加藤綾菜×みたらし加奈1

スナックSDGs powered by みんな電力

土曜日の夜、ラジオの中にオープンする社交場が、「スナックSDGs」。 
毎週いろいろなお客さまを迎えて「この星の未来」を話し合う番組です。 
スナックのホストは、再エネソムリエの大石英司TBSアナウンサー上村彩子 
今回のお客さまは、加藤綾菜さんとみたらし加奈さんです。 
 

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加藤綾菜 

1988年、広島県生まれ。2011年に加藤茶さんと結婚。結婚から10年が経った今年、夫婦の日記『加トちゃんといっしょ』という本を上梓。

みたらし加奈 

1993年、東京都生まれ。臨床心理士として働く傍ら、メディアやSNSを通して、「メンタルヘルス」や「性被害」の正しい認知を広める活動をしている。 

 


今回のSDGsは・・・

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ふたりだけの幸せができている。

 

上村 
お二人の共通点として挙げられるのは、プライベートのパートナーとの信頼関係をオープンにしていること。加藤さんは、もう、結婚して10年が経つんですか?


加藤 
そうです。もう10年で、もうすぐ11年目です。はっや~!って感じですね。加トちゃん、今年で80歳になるんですよ!


上村 
80歳!?見えない・・・。


加藤 
今日だって、メッシュ入れていましたもん。髪の毛(笑)。私と居るから、とかじゃなくて、もともと美意識がめっちゃ高いんですよ。几帳面だし。だからいつ見てもかっこいいと思います。


上村 
やっぱり毎日会っていてもまだかっこいいと思うんですね!


加藤 
今日も思いました。「やっぱ加トちゃん素敵だわ~」って。


一同 
へえ~。良いなあ・・・。


上村 
そして加藤さん。先日、「加藤茶・綾菜の夫婦日記『加トちゃんといっしょ』」を出されたとのことで、重版出来も、おめでとうございます!


加藤 
ありがとうございます!10年間、私が日記をつけていたものを本にしたんですけど、加トちゃんとの出会いから、なんで子供がいないのかっていうことまで書いています。もう、子供のことについては書くのはやめようと思っていたんですけど、結構この10年、インタビューとかで毎回聞かれるんですよ。「子供って考えているんですか?」って。でも、それにこう、はぐらかして生きてきたんですね。 
でも、入稿の一週間前に加トちゃんに「子供のこと書いてみたら?」って言われて、それで、ギリギリになったんですけど、子供がいない理由を書いたんです。 

初めは、「子供が欲しいな」っていうか、もう、当たり前に子供ができてお母さんになる、と思っていたんですよ。でも、結婚3年目になった時に加トちゃんが大きな病気をして、3回ぐらい結構大きい病気をしたんですけど、パーキンソン症候群っていう病気になった時に本当に38㎏ぐらいまで体重が落ちて、ものすごく震えるんですね、手足が。 

だから普通に食事するのも難しいっていう状況になった時に、なんか今まで「子供欲しいね」とか言っていたのに、その時にはもう一切そのことは頭によぎらなくて、「加トちゃんが生きてくれるだけでいい」と思ったんですよね。 

そう思って過ごしてきたんですけど、加トちゃんが元気になって、私も三十代に突入した時に、まわりの友達がほぼ全員出産をしたりして、今、私は34歳なんですけど、なんか、「35歳までに子供がいないとなかなか体力的にしんどくない?」みたいな、友達が会話をしている中にいたりして、「私もあと1年で子供いないとなかなか難しいのかな?」って思ったりして。で、それを加トちゃんに話したら、「僕は体ボロボロになってもいいから治療を受けるし、子供作ろう」って言ってくれて。それを聞いた時に、「やめよう」と思ったんです。 

やっぱり加トちゃんが大事だし、加トちゃんが生きているだけでいいから。もう周りの人とか関係ないし、二人だけの幸せができているから、そう生きていこうと。でも、子供番組を見た時に、加トちゃんが泣いたんですよ。「あやちゃんに子供いなくてごめんね」って。加トちゃん、絶対泣かないんですよ。いつも、こう、凛として、どっしりしている男性なのに、初めて泣いているのを見て、それで、そんなこと思っちゃいけないっていうか、そういうことを思った自分がすごい薄情だな、と思って自分のことも結構責めたりとかしたんですけど、今は強がりじゃなくて、子供はいないけども「加トちゃんと本当に幸せだ」って。堂々と言えるぐらいです。 
 

みたらし 
なんかすごいバッシングとかもニュースで取り上げられたりとかしていたじゃないですか。 
私はそれを見ていて、なんで人が幸せになることに他人が口を挟まなきゃいけないんだろうって思ったんです。会ったこともない人達がほとんどなのになんで・・・って。当時から、報道にはずっと疑問は覚えていて。 
バッシングの話をこうやってご自身で取り上げられるようになったというか、本を出されたりとかされるようになって、勝手に見ていた側としては何かこう、「よかったな」っていうのはおこがましいんですけど、今、すごくお話を聞いていても感じましたし、ずっとずっと疑問だったので、今日はそれをお話できたらいいなっていうのは思っていました。


加藤 
嬉しい~!でも、たまに番組とかでアメリカとかの大金持ちと若い奥さんが結婚したとか聞いたら、大体、「殺そうとしているんじゃないか」って思うじゃないですか(笑)私もそういう偏見はめちゃくちゃあって、自分がそうなった時にも、もうそれ以上のことを言われて。「みんなそういうやっぱ偏見ってあるんだ・・・」と思いましたね。 
結婚して、旦那さんの事務所にクレーム電話や、手紙とか、ネット匿名掲示板への書き込みとか、家まで特定されたりして。


みたらし 
ええっ!?


加藤 
私がスーパーに行こうと思って、いつも乗っている自転車に乗ろうとしたら、木に吊るされていたり・・・。家の扉にペンキが撒かれたりとか、本当に考えられないぐらいのことがもう四年ぐらい続いたんですよ。あの時は痩せていましたね、私。ご飯も食べられなくなって、多分40㎏あるかなっていうぐらいまで体重が落ちちゃって。 

でも、本当に私もまだ未熟だったんで、加トちゃんって「加藤英文」っていうんですけど、「私は加藤英文と結婚したわけで、加トちゃんと結婚したわけじゃない」ってずっと思っていたんですよ。だから「加トちゃんの奥さんになる」って覚悟がまだ若すぎて、できてなくて。加トちゃんにとんかつ作って出したら、それをブログに上げてくれたんですけど、世間の人には「とんかつ食べさせて殺そうとしている」とか言われたり。 

加トちゃん、すごく偏食で野菜と魚食べないんですけど、「そういう加トちゃんにもちゃんとした料理作らなきゃいけないんだ」っていうのも、叩かれて気付いたりしました。 
でも、加トちゃんに、「周りにどう言われるかじゃなくて、あやちゃんはどう生きたいの?」って言われたことがあって、その時に「確かに」と思ったんですよね。こんなに叩かれていると、夫婦間も空気悪くなるんですよ。でも、絶対私たちは仲良くいたいなっていうので、もう本当に二人で幸せを作って行こうって。それで本当の夫婦になったんです。


上村 
今回の本の出版に対しては、加藤茶さんはどんなことを言っていました?


加藤 
加トちゃんからは、「オチが甘い」って言われました。(笑)


上村 
厳しい(笑)


加藤 
重版が決まって喜んでいたら、「まあがんばったとは思うけど、48点だな」って。「オチがオチてない」って言って。めっちゃ厳しいんですよ、出版社の人より。


 

―自分の半径3メートル以内の人に。



加藤 
私の周りでは、デザイナーさんとかで男性同士でお付き合いしている人はいるんですけど、声をあげただけで職場にいづらいとかっていう人も多くて。女の人同士ってのは初めてなので、加奈さんに色々聞きたいなと思って、今日はすっごい楽しみでした。



大石  
ちなみに、日常の中で、喧嘩とかされたりするんですか?


みたらし 
しますします。生理前とかがやっぱり、女性二人なので。生理周期のタイミングが重なったりすると結構激しく喧嘩したりとかします。でも、付き合ってもう6年近いんですけど、だんだん話し合いができるようになってきて。ちょっとこう雰囲気を察すると別の部屋に行くとか、ちょっと出かけたり、みたいな。で、帰ってきてから話し合いをする、みたいなことができるようになったので、前みたいな、虎同士みたいなのは無くなったんですけど(笑)


上村 
女性の生理前の凶暴さって、女性にしかわからないですよね(笑)そこは女性同士だと、「今はそっとしとこう」っていう、そのレーダーはうまく働きそうですね。


みたらし 
そうですね(笑)


上村 
みたらし加奈さんは、パートナーとYouTubeも展開されていますが、YouTubeで発信しようと思ったのはどんな経緯があったんでしょうか?


みたらし 
最初は本当に思い出作りで、パートナーと二人で海外に行くことを決めていたんですよ。やはり日本だと同性婚が出来ないので。最初は、グリーンカードを取得して、とか色々考えていたんですけど、「とりあえず一旦行ってみよう!」みたいな。私、全然語学ができなかったので、ハワイだったらまだ日本語が通じたりするところもあったりするのでハワイにしようって。で、いざ行くってなった時に、「せっかくだから思い出作りで YouTube始めようよ!」みたいな感じで始まったのが最初です。 

それで投稿していくうちに、だんだん自分たちの出しているコンテンツに「意義」が伴い始めていることに気が付きだしたんですよね。それはなんかやっぱり、今のこの日本社会の中では、同性同士のパートナーがいるっていうだけで、何かしらの社会的な意味が生まれてきちゃうというか。 

ロールモデルが少な過ぎるのもそうだし、差別偏見の話もそうですけど。コメント欄に、「LGBTの人たちって括っていたけど、二人の日常を見ていると、言い方悪いけど『普通と変わらないんだ』って思った」とか、「自分の子供と一緒に見ているんですけど、子供がいつか大きくなった時にカミングアウトしてきてくれたら二人のチャンネルを見せようと思います」っていうようなあったかい言葉が届いた時に、こうやって日常をずっと出し続けることが、もしかしたら誰かのロールモデル的な存在になれたりとか、こういう人たちもいるんだっていうところで少し視野が広がって、自分の半径3メートル以内の人たちのことを少し考えられるようになったりとかするのかなっていうので、今もずっと日常を発信し続けてる、という感じです。 
 

加藤 
私見ましたよ!二人で仲良くご飯食べていた。「寒い」とか言ってコート着たり。なんか本当にほのぼのしていて良いですよね。


大石 
ご両親がやっぱりすごくその、多様なところに対して許容が大きいですよね。うちも子供が二人いますけど、いざそういう状況に父親として遭遇したらどう思うかなっていうことを考えました。正直な話ですよ。子供がそういうシチュエーションだとしたらどう思うかっていうのは、自分の中で、結構複雑な思いで聞いていました。 
僕ら世代の人たちって、まだそういう価値観の人が割と多い。僕らより上の世代の人たちはもっとそうだと思うから、僕自身も、価値観を変えていかないとなって。というか、これからはもうそれが当たり前なんだなっていう。



―人の価値観を変えるのは無理。



みたらし 
なんか凄く思うのが、人の価値観って変えるの無理じゃないですか。たとえば「同性パートナーシップ」とかっていうものに対してモヤッとしてしまったりとか、なんかこうちょっと自分の思いの中で感情が昂ってしまうみたいなのって、こっちは変えることができなくて。

私たちの場合は「カミングアウト」っていう言葉がありますけど、カミングアウトって結構その、セクシャリティーをすぐパッと暴露するみたいな印象に捉えられやすいんですよ。たとえば親に対して、「私のセクシャリティーはこうです!」っていうのがカミングアウトと思われがちなんですけど、それって一生し続けなきゃいけないことで、多分、親のコンディションとか周りの人のコンディションによっては、今日は受け入れられても明日はなんか不安になったりすることがある、とか。 

だから私はずっと自分の生き方とか、「こう生きたい!」っていうのを周りにプレゼンテーションしなきゃいけない。「こういう考えなんだよ」、「こういう生き方をするんだよ」、「だから大丈夫なんだよ」っていうのを周りに言い続けていかなきゃいけないし、周りもそれを聞き続けることによって少しずつ、「もしかしたらこういう生き方もあるんだな」ってなって、その人の視野がどんどん広がっていくってこともあるのかなってのは思います。 
さっき、加藤綾菜さんが「加藤茶として見ていたわけじゃなくて、加藤英文さんとして見ていた」って話されていたのって私も一緒で。同性の相手として見ていたんじゃなくて、「MIKI(みたらし加奈さんのパートナーのお名前)」という人間として見ていた、というところは、なんかすごく共通点があるな、っていうのは感じてました。



加藤 
ちょっと話変わるんですけど、私、中1の時にめっちゃいじめられたんですよ。ご飯、みんなで食べるじゃないですか。でも私一人だけ「どっか行け」って言われるんで、トイレ食べるようになるんです。で、多目的トイレでご飯食べていたらそのいじめっ子が探しに来るんですよ。私がいるのが分かったら上からホースで水かけてお母さんが作ってくれた弁当ぐちゃぐちゃにしたりとか、食堂でラーメン頭からかけられて火傷させられたとか、そういうのがあって。私があまりにも・・・たぶん火傷の時かな?なんかの時に倒れて、先生がお母さんに連絡してくれて、それでいじめが発覚したんですけど。 

でも、その時うちはシングルマザーでお母さんも一生懸命働いていたから、「お母さん頑張って学費出してくれているから、私は休まない」って言ったら、お母さんは「毎日、お弁当に手紙入れるね」って言ってくれて。それで毎日その手紙をトイレで読んでいたんです。で、初めはそのいじめた人たちに対して、「あいつらなんかどっか行けばいいのに」とか「うざい」とかずっと思ったんですけど、2、3ヶ月経った時に、「このいじめている人たちもなんか辛いことあんのかな?」とか、13歳なりに思って。 

あと、学校行くときに手が震えるじゃないですか。教室開けるのに物凄く手が震えて。でも、お母さんといつも、「あやちゃん、勇気は?」「出すもの!」「勇気は?」「出すもの!」って、絶対それを言い合って学校に行っていたから、「勇気は出すもんだ!」って。「(勇気は)出るもんじゃなくて、出すもんだ!」と思って。 

その経験があって、環境のせいにしても何も変わらなかったから、自分が変わったら周りが変わるってことを13歳の時にすごく感じたから、大人になって結婚して叩かれた時に、私がそれから逃げるって言ったら、加トちゃんと離婚するしかないんですよ。もうそこから逃げるしかない。でも、本当に加トちゃんのことが好きだから、一緒に生きて行くってなったら、私が強くならないといけなかった。


みたらし 
私は臨床心理士という職業だからというのもあるんですけど、心を強く持ちすぎようとする必要はなくて。自分で心を強く持とうって思うのと、人から「あなた、心を強く持ちなさい」って言われるのって全然違っていて。基本的に私は、自分の人生に影響がない人の言葉は聞く耳を持つ必要がない、って思っている部分があるんですね。 

ネットで無責任に書かれる声って、決してその人たちは私の人生に関して何も責任をもってくれないし、何のアクションも別に起こしてくれないと思うから、そういう人の言葉って耳を傾ける必要もないし、耳を傾ける事って多分すごい労力がいることだから、それを別に割く必要もないなっていうことで、割と割り切れたっていうところはあるんです。 

でも、さっき綾菜さんの仰った通り、自分が変われば周りも変わって、周りが変われば環境も変わるっていうのは本当にその通りだと思っていて、多分、人間関係のコミュニケーションって、すごく相互作用だから、それは結構、私達心理士とかも分かっている話ではあるんですけど、自分のアウトプットをどうするかによって、相手のアウトプットが変わったりとかするんですよね。 

私は割と、「人は鏡」って教えられて育ってきたから、自分がどう動くか、それはもう逃げることも含めて色んな選択肢があって、自分の人生で誰と関わるか、どこで生きるかって、自分が全部選べる力がある。だからずっと主体性を持ち続けて生きていると、やっぱりもしかしたら何かの巡り合わせで自分のことをサポートしてくれる人に出会えたりとか、生きやすい環境を見つけることができたりとか、もしくは一人で生きていくって思えるようになったりとか、っていうのが、出来るようになってくるなぁって思います。 

「他者と自分を切り離して考える」。それは自分の価値観を他者に押し付けないっていうことも含めて、自分には自分のサークルがあって、他の人には他の人のサークルがあって。そこが交わって生きていけることって正直なくて。多分、「円が隣り合って生きていく」ってことが人との関係性なんだな、って思うようになってからは、あんまりなんか、気にしなくなって、自分を大事にできるようになったな、っていうのはあります。 


 

 

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