『キングメーカー 大統領を作った男』を語る!【映画評書き起こし 2022.8.26放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

宇多丸:ここからは私宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは8月10日から日本で劇場公開されているこの作品、『キングメーカー 大統領を作った男』

(曲)

(のちの)第15代韓国大統領・金大中(キム・デジュン)と、彼の選挙参謀だった厳昌録(オム・チャンノク)の実話をベースに、韓国大統領選挙の裏側を描いたポリティカルサスペンス。長きにわたる独裁政権の打倒を目指す政治家キム・ウンボム……この映画の中では(そういう)仮名ですね。キム・ウンボムと、その理想に共鳴し影の参謀として彼を支えるソ・チャンデ。チャンデの立てた戦略のおかげで、ウンボムは新進気鋭の議員として頭角を現していく。しかし、勝つためには手段を選ばないチャンデに、ウンボムは次第に理念の違いを感じるようになっていく。

キム・ウンボムを演じるのは、『ペパーミント・キャンディー』『シルミド』などのソル・ギョング。ソ・チャンデ役は、『パラサイト 半地下の家族』『最後まで行く』などのイ・ソンギュンさんです。監督は『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』などのビョン・ソンヒョンが務めました。脚本も務められてますね。

ということで、この『キングメーカー 大統領を作った男』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「ちょっと少なめ」ということなんですけども。賛否の比率は、褒める人がおよそ7割。主な褒める意見は「前半と後半のギャップが切なく、光と影を象徴的に使った表現も素晴らしい」「主演のイ・ソンギュンとソル・ギョングの演技合戦は見応えあり」「ポリティカルな作品が次々出てくる韓国映画界は凄い。日本でも出てきてほしい」などのご意見もありました。昔は(日本でも)すごい多かったですけどね。

一方、否定的な意見は、「韓国の政治システムや当時の状況を知らないとわかりづらい。予習していけばよかった」「主人公チャンデの描き込みが浅く、何を目的に動いてるのかがわかりにくかった」などがございました。

■「韓国映画は政治色が強いエンタメ作品を作るのが本当にうまい」

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ありばる」さん。「正しいことを行うために、正しくない方法を使う。“世界を変える”という理念は同じなのに、過程と結果どちらに重きを置くか。一緒に目標に向かっていた二人なのにどこで食い違ってしまったのか。10年という時間ではなく、そもそも最初から二人は違っていたと知らされる鶏のエピソードが印象的でした。

ラストに光と影の意味を思い知らされて、また最初の疑問に立ち戻る。答えの出ない疑問の堂々巡り。影を演じるイ・ソンギュンと、光の当たる場所に立つソル・ギョングの演技合戦は見ごたえがありました。前半のバディ感があるから、後半がより切なかった。何回か薄暗い室内に外を通る車のヘッドライトの灯りが入り、明るさから影が濃くなる演出も上手かったなあ。

『KCIA 南山の部長たち』『1987、ある闘いの真実』など韓国映画は政治色が強いエンタメ作品を作るのが本当にうまい。それはなぜか。韓国の人たちは、軍事政権から自分たちの手で民主化を勝ち取ったという強い自負と、それを忘れないためにジャーナリズムが繰り返し取り上げ、いくつも作品がつくられることで正しく記録していく、という意志があるからではないでしょうか。日本においては、民主主義は戦争に負けたことで外国から押し付けられた感がまだ強いのか、こういう企画が大手の会社で通ることも、トップ俳優が主演することも、ほぼなしの現状に悲しくなります」。

まあでもそのね、(日本映画の)『新聞記者』とかはやっぱり、その志でヒットしたというのもあるでしょうし。あと全然、昭和にはポリティカル物、いっぱいありましたからね。別に日本特有の問題というわけじゃない……今の映画界の問題はないとは言えないのかもしれないけど。別に日本映画もいっぱいありますんで。皆さん、観てください。はい。

ダメだった方もご紹介しましょう。ラジオネーム「Mr.ホワイト」さん。「まず、実録ポリティカル話を娯楽エンタテインメントとして変換をすることに長けた韓国映画界に経緯を表します」。同じことをおっしゃってますね。ちょっとこれは置いておきましょう。「その上で『キングメーカー』ですが、同じポリティカル実録モノでも『1987』『国家が破産する日』など傑作群と比べると一段下がる、というのが正直な感想です。面白いですが味わいやコクが物足りないです。その理由は、主人公ソ・チャンデの人物像のあやふやさです。彼は影から表に出たることをキム議員に拒絶されて対立関係に入りますが、そもそも表に出たいなんて描写があったでしょうか? 政府側に付いた後も表には出ませんでした」。

まあ、最初からその意思は表明してたとは思いますけどね。「ならば、キム議員を巡る第一秘書への嫉妬心でしょうか。男と男の愛憎だったのでしょうか。それも描写が軽い、または不足しており響くものがありません。また、作品前半はコメディに寄りすぎだと思います。幾ら何でも選挙主要スタッフが田舎のドサ回りはリアリティがなさ過ぎます」とおっしゃいますが……これ後、ほど言いますね。だいたい本当(にあったこと)です!(笑) はい。

「キャストも豪華ですが、大統領の最初の側近は『KCIA』のパロディでしょうが、ちょっとふざけすぎです。後任の橋下徹にそっくりのチョ・ウジンも上手いですが、タイプキャスト過ぎる気がします」という辛口のご意見でございました。

はい、皆さんありがとうございます。ということで『キングメーカー 大統領を作った男』、シネマート新宿の大きい方、小さい方(のスクリーン)の両方でやっておりますが。私は大きい方で2回、観てまいりました。

■稀代の政治家・金大中。その選挙戦の参謀にスポットを当てた社会派エンタメ

先週のリスナーリクエストで見事ガチャが当たりまして。先ほどね、そのリクエストいただいた方のメールも、この前の6時台に読ませていただきました。非常に勉強になりました。この『キングメーカー』に至るまでの韓国映画界、そしてビョン・ソンヒョン監督の状況。なので皆さん、もしここからお聞きの方は、タイムフリーなどでぜひ。まあ公式書き起こしも、そこもセットで上げるようにしておきますんで、ぜひ参考にしていただきたいと思います(※宇多丸補足:文字数制限を超過したため、当サイト内の別記事として掲載しております)。

先ほどのメールにもありました通り、『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』で世界的に注目された監督、ビョン・ソンヒョンさん。才能ありますよ、という、そういうおすすめをいただきました。私も遅まきながらこのタイミングで……本当にね、遅くなってすいませんが、これまで彼が脚本・監督を手がけた、『キングメーカー』を含む長編4作品を全て観てですね。なるほどこれは才気あふれる、しかもどんどん手腕がうまく洗練されていっている、今後絶対に注目すべき作り手だな、という認識をいたしました。教えていただいて本当によかった。

加えてこの『キングメーカー』という作品、たとえばこの映画批評コーナーで扱った中でいうと、2021年2月5日に扱った『KCIA 南山の部長たち』……これ、登場人物がかなりかぶるので、後ほどちょっと出てくると思いますけど。とか、あとはついこの間、7月15日に扱った『モガディシュ 脱出までの14日間』などと同じくですね、史実を基にしたフィクション。つまり、登場人物の名前等は映画用にアレンジしていたりする、ということで、一応フィクションとしての体裁は担保しつつ、明らかに韓国の現代史における、本当に起こった出来事たちを題材にとった社会派エンターテイメント、ということでももちろんありまして。

僕もですね、韓国近現代史、全く詳しいわけではないんですけども。1回見終わった後にですね、いろいろ勉強しなおして。本を読んだりネットを調べたりなんかしてですね。やはり、そもそも実際の歴史そのものが、まあ不謹慎な言い方になってしまいますが、むちゃくちゃ面白い! 興味深くてですね。特にその、ソル・ギョングさん演じるキム・ウンボムの明らかなモデルでもある、金大中。昔は(日本のメディアなどでは)「きんだいちゅう」なんて言ってましたけど、金大中。まず、金大中の生涯そのものが、本当に異様にドラマティックで。はっきり言って本作で描かれた部分は、まだまだソフトな方なんですよね。彼の人生の中では。

あの後がさらに大変なんですけど……なんだけど、もう何度も何度も酷い目に遭いながらも、決して心が折れなかったという意味で、もちろん政治家として遺したものに関してはいろいろ毀誉褒貶はありますが、間違いなく……途轍もない政治家だったことは間違いない金大中の、その選挙戦をですね、劇中で描かれたのはほぼ本当にあのまま、笑っちゃうぐらいずる賢い手法で、影からアシストした実在の人物、イ・ソンギュン演じるソ・チャンデのモデル、厳昌録さんという人がいるんですね。

で、この人にスポットを当てた、というその着眼点もやはり、すごく鋭いと思いますので、今回の時評、ここからは大きく三つのパートに分けてお送りします。まずひとつ目は、作り手としてのビョン・ソンヒョンさんの資質、という話。次の2パート目は、今回の『キングメーカー』の題材となった史実について。参考になった記事、資料なども皆さんにお知らせしつつお話していこうかと。そして最後、三つ目に、ビョン・ソンヒョンさんがいかにその興味深い史実を社会派エンターテイメント映画として見事表現してみせているか、という映画的魅力の部分ですね。この三つのパート順にお話を進めていきたいと思います。ちょっと駆け足にはなりますが。

■ビョン・ソンヒョン監督、5作目の長編映画。共通するのは「裏切りと、苦い赦し」

まず、監督のビョン・ソンヒョンさんについて。これ、劇場パンフの記述も非常にそっけないというか、あんまり詳しくないし。ネット上でも、日本語・英語の情報はそれほどない状況だったんですけども。なので、先ほどのリスナーメール、本当に勉強になってよかったです。とにかく今回の『キングメーカー』を含めて、過去に4作長編映画を撮っていて。

これ、インターネット・ムービーデータベースでは2012年となってますが、パンフレットでは2010年となっていて、なんとなく作風からして僕もこれ、2010じゃねえのかな?っていう気がするんだけど、最初に撮った長編映画……これはインディー作品ですね。『The Beat Goes On』という、元のタイトルがついてて。僕が入手したレンタル落ちDVDだと、日本タイトル『青春とビート、そして秘密のビデオ』っていう、そういったタイトルがついたインディー映画があります。これ、一応ヒップホップグループを巡る青春映画……恋愛とかも絡めた映画でございます。

で、一応そのインターネット・ムービーデータベース上だと同じ2012年に、商業映画デビューした『マイPSパートナー』というね……ただ、ちょっと作品の感じからして、たぶん2010年が『The Beat Goes On』っていうのが正しい気がするんだけどな。まあその2012年に、『マイPSパートナー』っていう……「PS」っていうのは、「Phone Sex」、つまりテレフォンセックスのことなんで。まあ結構強めの性描写を含む、ラブコメで商業映画デビューをしていて。

で、ちなみにここから、共同脚本としてキム・ミンスさんという方が、今回の『キングメーカー』を含めて、毎作入るようになっています。これもパンフに記載がないんですよね。英語版のWikipediaとかインターネット・ムービーデータベースによれば、キム・ミンスさんという方も共同で入ってます。で、先ほど言った2017年、『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』。ソル・ギョングが出ている、ノワールですね。まあ、話的にはちょっと、『レザボア・ドッグス』と『ディパーテッド』……すなわち『インファナル・アフェア』を混ぜたような、「潜入してるうちにほだされちゃった」モノっていうか。それ、(映画の系譜として)ありますよね(笑)。

『レザボア・ドッグス』は特に近いと思います。「嘘を本当のようにつく」っていうようなところの描写とか、完全に『レザボア・ドッグス』ですよね。はい。もちろんそれが、非常に恋愛と言っていいような濃厚な関係になっていくのも、『レザボア・ドッグス』かもしれません。で、これで世界的に注目を浴び、先ほどもね(リスナーのメールで教わったように)、知らなかったけど、韓国でもすごく熱狂的なファンダムも形成したという。

で、そのソル・ギョングのすすめもあってほぼ同じスタッフ、製作体制で臨んだ、今回の2021年、本作『キングメーカー』に至る、という流れなんですけど。続けて観ると明らかにですね、このビョン・ソンヒョンさん、グイグイ監督としての腕をら加速度的に上げている、洗練されていってると思います。今、言ったようにね、その表面的なジャンルはそれぞれ違うんですけど、全てやっぱり、「裏切りと、苦い赦し」の話なんですよね。なぜかね、裏切りと苦い赦しの物語であるという点で共通しているし。どこかダークで皮肉な、コメディセンスがある。ここも本当に共通してます。

そして何よりですね、今回の『キングメーカー』がまさに、本当にその真骨頂なんですが、たとえば、明らかにこの人、左右対称、シンメトリックな構図を好んで多用しますよね。多用していたりとか、あとはたとえば、時に「これ、どうやって撮ってるんだろう?」っていうような長回しなども使いこなして、舞台となる空間を、その建築構造など……照明、影の使い方も含めて、非常に効果的に、時には演劇的なちょっとした飛躍なども上手く交えて、使ってみせたりとか。

あとはですね、本人も公言しているマーティン・スコセッシの影響もたしかに大なのであろう、大胆にしてポップな編集のセンス、とかですね。要はとてもですね、わかりやすい意味で「才気走った」画作り、演出をしてみせる人で。それが今回の『キングメーカー』では特にですね、題材の重厚さと、とてもいいバランスになっている、という風に思います。今回に関してはもう、スコセッシというより『市民ケーン』、みたいなバランスというか……ぐらいになってると思いますね(※宇多丸補足:『市民ケーン』こそまさに、“才気走った”手法を駆使して重厚な題材を“適度にポップに”扱ってみせた、先駆なわけです)。

要は、技法だけが上すべりしていないというか。逆に言えば、重厚だけどしっかり今の感覚で「観やすい」、言っちゃえばちょっとポップな作りにもなっている、というところが持ち味だと思います。

■映画に出てくるダーティーな選挙工作の元ネタ、どれもほぼ実話! 

ということで、2パート目。元となったその重厚な史実そのものの面白さ、という話をね、しておきますけども。先ほど言ったように、金大中の選挙戦をまさしく陰から後押ししていた、厳昌録という人物。これね、陰だけあってですね、日本語の資料もやっぱり、多くないんですよね。僕が調べた限り。

念のため今回、岩波書店から出てる、非常に大著なんですが、金大中の自伝も読みました。でも金大中の自伝、おもしろすぎてよかったんですけど。金大中の自伝も読んでみたんですが、非常に大著なんだけど、僕が確認した限り、厳昌録の名前は、2ヶ所しか出てこない。それもですね、どういう出方かっていうと、「初期に彼も選挙で頑張ってくれました」的なことと、劇中でも後半に出てくる、金大中の自宅に爆発物が置かれたという事件が出てきますが、その際に警察が……金大中はこんなことを書いてる。「私の補佐役で組織総責任者の厳昌録ら七人を連行して調べた」と書かれている。この2ヶ所だけなんですよね。

では今回、一番参考になった資料はといいますと……もちろん、劇場パンフに掲載されている、明治学院大学名誉教授の秋月望さんによる厳昌録についての解説記事。これもちろん、コンパクトにまとまってて非常にわかりやすいんですが。これ、一番参考になったのは、「一松書院のブログ」の『キングメーカー 厳昌録 — 東亜日報「南山の部長たち」より』という記事(※宇多丸補足:これ、実はまさに前述の秋月望さんによるブログだった!というのを私がうかつにも見落としておりまして、翌週番組に寄せられた『左近幸村』さんのメールで改めて気づかされた次第、お恥ずかしい限りです……秋月先生、大変失礼いたしました!)。これが本当に勉強になりましたし、映画のサブテキストとしても最高の内容。映画を観終わった後にこれを読んだら、「めっちゃ面白い!」ってなるのは間違いないんで。絶対おすすめします、「一松書院のブログ」。

この、元となった記事、「南山の部長たち」は、先ほど言いました『KCIA 南山の部長たち』の、一応の原作となった記事であり、そして本にもなったやつで。これ、僕も『KCIA』の映画評をした際にですね、講談社から出てた日本語訳版を読んだんですよ、ちゃんとね。で、評の中でもいろんな話をしたと思うんですけど。先ほど言った、その一松書院さんのブログによれば、なんとその日本版は、元は上下2冊を1冊にまとめた短縮バージョンなので、肝心の厳昌録の部分は、オミットされてるっていうんですよ!

で、こちらのブログは、その東亜日報の元の記事、厳昌録について書かれた3回分を翻訳して載せている。ありがたいですね! この内容、素晴らしい。そして、内容がすごい! まず、本人の写真が見られるっていうのが、なかなかレアですね。これ、すごい痩せていて、メガネで。若い頃に結核をして痩せてるらしいんですけど、いかにも切れ者、といった佇まいですよね。で、映画に出てくるダーティーな選挙工作の元ネタ、どれもほぼ、実話なんですよ! これに本当に驚かされる。

あの、わかりますよ。観ていて、「いくらなんでもこんなわけ、あるか?」って思うんだけど(笑)、本当なんですよね。逆に今回の映画が、そうした事実をいかにストーリーに、ドラマにうまく落とし込んでいるか、ということも、この記事を読むと、逆によくわかる。たとえばですね、これは終盤も終盤に出てくる、とある話の元になってることなんですけど……1987年になって、保守陣営側の、盧泰愚(ノ・テウ)候補側の陣営が、厳昌録に教えを請いに行くというか、「なんとか野党側に対抗したいんで」って教えを請いに行くと、そこで厳氏が、「金大中と金泳三(キム・ヨンサム)の両方が出馬してる時点で、あんたたちの勝ちなのはわかってるでしょう? だから僕にできることはもうないよ」って言って追い返した、という風に厳昌録の奥さんが証言している、というのが、この記事に載っているんですが。

で、今回、この映画でも、終わりの方にその話、出てきますよね? これはですね、先ほど言った金大中の自伝で、金大中本人が書いてるんですけども……あの時は金泳三と争うんじゃなくて、あそこは自分が引くべきだった、っていう風に後悔している。そういう風に金大中は、今度は自伝で書いてるわけです。なので、この両面を、今回の映画は上手く……つまり、現実にはありえなかったはずの一種の「答え合わせ」として、見事に最後のところで、提示してみせているんですよね。二つの資料の要素を……両方参考にした、っていう風に監督はおっしゃってるんで。二つの要素を、うまく物語上で合体させて、実際にはなかった答え合わせをしてみせているわけですよ。

ということで、ビョン・ソンヒョンさんと、先ほど言ったキム・ミンスさんのこの、脚色ですね。これがまずは、かなりのレベルだと思いますし。とにかくその一松書院さんのブログ、映画観た後、皆さん必読の内容なんで、おすすめしたいと思います。

あとですね、朴正煕(パク・チョンヒ)……劇中ではパク・キス大統領周りの描写。あえてダークコメディ的に、デフォルメして描かれているわけですね。もちろんそれが気に入らない、という方もいらっしゃるのもわかりますけども。先ほど言った『KCIA 南山の部長たち』、あるいはその『ユゴ 大統領有故』という、同じく大統領暗殺を描いた作品と並べてみると、同じ登場人物が、「ああ、これがたぶんあの人で……」って、その描き方の違いみたいなものを比較するのも、きっと楽しいと思います。

細かいところで言うと、今回の『キングメーカー』、序盤でですね、金大中がモデルのそのキム・ウンボムをですね、「若造」呼ばわりして、大統領に「だからお前はダメなんだ」っていう風にピシャリと叱りつけられる、あの人、いますよね。「あの人、頭の感じからして、たぶん全斗煥(チョン・ドゥファン)だろうな」みたいな感じ(笑)……当時の3番手、全斗煥、みたいなね。そういう読みをするのも面白かったりしますよね。ということで、そんな感じで史実も面白いですよ、ということなんですけども。

■注目すべき映画表現は「影」の使い方、転じて「光」の使い方

ではでは最後の3パート目、監督ビョン・ソンヒョンさんは、いかにその面白い史実を、見事に映画表現に落とし込んでいるのか、という部分なんですけども。もうね、この『キングメーカー』、実は美術、照明、撮影、衣装とかも含めて、全てがすごく精緻に作り込まれていて、ある種全ショットすごく、さっき言った才気走った演出の妙、みたいのがですね、結構わかりやすく入ってるんで。割と全ショット見どころだらけ、とも言えるんですが。たとえば、やはり本作で最も注目しなければいけないのは、イ・ソンギュン演じるその主人公ソ・チャンデという役柄が、まあ敵陣側でのあだ名であり、実際の立ち位置でもある、「影」という風に言われてるわけですが。この「影」の使い方、これはやっぱり注目しなきゃいけない。

それは転じて言えば、「光」の使い方ということ、照明の使い方ということでもあるんですけど。まず、本作でのイ・ソンギュンさんの顔。ほぼ全編にわたって……まあ昼間の戸外とかは話は別ですけども、室内の場面が基本やっぱり多いですし、ほぼ全編にわたってですね、顔の半分以上に、影がかかったような撮られ方、照明の当て方。ほぼ一貫してますね。はい。その上でさらに、たとえば前半、ソル・ギョング演じるキム・ウンボムが、彼に改めて選挙協力を頼むところ。で、そのソ・チャンデ側は、「もちろん気持ちとしてはやぶさかではないけども、自分は“好きな時にもがれる柿”みたいな扱いは嫌ですよ」と……すなわち、「自分はずっと影ではいたくないですよ」っていう。だから結構、彼はずっと主張しているんですよ。

「自分が影でばっかりいるのは嫌ですよ」っていう風に、ずっと主張してるんですよね。奥さんにも怒られてるし(笑)……ちなみに、あの奥さん役ってたぶん、『はちどり』の、あの先生役だと思うんですけど。あの方だと思うんだけどな。ちょっとクレジットがね、うまく調べられなくて確認できなかったんですが(※宇多丸補足:やはりその、キム・セビョクさんでした、失礼いたしました! 最近だと『ベイビー・ブローカー』にも一瞬出演されてましたね)。とにかく、「影ではいたくない」っていう風に主張するんですが、その姿はですね、キム・ウンボムの影にずっと……全身が影で覆われてるように、照明で撮られてるわけですよね。はい。

で、「いずれ私を議員として公認してくれますか?」っていう風に問うたところで、先ほどのメールにもあった通り、窓からおそらく車のヘッドライトと思われる強い光が、ブワーッと差すんですよ。つまり、「あっ、光が差すのか?」と思うんだけど、やっぱり今度も、キム・ウンボムの影になって……より強い影が差すだけで、ソの顔には光は直接当たらない、という。この、非常に象徴的な影と光の演出。本作、今の場面はすごくわかりやすいところですけども、本作『キングメーカー』では、ほぼ全編に、この光と影の演出が張り巡らされていると思ってください。

なので、だからこそ逆に、彼の顔にはっきり正面から光が当たるところの意味っていうのが、重いものをまた帯びてきたりするわけですよ。その最たるものは、あの、現実にはなかったはずの、さっき言ったラストシーンなんですけども。後ほどこれ、また言うかもしれません。あとはですね、先ほど言った、舞台となる空間の使い方ですね。たとえば、野党側の、その大統領候補選ですね。これまたビョン・ソンヒョンさん十八番の、ひとつなぎのこのワンショット、非常に長いショットで印象的に始まる、この第2幕の盛り上がり……一旦それが中断して、再投票、となるところ。

まずあの、「廊下と奥の階段」というその舞台を巧みに使って、人物を出し入れしてみせる見せ方のスマートさ……特に最後の最後、一番奥にソが佇んでいる!という、ここを見せるまでの流れの、エレガントさ。はい。ここ、絶対に見逃さないでいただきたいところですし。そこから続く、先ほどね、(金曜パートナー)山本さんもおっしゃってました、「螺旋階段の上と下」を使ったパワーゲーム、化かし合い表現のスリリングさ。そしてソの、一筋の汗!ですね。ここもうまい。

ニュース映像風パートの絡め方を含めて、やっぱり『市民ケーン』っぽいケレンが、ここも非常に溢れていて楽しいですし。一方、あの金大中の非常に有名な演説を、ソル・ギョングが見事に再現してみせた、やはり長回しショット……あの、木浦での演説ですね。じっくり見せるところのバランスとかも、本当に素晴らしいですし。それともうひとつ、本作は、「ガラス越し」をうまく使った演出で、やっぱりいくつも印象的なものがあるので。そこもぜひご注目いただきたいと思います。

■見終わって投げかけられたのは、「目的は手段を正当化するのか?」という普遍的な問い

でですね、一番肝心な事件のことの真相は、あくまでグレーにぼかしたまま、その終盤ですね……あの「影」が、人々の影の中に埋もれていく、というそのスタイリッシュな見せ方。あそこでスパッと終わっていれば、もちろんクールな印象がさらに強まったはずなんですが。先ほど言ったように、「裏切りと、苦い赦し」を常に描いてきたビョン・ソンヒョンにとっては、おそらくその、現実には果たされなかったであろう「苦い赦し」パート(に当たるラストシーン)は、やっぱり欠かせないものだったのかもしれませんよね。

先ほど言った、イ・ソンギュンの顔に正面から明るい光が当たる、ほとんど唯一の場面でもあるし。逆に言えば、影を背負ったソル・ギョング、これはですね、金大中に、劇中で描かれた以上の苦難がこの後に起きる、そしてその先の、ちょっと皮肉な運命……最終的には失脚してしまうんで、その運命を暗示してもいるようで。もちろん、「目的は手段を正当化するのか?」という極めて普遍的な問いを、改めて投げかけるという意味でも、非常に重要なラストシーンだと思いますね。

『KCIA』の時にも参考になったと言った、『サイゾーウーマン』のチェ・ソンウクさんの記事。これ、すごく参考になりましたが。とにかく今の韓国の政治状況……「カルラチギ」という、分断を使った政治状況。これはやはり、全世界的な民主主義の危機、良識の危機、空洞化みたいなものと、本当に繋がってるものだと思います。その本質と繋がることだと思いますし、でもなんでそういう政治状況を許してしまうかというと、その基盤はやっぱり、我々……その主権を持っている、国民1人1人の意識のありようがやっぱり問われてくるんだと、私は思いますし。まあ、いろんな考え方をさせられる。目的は手段を正当化するのか?……僕の意見もありますけどね(※宇多丸補足:結論だけとりあえず言っておけば、短期的にはともかく長期的に見ればやはり、手段を選ばなさすぎると結局は、むしろ目的達成を阻害したり長続きさせなかったりするだろう、というのが僕の考えです)。

ということで、僕の表現で言う「ヤングファミリー興亡記」モノとしてのですね、ワクワク、味わいも堪能できますし。社会派ノワール、ポリティカルノワールとして非常によくできた……ビョン・ソンヒョン監督は、間違いなくこれで最高傑作を更新したと思いますし。見応え、面白さ、申し分なし。本当に全ショット、結構わかりやすく見どころがある一作でもあります。ポップな一作でもあると思いますんで、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(中略)

宇多丸:先ほど、ちょっと早口すぎてわからなかったと思います。『サイゾーウーマン』のチェ・ソンウクさんの記事で、「カルラチギ」という韓国の政治用語……「相手の集団や主張に亀裂を入れ、分裂をあおり、弱体化させる戦法」ということに関して、チェ・ソンウクさん、いつもすごく参考になる記事を書かれていますが、(今回も)『サイゾーウーマン』で書かれていて、これも非常に参考になりましたし。見終わった後に考えると、我々……地球全体の政治状況とも関係するかもしれない話で、勉強になりました。

(ガチャ回し中略 ~ 宇多丸が1万円を支払ってガチャを2度回すキャンペーン続行中 [ウクライナ支援に寄付] 。一つ目のガチャは『ロッキーVSドラゴ ROCKY IV』、二つ目のガチャは『激怒』。よって来週の課題映画は『激怒』!)

以上、週刊映画時評ムービーウォッチメンでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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