宇多丸『激怒』を語る!【映画評書き起こし 2022.9.2放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、8月26日から劇場公開されているこの作品、『激怒』

(曲が流れる)

あ、これ、サントラなんだ。サントラがあるなら、本当に(入手して)聴きたいぐらいですね、これね。映画ライター、アートディレクターの高橋ヨシキさんが、企画・脚本・監督を務めたバイオレンス映画。舞台は日本のどこにでもある町、富士見町。激怒すると制御がきかず暴力を振るってしまう刑事の深間は、度重なる不祥事により、医療機関で怒りを抑える治療を受けることになる……これ、ちょっとね、設定とか、『時時計じかけのオレンジ』とかを彷彿とさせるところもありますよね。怒りを抑える(治療をする)とかね。

数年後、富士見町に戻ってきた深間だったが、そこでは町内の自警団が、「安全・安心」のスローガンを掲げて、高圧的かつ暴力的なパトロールを繰り返していた。そんな町の姿を見ているうちに、深間は次第に怒りを取り戻していく。主人公の深間を川瀬陽太さんが演じて、その他、『SR サイタマノラッパー』シリーズの奥野瑛太と水澤紳吾さん……「マイティ」と「トム」さんや、映画初出演なんですかね、彩木あやさん、などが出演されております。

ということで、この『激怒』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「ちょっと多め」。公開規模から考えたら、これはやっぱりさすが、うちの番組、アトロクのリスナーだけあって、多めなのは嬉しいですね。大健闘じゃないでしょうか。

賛否の比率は、褒める人がおよそ6割。主な褒める意見は、「今の日本社会に蔓延する空気への怒りに共感した」とか、「不穏さがただよう前半がよく、音楽もよかった」「ジャンル映画的な暴力シーンも楽しいが、それでスカッとしないところがよい」「見終わった後、町の見え方が変わった」などがございました。一方、否定的な意見は、「全体的に安っぽく、音やSEもチープ。テンポの悪さも気になった」とか、「世界観が狭く、人物たちも単純に振り分けられていて深みがない」などもございました。

■「すごい熱量の映画であることは間違い無い。最高!」

代表的なところを要約してご紹介いたしましょう。ラジオネーム「アウトドア派」さん。

「監督の高橋ヨシキさんは、もはや説明不要なほど番組によくご出演されており、この映画は、私にとっては監督の“ひととなり”をそれなりに知っている状態で見る初めての映画となりました。

かつてはマル暴にいたことを匂わせる警察官の深間が、取り返しのつかない大失態を犯したにもかかわらず、薬で感情を抑制され復職した“現在”からが本作の真骨頂ですが、作中の過去編の絶妙に不穏なバランスが、まさに今の日本を写している形に感じられました(作中、常に画面に映り込む、ある種の“違和感”には引き込まれました)。

そして作中の“現在”パートは、今の日本の誤った方向性が放置されると何が起き、どのようにダメなのかが胸糞が悪くなるほどに突きつけられ(褒めてます)タイトルの通り主人公が激怒し、カタルシスが得られるジャンル的枠組みを保持しつつ、K.U.F.U.を凝らした細やかな演出が最高に良いと言わざるを得ないのが現状です! 人は怒りが臨界点を突破すると急に笑い出しますが、それは“お前はまだそんなところにいるのかよ!”と可笑しくなってしまうからなのかなと考えました。

この映画がフェアなのは、クライマックスで深間や杏奈が暴力を振るう際に自分にも明らかにダメージが返ってきている点です。これは、町内会員が安全圏からカッコ付きで正義を振りかざしていたこととの対比であり、反体制には痛みが伴うから、今どう行動するかが重要だという風に解釈しました。ひとつだけ、大変恐縮ながら文句をつけるとするならば、主人公深間を含め太郎や杏奈たちが、最後まで“問題のある人”として扱われていることに違和感がのこりました。とにかく! すごい熱量の映画であることは間違い無いです。最高! ありがとうございます!」というね。

まあその、問題のある人っていうか……町にいるそれなりに問題を抱えた人っていうのを、許容しない社会、っていうことこそが問題とされているわけだから。そこはむしろ、問題のない人だったらもう、単なる……その「悪」が、もうちょっと平面化してしまうというか。そんなことだと思いますね。僕はそこはヨシキさん、完全に意図的なバランスであろうとは思うんですけどもね。

一方、ちょっとダメだった方もご紹介しましょう。「コーラシェイカー」さんです。もちろん評価もされつつ……という感じなんですけどね。

「これくらいは許されるだろう、とたかをくくってやった所業が、後輩には普通にやっていいことと受け取られ、後輩たちが平静な顔でおかしなことをやっているのを目撃してしまう時に感じる、あの嫌な感じが後半、通底しているところは刺さりました。ストレスを受けてから暴力が発露するまでの流れはどれも素晴らしく、また、ゴア描写の精度と、一味違う絵を見せてやろうという心意気も素晴らしかったです。低予算だとは思うのですが、デザインされた絵の枚数が多いところも良かったです。

ただ、ダークで鬱屈した世界で統一するにしても、絵のテイストの種類はそれほど多くなく、世界が狭く見えるのは内容にあっているので良いとしても、世界の厚みがイマイチだったなぁと思いました。殆どのキャラクターが主人公サイドか町内会サイド、または町内会サイドの犠牲者かで振り分けることができ、その他の人々、特に監視に抵抗を感じていない“普通の”人々の描写があってもよいのではないかと思いました」。なるほどね。

「水澤さん演じるキャラクターがチクるとか、そのシーンを撮らなくても“あいつはチクリ屋らしい”というセリフを入れて中間的なキャラにするとか、ポスターだけではなく、実際に人がじっと見てるモブ描写などがあってもいいのかなぁと思いました。帰国後、怒りの対象が町内会と警察に集約されきっていて、社会を大きなスケールで捉えた社会的な怒りであることがイマイチわかりにくかったです」というような意見もございました。

ということで皆さん、メールありがとうございました。

■デザイナー、映画ライター、映画批評家の高橋ヨシキさんが一念発起して手がけた初の劇場用長編作

『激怒』、私も新宿武蔵野館で2回、見てまいりました。特に土曜昼の回はですね、満席でした。本当に、すごかったです。なんかヨシキさんのファン層っていうか、信頼の厚さをすごく感じましたし。まずは一友人として、「ヨシキさん、よかったね……!」と、その瞬間に本当に、泣きそうになってしまいましたね。ということで、当番組の特集ゲストとして何度も出ていただいている高橋ヨシキさん。これまではね、かつての『映画秘宝』であるとか、いろんな映画のポスターであるとか、あとはソフトであるとかのパッケージとかのデザイナーとして、そして博覧強記の映画ライター、映画批評家として、主に活躍されてきたヨシキさんですが。

実は元々は、13歳の頃から8ミリフィルムで自主制作映画を作られたりとかしてて……僕、以前にですね、ヨシキさんに、何作か高校の頃に撮ったという短編を見せてもらってですね。その時に、自分が同じ頃にやはり8ミリでいろいろ作ってみた経験と比較してですね、「ああ、こっちは早めに諦めてやっぱりよかったな!」っていう風にね(笑)、つくづく思った次第ですね。なんというか、既にちゃんと「映画」がわかってる、「映画になっている」というかね。そんな作品でございました。さすがでございました。

で、近年というか、先ほど言ったようにそのデザイナー、ライターとしても活躍されるようになってからも、実は……これはね、劇場で販売されている、非常に愛にあふれた作りであるマストバイなパンフに、田野辺尚人さんが書かれているヨシキさんのキャリア、作家性についての解説でも触れられていますけど。たとえば、2007年、クエンティン・タランティーノの『グラインドハウス』がありましたけど。あれは、本来は2本立てで、その間に入るフェイク予告、っていうのがありましたけど。『グラインドハウス』公開時に、あのフェイク予告を公募する、という企画が世界的にあったんですね。

で、それ用に作られた『SHOGUN TORTURE』っていうね、(直訳すれば)「将軍の拷問」みたいな、そういう東映の70年代とかのエログロ時代劇オマージュの一編、というのがあったりして。今回の『激怒』でもですね、後半の、町内会長の桃山というあいつが開く酒席の、安っぽく悪趣味なトーンというのは、『SHOGUN TORTURE』に通じるものがあるかもしれませんね。ちなみにですね、この『SHOGUN TORTURE』を作る時にですね、「宇多さん、なんか意見ある?」みたいなことを言われて、「いや、クローネンバーグの『戦慄の絆』に出てくるあのオリジナルの手術道具みたいに、ぱっと見でキモい拷問道具みたいのを作って、いっぱい出せば?」みたいなことを言って。で、それ用にちょっとお金も出して……みたいな。そんなことをしたのが、私です!というね(笑)、ことでございますね。

あとはそれこそ、本当にマジで、もうちょっとそれよりもちゃんと……ちゃんとでもないですね。ちょっとだけお金を出したのでクレジットもされている、2011年の『脱出!~Bailout!~』という、これは結構尺もある短編なんですけど、こういうのもありまして。これは『ヘルドライバー』というゾンビ映画のスピンオフで、DVDの特典映像としても観ることができますが。

これ、でも本編とはそんなに関係なくて。ポスト・アポカリプス物というかね。で、やはり今回の『激怒』と連なる要素が、たくさんある。それこそキャストもね、今回主演の川瀬陽太さんも出てますし。あと、今回ご出演されている中原翔子さん。前半の警察署長役の中原翔子さん。あと、クラブというかな、飲み屋のところで出てくる倖田李梨さんなど、キャストも重なってるし。あと、今回の『激怒』の中盤で、ちょっとネタバレは伏せますけども、今回の中盤で出てくる、とびきりのショックシーンがあるんですね。

特に今回のそれはですね、完全に、本当にこの現実と地続き……要するに実際にある、ある非常に残酷な所業、というのを映像化してるんですけど。現実と地続きゆえの怖さを増しているし。その手前の下りで、煙幕がモウモウと立ち込める中から、そのショッキングなものが出てくる!という、その見せ方も格段にグレードアップしている、というのは言うまでもありませんが。とにかくその、あるショッキングなものが出てくることで、「ああ、社会がもう根底から壊れてしまったんだ」っていうことを示すようなショック描写というのは、この『脱出!~Bailout!~』から既に見られたり、とかですね。

あとはやはり、最終的に示される、この世の終わり感。「ああ、もうここには住めないな。もう元の世界には戻らないな」という感じ。しかし、「いや、それでもここで生きていくしかねえんだから、腹をくくるしかねえべ!」とでも言うようなですね、ちょっと逆説的な夜明け感、逆説的なさわやか感、ポジティブ感、みたいな。そういった諸々、これは田野辺さんもパンフで指摘されている通り、今回の『激怒』に通じる重要作として、この『脱出!~Bailout!~』という短編があるかと思います。

で、とにかく高橋ヨシキさん。デザイナー、ライター、映画評論家として、トップレベルのお仕事をされながら、ずっと映画作りの情熱を燃やし続けてきた……あともうひとつ、忘れちゃいけない、『冷たい熱帯魚』のね、脚本もありますよね。『冷たい熱帯魚』、何よりやっぱり、実際にあった事件のあの脚色が、非常に優れた作品でもありますから。そんな『冷たい熱帯魚』があったりしますけども。

で、2017年に、(あと数年で)50代を迎えるにあたって、ついに一念発起して、長年の友人でもある俳優の川瀬陽太さんとともに、今回の初の劇場用長編製作に踏み切った、というね。これは本当に、客観的に見てもすごいことだと思います。はい。50にして、ちゃんと本当に夢を叶えた、というかね。もちろんそれは、ヨシキさんが映画界でいろいろ積み重ねてきた信頼とか、人望の厚さとか、そういうのがもちろんあってこそなんですが。

■「はみ出し刑事物」+2020年代現在の日本社会的ファシズム=本作

ということで、間にね、コロナ禍とかいろいろあって、ついに完成・公開された『激怒』なんですが。ともあれヨシキさんが長編1作目として選んだのは、「はみ出し刑事物」というね、ジャンル的枠組みですね。「はみ出し刑事物」。わかりますよね? なんか、定番的な枠組み。『ダーティハリー』でも何でもいいですけど、あります。それも、「はみ出し刑事物」の中でも、最終的にそのはみ出し刑事が、エクストリームに暴走していく……その刑事もそうだし、キャラクターもそうだし、映画そのものもエクストリームな暴走を始めていく、というタイプの系譜がございまして。

たとえば、アベル・フェラーラとヘルツォーク両巨頭の『バッド・ルーテナント』、とかですね。あとはですね、今回も前半で、時間が字幕で示される──あれは『冷たい熱帯魚』でもやってましたけどね──あの感じも含めて、ウィリアム・フリードキンの『L.A.大捜査線/狼たちの街』とかですね。あとは、ヨシキさんは直接影響を受けてないかもしれないけど、そのフリードキンの『L.A.大捜査線』の影響を明らかに受けた、たけしさんの1作目の『その男、凶暴につき』とか。あれもね、はみ出し刑事が最終的にエクストリームに暴走していく、という。そういう異形の刑事物の系譜、傑作群というのと連なる1作である、という風に、今回の『激怒』、まずは言えると思いますね。

ただしですね、そのジャンル的枠組みというのを通して、高橋ヨシキさんが伝えたかったもの。このジャンル的枠組みにヨシキさんが込めたもの、というのはですね……まさしく2020年代現在の日本社会ならではの、日本社会で映画を作るならではの、強烈な問題意識、危機感っていうのがそこにあって。それこそが、本作独自のテイスト、面白み、さらには深みを構成しているものだ、という風に言えると思います。それを最も端的に象徴しているのがですね、物語後半、主人公がそのニューヨークで……その「ニューヨークロケ」というのもね、かつてのイタリアホラー映画、ルチオ・フルチとかの映画が、やたらとニューヨークロケする(笑)という。『サンゲリア』とか、そういうのを踏まえてる、っていうことですけども。

それでまあ、ニューヨークから帰ってきてみると、よりディストピア化が進んだその「富士見町」という、舞台となる架空の町。要は日本社会全体のメタファーとなる町の、あらゆるところにですね、標語ポスターが貼られていてですね。「みんなが見てるよ!」っていうね。この「みんなが見てるよ!」感っていうのは、オープニングで……先ほど、(金曜パートナー)山本さんとも話したように、オープニングで出てくる信号が、赤で。で、もう見渡す限り一本道で、全然車なんか来ないのに、その信号の言うことを聞く人たち。なんで聞くかと言えば、たぶん「みんなが見てる」から、っていうことかもしれません。

車が通っていなくても、そんな信号の言うことを聞くような社会の感じ、というかね。そういう標語ポスター。「みんなが見てるよ!」っていうのが貼られまくっている。これ、イラストレーターUtomaruさんのね、非常にかわいいキャラデザが、また効いていて。これ、パンフレットによれば、僕はちょっと初見ではそこまで気づかなかったんだけど、このかわいらしいフクロウのキャラクターが、その性別のステレオタイプを無神経になぞっているところを含めて、この体制の体質、というものを表現している。

女の子はピンク色でリボンしてる、とか……というところでも示している、っていうことで、「ああ、なるほど!」という。さすがこれ、Utomaruさん。デザイン、鋭いなって。かわいいけど、ちょっと嫌な感じっていう。こういうのがいっぱい貼られている。つまり、要は極めて日本的と言える、ソフトな、その「主体なき抑圧」というかな、誰が中心になって命令されてるわけじゃない、お互いがお互いを横で見合って、お互いを抑圧し合うような、そのファシズムのあり方というのが、シンボライズされている。問題意識としては、哲学者の中島義道さんの『うるさい日本の私』っていう本がありますけど、あれなどとも通じるような感じ。

もうあちこちで「ああしろ、こうしろ」っていう……「お静かにしてください」だの、「○○してください」だの、もういろんなアナウンスで命令してくる、みたいな、そういうディストピア社会。そこに現に、私たちは生きてるわけですけども。また、そうした現代日本的ファシズムの、その直接的な行使者として主人公と対立することになっていく、町内会のメンバーによる自警団、っていうのが設定されてるわけですね。

で、これはですね、奇しくも、僕は昨年8月27日にリアルタイムで時評しました、入江悠監督の、やはり完全自主製作体制で作られた、『シュシュシュの娘』という作品がございました。その中で僕が、評の中で特に絶賛した、「日本というムラ」における「悪」の描き方……それこそですね、ジャイアンの延長でここまで来ちゃった感がある、横柄で薄っぺらな街のボス、っていうのもそうだし。なにより、蛍光色の揃いのユニフォームを着た、町の人々による自警団。

つまり、本人たちは「社会貢献」のつもりで、コミュニティの「他者」の排除を行っている、という。その「いいことをやっているつもり」っていう感じ。蛍光色の服を着て……というあたり。そんな現代日本的ファシズムの表象の仕方が、『シュシュシュの娘』と本作、要は問題意識のあり方が近い、ということなんでしょうけども、見事にシンクロニシティを示していると思いますね。これ、作ってる時期からしても完全に偶然なのは明らかですけども。これは面白いなと思いましたね。

■この社会の本質を突きつけられて、心底嫌~な気持ちになる

特に今回の『激怒』の場合はですね、その自警団の集団に、かつてはどちらかといえば、その社会の周縁の受け皿的な場を提供する側だったはずの友人……これ、まさに入江悠さんの『SR サイタマノラッパー』シリーズのトムさんこと水澤紳吾さんが演じるかつての友人が、すっかりその、「みんな」という名の、なんていうか表面的多数派になびいてしまっている、というのが、更に悲しさと気持ち悪さを増している、という仕掛けもありますし。

何よりですね、先ほど、あるショックシーンというのがあると言いました。非常に残酷な、あるショックシーンがあるんですが。その自警団がぶら下げてる黒い水筒というのが、その残酷なあるショックシーンとリンクしている、というあたりが、最高に嫌な気分を醸し出す!というね。ここも今回ね、すごい優れたところじゃないでしょうかね。

事程左様にですね、この『激怒』という作品、現在の日本社会にうっすらと漂う嫌な感じ。「えっ、そっちの方向に社会全体がどんどんいっちゃうのは、まずくない?」というような感じ。そういうのを、様々な角度から鋭く浮かび上がらせてみせる。そして、見ているこちらは、「ああ、これは目にしたことあるかも」とか、「実際きっとこうだと思う」というようならこの社会の諸相、本質を突きつけられて、心底嫌~な気持ちになる、という。そこにまずは、強烈な冴えを見せる作品と言えると思いますね。

先ほどのパンフにある、その田野辺さんの解説文でも触れられてましたけど、ヨシキさんの過去のいろんなあれで言うと、著作でですね、『異界ドキュメント』シリーズっていう、その実話の気持ち悪い話を集めた3冊がありまして。この中で描かれていた、日本社会の底に流れる本当に嫌~な感じ。まあ差別意識であるとか、非常に無情な感じであるとかっていうのが……これをやっぱり映像化というか、今回の作品に落とし込んだ。やはりヨシキさんがずっとこう感じてきた、あるいはその見てきたこと、知ってきたことというのが、ここに込められているな、という風に思いますね。これ、『異界ドキュメント』シリーズもめちゃくちゃ面白いんで、ぜひおすすめしたいですけど。

■ジャンル映画としてきっちり「もうぶっ殺すしかない!という悪」を成り立たせ、そこに向けて突っ走る

で、たとえばあのね、町内会長の、もうなんていうか、性差別的なことを隠しもしない無神経さ。で、それにとりあえずは頭を下げておくしかない女性たち、というあの構図の、もうなんか、おぞましさ、痛ましさとか。たとえばあの、彩木あやさん演じるダンサーの杏奈にですね、あの、金だけは持っているらしい若い男たちが投げかける、ありとあらゆる差別意識が詰め込まれたような、下劣な言動の数々、とかですね。あとはやっぱり、なんかルサンチマンがベースにあるのか何なのか、他者、特に「なんか楽しそうに見える若者たち」に寄せられる、その排斥的な暴力行為であるとかですね、そういうものが描かれていて。

また、そういう腐敗しきった、しかも表面上は漂白されている、キレイを装ってるのがまた非常に悪質なこの社会のあり方と、その主人公の、人としての良識っていうかね……だから、「狂っているのは世界か俺か」ってコピーにもありますけども、まあ主人公の人としての良識との間で、それを取り持つというか、緩衝材的に機能する、ある意味最も多数派にして、ある意味最も罪が重いと言えるかもしれない、日和見主義者的な立場。まあ、私たち自身もひょっとしたらここに近いのかもしれない日和見的な立場として、「ベテランはみ出し刑事に対する若手バディ」というジャンル的定番キャラを、逆説的に利用した登場人物。これを演じているのは、やはり『SR サイタマノラッパー』組の……奥野瑛太くん演じる、二宮というこのキャラクターを置いたことも、すごく上手いと思いますね。

ということで、現代日本社会に実は流れている嫌な感じ、その本質をカリカチュアして……それで要はジャンル映画として、「もうぶっ殺すしかない!という悪」を現代にきっちり成立させ、描き出した上で、先ほど言った入江悠監督の『シュシュシュの娘』がですね、そこからオフビートな、また別のあるジャンルにシフトしていった、飛躍していったのと対照的にですね、やはり、もちろんヨシキさんの映画は、ド直球なエクストリームアクションというのかな、とにかくエクストリームに、突っ走り始めるわけですね。

あの「俺は、お前らを殺す!」っていう、あの決めゼリフ。あれは川瀬さんが入れたらしいですね。あれを入れることによって……すごくいいですよね。ここから一気に、ジャンル映画的にもなっていくし。そしてその、やっぱり「暴力」というものに対する……先ほど山本さんはね、「暴力は両方むなしい」ということをおっしゃってたけど、僕はね、ちょっと考え方(作品解釈)が違くて。この映画では、権力とか集団とか、そういうものをバックにした暴力と、個人が自分の責任で振るう暴力というのは違うんだ、っていう風に、そこではっきり一線を引いている。そこにヨシキさんの倫理……はっきり言えば人間というものに対する倫理が表れてる。すごく強い倫理が現れている、という風に思います。

クライマックスの戦い。もちろん、その予算的な限界っていうのはいろいろある中で撮られているな、っていうのは伝わってくるんだけども。狭い出入り口で順に入ってくる敵を倒していく、というのはこれはね、いろんなゲームをやっててもわかりますけど(笑)、多人数対個人が戦うにはですね、非常に理にかなった戦い方である、ということもありますし。あとですね、戦っていく中で、強さ的なラスボス……あの、元相撲取りなのかな?っていうような強さ的なラスボスから、権力的なラスボス。で、権力的なラスボスは飛び道具を持っている、みたいな感じで、戦いのフェーズがちゃんと変わって飽きさせない、というのもよくできてるなと思いますし。

そして何より、藤原カクセイさんによる特殊造形も見事な、あの、ちょっと見たことがないタイプのゴア描写……そして武器描写。ゴア描写、同時に武器描写。「それ、武器として使っちゃいます? ぎょえーっ!」っていう。ゴア描写としても武器描写としても、大変大変フレッシュ! これが描けてるだけでもう、偉いと思いますね。あと、その後のね、「誰と話してるんだ?」っていう……これは、ある話上のオチとして機能してるところもあるけど。メッセージとして……要は「一体このメッセージ、ちゃんと届くのだろうか?」っていう、そのメッセージ的な重みとしても、非常に上手くできていて。このあたりも結構上手いな、という風に思いましたし。

■人間の魂の自由と映画作りについて考え抜いてきた人ならではの「本当に美しい一作」

エンディング。中盤のあの、アンガーマネジメント治療というのかな、あの最高にイッちゃってる描写と対をなしているような……ちなみにあのアンガーマネジメント描写のイッちゃってる感じ、個人的にはなんかルチオ・フルチの『ビヨンド』とかを連想するようなイッちゃってる描写、からですね。それと対をなすようなエンディング……対をなしつつ、やはりヨシキさんのコアをなす、「あの作家」「あの作品」のオマージュも含む、みたいな。なんか奇妙に爽やかな、思わず拍手したくなるようなエンディングの切れ味も、本当に素晴らしかったと思います。

あの、中原昌也さん、渡邊琢磨さんによる音楽も、本当にとにかく全編不穏で、素晴らしいし。先ほど山本さんも指摘されたように、全編にSEとかね、音の使い方も含めて、非常に凝りに凝った……あと、オープニングのダニエル・セラのイラストとデザインのよさも相まって、本当にかっこいいオープニングで。RHYMESTERマネージャーの小山内さんも、「今年一番のオープニングだ!」という風におっしゃっていて。本当に素晴らしかったと思います。

個人的にね、もちろん「ここはどうなんだ?」っていうところがあったりはします。たとえばですね、特に奥野くん演じる二宮ですね。彼、さっき日和見主義者的な立場と言いましたけど、あの中間に立つ彼がどうするか?は結構重要だと思うんですね。彼が、そこから先にどうするかは、観客に対する問いかけとして非常に重要だと思うんで。彼がただ単に怯えたままで終わってしまったのは、ちょっともったいない気もする。あと、あの権力側は、主人公を使って何をしようとしてたのか? 主人公をどのように利用しようとしてたのか?がもうちょっと見えないと……なんかね、これは(主人公も)怒るに決まっているっていうか、怒らせにかかってるように見えるっていうか。そういう瞬間もあったりしますけど、たぶんヨシキさんにはですね、こういうことに関して直接言うとですね、全部論破される、というね(笑)。それを楽しみにしております。

何といっても主演の川瀬陽太さん。本当に素晴らしい演技力、存在感。見事なものでございました。何事も突き詰めて考え抜いてきた……特に、人間の魂の自由と、そして映画作りについて考え抜いてきた、これはやはりヨシキさんの、なんていうかな、「ヨシキさんそのもの」と言えるような、僕は本当に美しい一作だと思いました。劇場の重低音で味わってこそナンボなので、ぜひぜひ皆さん、劇場でやっているうちにウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 宇多丸が1万円を支払ってガチャを2度回すキャンペーン続行中 [※1万円はウクライナ支援に寄付します]。一つ目のガチャは『セイント・フランシス』、そして二つ目のガチャは『NOPE/ノープ』。よって来週の課題映画は『NOPE/ノープ』に決定!)

以上、週刊映画時評ムービーウォッチメンでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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