宇多丸『NOPE/ノープ』を語る!【映画評書き起こし 2022.9.9放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

 

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では8月26日から劇場公開されているこの作品、『NOPE/ノープ』

(曲が流れる)

(「NOPE」の意味は)まあ、「無理だ!」とか「ダメだ!」みたいな感じですかね。『NOPE/ノープ』。「ダメ~」みたいなところもありますね。はい。2017年『ゲット・アウト』、2019年『アス』を手がけたジョーダン・ピールの、長編監督第3作。広大な田舎町の上空に、突如、不気味な飛行物体が現れる……というか、チラチラチラチラ見える。街の近くで牧場を経営するOJは、妹のエメラルドと共に、飛行物体の姿を撮影し、一儲けしようと考えるのだが、その飛行物体の正体は想像を超えるものだった……これは本当に想像を超えておりました(笑)。

主演は、『ゲット・アウト』でジョーダン・ピール監督とタッグを組んだダニエル・カルーヤと、『ハスラーズ』などのキキ・パーマー。その他、『バーニング 劇場版』や『ミナリ』、あと当然『ウォーキング・デッド』シリーズですね、スティーブン・ユァンなど……が出演しております。ジョーダン・ピールは、監督の他、製作と脚本を担当されました。

ということで、この『NOPE/ノープ』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「ちょっと多め」。まあやっぱりね、ジョーダン・ピール最新作、どんな角度からも皆さん、映画ファンであれば、観ますよね。今やそういう立場になってますよ、ジョーダン・ピールさん。

主な褒める意見は、「前半と後半で映画のジャンルが変わってびっくり」「見る/見られるの関係をはじめ、様々な暗喩や隠喩に満ちている。深読みしたくなる要素がいっぱい」「音、そしてIMAXの映像がとにかくすごい」など。一方、否定的な意見は、「冗長だしモヤモヤが残る」「ジョーダン・ピール監督の前2作は好きだったが、今回はいまいちだった」などがございました。まあ、前の2作が好きで、今回はちょっとっていう人がいるのも、理解はできますけどね。

■「“見る”という行為が孕む加害性を自覚させてくれる映画だった」

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「とり天の悪魔」さん。

「初めてメールさせていただきます。『NOPE/ノープ』ですが、自分にとってとてつもなく良い映画であった、というのが私の感想でした。なぜ、そのように感じたのかというと第一に、自分の“見る”という行為の孕む加害性を自覚させてくれたという点です。この映画の冒頭でナホム書の一節が引用されます。(わたしはあなたに汚物をかけ、あなたを辱め、あなたを見世物にする)映画内である種見世物のように扱われている動物が凄惨な事件を起こします。事件現場でその動物が画面の外のこちらを見つめるという演出がありますが、その演出は単なるホラー演出だけではなく、私たちの見世物を“見る”目が引き起こしたのだとこちらに訴えかけてくるといった意図を感じました」。で、ちょっといろいろ書いていただいて。

「……自分が無自覚に行っている“見る”行為の果てに、耐えられなくなった“見られる”側が起こしてしまった暴力を結果として描いたことで、私に“見る”行為の加害性について自覚を与えてくれました。では、“見る”行為をやめろということなのかというと、そうではなくこの映画は“見られる”側の思いについても私に突きつけてきたのです。この映画の主人公のOJは映画の原初である黒人騎手の子孫にあたる人物です」。これ(“映像”の始まりが黒人騎手と馬の連続写真であったという話)は史実ですね。

「……名無しの騎手として扱われているのですが、映画の後半、馬を駆るOJの姿は“俺は名無しの騎手ではない!”と高らかに宣言して見せるような高揚感がありました。この『NOPE/ノープ』という映画で、映画に出演している“見られる”側には名前がある、尊厳がある、名無しの騎手などではないのだと、映画の原初である黒人騎手の映像の続きを描いて見せたのだと感じました。“見る”と“見られる”同時にクロスオーバーさせて描いてみせたこの映画は本当に凄いと思いました」というような「とり天の悪魔」さんのメールでございます。

あと、本当にいろんな方がですね、すごいやっぱり読み解き甲斐がある映画だけあって、皆さん本当にね、面白い、鋭い読みをいっぱい送ってくれていて。ちょっと全部、紹介しきれないんですけど。たとえば「タレ」さんはですね、結構いろいろ書いていただいて。そんな中でですね、たとえば「……スティーヴン・ユァンの存在感も完璧。克服できそうだった恐怖をずっと引きずっているジュープは、ショーに貶めることで恐怖を飼い馴らそうとしているように見える」とか。面白いですよね、これね。たしかにそうかもしれない。

そういうのとかね、あとは「転がるフルグラにソースはつかない」さんはこれ、いろいろ書いていただいている中で、IMAXの上映について詳しく書いています。私もちょっとこの件についてはいろいろ言いたいんですけども。「……映画ファン失格かもしれませんが、今まで途中で画角が変わるIMAX撮影映画に違和感しか持っていませんでした」。いや、それはむしろ、ちゃんとした映画ファンだと思います。それ、違和感があって当然です。画角がカクカク変わるなんてね、(違和感を覚えるほうが)真っ当だと思いますが。転がるフルグラにソースはつかないさん。

「……しかし、『NOPE/ノープ』では途中で1.43:1の画角になることに演出的な必然性を感じました」。これ、IMAXレーザーGTですね、1.43対1はね。要するに非常に、ジョーダン・ピールのこの画角で見せる演出意図がばっちりはまってるよ、ということを、本当にいっぱい書いていただいて。すいません、これも素晴らしい評論なんですが。「……これだけ映像コンテンツが溢れる昨今、“映画なんて本当に必要? 映画館で観る必要ある?”という問いに対して、100憶点の答えを出していると思います! 本当に最高の映画体験でした!」っていう。

(BGMを聴いて)あっ、この音楽! この音楽が流れるところね。これ、疾走の場面。(番組スタッフに)これ、あとで取っておいて。あとでこの音楽、俺が指示したらこの音楽、出して。最高、ここ!(笑)

ええと、ちょっといまいちだという方もご紹介しますね。ダメだったという方。「モツモツ」さん。「『NOPE/ノープ』、観てきました。率直な感想としては、面白くなかったことはないけれど、もう少しパンチが欲しかったなぁという印象でした」と。

で、この方は『ゲット・アウト』『アス』ともに好きだったんだけど、ちょっと今回は期待していたよりはダメだったと。「……別に面白くなかったわけではありません。登場人物たちが次第にUFOの存在に気付き始める流れや、終盤の撮影シーンにはテンションが上がりました」。また、とある描写は「……新鮮に感じました……」「……が、それでも前2作品よりかはインパクトに欠けるといいますか、もっとパンチが欲しかったのも否めません」という。

あと「……今作はさほどアメリカの社会問題に詳しくない私にとっては、何を伝えたいのかはよく分かりませんでした」というようなことを書いていただいて。これ、先ほどのメールからある通り、「見る/見られる」というような、映像論というのかな、なんかちょっと、若干これまでの2作に比べて、抽象的なというか、形而上学的なことを扱っているのでわかりづらい、というのはあるかもしれません。はい。ということで皆さん、本当に素晴らしいメールの数々、ありがとうございます。

■IMAXが絶対におすすめ! というよりは、それ以外の「額縁上映」を絶対おすすめしたくない!

私も『NOPE/ノープ』を、T・ジョイ PRINCE品川のIMAX……だから普通のIMAXというのかな、レーザーじゃないIMAX、デジタルIMAXですね。あと、TOHOシネマズ日比谷の、いわゆる字幕2Dというやつで観てきました。でですね、今回も、8月10日の『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』評の時と同じくですね、ちょっと作品そのものの話に行く前に、映画館での上映形式の話からさせてください。

というのは、この『NOPE/ノープ』という作品のあり方ともこれ、深く関わる件だと思うので。この『NOPE/ノープ』という作品の上映の際の画面比率、アスペクト比はですね、インターネット・ムービーデータベースによれば、IMAXレーザーでは、一部シーンが1.43対1。先ほどのメールにもありました。要するに、縦にグッと……通常のシネマスコープとかよりもかなり縦長ですね。で、デジタルIMAX。私が品川とかで見たバージョンだと、1.90対1ということで。もちろん、一番余すことなく全ての映像を堪能できるのは、やっぱりIMAXレーザーGTで。これ僕、今回ね、チケットが売り切れてて、観られなくて。みんな、よくわかってるんだよね。何で行くべきかね。やっているうちに絶対、行きたいと思ってます。

で、その次がその他のIMAX、デジタルIMAX、ということになるわけですが。映画の中の、IMAX画角じゃないその他の場面は、2.20対1という比率で。これはですね、簡単に言ってしまえば、いわゆる70ミリフィルム映画用の仕様なんですね。近年だとたとえば、本作と同じホイテ・バン・ホイテマが撮った、クリストファー・ノーランの『ダンケルク』とか『TENET テネット』なども、似たような「IMAX+70ミリ」モード、ということが言えると思います。

でですね、ここで私は何が言いたいかというと、IMAXでない、普通の「字幕」と書かれた上映のところ……私はだからTOHOシネマズ日比谷に行きましたが、そこでどう映写しているのかというとですね、これが、先ほど言った『ジュラシック・ワールド』の時と同様ですね、いわゆる「額縁上映」になっちゃっているわけです。つまり、DLP、デジタル上映のビスタサイズ=1.85対1の枠組みの中に、2.20対1サイズを収めて上映するためにですね、上下左右に結構、黒みが残るというか、もっと言えば黒みが「見える」状態なんですよね。すごい気になるんですよ。今どきの映画って、画角が、アスペクト比が変わる、とかもあるから。なんか意図的な黒みなのか、そうじゃないのかもわかんないし。はっきり言って、画面が狭められたように、むしろ小さく、せせこましく感じられるという、本末転倒な効果をもたらしちゃってるわけですね。元々は、より迫力を感じさせるためのIMAX画角であり、70ミリであり、ということなのに。

特に本作『NOPE/ノープ』はですね、ドーンと広く開けた土地の、さらにその上に広く広がっている大空……という、広大な空間感。その中で繰り広げられるスペクタクル……この「スペクタクル」、つまりすごいもの、すごい光景を見せますよ、という、「見世物としての映画」という面。それらを没入的に味わってこそナンボだし、その「スペクタクル」というのが、非常に皮肉に描かれている……これが本作のテーマの、根幹でもあるので。

なので、とにかくIMAXが絶対におすすめ、というよりは、それ以外の「額縁上映」を、絶対おすすめしたくない!っていう感じなんですよね。はい。どうしても近所にIMAXがないとかね、そういう方はですね、せめていつもよりは前の方の席に座るとかした方がいい、とかですかね。

ちなみにですね、劇場で販売されてるパンフに載っている作品データはですね、「ビスタサイズ」って書いてあるんですよ。いい加減なことが堂々と書いてあるな、っていうね。先ほど言ったように、DCP上映の「入れ物としてのビスタサイズ」ではありますけど。中のその作品の画角は、違いますから。これはデータとして間違ってますし、なんか投げやりなことするなって。このパンフ自体はね、とても勉強になる記事もいっぱい載ってる、いいパンフだと思いますが。

なので、とにかく本作、映画館で「みんなで観る」ということ、映画館でこそ観てほしいということを、想定してというか、それが目的で作られたような映画でもあるのに。そこで、当の上映する側が、上映形式などにあまりに無頓着であるように見えるというのは、ちょっと僕はどうなんだ、と思ってしまいます。

で、お客さんもそこはわかってるからこそ、さっきから言っているように、やっぱりIMAXレーザーGTの劇場には人が集中して集まってるわけですね。お客さんの方がわかってるんじゃないか、ってことですよね。

■『未知との遭遇』?『宇宙戦争』?と思わせておいて、「同じスピルバーグでも“そっち”かーい!」

ということで、気を取り直しまして、改めて、『ゲット・アウト』『アス』に続くジョーダン・ピール監督第3作です。前作『アス』は、2019年9月27日、このコーナーでもガチャが当たりまして、取り上げて。その時の公式書き起こしもばっちり読めますので。ジョーダン・ピールという人の、これまでのキャリア、作風……元々はコメディアンとして活躍されてましたから。作風などについては、詳しくはそちらをぜひ参照していただきつつ。

とにかく、ホラーとかSFといったジャンル的枠組みを使って、人種差別とか、格差社会とか、などなどを鋭くえぐる強烈な政治的寓意を、ほとんどアート映画的と言っていいような精緻な計算のもとに……たとえば、細部のディテール同士が響き合う仕掛けが、もう全編にこらされていたり、巧みに巧みに織り込まれていく、という。語弊はあるかもだけど、M・ナイト・シャマランをもうちょっと、社会性、メッセージ性を高めたような、というか。そんな、本当に独特の立ち位置、存在感、作家性というのを、今やすっかり確立した感のあるジョーダン・ピールですね。はい。

で、この間にはいろいろなドラマとか……『トワイライト・ゾーン』のプロデューサー、ロッド・サーリング役にあたる案内人役も務めたりして。すごいぴったりだと思います。これ、スティーブン・ユァンも出てたりしますけどね。とか、あとはこの番組でも紹介した、『ラヴクラフトカントリー』だとか。あと、『キャンディマン』のリメイクとかね、そんなのの脚本とかもやってましたよね。

なのでですね、こういうちょっと独特の立ち位置の作家なので、予告などから既にですね、「おお、今度はなるほど。『未知との遭遇』とか、シャマランの『サイン』みたいな、一般人とU.F.O.のファーストコンタクトもの、かな?」という風に、それ自体ははっきり匂わせて。ここは別に言ってもいいと思いますね。「U.F.O.ものかな?」と匂わせつつも、そこはジョーダン・ピール、一筋縄ではいかないだろう、というのは誰もが考えていたあたりだと思いますね。ただでは済まないんだろうなって。

ただ、それにしてもですね、我々が実際に目の当たりにしたこの『NOPE/ノープ』という作品は、私は個人的には、予想のさらに斜め上をいく、めちゃくちゃ変わった……これ、褒めてますけど、めちゃくちゃヘンな映画だと思いますね。褒めてますよ! で、僕はこれ、すっごく面白い……この「面白い」っていうのは、「楽しい」とか「サスペンスフル」とかだけではなくてですね、最初から最後まで、非常に知的に刺激され続けるんですね。「これ、何のメタファーなんだ?」「どういう意味なんだ?」と、絶えず考え続けさせられて、全く気が抜けない、という意味で「面白い」。ジョーダン・ピール監督、完全にネクストレベルに入った一本だ、という風に思いますね。

まあ極めて……今回はやっぱり、僕はアート映画色が、むしろ強くなってると思いますけどね。たしかに本作は、『ゲット・アウト』『アス』と比べてもですね、わかりやすくジャンル映画的、エンターテイメント映画的な枠組みよりもですね、さっき言ったような、めちゃくちゃ重層的な寓意が織り込まれたアート映画的な側面が、僕はより大きく前面に出た作りでもある、と思っているので。

言ってみれば『ゲット・アウト』『アス』が、「普通にジャンル映画かと思っていたら、どうやらもっと深い話らしいぞ」という風になっていく順なのに対して、本作は「えっ? これ、何の話なの?」という不思議なバランスが結構ずっと続いて、その先に「ああなるほど! 実は今回は“このジャンル映画”だったんだ!」というような感じになる、という順なので。よりシュールな印象は強まっていると思いますし。

スピルバーグで言えばですね、先ほど言ったように「ああ、今回は『未知との遭遇』かな?」と思わせておいて……「いや、『宇宙戦争』か?」と思わせておいて……中盤で、「いや、同じスピルバーグでも、“そっち”かーい!」っていう風になる、っていうね(笑)。「そっち」とは何か、は伏せておきますけども。

また、そこに込められた寓意そのものも、先ほど言いました通り、『ゲット・アウト』は人種差別、『アス』はその世界的な格差社会といったような、それ自体はわかりやすくもあるような問題意識だったのに対して、今回の『NOPE/ノープ』は、より形而上学的というかですね、たしかにちょっと、比較的ハイブロウな問題設定をしているので。パッと見ピンとこない、というような人が多いのも、ある意味当然と言えるかと思います。はい。

■「見る/見られる」力構造の中で、誰が「撮って喰う」側なのか?

で、そこに関しては補助線を引いておいた方が、間違いなく楽しみやすくなる。その点を留意しながら見れば、格段に面白くなる作品だと思うので、サクッと言ってしまうと……というか、先ほどのリスナーメールでもはっきり、これが提示しているある種ちょっとハイブロウな、形而上学的な問題というのを留意しながら観てる人がやっぱり、「面白い」っていう風になっていて。っていう傾向が、はっきりあると思うんですよね。

なので言ってしまいますけど、ものすごくざっくり、簡潔に整理してしまえば、今回のテーマは、「誰かを、何かを、一方的に『見る』ということ」。まあ先ほどのメールともかぶるんですけども、すいませんね、同じ映画を見ているので、しょうがないんです(笑)。すいません。たとえば、映像という形で、レンズを向けて撮影……まさに「シュート」ですね。シュートする……非常に攻撃的(なニュアンスを持つ言葉)ですけど、シュートし、それをスペクタクル、見世物として消費するとか、それで金儲けをする、ということの、搾取的構造。とにかくそんな「見る」ことの暴力性、危険性。一方で、現在の我々は、広く「見られる」ことで承認欲求を満たす、そんな欲望に取りつかれた存在でもあるわけです。

とにかくそんな、「見ること/見られること」、もっと言えば、カメラで「撮ること/撮られること」の非対称性、搾取構造、暴力性。それと表裏一体の、「見られたい」願望。それらを巡る、言っちゃえば覇権争い、パワーゲーム。要は、誰がこの「見る/見られる」力構造の中で、勝者、「捕食者」となるのか?っていう……これ、ちょっと踏み込んだ僕の表現をするならば、誰が「撮って喰う」側なのか?っていう(笑)。そういう、視覚/映像を巡る倫理的な問いが、この本作『NOPE/ノープ』という、まさしく「スペクタクルな」映像が売りの、「見世物としての映画」という体裁をとっている作品の根本テーマでもある、という。ここなんですよね。

だからこそ、劇中で反復される「ある仕草」。これ、メールで書いてる方もいっぱいいました。それは、いま言ったような搾取構造的ではない、「見る」アクション。それとは正反対の、「私はあなたを見ているよ」という……つまり、「ケアするよ」っていう意味での思いやりと、対等なコミュニケーションとしての「見る」仕草っていうのが、とてつもなく、さりげなくも巨大な感動を生むようにもなっている、っていうことで。めちゃくちゃよくできている。

とにかく、この「見ること」「撮ること」、その暴力性こそがテーマだ、ということを常に意識して観ていれば、さすがジョーダン・ピール作品、全編がそのこちらの思考にちゃんと呼応してくれるような、演出、ディテールに満ちていて。さっき言ったように、最初から最後までもう退屈する暇もない、っていうか。もう、面白いし、考えさせるし……めちゃめちゃ「面白い」!ということになるわけですね。

たとえば、わかりやすいところだと、「円」のモチーフが、もうそこら中に……「輪」のモチーフがもう、散りばめられてて。その寓意なんていうものを考えていくのも面白いし。あとはたとえばね、後半に出てくる、TMZというニュースサイトの記者が、ヘルメットをして、カメラを構えて……でも自分は、フルフェイスのヘルメット。しかもミラーなんですね。フルフェイス、ミラー。つまり、「一方的な視覚の搾取者」として登場する。これも面白い。だからこの映画で一番の「悪」ですよね、あいつはね。しかもそれが、主人公側から見ると、なんていうか、(ヘルメットが)鏡みたいになってるんで、「ああ、自分もこいつと同じことをしてるんだ」ってことに、OJが気づく場面でもあるわけですよね。はい。そういう仕掛けも面白い、とかね。このTMZの記者のディテール一個を取ったって、面白いし。あと、あの(ヘルメットの目の部分に描かれた)「丸」ですよね。目を示すような丸、とかも面白いね。

あるいは、たとえばですね、その映像文化、映画史の中で、黒人やアジア人や、もしくは動物とか、子供も入れてもいいかもしれないけど、それらがいかに軽視され、無視され、あるいは差別的、搾取的な視線の中に置かれてきたか、というのが、本作ではひとつ、裏テーマ的にうっすら流れ続けているっていうのは、ご覧なった方、わかると思いますけど。

だからこそですね、この映画全体は、西部劇的なんですよね。まさにアメリカ映画史的なるものというか、本流の本流……そのアメリカ映画史の残骸っていうか、名残りっていうか、そういうものが、本作のほとんど全編の舞台になっている、ということ。ここの意味も、めちゃくちゃ興味深いですよね。ここね。そしてその中で、たとえば、今度こそ見世物、スペクタクルの主となろうとしたスティーブン・ユァン演じるジュープというキャラクター。今回のスティーブン・ユァン、明らかに……これもメールで書いてる方、いっぱいいました。どっちかというと『バーニング』系統の、不気味なハンサム。なんか内面にちょっとぽっかり穴が開いてるようなハンサムを、見事に体現していますけど。という感じですね。彼の複雑なパーソナリティーとか、その後の皮肉な運命であるとか、非常に味わい深いですし。

■古典的アメリカエンターテイメント映画の2022年アップデート版でもある

あとはやはり、先ほどのスピルバーグでいえば、もちろん『未知との遭遇』的なところ、『宇宙戦争』的なところ、これもたくさんあるんですけども。中盤、真相が明らかなると、「ああ、“そっち”のスピルバーグか!」っていうね。一応タイトルは伏せておきますけど、言ってみればそのスピルバーグの某代表作のひとつを、彷彿とさせる展開になっていく。その「ああ、“あれ”っぽいな」っていうののひとつは、寄せ集め、でこぼこチーム。オリジナルでは○○に当たるもの、今回は要は「撮影すること」に取り憑かれた……オリジナルだと○○に取り憑かれているんだけど、「撮影すること」に取り憑かれた、ベテランのプロフェッショナル。元は当然、『白鯨』のエイハブ船長だと思いますけど、取り憑かれたベテランのプロフェッショナルと、口が達者な、ちょっとオタク的な若者と。そしてある種、一番内向きな人物である主人公、みたいなこの構図。「ああ……」ってね、(たまたまブース内に入って撮影していた番組プロデューサー/ディレクターの)簑和田くんが感心した声を出していますけども(笑)。でこぼこチームが強大な敵を迎え撃つべく、自分たちのホームに仕掛けを張り巡らし、連携プレイを計画していく、という。

これ、要はですね、原型は……そのスピルバーグの代表作、それもそうなんだけど、この原型は、ハワード・ホークスだと思うんですね。チームプレイ西部劇の名作である『リオ・ブラボー』とか、西部劇ではないですが、このコーナーでわりと名前をよく出してます『ハタリ!』とか。つまりそのハワード・ホークス的な、古典的アメリカエンターテイメント映画、その2022年アップデート版、という側面も、実ははっきりあってですね。

さっき言ったようにアメリカ映画史の、その西部劇的な舞台立ての中でですね、あの、映画的なるものの始まりの地点にいた、祖先なのかな?というその黒人ジョッキーよろしく、猛然と馬で疾走を始める、ダニエル・カルーヤ演じるOJ……はい、(コーナー最初に指示した)あの曲をかけて! そう、これ! 満を持してのこれ……完全に、西部劇ですよね。満を持して!という感じで、この超勇ましい音楽が流れ出して。あと、祝祭的でもありますよね。で、その彼をですね、上空から、U.F.O.側から彼を「見る」、その追跡ショット。で、ついにそのOJが出す奥の手が、見事はまって……というこの一連の、まあ非常にアクションシークエンスとしては、構造はすごくシンプルなんだけど、ここがもう、アガることアガること! それまで静かなトーンで来てるだけに、「うおーっ!」って、もう立ち上がって拍手したくなるような場面でございました。音楽、ありがとう(笑)。

あと、アガるといえばもちろんね、キキ・パーマーさん演じる、あの妹のエメラルド。これね、アフリカ系の女性で、なおかつどうやらレズビアンという。かつてのアメリカエンターテイメント……先ほど言ったね、西部劇とかそういうところでは、絶対にこのようにヒロイックな活躍などをさせてもらえるはずもない、周縁の存在だったキャラクターが、堂々と、この映画で一番、最もヒーロー的なアクションを見せる、という痛快さもそうですし。わけてもあの、びっくりするほどてらいのない、『AKIRA』オマージュね(笑)。笑っちゃうほどかっこいい!っていうね、これもよかったです。『AKIRA』オマージュと言えば、もちろんですね、あの、「グニグニした肉の中で圧死してしまう」あの表現、その嫌さ。やはりこれも、映画の方の『AKIRA』イズムかもしれませんよね。

こんな映画、今のジョーダン・ピール以外の誰が撮れるだろうか? 全面的に支持します!

ということでですね、もちろん最大のサプライズにして本作最高の発明は、主人公たちが対峙する「あれ」の有様なんですが、そこは伏せておきましょう。「あの穴ってつまり……」とか、「あのビシャビシャ落ちてるものはつまり……」とかね、考えるだけでも、笑っちゃうぐらいエグいんですが。

同時に、本作の真の主役は、ヤツが潜む広大な空そのもの、でもあります。IMAXと65ミリフィルムを複合的に、デジタルを使って融合させることで実現した、ごくごく自然な、まるで我々が「目でそのまま自然を見た」ような、空表現。あるいは、これも極めて複雑な工程を経て作り出された、「夜の開けた平野」表現……我々が夜、「実際に目で見た」ような、夜表現。その、広い空間の中に入ってしまう感覚。それこそ本作『NOPE/ノープ』のスペクタクル性の、最も先進的な部分なんですね。だからやっぱり、IMAXなんですけど。

特に2回目以降見ると、なんてことない主人公たちの前半の会話中も、頭上に広がってる空、雲から、もう目が離せないんですね。『未知との遭遇』も前半で実は空に動くものがあったりするんですけど、それにも近い。実際、まだ事の真相が明らかになる遥か手前で、「問題の雲」、いくつかのショットではしっかり入っている。「ううっ!」って思ったりする、っていうね。

あと、音響も大事。特に、あの悲鳴らしきものが空から鳴り響き、回転数が落ちた音楽がモワーンと鳴り響く、あの音像。音による空間表現。その不気味さ。ちょっと味わったことがないカオス感というか。これもIMAXならではしょうし。

ということで、映画史、映像史をその始まりの地点まで見据えつつ、極めてハイブロウな映像/映画論、視覚論を、めちゃくちゃジャンル映画的な俗悪みや明快なアクション性に絡めて、しかしトータルでは非常に映画的な象徴性というか、実験性も保ちつつ、表現してみせた。それも、超ビッグバジェットの、こんなイベントサマームービーで、ですよ? こんな映画、今のジョーダン・ピール以外の誰が撮れるだろうか?ということですね。ということで、ポカンとする人、「なんだ、これ?」な人がたくさんいるのは、当然だと思いますが。ヘンな映画、だーいすき!な僕は、全面的に支持します! これはすごいと思います。絶対にIMAXで……「額縁上映」だったら一番前の方で見た方がいいかもしれない。おすすめです、劇場でご覧ください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 宇多丸が1万円を支払ってガチャを2度回すキャンペーン続行中 [※1万円はウクライナ支援に寄付します]。一つ目のガチャは『ブレット・トレイン』、そして二つ目のガチャは『LOVE LIFE』。よって来週の課題映画は『LOVE LIFE』に決定!)

以上、週刊映画時評ムービーウォッチメンでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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