宇多丸『THE FIRST SLAM DUNK』を語る!【映画評書き起こし 2022.12.23放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、12月3日から劇場公開されているこの作品、『THE FIRST SLAM DUNK』

(The Birthday「LOVE ROCKETS」が流れる)

1990年から96年まで週刊少年ジャンプで連載され、今も絶大な人気を誇る名作バスケットボール漫画『SLAM DUNK』を、原作者の井上雄彦自らが監督・脚本を手がけ、映画化……ストーリーの細かいところはちょっと置いておきますね。湘北高校バスケ部のメンバーを演じるのは仲村宗悟さん、笠間淳さん、神尾晋一郎さん、木村昴さん、三宅健太さん、ということです。そして、いま後ろで流れているロックバンドThe Birthdayのオープニング主題歌「LOVE ROCKETS」、そして10-FEETがエンディング主題歌を……10-FEETのTAKUMAくんと武部聡志さんがね、音楽を担当されていて。全編にロック調の曲が、めちゃくちゃ合っていましたね。それも素晴らしかったです。

ということで、(風邪による病欠で)一週遅くなりましたが、この評ということで。もちろん、いま最も注目作でもございますので。この『THE FIRST SLAM DUNK』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「非常に多い」! で、賛否の比率は、褒める意見が8割。主なご意見は、「観る前の不安を吹き飛ばす大傑作!」「試合の描写としては歴代のスポーツアニメの中でも、いや、スポーツを扱ったあらゆる映画の中でも最高峰なのでは?」「原作未読でも楽しめた」などございました。また、バスケ経験者やバスケファンからは、「試合の雰囲気やプレーヤー視点の体感描写が本当にリアルだった」といった声も。詳しい人ほど、ここは唸っているみたいですね。

一方、否定的な意見は、「試合中に回想が挟み込まれる構成がうざったい」「主人公が違うじゃん」……これは、こいつがネタバレしてるんで!(笑) 俺じゃないですよっ? まあ、公式がね、もうそれ(ストーリーの情報)は出してますんでね。元の原作とはちょっとね、メインの視点が違うよ、とかね。「プロモーションの仕方がよくない。旧アニメに対してリスペクトが感じられない」などのご意見がございました。

■「監督が素人だからこそこれほどまでに斬新な映像に仕上がった。それって……」

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。「博多ぷんぷん丸」さんです。「本作の感動の要因は、井上雄彦先生の書いたキャラクターが『漫画のまま動いている』という完全に新感覚の映像を目撃できた興奮と喜びにあります。映画とは、スクリーンに映し出される物体の速度によって生み出されるリズムに様々な要素が乗ることにより、観客の感情を動かすものだと思っています。その点において、本作が興味深いのは映画の基本原理に則った上で、全く新しい映像表現を作り出すことに成功しており、しかもその監督が映画・アニメ未経験の漫画原作者であるということです」。井上さんは、アニメーションにはそんなに明るくない、という風にご自身でね、インタビューでもおっしゃっていますね。

「……そもそも『SLAM DUNK』は漫画の時点で映画的な時間感覚や速度感覚を紙の上に描くことに成功していたと思います。終盤は成長していく湘北メンバーたちと同様に、井上先生の漫画表現が限界突破していくように感じ……」。まさにね。私も……すいませんね、ニワカでね。「ニワカがひどい」と言われてますけども(笑)。読みながら、本当にそう思いました。

「……最終回では『漫画表現のひとつの極地』ともいえるような高みへ到達しました。そして今度は『SLAM DUNK』という漫画をそっくりそのまま映画として動かせています。監督は素人で、通常のアニメ制作とは全く違ったアプローチで作ったからこそ、これほどまでに斬新な映像に仕上がったのかと思うと、それだけで胸が熱くなります。だってそれって、劇中の桜木花道そのものじゃないですか。天才でド素人な存在が中心にいたからこそ勝てた試合、映画だったんですね。原作ファンの間で賛否が分かれている様子のオリジナルストーリーに関しては、まさに『リアル』『バガボンド』という作品を経たからこそ描けた人間ドラマだと思います」……こちらも私、ニワカがひどいですけども、いろんな作品を読んで、私も同意でございます。

「一バスケットボールファンとしては、本作を見てバスケを始める人が増えてくれたら本当に嬉しいし、そうなってこそ本作の成功といえるのではないでしょうか。漫画『SLAM DUNK』がなければ日本から、NBAやWNBAで活躍できる選手は生まれなかったと思います。映画でも日本のバスケ界に革命を起こしてほしいものです」ということで。博多ぷんぷん丸さんは他にもですね、細かく、クライマックスシーンのあの時間感覚の置き替え方というか、その見事さみたいなものも、細かく書いていただいています。ありがとうございます。

あとですね、「きじうち」さん。「私は今作『THE FIRST SLAM DUNK』にてCGアーティストとして携わらせていただきました」。中の人! 「現場にいた視点からひとつ申し上げますと、先日発売された書籍『re:SOURCE』にも多数掲載されている通り、全編にわたり井上監督の修正が入っております。また制作終盤にはコンポジット後の、いわゆる『完成画面』に対し、多くのカットがレタッチという形で陰付けなどの調整が行われております。公開直前までSNSなどでは様々なご意見が飛び交う中、不安な思いも抱えつつ、絶対に届くと信じて作り続けました。そして公開後、多くの好評価を受けたことに、とても安堵いたしました」。この『re:SOURCE』に(掲載された画に)描かれたその、修正、修正、また修正。ブラッシュアップに次ぐブラッシュアップ。これがすさまじいんですね。その話、私も後でしたいと思います。

一方、ダメだったという方。「赤いたぬきのシャア」さん。「賛否は否です。私はこれを『原作に対するリスペクトのない、原作者による二次創作』だと思いました。(漫画版は全巻3回買っています)」。違う形で買っている、っていうことかな? 「正直、この内容で『SLAM DUNK』と付けてほしくなかった」……やっぱり元に対する思い入れが相当強いのかな。

「『SLAM DUNK』はあくまで主人公・桜木花道がバスケットマンとして成長する物語です。主人公・桜木花道のままで『SLAM DUNK』か、主人公を宮城リョータするなら別のタイトルにすべきだったと思います」。これ、もう発表されてるんでね!(笑) もうね、宮城リョータがメインっていうのは発表されるんで! 「……合間合間に回想が入るのも、いちいちテンションが盛り下がるし、元々は桜木花道メインの試合だし、宮城リョータの人間ドラマ部分が山王戦に関連しないので、なぜこのような構成にしたのかいまいち理解できませんでした。友人は『観に行った記憶を消し去りたい』と悩むぐらい拒否反応を示していました。シリアスなドラマとバスケを描くなら『リアル』でやればよかったのでは。絶賛の裏で、悩む原作ファンがいることを知っておいてほしくてメールしました」という。まあ、こういう方もいらっしゃる、ということですね。はい。

あとですね、いろんな意見があって面白いなと思ったんだけどですね、「たけだ」さんは、これはちょっと省略というか、要約させていただきますが、要するに原作クライマックスの、山王戦の試合の中にある、とある描写。要するに怪我をして、それでも出場する。で、それを先生が黙認というか、なんというか。「あれを今回、そこはブラッシュアップしてほしかった。あれはダメだろう?」みたいなことをおっしゃっていて。「ああ、これは面白い視点だな」なんて思ったりしました。

ということで皆さん、メールありがとうございます。私も『THE FIRST SLAM DUNK』、TOHOシネマズの日比谷のIMAX、バルト9のドルビーシネマ、そしてTOHOシネマズの通常上映と、三回、観てまいりました。

■今回の時評の指針は、「『SLAM DUNK』ファンじゃない人にも見てもらいたい」

ということで、まず最初に、本日の時評の指針を先に言っておきたいと思います。どういう風に批評するか? ここまではですね、当然のことながら、漫画なり旧アニメシリーズなりで、「元々『SLAM DUNK』のファンだった」層が中心に盛り上がっていて。その中で、「ネタバレは気をつけよう」とか(の配慮がなされいる)。っていうのはやっぱり、「ああ、あそこをそう描く?」とか、「その角度で来たか!」みたいな初見時の驚きがやっぱり、ファンだったら重要だ、っていう。これは理解できるんですけども。

同時に私はですね、本作に関して、特に『SLAM DUNK』ファンじゃない人、知らない人……要はちょっと前の僕ですけども、そんな層にもぜひ観てもらいたい。つまり、「ファン限定」などでは全くない、アニメーション作品として、そしてスポーツ映画として、結構本気ですごいことをやらかしている一作だ、という風に考えているので。今日は、「『SLAM DUNK』にこれまではそんなに興味なかったけど……」な人たちに、「本作はそれでも必見なんだよ!」ということを伝えるのを第一義に、時評していきたいと考えております。

ゆえに、そのために、ある程度踏み込んだ説明がどうしても必要だ、と判断しました。というのは、やっぱりファンの皆さんのように、無条件で引き付けられ、理解できるわけじゃないですから。多少はやっぱり踏み込んだ説明が必要、ということで。本日は、現状公表されている「プロローグ」というね、情報……要するにあらすじというか、出だしのあらすじみたいなところよりも、ちょっとだけ、具体的な中身に触れる局面も多くなってくると思いますので。

「これから『THE FIRST SLAM DUNK』を観に予定があるんだ」と。で、全く事前に情報を入れたくない、という方は、ラジオを消して……今すぐ、さっさと映画館に行けーっ!(笑) もう(公開から)20日、経っているんだよ! ねえ。お前、なにやってんだ!っていうね(笑)。まあ、とにかく映画館で絶対観た方がいいんで。とっとと行ってください、ということで。じゃあここから、そんなに露骨な感じのあれ(ネタバレ)にはしないようにしますが、具体的なところに踏み込みますんで。ちょっとご注意くださいませ。

■今日の映画時評は三幕構成でお送りします

でですね、今日、ここから先の『THE FIRST SLAM DUNK』時評は、映画と同じく三幕構成で行かせていただきたいと思います。まず、一幕目。この『THE FIRST SLAM DUNK』という作品が、いかに特異な、通常の商業用アニメーション作品とまったく異なる経緯、プロセスでできた一作なのか? その概要をサクッと語らせていただきます。

続いて、二幕目。ここがメインとなりますが、本作の特色ですね。二点、前半と後半に分けてお送りします。二幕目、まずは前半、「アニメーション表現としての革新性」。後半は、元の漫画を、どのように一本の長編映画用に「脚色」したかという部分。

そしてラストの三幕目は、それらが特に素晴らしい表現に昇華・結実しているところ。そして「今、2022年に作られるにふさわしい作品」になっているんだ!という、もうひとつの理由……技術だけじゃない、もうひとつの理由。それを最後に述べて、という感じの流れて行かせていただきたいと思います。

ちなみに参考資料としては、劇場販売パンフのインタビュー。これも非常に参考になりましたし、先週発売になりました本作のメイキング本『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』という、これを基にさせていただいております。こちら、後ほども言いますが、このインタビューがめちゃくちゃ面白かったりするんでね。あと、『ピアス』というね、この宮城リョータがメインの設定の元となった短編も、初めてたぶん正式には単行本に入ったりしましたんでね。これなんかも読ませていただいて。これ、めちゃくちゃ『re:SOURCE』は、必携の一冊だと思います。

■この映画に一番近いのは……『かぐや姫の物語』とか!

とにかく井上雄彦さん、東映アニメーションからですね、2009年頃からずっと、『SLAM DUNK』劇場アニメ化について、その都度何本もパイロット版を……要するに「こんな感じの映像ならどうでしょう?」というパイロット版を送ってもらっていて、東映アニメーションはアプローチをずっと続けてきた、という。で、井上さんはそのたびに、「これじゃダメだ」って断わり続けてきたそうなんですが。あるポイントで……要するに、「ここまでアニメ映像としてできるのであれば、自分が直接関われば、もっと“ちゃんとした『SLAM DUNK』の絵”になるんじゃないか?」という直感を得たそうで。

火曜日にですね、アニメ評論家の藤津亮太さんにお越しいただいた時にですね、東映アニメーションは、今年の『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』という作品でも、3DCGを使って、鳥山明先生の「あの絵」をそのまま動かす、という試みをやっていたという風におっしゃっていました。だから、東映アニメーションがいま目指している、いろんなトライをしている方向なのかもしれないですね。「あの絵」を動かす、っていう。

で、まさにこの『THE FIRST SLAM DUNK』も、「井上雄彦のあの絵」が、そのまま動いてる! という、まずは何よりそこを目指して出発した作品なのは間違いないわけですね。で、しかもですね、結果として井上さんは、漫画のように、まずネーム作りから始めたそうなんですね。で、ネーム作りから始めたってことはつまり、これは実質「脚本」となっていきますし。先ほど言った『re:SOURCE』という本からも窺える、徹底した、自分の絵、自分の演出へのこだわり。それを実現するための、本当に細部にわたる指示、修正、また指示、修正、ブラッシュアップに次ぐブラッシュアップ。要は実質「監督」まで自ら務めることになった、ということですよね。はい。

で、さっき言った「あの絵」が動く!という、それを端的に示すのが、やはりオープニングですよね。はい。じゃあ、やってみようか。もう一回、「LOVE ROCKETS」をかけよう!

(The Birthday「LOVE ROCKETS」が流れる)

……鉛筆のタッチでね、湘北メンバーが、宮城リョータから順繰りに描かれていって、歩き出す。このThe Birthdayの「LOVE ROCKETS」が流れ出して、一人ずつこうやって(歩き始める)……もう、ここ! これ、原作を知らなくても、「ああ、これは死ぬほどワクワクするヤツなんだろうな!」っていうのはわかるし。(原作漫画を)一周した後に観たら、もう僕、ここでビーン!(と、全身が感動で引きつるくらい)ですから(笑)。ビーン!って。「で、どこと(の試合が今回の映画では描かれるの)? どことやんの!?」って……それで、こうやって(キャラクターたちが画面内に)下りてきたら、(ユニフォームに原作漫画のラスボス的チームである)「山王」って見えて! で、それぞれのメンバーに色がついて、バーッと動き出したところで……コートを上から見て、『THE FIRST SLAM DUNK』!っていう(タイトルが出る)。

なので、私はこの「THE FIRST」というのはですね、「井上雄彦作品としての」『SLAM DUNK』映画版は、これが最初です!という、宣言だという風に取りました。とにかく徹頭徹尾、「井上雄彦の作品」として作ることを、東映アニメーションもそこを目指して、全ての犠牲を払ってやっている、という作品ですね。とにかくオープニングでしびれました! 本当に……という感じだと思います。

つまりこれはですね、先ほど言いましたように、「井上雄彦作品」として、井上雄彦先生自身が完全に納得するクオリティーのものを目指す、という、通常の商業用アニメーションとは全く異なる……むしろですね、一番近いのは、『かぐや姫の物語』とかですね!(笑) あれも、もちろん商業用アニメだけど、高畑勲さんがですね、もうなんていうか、いろんなことを度外視して作った(笑)、「アートアニメ」じゃないですか。

そんな『かぐや姫の物語』とかと比較するべき、そのようなとんでもなく手間のかかる、異例の作り方をしている一作なんですね。で、それはとにかく「井上雄彦のクオリティー」に達するまで、という……なので、皆さん旧アニメーションと比較してどうこうっておっしゃいますけど、そもそも成り立ちも、目指してるところも、根本が全く違う作品なんだ、ってことなんですよ。なので、「あっちの方がいい」とか「悪い」とか言っても、あんまり意味がないと思います。もちろんTVシリーズで毎週やるものとして、すごい頑張ったクオリティーで……僕も今回結構観たんでそう思いますが、どっちがどうとかっていうこととは全く違うものだ、っていうことですね。

で、同時にですね、後述する物語的な脚色という点でも、原作者自らが……しかもその後の様々な作品を経て成長した、「今の原作者」自らによるアレンジ、というのは、段違いの説得力を本作にもたらしている。これ、原作者じゃない人がやっていたら、もうちょっとブーイングが多かったかもしれないですけど。(原作者自らが手がけたことで)説得力を増しているのは明らかかと思います。

バスケットボールの試合を描いた作品としてはスポーツ映画史全体の中でも類例を見ない達成

では、そうやって作られたこの『THE FIRST SLAM DUNK』の特色、すごいところを、技術面と物語面の二つの面から見ていく、二幕目に行きたいと思います。

先に言っておくと、本作、実は、全体として見ると、さっきから「絵がすごい」って言ってますが、実はですね、全体として見ると、絵としての密度というかテンションには、まあまあバラつきがあります。客席(の描写)とかはもうちょいなんとかならなかったのかな、とは思わなくもないところもあるが……すごいのはとにかく、試合シーン。バスケットボールの試合シーンですね。とにかく、「バスケ映画」としてとんでもない!ということです。

ここ、要はですね、本来矛盾する二つの要素を、同居させなきゃいけない話をしてるんですね。まず、さっき言った「井上雄彦のあの絵」、あのタッチの再現。これ、元はもちろん、当然二次元的な表現。そして、静止している……まさに「絵」なわけですね。それと同時に、バスケットボールという……猛烈なスピードで、とても複雑で密度の濃い、異なる要素の動きが展開していく、三次元的な時空。それも井上雄彦さんとしては、今回やるならば絶対にきちんと描きたい!という部分だったそうで。それが強い部分だったそうなので。

この、ざっくり言えば、二次元的な漫画的表現と、立体的空間表現の融合。要するにこの二つは、本来、矛盾しているわけですが。近年は、3DCG技術の進化、そして使い方の進化もありまして。たとえば、2019年『スパイダーマン:スパイダーバース』! 革新的なアメコミのアニメ表現で、世界を驚かせたりもしました。で、本作『THE FIRST SLAM DUNK』の対山王戦、この試合シーンは、まさにそうした試みの、日本漫画版最前線、という風に断言できます。まあざっくり言えば、3DCGの土台に、漫画的な輪郭線が乗せられている、ということだと思ってください。

で、これはですね、『re:SOURCE』という先ほどの本を見る限り、井上雄彦さんの、細部に至るまでの、妥協なきクオリティーの追求の賜物でもあるんですね。つまり、同じ技術を使っても、ここまでネジを締め続けないと、こうはならない。自然な動きの数々はもちろん、モーションキャプチャーなども使っていたそうですが、そのまんまのデータではやはり使い物にならなかった、ということみたいで。とにかく、顔や体のちょっとした角度、唇の厚さとか耳の形、目線のちょっとした方向などなど、本当~に細かいチェックと修正、チェックと修正……井上さんご自身がやりまくっている。

たぶん試合シーンの全てのカットには、何らかの形で井上さんが直接手を入れてるはずです。というぐらいの感じだと思います。そしてやはり、この一個一個のネジ締めが、全体の印象に絶対に繋がっていく。井上さん、全ての絵、セリフ、演出に、意図がはっきりある人なんで。なんとなくやってる絵が一個もない人なんで、そういう風になる。だから、ちゃんとやれば、ちゃんとしたものになる。

その甲斐あって、たとえば連続する細かいパス回しのところなど……ワンカットで流れで見せること、これは漫画ではできませんからね。ワンカットで、細かいパス回し……山王がヒョイヒョイヒョイと回したりするのとかは、漫画よりも格段に飲み込みやすく、そしてバスケ本来のテンポ感も損なわずに、描くことに成功しているわけです。漫画だと、どうしてもそれは「説明」になっちゃうんで。

同時に、もちろん要所では、漫画・アニメならではの「時間を引き延ばす」表現によって、特にバスケ……リアルタイムでは、瞬時にいろんなことが起こりすぎて、何が何だかわかんない、っていう諸要素。特にバスケは大変ですが、当然それがわかりやすく、整理もされている。つまりですね、要は「リアルさ」と「漫画・アニメ的なデフォルメ」が、最良のバランスとリズムで、共存・両立している。それによって、おそらく特にバスケットボールの具体的な試合描写を描いた映像作品としては、スポーツ映画史全体の中でも類例を見ない、優れた達成をなしている、とい風に私は断言してよいかと思います。

そうやって、ちゃんとリアルとデフォルメのバランスが取れているからこそ、たとえばクライマックスね。ちょっと言っちゃいますけど、桜木が相手のあのシュートを防ぐので、「返せ」って、ポンってやりますね? あそこ、桜木が「突然現れた」感じがするのは、やっぱりその空間的にちゃんと見せてるからこそ、「えっ、なんでここにいるの?」っていう感じが、我々にもより、するようになっている。見事な演出になっていたりするということです。

そしてそれが、さらに最高の形で結晶しているのが、クライマックス。あの、「残り約20秒!」ですね……からの攻防戦、というところなんですけども。この話は、ちょっと後にしますね。

■井上雄彦監督は桜木花道のごとく作りながら学んでいる。天才!

あと一方、ギャグ描写はちょっと抑えめ。井上さん、やはり映画と漫画のメディア的な違いというもの……要するに、漫画だったらここまで(コマの片隅や小コマなどを使って細かいギャグ表現などが)できるところ、映画では全てフラットに、同じ画面で出てしまうので(※宇多丸補足:たとえば『鬼滅の刃』アニメ版は、そうした細かいギャグまですべて「原作通り」に拾ってみせることで、映像作品としてのテンポやバランスはあえて犠牲にしていると言っていいような作りをしていました……つまり本作『THE FIRST SLAM DUNK』は、それとは完全に対照的なアプローチをしているわけです)。でも、ちゃんとたとえば赤木が言ったことにみんながワチャワチャ突っ込むところとかは、引きのカットとかにしている。ちゃんとそこはバランスを取っていて。やっぱり映画ならではの文法というのを、まさに作りながら学んでいる……先ほどのメールにあった通り、桜木花道のごとく、作りながら学んでいる! 天才!っていうね。素人だけど天才、というあたり、発揮しているんじゃないでしょうか。

とにかく試合シーン、アニメーションになったことで、漫画では要は「セリフでの説明」が必要だったアクションなども、全て「動きそのもの」で、サクッと表現されている。そのためですね、ただでさえある種『SLAM DUNK』って、ドライに試合進行のみを……特にクライマックスの山王戦は、試合進行のみで見せていくくだり。ひょっとしたら、試合「だけ」を描くという、『茄子 アンダルシアの夏』的なソリッドな作り、というのもナシではなかったはず。そうしたらそうしたで、アート映画としてはより価値が上がったと思いますが。

ただちょっとね、やっぱり、「待ちに待った“アイツら”の劇場用長編映画!」としては、ちょっとそれはあまりにも、そっけない。やはり「物語」がちゃんと必要、ということで。そこで、湘北メンバーの中でも、元々の漫画では比較的掘り下げがされていなかったと言える、ポイントガード・宮城リョータさんがメインになる、という。実はでもこれも、小柄な選手が活躍する沖縄スタイルのバスケ、というのが、連載当初から井上さんの頭にあって。だから「宮城」という(沖縄に多い)名字にしておいたという、こういうのもあるんですね。(その周到さに)唸ってしまいますけども。

ということで、そのリョータをある種の主人公として置き直す、という脚色を、今回しているわけですけど。これがまた大変理にかなっているし、「今の井上雄彦作品」としての納得度、非常に高い構えだと私は思っています。

まず、主人公キャラというのはですね、特に少年漫画の場合、良くも悪くも「ブレない」キャラだったりして、二時間の単独の物語の中だと、変化とか成長が、描きづらいんですよね。もしくは描いたとしても、不自然になってしまうことが多い。なので、その点そもそも小柄なリョータは、常にある種のハンデを持って戦っている、というキャラクター。あと、『ピアス』という短編が元になった、いろんなその家族の葛藤、みたいなのも含めてですね、この短い時間の間に、新たな物語的葛藤(とそれを乗り越える成長の余地)を作りやすいし。

また、漫画では過去のこととして語られる、事故による怪我の、その前後のところ。要はですね、捨て鉢になって、足踏みしている自分が不甲斐なくて……という、この「前に進めない」段階の人物像に焦点を当てる、というこの視点。ひたすら直線的にアガっていく、ある意味若い!という『SLAM DUNK』の原作以上に、やはりこれは、『リアル』という井上さんの作品に近い、より成熟した井上作品の人間観、人生観が、改めて込められているようにも思う、という。『リアル』は本当にすごい作品ですが。

あとですね、これもポイント。ポイントガードというポジションは、「他のメンバーを一番よく見ている」ポジションなので。宮城リョータの視点から、いろんなメンバーのエピソードにも、行きやすいんですよ……ボールのごとく。得点に直接絡まなくても、(ポイントガードの視点を主軸とすることで)そういうことができるわけです。

ということで、たとえばそのリョータと対照をなすがごとく、山王の沢北……国内ではもはや敵なしの自分に、必要な経験があるとしたら与えてください、と神社に参るあのオリジナルシーン。ここで、「亀」のカットが一瞬入ったりするのも面白い、というね(※宇多丸補足:要は、「ウサギと亀」的構図をうっすら暗示している、とも解釈できる……ラストのラストで成長した沢北と対峙するのが「彼」であることを踏まえれば、さらにグッと来る作りですよね)。いずれにしろ、これ(沢北の新規エピソード)があることで、山王工業のラストもすごく味わいが深まってたりして……という。

まあ、それぞれにそのバックストーリーがいろいろ加わっていたりとかね、すごく、ダイジェストではない置き方なんかも非常に見事だ、とかありますが。

■よくぞここまで、今、作り上げた! 下手すりゃ最初で最後、奇跡的な一本。

ということで、あと家族の話がどうこうとか、そういうのは(残り時間が少なくなってきたので)すっ飛ばしていきます!(笑) とにかく、後半に行くにつれて回想が増えてって。あとはその、「回想の回想」が入ってきたりして。あと、時制もやや前後したりして。若干もたれていく感じは、たしかになくはないんだけども。それもこれも、ひょっとしたらクライマックス……一気に密度が百倍ぐらい増す、あのハンパなき加速感のため、「残り20秒!」の描写のためだったのかも(とも考えられるくらい、クライマックスのドライブ感、高揚感が凄まじい!)。

ここは、ごめんなさい、もう(全ての要素を)説明している時間はないけど……「あの名ゼリフ」を、無音演出、「20秒」の中、その引き伸ばされた時間の中の、無音演出の中で見せる。それはなぜかというと、手前の回想で、「セリフとして口に出してる」から……映画ならではの、時間差演出なんです、これは。これも見事ですね! とか、そこからの、あの有名な見開きページのね、「あれ」……あそこに至るまでのリズム、最高!とか、いろいろあります。

最後、最後! 本作、ラストのラストに、漫画にはない、ある「その先」を……未来を示す、ある展開がついています。これこそが、2022年、今であれば、夢物語ではない……(劇中でもそう宣言し続けてきたスタープレイヤーである)沢北がアメリカに行っている、これはわかる。でも、沢北の相手に来るのは……(原作漫画で最も沢北に近い能力を持つスタープレイヤーとして描かれる)流川じゃない。……「彼」なんです! それは、最新のバスケ戦術が、そこ(「彼」のポジションや資質)と、一致してるからなんです!

あと、もちろんスリーポイントでどんどんね、点を取っていく(そしてディフェンスの力点をバラけさせてゆく)、という戦術。あれも、「今の」バスケのやり方ですから。『SLAM DUNK』そのものが、先見的だと思います。だからこその、今回の脚色。宮城リョータをメインにした、という脚色。だから僕は、最後……しかもですね、井上先生は、日本のバスケ選手の育成のために、ずっと活動してこられたわけですよね。その事実。だからこそこの「その先」があるわけです。あのラストが。

だから、今だったら夢物語じゃない! 日本人でも、そして背が低くても、(世界レベルで)活躍しうる!っていう。だから、この『SLAM DUNK』のラストにアレが来る……2022年に作られる作品として、アレが来る。アツいんですよ! もう、めちゃくちゃアツいんですよ! ということを、私はこの番組とかも通じて、いろいろ勉強して学びました(※宇多丸補足:おすすめの参考資料はやはり、番組でもお世話になっている佐々木クリスさんの著書、『NBAバスケ超分析 語りたくなる50の新常識』……たとえば、「ポイントガード宮城が流川以上の平均得点」など、『SLAM DUNK』を例に挙げての「新常識」が多数載っていて、今回の映画の副読本としても最適だと思います!)。

ということで、アニメーション映画として。バスケ映画、スポーツ映画として。そしてもちろん『SLAM DUNK』の映画化として。なにより、「井上雄彦作品」として。よくぞここまで、今、作り上げた!……下手すりゃ最初で最後、奇跡的な一本となるんじゃないでしょうか。『SLAM DUNK』、原作読んでなくても全然大丈夫!と断言いたします。そこからもちろん興味が出てくると思いますので。絶対に劇場で観た方がいい、歴史的傑作が生まれたと思います。『THE FIRST SLAM DUNK』、ぜひぜひ劇場で、ウォッチしてください!

(次回、2023年1月6日(金)の課題映画を決めるムービーガチャは2022年12月28日(水)の放送で回し、1回目のガチャは『MEN 同じ顔の男たち』、2回目のガチャは『かがみの孤城』。よって次回の評論映画は『かがみの孤城』に決定! ※ガチャを回避するために支払った1万円はウクライナ支援に寄付します

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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