宇多丸『非常宣言』を語る!【映画評書き起こし 2023.1.13放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では1月6日から劇場公開されているこの作品、『非常宣言』

(曲が流れる)

韓国を代表する名優ソン・ガンホとイ・ビョンホンが共演した、フライトパニック大作。韓国からハワイへ向かう旅客機の中で、ウイルステロが発生。機内がパニックになる中、地上の人々は乗客を救うために奔走する。地上で捜査する刑事をソン・ガンホが、機内から危機に立ち向かう乗客をイ・ビョンホンが演じる。

その他、『シークレット・サンシャイン』などのチョン・ドヨン……つまり、チョン・ドヨンとソン・ガンホ、『シークレット・サンシャイン』以来の再共演ですね! そしてドラマ『ミセン』などのイム・シワンさんなどが出演しています。監督・脚本を務めたのは、ソン・ガンホとの三度目のタッグとなるハン・ジェリムさんです。

ということで、この『非常宣言』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」。ああ、そうですか。これは公開規模、館数的に言えばね……今、『アバター』がやってたり、『SLAM DUNK』『すずめの戸締まり』とかがまだまだやってる中で、これはかなり健闘している方じゃないですかね。

賛否の比率は、褒める意見がおよそ「7割」。主な褒める意見は、「現代のパニックエンタメ大作としてめちゃくちゃよくできてる」「韓国映画のレベルの高さをまざまざと見せつけられた」「新年早々いい映画が見られて嬉しい」などがございまいた。一方、否定的な意見は、「前半は良かったが、後半失速。それぞれのパートは紋切り型のものばかり」とかですね、「日本の描かれ方があまりに非現実的で冷めた」などございました。このあたり、私もね、中でもちょっと話すかもしれませんけど。

■「諸手を挙げて、『参りました』と言う他ありません」

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「レインシンガー」さんです。

「『非常宣言』は今年映画館で見る1本目の映画となり、かつ、それにふさわしい映画でした。練りに練った脚本と演出、撮影の工夫や演技など、どれをとっても間違いなく韓国映画が世界のトップランナーであることをはっきりと印象づける一本でした。

本作の優れた点を三つ挙げます。①当然まず、危機また危機のエンタテインメントとして極めてよくできている点。懐かしの名作『大空港』に(パンデミック物の)『アウトブレイク』を加算して、大幅にリニューアルした、まさに21世紀のエンターテイメントになってると思いました。

②しかし、そういったエンターテイメント性に加算して、まさしく2020年代の今の世界がかかえているいくつもの課題を、危機というファクターに置き換えて次々とぶち込んでくる点でも、実によくできてると感じました。

③そして、この作品を優れたものにしている最大のポイントは、これだけの危機をどう収めていったか、という点ではないでしょうか。主人公二人はソン・ガンホ、イ・ビョンホンという韓国が誇る2大男性スターなのですが、実は先頭を切って戦っているのが女性たちだという点。

さらに、ちょっとした敵に対する結末のつけ方が実に現代的かつスマートです……」という。で、ちょっと、とある悪役的な立ち位置の方の扱いが、非常にスマートだし、現代的だということを仰ってて……「大人だ」ということを書いてらっしゃいまして、私もこれから評の中で言いますので、ここはちょっと割愛しますが。「……ラストも、大活躍したソン・ガンホ扮する刑事や、大臣たちの事件後の決着の付けられ方には、苦味もあり、ある意味リアルで、嘘くさくない真実性を感じさせてくれます。とにかく、2020年のコロナが大流行し始めた時期に、これだけドンピシャの『解答』となりうる傑作を創り上げた韓国映画には、とにかく諸手を挙げて『参りました』と言う他ありません」というレインシンガーさん。

一方、ダメだったという方。この方は「ミルク」さん。「昨年まで、映画を鑑賞した後に宇多丸さんの映画評を聴き、自分が感じたことを振り返っておりましたが、新年を迎えて心機一転、投稿する側を体験してみようと思い、初めてメールさせていただきます」……ありがとうございます。「『非常宣言』、見てまいりました。私の感想は、『否(ぴ)』! 終始ツッコミどころ満載で、最後まで集中ができませんでした。まず、空港の保安検査場で危険物があっさりと通過してしまうあたりから、『あれっ?』と思い始め……」。これ、ちょっと私は言い分があるんで、これは後で補足しますけど。

「犯人の犯行理由も紋切り型で背景描写がなかったり。パイロットが他国の空港に強行着陸を試みる姿は、あまりにも非常識的過ぎて感情移入できなかったりと、ツッコミどころが多すぎます。そして一番許しがたかったのは、ラスト終盤。乗客全員がとある決断をしましたが、それを美徳として描いたこと。ラストシーンのソン・ガンホ演じるク・イノ刑事のあの姿もこれでもかというほど映されましたが、それも同様です」という。要は自己犠牲こそが美徳というメッセージ、もしくは前提に、絶望を感じてしまった、ということを書いてらっしゃいます。

「結局、個人で何とかするしかない世の中なのかと悲しい気持ちになりました。『絶体絶命の密室パニック映画』として楽しむには良い映画かもしれませんが、それを超えた映画を期待してしまっただけに、残念でした」というミルクさん。ミルクさん、ちなみにね、検査場を突破する件をツッコミどころとして挙げてますけど、僕、ツッコミどころはそこじゃないと思います。ツッコミどころは……「ソレ、家でやってこい!」(笑)。ソレを現場であんなリスクを犯してやる意味、全くない。家でやってこい!っていう、それが最大のツッコミどころ、この映画のたぶん一番のツッコミどころな気もするんですけどね。ありがとうございます、ミルクさん。今後もよろしくお願いしますね。

2020年代にふさわしい、航空パニック映画の最新進化系にして現状の到達点

ということで、皆さんからもいっぱいメールをいただいております。ありがとうございます。私も『非常宣言』、丸の内ピカデリーで二回、観てまいりました。まあ、入りはぼちぼち、といったところでしたけども。

ズバリ、いわゆる航空パニック物ってことですね。70年代の『エアポート』シリーズから始まるこのジャンル、その進化・変化の歴史を細かく話していけばですね、もうそれだけで特集ができてしまうボリュームになるかと思います。いずれね、三宅隆太さんとかお招きしてまたやってもいいかもしれないけどね。とにかくね、90年代以降は、航空パニック単体で成り立つというよりは、プラス、アクション要素多めとか、プラス、ミステリー要素とかですね、とにかく「航空パニック+○○」みたいな、足し算的な企画で命脈を保ってきたジャンル、という言い方ができるかなという気もします。あとは『ハドソン川の奇跡』とか『ユナイテッド93』みたいに、実話系という道はあるかもしれないけど。

ちなみにその中ではですね、僕のこの映画時評コーナーでは2012年7月21日に扱いました、『海猿』劇場版4作目『BRAVE HEARTS 海猿』という、これのですね、ボーイング747-400機の描写がですね、非常に正統派航空パニック物として、かなりのレベルに達していたと思います。原作者とフジテレビが揉めて、今は放送・配信などが一切されていないというね、そういう作品でもありますけども。でもとにかく『海猿』4作目、特にその飛行機パニック物としての描写は、僕、かなり世界的にも、結構高いレベルに行っているという風に思ってたりします。あと、忘れちゃいけない、私のこのコーナーでは2008年、つまり初年度の11月29日にやりました、『ハッピーフライト』。あれもですね、いわば微温の航空パニック物というか、「あえてヌルめ」の航空パニック物として、とてもよくできた、愛すべき一本になってるんじゃないかと思います。

という歴史上に登場した、今回の『非常宣言』。結論から言ってしまえば、技術的にも、そして語られている内容的にも、先ほどのメールとも重なりますが、2020年代の今にふさわしい、航空パニック映画の最新進化型にして、現状の到達点と言っていい、堂々たる娯楽超大作になっている、という風に思います。

■脚本・監督のハン・ジェリムさんは映画の「終わらせ方」がすごく独特

脚本・監督のハン・ジェリムさん。劇場長編はこれが5作目で、うち、今回のも含めて3作が、ソン・ガンホ主演ですけども。僕もこのタイミングで、全作をね、追っておさらいしてみたんですけども。恋愛物、ヤクザ物、歴史物、悪徳検事物、という名のやっぱりヤクザ物(笑)、みたいな。やってるジャンルはバラバラなんだけど……シリアスに徹している今回の『非常宣言』は一旦の例外として、これまでは、皮肉な喜劇性というか、なんか意地悪なコメディセンスというか、そういうところで通底する視点のようなものがある人だな、というのは思いました。

そして、それと関わることですが、何より、映画の「終わらせ方」がすごい独特というか、ちょっと不思議な終わらせ方をする、というところに特徴がある人で。そこまではいかにもジャンル映画的に、わかりやすく話を進めてきたとしても、最後の最後で、「ああ、そうやって終わるんだ……!」というような、観客にどこかグレーな余韻を残して終わる、独特の幕引きのセンスが、個人的にはこのハン・ジェリムさん、一番特徴的だし、面白いところだな、と思っておりまして。中では最も白黒がはっきりついて終わる2017年の前作『ザ・キング』ですら、「最後に見せるの、それ?」みたいな(笑)幕の引き方をする、みたいな。

そして、今回の『非常宣言』はまさにですね、さっき言ったような、それまでのジャンル映画的わかりやすさとはっきり違う、かなり意外なトーンで作品全体の幕が引かれていくことになる、という……詳しくは後述しますが、これが、とてもいい!という風に、私は思っています。

■序盤。不謹慎だけどワクワクする、航空パニックもの正攻法の語り口!

順を追って話していきますが。正統派航空パニック物というのはですね、基本、群像劇でもありますから。乗客たちそれぞれが、空港にやってきて、飛行機に乗り込んでいくプロセスや、後にまさしく航空パニックを起こすことになる要因、そしてあとはやはり、後に地上側から機上の人々をサポートすることになるであろうキャラクターたち、などなどがですね、時間の関係もあるので当然、ポンポンポンと、テンポよく提示されていき。それらがやがて、その飛行機にみんな乗り込むという一点へと集約されていく、というこの序盤。この一幕目の、セッティングですね。セッティングタイム。これがまず、ワクワクさせられる。まあ、パニック映画全体がそうですね。穏やかな日常……と思っている人たちがあちこちから集まってきて、一点に集約される。ここがこのジャンルの、ひとつの見どころですよね。

で、特に本作の場合はやっぱりですね、先ほど金曜パートナーの山本匠晃さんもおっしゃっていた通り、イム・シワンさん演じる、バイオテロ犯ですね。リュ・ジンソクというキャラクター。一見、物腰柔らかな美青年なんですね。本当にDa-iCEの工藤くんみたいなね、美青年なんですけども。たとえばその、チケットカウンターでの態度であるとか、あるいはそのイ・ビョンホン演じる主人公たち親子、父娘とのキモすぎる絡みなどから一発で伝わってくる、「こいつ、ちょっと近寄りたくねえな」っていうヤバいやつ感。ここが非常に、ナイスな掴みになっている。

さらに、すごくいいのはですね、かくして着々と、危険な何かを、明らかに犯行の意思をもってまんまと持ち込んでいるテロ犯……など、要は「機内」側、後には「機上」側になりますけど、飛行機の中側、飛行機側のエピソードと並行して、ソン・ガンホ演じる刑事が、ネット上のテロ予告映像から先ほどから言っているその犯人リュ・ジンソクの家を探索する、という、つまり「地上」側のエピソードを、機内側と並行して語っていく、という語り口。

たとえばイ・ビョンホン演じるお父さんが、「なんだ? あいつ、同じ便に乗ってきちゃったよ。き、キモい……」っていう風に思っているその一方で、ソン・ガンホは、「これ、たぶん本当にヤバいやつだ……」という風にどんどん真相に近づいていく、このプロセス。そしてついにそのソン・ガンホ演じる刑事が、家を家探ししている時に、そのリュ・ジンソクの家で、背後に置かれた死体パックに気づく。最初はピントが合ってない、その死体パックに気づいて、後ろを向く。そうすると、そのパックされた死体がドーン!と映る。

つまり、明らかに刑事事件になりますよね、そこから先。「リュ・ジンソクはヤバい! 決定!」ってなった、その瞬間に、ジャンボジェットが離陸するんです! それだけじゃない。要するに「ああ、もう惨事が止められなくなってしまった、飛び立っちゃった……」っていうところで、満を持して!っていう感じで、非常に盛り上がる音楽とともに、客席の人々、さっきまでセッティングで集めた全てのカードを、全部、いちいち見せてみせる。「カードは揃った!」というところを見せるわけですね。

これ、もちろん起こる事態はね、悲劇なんでこの言い方は不謹慎だけど、やっぱり映画としては、ワクワク……「うわっ、これは始まってしまいましたよ!」みたいな感じがするところですよね。で、まあその、表情は明るい人たち。だからこそ、その先に立ち込める暗雲も際立っている、ということで。これ、まさに群像劇としてのパニック映画、正攻法の語り口、という風に言っていいと思います。

以降もですね、たとえば地上での捜査の進行と、機上でのそのテロ準備、そして実行のプロセスが、編集によってうまくシンクロして、とてもスマートに、その事態の本質というものを観客に飲み込ませてくれるわけですね。このへんは本当に気持ちいい、プロの仕事!っていう感じで堪能できますし。あとですね、ポン・ジュノの『グエムル-漢江の怪物-』とか『母なる証明』とか、あとはハン・ジェリム作品で言えば2014年の時代劇『観相師-かんそうし-』などでも組んでいた、イ・ビョンウさんによる音楽。劇伴ですね。それも非常に印象的で。

ウイルスの危険性の判明と、実際の犯行が進行していく様が、さっきから言っているように並行して見せられていく間、実はうっすら持続している、不気味な低い劇伴がずっと流れている。しかもそれが、事態のヤバさがさらに一段上がるたびに……たとえば、ウイルスが実際に人にかかっちゃった!というところとか、「これはヤバいウイルスだ!」っていうことが判明したところとか、とにかく事態のヤバさが一個上がるたびに、「ヴォンッ……ヴォンッ……」っていう管楽器の音、チューバなのかな? わかんないけど、管楽器の音が、「ヴォンッ……」って、まるで警報のように断続的に鳴り始めて、めっちゃ怖い!っていう。で、ずっと鳴り続けてるから、「事態は止まらない」という感じがする。

■「うわーっ! もう死ぬもう死ぬもう死ぬもう死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬーっ!」

で、ついにその緊張感が、極に達した時。上映時間でいうと、ちょうど50分目ぐらい。まず、傾くコップの水。これはわかるよ。傾くコップの水は見たことがある。だけど、これが本当に今回の映画で僕、一番強烈に残った画なんですけど、フワーッと女の人の長い髪が、横に浮かび始める、というね。この描写、あんまり見たことないし……つまり、重力の方向が狂い始めた、バカになり始めた機内。それをね、最初しばらく、乗客も観客も何が起こってるかを理解するまでの間……髪がフワーッとなって、それで「ああ、これはマズいぞ、マズいぞ……」っていう間は、そこ(のシーン)、まだ無音なんですね。

で、迂闊にもちょっとベルトを外したために、いきなり天井に叩きつけられる女性……その、女性が天井に叩きつけられる瞬間から、ドーン!って音が始まって。それを合図に、まさしく阿鼻叫喚とはこのこと、阿鼻叫喚と表現するのがふさわしい、文字通り上へ下への大混乱、いやさ、「大回転」が始まる! 本当に観ながらもう、「うわーっ! もう死ぬもう死ぬもう死ぬもう死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬーっ!」って、全身がこわばるような感覚というか。

これ、360度回転するセット……要するにそのセットごとグルグル回るようなセットと、その周囲を囲むLEDスクリーン。要するに今(最新の技術を使った映像作品は)、スクリーンプロセスの最新型というかな、『マンダロリアン』とかもそうやって撮っていますけども。360度回転するセットと、周囲を囲むLEDスクリーンによって作り出された、まさに超最新型の航空パニックシーンなわけですね。

本作、これはハン・ジェリムさんが得意とする、手持ちカメラの、全体に揺れているような、ドキュメンタリックな画作りが多用されている、基調となっているため、あんまりそういう風に思えないぐらい自然なんですけど、全体が。実はですね、かなり緻密な、アニメ級と言っていいぐらい緻密に描き込まれた、絵コンテが用意されていて。それにほぼ100%、沿う形で撮影されてるそうなんです。その意味ではですね、僕が昨年シネマランキングの時に言った、「本来矛盾する二つの要素を、新たな技術やセンスで両立させることでネクストレベルへ行こうとする、近年の傑作たちの試み」というのの一環、というような言い方もしてもいいかもしれない。これも、ドキュメンタックに見えるけど、実はそうじゃない、という方向で。

とにかくまずは、その中盤の大パニックシーンだけでも、本作は既に映画史を更新してる!っていう風に断言できます。航空パニック映画史を完全に更新しました。いろいろあるんですけども……僕、この話をするだけで、「飛行機の中の怖いシーン」の歴史だけで、もう全然いけるんですけど(※宇多丸補足:当日の放送では実際、この後の空いた時間で、10分ほどその話を続けたりもしました)、その中でも、とにかく最新型。

で、その後もこの大がかりなセット……たとえばですね、本当なら一刻も早く着陸したいのに、なんとその目的地から、引き返さざるを得なくなる!という、非常に絶望的な展開があるわけです。そこで、それを表現するのに、機内に入ってくる太陽の光の角度、その変化で、それを示す……ドラマチックかつ、非常にリアルに表現していたりして。とにかく、撮影監督。これはキム・ジウン作品でおなじみの名手イ・モゲさん。あとは、パク・ジョンチョルさんという方。そして、美術監督ですね。これは、ヨン・サンホの『新感染』シリーズなどの美術監督イ・モグォンさん。このあたりが、本当にめちゃくちゃいい仕事している、という風に思います。

■折り返し地点以降は危険のフェーズが移行。どんどん「今の映画」になっていく

で、まさにその、折り返し地点以降ですね、主人公たちが直面する危機のフェーズが、どんどん移行していく作りも、飽きさせず、うまい。内容的にも、非常に「今の」世界、「今の」映画っぽい感じになっている。要はその、飛行機自体の危なさで引っ張るのはもう、今の時代ちょっと限界があるというかね……そういうことがあるんで、さっき言ったように足し算指向になりがち、という風に言いましたけども。そういう意味では後半は、その足し算的なところになってくる。

まずはやっぱりその、機内の感染者/未感染者の間に、必然的に起こる断絶、分断、というかね。言うまでもありませんが、コロナ禍を経た我々、世界中の誰もが、ある意味知っている感覚であり、光景というか。なので、一応悪役的にその高圧的なおじさん、っていうのが設定されてたりもするけど、彼とて、彼なりのその理屈や正義感、あるいはその身を守ろうという時の理にかなった行動というかな、それをしていて……そうするしかないその痛ましさというか、彼らの言ってることが決して間違ってるとも言い切れないという、それももう我々、わかってしまうわけですね。だからそこはその、さらにこういう(パニック映画にはありがちな悪役的な)役柄に、深みを増してますし。

一方、地上組も、たとえばこれもね、金曜パートナーの山本さんが指摘されてました、ソン・ガンホ演じる刑事たちによる、非常に重要な情報源の追跡劇、カーチェイスが始まる。ここですね、車の中に入って、まずバイクを追っていく……で、ここね、あえてちょっと追っかけのテンポが、ちょっとモタモタしてて。『その男、凶暴につき』のあの見事な追跡シーンがありますけど、ちょっと『その男、凶暴につき』オマージュぐらいかな、って思ってると、そこに、ドーン!っていう(事態が突然起こる)。で、ここを全部、ワンカットで見せてくるわけですね。なので、これもやはり、ドキュメンタリックに見せつつ、実はめちゃくちゃ凝ったショット。こういうのが入ってきたりして、全く飽きさせない、っていうのもある。

そうこうするうち、今度はですね、ジャンボジェット機自体が危険物、という風に、国家単位では見なされるようになる。そしてそこから起きる、いわゆる『エグゼクティブ・デシジョン』的な葛藤というかな、そういう事態に入っていくわけですけども。ここですね、メールでもあったようにですね、特にその日本の航空自衛隊を巡る描写は、国際法に照らして、はっきりあそこはフィクション、ということです。皆さん、ご安心ください(笑)。ああいうことは国際法上、ないことになっているそうです。なんだけど、その後に韓国国内の描写も出てくることを考えれば、日本の描写というものだけが突出して悪い、というわけじゃなくて、比較的フェアに徹したバランスだ、という風に私は思いますし。

あと、やっぱりコロナパンデミック以降に観るとですね、(問題のウィルスが)どのぐらい危険かわかんないうちは国には入れられない……それは別にもう、自国の韓国であってもそれはそうだ、っていう。それを(観る人によっては)「非常識」と取るのもわかりますが、コロナ以降だと、その切実さ……「いや、いざこうなったら、こういうジャッジ、今の政府はするかもよ?」っていうリアリティーは、増していると思うんですけどね。

娯楽映画としての要素を詰め込みつつ、ラストに残すのは深い余韻。「何が真に善き生き方なのか?」

むしろここで注目すべきは、やはり特に韓国において、「セウォル号事件」というのが起こしたその、国民的なトラウマというか……その深さ、というところをむしろ、注目したいと思います。だからこそ、クライマックス手前、機上でも、そして地上でも、ちょっと常識離れしたようにも見える利他的な行動を一同が取りだす、この展開。これが現実離れしてると言えば、そうかもしれない。あと、利他的行動でいいのか?ってことはあるかもしれない。ただ僕はですね、ちょっと韓国国内の、こういう時に……つまり、「公務員は責任を取る仕事だ!」っていう非常に理想を表したセリフも含めですね、「自分たちは、人間は、こういう(利己的なだけではない)選択をしうる存在なのだと思いたい、そうあってほしい」という、切実な、祈りにも似たものを、僕はこの描写に感じました。だから、韓国映画であることの意味もある、というか。そんな感じがしますね。

また、前述したその高圧的なおじさんにもですね、まさに我々RHYMESTERの『POP LIFE』という歌、「こちらから見りゃサイテーな人 だがあんなんでも誰かの大切な人」的な側面を、チラリと見せる。やっぱりハリウッド映画だったら、(そういう悪役的なキャラクターには)ギャフンと何かして終わり、のところを、そういう非常に好ましい着地をしてたりもする、というあたりもいいと思います。先ほどのメールにもあった通りです。

そしてラスト。先ほど言ったような、ハン・ジェリム監督作独特の、意外かつ、深い余韻を残す終わり方の、まさに真骨頂……ちょっと踏み込んだことまで言っちゃいますけど、僕も大好きな、あるクラシックの名曲が流れだして、完全なハッピーエンドとはとても言い切れない、現実が示される。しかしそれはですね、映画序盤の同じ場所で、ソン・ガンホのセリフで……近所の人たちがパーティーをしてるのを見て、娘が「うるさいな」みたいことを言うと、「うるさいんじゃないよ。助け合っているんだ」っていう風に言う。「助け合っているんだ」って。

さらにその後、チョン・ドヨン演じる国土交通大臣のその決断が、真に何をもたらしたのか……もちろんそれは、危険な判断だったかもしれない。でも、少なくとも、彼女の判断が真にもたらしたものは何か……それが、最後に示される。僕はこれは、その場面のトーンから言って──僕の解釈ですが──「何が真に善き生き方なのか?」「何が人間を善き存在にするのか?」という問いと、ひとつの答えを、さりげなく、押し付けがましくはなく、静かに示しているような、そんなラストだと思います。

■「俺たちこそが今、一線に躍り出ているんだ!」という気概を感じる一級品のエンターテイメント

そして最後、またまた意外なアングルのラストショット(※宇多丸補足:実際の放送ではこの後のガチャタイムでさらに短く補足したのですが、無事に着陸~停止したジャンボを大胆な真上からの俯瞰で捉えたこのショット、うがった解釈をすれば、意図的に「十字架」のように見せているようにも感じられます)、からのエンドクレジットまで……要はですね、一大娯楽映画としてのサービス、進化、ここも全く怠っていないどころか、もうこれでもかとばかりに詰め込んだ挙句、プラスアルファ、豊かな味わいというか、余韻というところまで足す、という。

その志も含めてですね、じゃあ今のハリウッドがこういう映画を作ったりするかな?とか思うと、やっぱり先ほどのメールにもあった通り、世界のエンターテイメント工場としての韓国映画、「俺たちこそが今、一線に躍り出ているんだ」というその意志とか、気概も感じさせるという。一言で言えば、一級品のエンターテイメントだ!と言わざるを得ないのが現状ではないでしょうか。後半の展開に異論がある方も……まあ中盤の場面がですね、歴史的なものであることには異論の余地がないあたりかと思います。とにかく、劇場で観ないと話にならない。ぜひぜひ劇場のスクリーンにかかってるうちに、ウォッチしてください!

(次回の課題映画はムービーガチャマシーンにて決定。1回目のガチャは『恋のいばら』、1万円を自腹で支払って回した2回目のガチャは『そして僕は途方に暮れる』。よって次回の課題映画は『そして僕は途方に暮れる』に決定! ※支払った1万円はウクライナ支援に寄付します)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

ツイート
LINEで送る
シェア
ブクマ