード』は、4月3日(月)23時30分から放送開始です。
番組情報
2023年4月3日(月)スタート

『朗読・斎藤工 深夜特急 オン・ザ・ロード』
放送期間:2023年4月~9月
毎週月~金曜日・23時30分~23時55分
著作:沢木耕太郎『深夜特急』
朗読:斎藤工
https://www.tbsradio.jp/tabi2023/