『キングメーカー 大統領を作った男』評:追記【映画評書き起こし 2022.8.26放送】

アフター6ジャンクション

(番組オープニング・ゾーンにて)

宇多丸:今日、この後ですね、ムービーウォッチメンで『キングメーカー 大統領を作った男』をやるわけなんですけれども。(金曜パートナー)山本(匠晃)さんもご覧になっていて、「山本ウォッチメン」も後ほど、伺おうと思いますが。監督のですね、ビョン・ソンヒョンさんという方は、この前に『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』という作品が非常に世界的にも注目を浴びて、ということで。ただ僕、ちょっと話題になってるのはわかりつつ。ガチャにも当時、入っていたのかな? 忘れちゃったけど。(評論する作品を決める)ガチャも当たってなくて、はっきり言って拝見できてなかったんだけども、リスナーメールをいただいて。

で、先週はガチャを2回、回して……相変わらずウクライナ支援でもう1回、回してますから。2回回したところで、こちらの今回の『キングメーカー』が当たって。だからリスナー推薦メールをいただいたんですが、その推薦メールを送っていただいた方からですね、すごい長いメールが来ていて。6000字にわたる長文、ということなんですけども。ただ、これがすごく勉強になったというか。やっぱりこのね、ビョン・ソンヒョンさんの情報が、少なくとも日本語の情報……たとえばパンフレットであるとか、公式の資料だとか、あと英語も含めてですね、Wikipediaとかインターネット・ムービーデータベースとかでも、あんまりね、日本語・英語レベルだと情報がなくて。

で、やっぱりその、韓国の映画シーンの状況をちゃんとわかってる人にこうやって話を聞くとですね、「ああ、なるほど。そうなんだ!」っていうことがあったんで。これ、ぜひこちらのメールをですね、スピンオフ編ということで、先にここで読ませていただいてよろしいでしょうか? なので、公式書き起こし職人みやーんさん、ちょっと今週、量が多くなっちゃいますけど、ここからひとつ、お願いしてよろしいでしょうか? ギャランティのプラスアルファはご相談……ちょっとね、いずれご飯でもおごりますということで(笑)。申し訳ありませんが……。

で、行きますね。ラジオネーム「『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』応援アカウントの運営者」さんからです。

「こんばんは。先日『キングメーカー』のリスナー推薦メールをお送りしたものです。実は私は、『キングメーカー』のビョン・ソンヒョン監督の前作『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』の日本公開時にTwitterで同映画の応援アカウントを運営しておりました。

このメールはおそらく今回の評論のために監督の過去作を鑑賞されるであろう宇多丸さんに、ビョン・ソンヒョン監督のこれまでと、『キングメーカー』主演のソル・ギョングとの関係についてお伝えできればと思い書いております。と言うのも、『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』が韓国でどのように受け止められ、俳優ソル・ギョングの運命を変えたかという背景は、『キングメーカー』を理解するにあたってもきっと参考になると思うからです。

『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』(2017年)の原題は『不汗党』、韓国語読みでは『プランダン』。『ならず者の集団』という意味です。2017年5月17日に韓国で公開されました(日本では2018年5月5日に公開)。私は当時韓国に留学中で、この作品が巻き起こしたシンドロームをその真っ只中で体験した、おそらく日本人唯一の証言者です。その立場から、見てきたことを書かせて頂きます。

『不汗党』の公開当時、韓国でのヤクザノワール作品はちょっとした飽和状態にありました」と。ちょっとこれ、間を……すいませんね。ちょいちょい、抜粋させていただきます。時間の制限もありますんで。

「……しかしこの映画には、それまでの作品と明確に異なる点がありました。それはこの映画が明らかに“ロマンス映画”として撮られていたことでした。既存の韓国ノワール映画が、男と男の非常に濃密な関係性を描きながらも、その多くがホモソーシャルの枠組みの内側にとどまり『絆』『義兄弟』『ブロマンス』などと表現してきたのに対し、この映画は男たちの間に生まれる感情が「恋」でありうるのだと提示してみせたのです。作中に「恋」という単語こそ出てきませんが、主人公ジェホとヒョンスの関係性は特にセクシャルな緊張感をはらむロマンチックなものとして描かれます。そして何よりも監督自身と、主演のソル・ギョングが、これはメロ映画(メロドラマ)だ、ジェホがビョンスに向ける感情は愛と呼べるものだとインタビューなどで述べてきたことが大きかったです。これは今から見ればそこまで驚くべきことではないかもしれません。むしろ表現としてまだまだ足りていない部分もあると思います。ですが、同性愛差別が根強い(日本と近いレベルと考えて頂いたらいいかと思います)韓国で、少なくとも2017年当時においては非常に革新的なことでした。

作品自体の訴求力に加え、あくまでジャンル物として優れたエンタメ作品でありながら、それまでのジャンルのセオリーを覆し、男と男の間の感情を堂々と『恋(恋愛)』と定義してみせること。このことが女性観客を中心に熱狂的な反応を引き起こしました。Twitterやインターネット上の掲示板を中心に『不汗党(ふかんとう)』のファンダムが形成され、ファンは自分たちを『不汗党員(プランダンウォン)』と自称するようになりました。私もその中の1人です」と。

で、ちょっとここも大幅に割愛させていただきます。申し訳ございません。要するに、自主上映みたいな感じで、ファンたちが実際に上映会を開いてやったりする、というような。それがどんどんどんどん盛り上がってきて、それがいつしか作り手の方にも伝わって、それでソル・ギョングさんも上映会に参加してくれたりとか……なんていうところまで来た、というような話を、ずっと書いていただいております。本当にありがとうございます。ちょっと割愛しますね。

「……ソル・ギョングという俳優は、それまで『ペパーミント・キャンディー』などイ・チャンドン監督作を中心に演技派として知られているものの、『かっこいい』『セクシー』などという形容詞とは無縁の印象でした。さらに言うと『不汗党』直前のいくつかの作品ではあきらかにぱっとせず、迷走していて、このまま埋もれていってしまうのかなと思われていました(当時はご本人も俳優として危機感を抱いていたそうです)」。そうなんですね。これも全然知らなかった。

「……そのため、『不汗党』でのスリーピーススーツとオールバックでカリスマ性のただようやくざ者に扮した姿はまさに衝撃そのものでした。その色気と、劇中で見せた繊細で胸を打つ演技により、ソル・ギョングの熱狂的なファンダムが生まれました」ですって。で、これもすいません。割愛させていただきます。どれだけソル・ギョングのキャリアがすごく転換していったかということですね。

「『不汗党』をきっかけに大きなファンダムが誕生し、俳優としてのたしかな評価を獲得しました。本作と続く『茲山魚譜/チャサンオボ』という作品。そして『キングメーカー』」でいろんな賞を取って、というようなことを書いていただいて。「今が全盛期と言える活躍ぶりです」という。

だから非常にその、『不汗党』がすごく大きな転機になった、ということを書いていただいて。「これだけファンに愛され、ソル・ギョングをアイドルに押し上げた『不汗党』ですが、実は興行的には大失敗しました。公開時期の監督のTwitterでの発言が物議を醸したからです」と。ちょうど朴槿恵(パク・クネ)の弾劾後初となる大統領選挙が行われている中、監督のツイートで最初はぼやき程度の内容。罪がないような内容だったのが、「それらに並んで『デートの前にガンギエイを食べると匂いに酔えるからよい』というツイートがあり、これが“炎上”しました。ガンギエイを発酵させた刺身は、独特な匂いのする珍味で、韓国の全羅道(チョルラド)の名物です。『キングメーカー』でもガンギエイ屋が登場し……」という。あれですね、食事をしている場面ですね。

「そこで『ガンギエイは強烈』という台詞が出てきます」。3人の候補が外で密談を始めて。で、最後にも非常に印象的に出てくるあのお店。あれはガンギエイ屋さんなんですって。「……このガンギエイ、韓国語ではホンオは、全羅道地域の人々を差別する用語としても使われる言葉です」。要するに、匂いがきついからっていうことなのかな? 「『キングメーカー』でも描かれた、朴正煕陣営が地域感情を煽って地域間を対立させた影響は現在でも残っており、未だに慶尚道(キョンサンド)は保守派の地盤、全羅道は進歩(リベラル)派の地盤として、選挙のたびにきっぱり結果がわかれます」という。

で、ちょっと省略させていただいて。「……ガンギエイは、主に保守派の人々がネット上などで全羅道出身者を蔑むときに、今でも使用される言葉なのです。こういった背景から、監督は地域差別主義者の『ネトウヨ』だとされてバッシングを受けました。実際には監督自身が全羅道出身で、『ガンギエイ』は監督の大好物であり、該当のツイートは単にガンギエイ好きの監督がネタ的にポストしたものだったんですが、その他のツイートと並べて曲解されたというのが当時の状況でした」という。

ただ、この方のご意見として、たしかにちょっと品がないツイートもあったかもしれない、とは言われていて。「この監督の“炎上”の結果、『不汗党』は大衆からボイコットに遭い、監督は表に姿を出せなくなってカンヌ国際映画祭にも不参加。前述のようなファン上映会にも、公開の翌年まで一切現れませんでした」という。そうだったんだね! で、興行的には失敗してしまった、というようなことを書いていただいて。

「『キングメーカー』はこれらの出来事の後に撮られた作品です。監督に対する(それも政治的な面での)猛烈なバッシングと、他に類を見ない情熱的なファンダムの誕生、(知天命遭い録るとなった)ソル・ギョング……。その中でどんな映画を撮るんだろうと思っていたのですが、実際に鑑賞した『キングメーカー』はまったく迷いのない、揺るぎない信念を持った映画に仕上がっていて、本当に感動してしまいました。ビョン・ソンヒョンの肝の据わりっぷりに感銘を受けたというのが率直な感想です」。

まさにね、さっきのそういうネトウヨ的な発想の、全く逆の作品であるのは明らかですしね。で、この方、ここがなるほどとなりました。

「……『キングメーカー』のラストシーンはガンギエイ屋です」と。まあ非常に印象的に出てきますよね。「因縁の『ガンギエイ』を映画のラストにぶっこんでくるのが挑発なのかリベンジなのか、単にガンギエイを愛しすぎているのか……と思っていたら、今年6月に『キングメーカー』のファン上映会に登壇した監督が、あれは自分の『負けん気』のためだとおっしゃっていました。そういうところが本当に良いキャラしているなと思います。一緒に登壇したソル・ギョングが隣で『負けん気で映画を撮るとは…』とあきれ笑いをしていました。

監督は今回『不汗党』のファンダムについては全く意識せず、自分の撮りたいものを撮ったと言っていますが、『キングメーカー』のエンドロールには『Special Tanks 不汗党員のみなさん』というクレジットが出ています」。それも(事前の知識がない我々には)わかんないよね、これはね。「ツンデレな感じですね……個人的には、『不汗党』と全く違うものを出してきたことでかえって監督に対する信頼が深まりましたし、『好きな監督はビョン・ソンヒョン』と胸を張って言えることがとても嬉しいです。残念ながら『キングメーカー』はパンデミックの影響もあって観客動員は振るいませんでしたが、作品としては評価され、見事に百想芸術大賞の監督賞を受賞しました。

そんなビョン・ソンヒョン監督の次回作はNetflixの『キル・ポクスン』(原題)という作品です。『シークレット・サンシャイン』のチョン・ドヨンと、そしてもちろん(!)ソル・ギョングが出演する、女殺し屋が主役の映画だそうです。これからもビョン・ソンヒョンに注目してください!」という。ありがとうございました。ちょっと省略省略で、すいません! あとちょっと読みが、ごめんなさい、拙いというか、おぼつかないところがあってごめんなさい。ということでございましたが、改めましてこちらのメールをいただいた『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』応援アカウントの運営者さん、ありがとうございます。大変勉強になりました。

山本:熱いメール、ありがとうございます。

宇多丸:だし、このやっぱり韓国ポップカルチャーシーン特有の、いろんな状況……特にやっぱりネットの状況が、日本以上にものすごく反映する、みたいな。そういう悪評が立ったことで興行が失敗した、みたいなのはね、他でもやっぱり聞きますし。それも知らなかったし、でもそれに対してある意味もう、作品で全面的に回答してみせたのが今回の『キングメーカー』、ということも言えるでしょうから。だし、僕は後ほど言いますけど、監督は確実に、一作ごとに飛躍的に腕を上げて……今まで、一応長編4作を撮られていて、全部観てきたんですけど、もう飛躍的に腕を上げられていると思いますんで。そして何よりやっぱり、これね、元の実話が、面白い!……って言っちゃ不謹慎なんだけど。本当に興味深いっていうか、そういう話でもあって。ちょっとそこを絡めながら、時間いっぱいまでムービーウォッチメン、後ほどお話させていただきますので。でも、皆さんにこうやっていろいろ教えてもらったり、勉強しながらね、自分の不得意分野もこうやってカバーしていく、というか。それで改めて、歴史の勉強にもなっちゃうという。ありがたいことでございます。後ほど、ムービーウォッチメンをやらせていただきます!

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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