第479回「修学旅行論」

東京ポッド許可局
 

マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオのラジオ「東京ポッド許可局」。6月25日の放送は「修学旅行論」。

タツオ:修学旅行のことってどれだけ覚えていないのかっていう話をしたいなと。

鹿島:覚えていないか?

タツオ:そう。ちょっと前にアニメを見ていて、修学旅行回があって、「グループを決めるのがとにかく苦痛だ」っていう話だったのね。で、「あれ?俺のときはグループってあったっけ?っていうかそもそも修学旅行の思い出ってあんまりないな」と思って。俺は40代中盤、2人は50代入ってますけど、でも30年ちょい前の話じゃないですか。どれくらい覚えてないかなと思って。

マキタ:覚えているかどうかの話じゃなくて、覚えていないかの話がしたいの?

タツオ:そう(笑)でね、俺はそもそもグループがあったのかどうかもわからなくて。で、その場で同級生に電話したの。「おそらくこいつと一緒に修学旅行行ったよな」っていう平本君っていう人がいるんだけど。平本君に電話したの。「おぉ~、元気?」みたいな。で、「修学旅行のことどれくらい覚えてる?」って聞いたの。

マキタ:藪から棒に。

タツオ:そうそう(笑)もちろんいろいろ説明した後にね。で、「グループってあった?」って聞いたら「あったよ」って言われて。「俺、タツオと一緒だったよ」って。「そうだよね。お前と一緒だった記憶はあるから、多分高1のときだよね」っていう話をして。「高1のときのグループってどういうグループだった?」って聞いたら「余りもので組んだグループだったよ」って言われて「そうなんだ…」って。仲良しグループのイメージだったんだけど、「そもそも男でグループってあったんだっけ?」って未だによくわかってないんだけど。

マキタ:やっぱり余りものだったのか。

タツオ:「どこのグループにも入れなかった人たちだけで作ったグループだった」と言われて、衝撃を受けまして。中学のときは決まったコースで京都・奈良だったんです。で、僕の母親の実家が奈良だったので、なんの新鮮味もない修学旅行で、「全部知ってるところなんですけど…」みたいな。それであんまり記憶がないの。

マキタ:しかもタツオのおじいさんは郷土史家みたいな人だったんでしょ?

タツオ:仏像の研究家ですね。

マキタ:だからそんなものは子どものころから見てるわけだ。

タツオ:「なんで今さら薬師寺行かなきゃいけないの?」みたいな感じでした(笑)

マキタ:感じ悪っ。

タツオ:「いや、知ってるし」みたいな(笑)

マキタ:そもそもモチベーションがそんなに高くなかったわけだね。

タツオ:だから感覚的な意味で初めての修学旅行でいったら、高校のときに萩・津和野っていう超地味なコースだったの。

マキタ:萩・津和野ってどこ?

タツオ:山口県です。

マキタ:あ~!山口県の萩か。

タツオ:なんでそうなったかというと、鳴門の渦潮を見に行ったんですよ。それは同級生に電話してわかって。で、たしかに言われてみれば、あのころは瀬戸大橋ができて、開通してすぐで、みんな瀬戸大橋が見たいと。でも瀬戸大橋を渡るには本州側から四国に渡るのか、四国側から本州へ渡るのかという。であれば、船で鳴門の渦潮を見て、四国側から瀬戸大橋をバスで渡ろうと。で、「何故その後に広島とかに行かなかったんだろう?」と思って。原爆ドームとかあるじゃん。行きたかったし。ただ何故行かなかったのかは覚えていないんですよね。
 

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