宇多丸『ニューオーダー』を語る!【映画評書き起こし 2022.6.24放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。          

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宇多丸:                          
宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、6月4日から劇場公開されているこの作品、『ニューオーダー』

(曲が流れる)

ちなみに、そうなんですよね。この映画、ミシェル・フランコさんの映画って全体にそうなんですけど、いわゆる劇伴的な音楽がつかない。劇中のその状況で流れている音楽が聞こえたりすることはあるけども、劇伴的な感じではつかないのでね。そんな感じでございます。

『父の秘密』『或る終焉』『母という名の女』などで高い評価を集め続ける、メキシコ出身のミシェル・フランコが監督・脚本を務めたディストピアスリラー。経済格差が広がり続けるメキシコ。裕福な家庭に生まれたマリアンは、結婚パーティーの日を迎えていた。しかし、そこに貧富の差に抗議する市民たちが暴徒化して襲撃。運よく難を逃れたマリアンだったが、さらなる地獄が待ち受けていた……。マリアンを演じたのは、脚本家としても活躍しているネイアン・ゴンザレス・ノルビンドさん、などなどといったところです。第77回ヴェネツィア国際映画祭で、審査員大賞など2冠に輝いた作品です。

ということで、この『ニューオーダー』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少なめ」。まあ、都内だとやっているのが限られてる……イメージフォーラムでしかやってなかったりしますから。まあ、しょうがないんだけどね。あと、まあなんていうのかな? あらゆる意味で「見やすい」映画とは言い難い、というところもあると思いますが。

賛否の比率はおよそ8割が「褒め」。主な褒める意見は、「描かれている暴力も怖いが、現実にありえない話だと言い切れないところが怖い」……いや、どころか500パー現実ですよ。人類史です、ほとんど。「悲惨で救いがないが、映画としては見やすく、アート映画のよう」などがございました。一方、否定的な意見は「見ていてツラい。救いがなさすぎる」「ドキュメンタリーならまだわかるが、フィクションとしては成立していない」などがございました。

■「どこを切り取っても地獄。救いがないし、誰にとっても逃げ場がない」

代表的なところをご紹介しましょう。「きしたろう」さんです。

“映像で見る現代版 地獄絵図”みたいな映画でした。とにかく凄惨・キツイ・救いがない。ただ、視覚的にキツイ描写は作品内の必要最低限に抑制されているため、不思議と見やすい映画でした」。たしかにね。たとえば射殺みたいなものは間接、もしくはちょっと遠めだったり。音だけを聞かせるとか。まあ、ありますけどね。きつい描写もあるけど、グロとかではない感じですね。もうちょっと精神的に追い詰めてくる感じ。

「むしろ怖いのは、ある場所に連れて行かれる主人公の世界と、外側の世界における権力・支配とが同等、かつ、本質的には何も変わらない、ということ。そこが一番怖い。主人公は外の世界へと抜け出せても、その先にある世界は、地続きの地獄の中。まるで一枚の地獄絵図みたい。

なのでこの作品、ある事態が起きてからはどこを切り取っても地獄だし、救いがないし、誰にとっても逃げ場がない」という。これ、おっしゃる通りで。振り返って、「じゃあ、どこからやり直せば?」って言っても、この映画の中に、やり直しできるポイントはないです。こんな社会になってる時点で、詰んでいます!っていうことなんですよね。

「そして、現実に100%起こり得ない話かと言われれば、決してそうではない怖さを孕んでいる。後味は悪いが、ここまで見事な地獄を描かれると、不思議と後には引かない。凄いアート作品を見たような感じでした」というきしたろうさんでございます。

あとですね、これちょっと面白い。ラジオネーム「桂木京介」さんは、「前情報皆無のまま、“なんか賞を取ってるっぽい”“まだ映画1本分ぐらいの時間はある”という理由で本作のチケットを購入しました。本編開始前の予告編では、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』4Kリマスターや『哭悲/THE SADNESS』が立て続けにかかったので、“ははあ、これはゾンビ映画だな”とゾンビウェルカムな気持ちで上映開始をまったのです」。おかしいでしょう! その、ゾンビの予告を連続で見たら「ははあ、これはゾンビ映画だな?」なんて(笑)。「……映画開始早々、予感は確信に変わりました。なんか緑色の水がジャーッと出てきましたよね。“わかった! これを飲んだ人はゾンビになっちゃうんだ!”“緑の水、飲んだらダメ! ゼッタイ!”なんて心の中で登場人物に呼びかけていたら……ギャー! これならゾンビ映画の方がよかった。ゾンビなら“非現実だし”と割り切れますが、これはありえる話だけに怖さが深い。ムチャクチャ恐い! 観賞中ずっと、心の中で“ヒイー!”と泣きわめいていました」「ゾンビ映画も格差社会のメタファーという側面があるので、『ニューオーダー』とゾンビ映画には通底するものがあるのかもしれません」。うん。これはたしかにそうかもしれない。鋭い。

一方、ちょっとダメだという方。「モツモツ」さん。「『ニューオーダー』、予備知識一切なしで見てきました。ストーリー自体はわかりやすく、置いていかれることなく観賞を終えることができました。しかし、面白いかというと微妙な感じです。特に、中盤からラストにかけての、今作の肝となるパートは現実味が感じられず、かといってジャンルムービー的に楽しめるわけでもなく、微妙な印象でした。どの人物も一定の距離感でしか描かれないので、誰にも感情移入できず、楽しめません。おそらく作り手はわざとそのような作風にしているのでしょうが、逆効果な気がします。

今作のような、登場人物の心情を描きすぎずに引いた視点、言い換えれば“冷めた視点”で描く作品もあります。しかし、そういった作品は、登場人物らを取り巻く“事象”にインパクト等があるから楽しめるわけで、今作の場合は、どこか物足りなさを感じてしまうのです。ラストもあっけらかんな感じで、最後までなんだかなぁという感じでした。おそらく監督の作風なのでしょうが、私に合わないなぁというのが一番の印象です」という、モツモツさんでございました。

ということで皆さん、メールありがとうございます。私も『ニューオーダー』、当然イメージフォーラムで2回、見てまいりました。

■「ひと続きのワンショットの中で起こる決定的な変化」が上手いミシェル・フランコ監督

平日昼にしては、なかなか入ってる感じじゃないでしょうかね? 特に公開週、多くのリスナーリクエストメールをいただきました、この作品です。製作・脚本・監督のミシェル・フランコさん。当コーナーでガチャが当たるのはこの作品が初めてなんですけど。2012年、長編二作目にしてカンヌ国際映画祭のある視点部門でグランプリを取った『父の秘密』という出世作がございまして。これ、たしか僕の記憶が正しければ、その年のシネマランキングの回。ポッドキャストとかを録っていた時に、せのちんさんか三宅さん……三宅さん、(20時からの出演のためにスタジオに)いるから聞いてみよう。たぶん、せのちんさんかな? あたりが推していて。で、僕も追って見て。で、『映画秘宝』の方のベストに入れたかな、という感じがするんですけどね。

で、その2012年の『父の秘密』も、その後の2015年の『或る終焉』も、そして2017年の『母という名の女』も、なんとも言えない嫌な要因を残す、いわば不吉なホームドラマ、みたいな感じを撮ってきた方と言えると思うんですよね、ミシェル・フランコさん。もちろん系統としては思いっきりアート映画なんだけど、たとえばそのさっき言った『父の秘密』は、メキシコではそこそこ結構ヒットしたらしい、みたいなのがあって。一種「イヤミス」的に、エンタメとしてそのまんま面白いところもちゃんとある、みたいな作品で。今回のが一番そういう意味では、ストーリー的には比較的薄めっていうか。群像劇なんでね。(過去作は)もうちょっと濃密な感じの人間ドラマなんですけど。

なので、要はマジで(金曜パートナー)山本匠晃さん好みの作風、作り手だと思います(笑)。ミシェル・フランコさん。特にですね、私、すごくミシェル・フランコさんの作品でここが注目っていうか、すごい好きなのは、ひと続きのワンショット……ちょっと長めのワンショット、ショットが続いてる中で、決定的に世界が変わってしまう。ショットの始まりと終わりでは、もう取り返しがつかないくらい、決定的な変化が世界に起こってしまっている、というような。そういう、本当にぞっとするようなショット構成、シーン構成が、めちゃくちゃとげとげしく上手い方だ、と思っていて。

たとえば『父の秘密』の、いろんな場面ありますけど、わかりやすいところで言うと、ラストのあの、ボートの上のあのショットであるとか。見てくださいね。『或る終焉』の、本当にもう、ギョギョギョッ!とするしかない、ラストの長回しとかですね。あと、『母という名の女』の、これもちょっと正視に耐えないような……非常に日常的な風景なんだけど、ちょっと正視に耐えないぐらいにキツい、長回しの「置き去り」シーンとかがあったりする。もちろん今回の『ニューオーダー』でも、後ほど詳しく言いますけど、その「ひと続きのあるワンショットの中で起こる、決定的な、取り返しのつかない変化」っていう演出手法は、引き続き非常に冴え渡ってる、という風に思いますね。後ほど言いますけど。

ただ同時に、今回の『ニューオーダー』はですね、過去作と比べて、ミシェル・フランコさん、明らかな新境地、と言える作品でもありまして。端的に言って、今回はめちゃめちゃスケールがデカい!っていうことですね。今まではわりと、家族間とか、ミニマムな人間関係の中の軋轢、圧迫、すれ違いみたいなものを、非常にコントロールされた、静的な画面作り……たとえば、基本カメラは固定長回しが多かったりとか、動いたとしても三脚に立ててパンで横に振るとか、っていうぐらいだったりして。少なくとも表面上は静かな、落ち着いたタッチで描き出してきた、っていうのが、このミシェル・フランコ作品のこれまでだったわけですけど。

それに対して今回は、複数の登場人物の視点が進行する群像劇にして、エキストラ3000人を起用した大暴動シーン……当然のように手持ちカメラで、そのカオスな状況ごと捉えるような、そういう今までにないワイルドなタッチでも描きますし。暴動翌日、一面に死体が広がっている荒廃した街を、引いた画で見せるような、あれはおそらくVFX、たとえばCGIとかも使ってるようなショットだと思いますんで。そんなのも含む、ビジュアル的にもストーリー的にも、そしてテーマ的にも、「大きい」作品ということですよね。

■グリーンに染まった死体と印象的な「赤」のスーツ。どちらもメキシコの国旗の色

しかも、テーマとか扱っているものは大きいのに、それが86分という、驚くべき……たぶん今までで一番短い。86分という驚くべきタイトさにまとまっている、という。様々な点でミシェル・フランコ、ネクストレベルに行った一作、ということは間違いなく言えるかと思いますね。まあその分、正視に耐えがたい胸糞指数も、比例してスケールアップしちゃってるんですけどね。はい。順を追って話していきたいと思いますが。

まず冒頭、今後の、まさしく悪夢的な成り行きを予感させるような不吉なビジョンが、ちょっとポンポンポンと映し出されていき……最初にある抽象画が出ますけど、これについてはちょっと後で言いますね。病院の中で、これはまさにミシェル・フランコ監督十八番の、一見静的な固定ショットなんだけど、そのカメラがグーッとパンしていくと、その廊下の奥から大騒ぎになって、こう(人が)入ってきて。自力で立てないほどの重病患者たちが、病室から追い立てられるように追い出されていく、という。

要はまともな市民生活、市民社会の崩壊を、既に感じさせる事態が始まるわけですね。しかも、ねえ。地獄の沙汰も金次第、とはよく言ったものでですね。「奥さんの手術代、20万ペソかかります」って……これ、20万メキシコペソはですね、日本の今日の為替レートだと、134万7491円です。「20万ペソ、かかりますよ」と言われて呆然とするおじいさん、ドナルドっていうのがいてね。で、それに続いて、もう所々グリーンに染まった死体、死体、死体、っていうのが映し出されて、タイトルが出るわけですけども。

この不吉な緑色、劇中では、超格差社会に対して貧困層の怒りが爆発した結果の大暴動、そのシンボルらしきものとして、要所に出てくるわけですけど。現状のメキシコ社会と照らし合わせて、その緑というのが象徴するところ、に関してはですね、劇場で売られているパンフ内の立教大学ラテンアメリカ研究所・飯島みどりさんの解説が、非常に勉強になるのでおすすめでございます。

このグリーンという色使いの件以外でも、たとえばこの劇中で描かれる、とある丸ごと事態を隠ぺい、みたいなのがあるんですけど。非常に暴力的に事態を隠ぺい、みたいな展開は、2014年にメキシコで本当に起こった、師範学校の生徒たちの、警察による襲撃……その背後にはその麻薬組織が絡んでるらしいんだけど、その中の特に43名の生徒が姿を消しちゃって。どうやら殺害され、軍の手により焼却されたらしい、という。で、今も真実は明かされず……という、とんでもなさすぎる事件っていうのがベースにあるとか。

あと、現在のメキシコはそもそも政治形態として、治安回復を名目に、どんどんどんどん軍事国家となりつつある、とか。あと後半に出てくる、未来的な円形の建物。あれは、本当に使われている、ハイテク監視施設です、とか。要は本作『ニューオーダー』が、いかに現実のメキシコ社会そのものをモデルにしているかについて、この飯島さんの解説は、とても勉強になるので。劇場に行ったら絶対に買って読んだ方がいいと思います。とにかくその暴動、これまでの秩序の崩壊を予感させるそのグリーンと……その反対色にして、同じくメキシコの国旗の色でもあるという、印象的な「赤」のスーツ(※宇多丸註:ここも放送上では「ドレス」と言ってしまっていますが、正しくはパンツスーツです! 訂正してお詫びいたします)をまとった、お金持ちのお嬢さん、マリアン。事実上、主役的な立場というか。

■一見、和やかな富裕層ゾーンにもはっきり格差や隔離がある。そこに「緑」の気配が立ちこめ出して……

今度は彼女の結婚パーティーで賑わう、超上流階級の邸宅の場面に、ポンと切り替わるわけですね。現実の世界でも、ごく一部の、数%の超富裕層が世界の富の大半を独占し、貧困層はものすごい数、割合いるのに、ほとんど何も持ってない、与えられてもいない、というウルトラ格差社会が地球全体を覆っている、という状況は皆さん、ご存知だと思いますが。まさにそれを如実に示すような、外界の惨状との落差……特にですね、とても嫌な感じで印象的なのは、楽しくパーティーをしている場面なんですけど、人種構成ですね。要は金持ち宅のシーンの中でもですね、リッチでビューティフルな立場なのは、やっぱり白人系のメキシコの方ばかりで。使用人は全員、いわゆる有色人種ばかり。きれいにパックリわかれているわけです。

これ、監督インタビューでも、「メキシコにもはっきり、構造的な人種差別による社会的影響と不公平の間には強力な関係があります」「メキシコではメディアでさえ、成功したければ“民族的”でない方がよいとされている」と語っている。前に僕、ペレの伝記映画をやった時に、やっぱりメキシコでそういう人種差別のあれがあるんだよねって話をしたと思うんですけど(※宇多丸註:この部分、恥ずかしながら何もかもが勘違いで、2017年7月16日にやった『ペレ 伝説の誕生』評の中でそういう話は別にしていないし、言うまでもなくそもそもそちらの舞台は、ブラジルです。訂正してお詫びいたします! ただし、ブラジル社会においてもたしかに似たような差別構造があるということは、当時参考文献として読んだ『ペレ自伝』にも記されていたことですが)、まさにこれもそうしたその現実の、非常に苦々しい反映ですね。その一見、和やかな金持ちの家の空間だけど、そこにもはっきりパックリ、格差、差別的な……なんなら隔離政策。アパルトヘイトめいたものさえ見える、という。

そこに、おそらくかつて使用人として長く働き、子供たちの養育にも深く関わってきたのであろう、先ほど言ったおじいさん。奥さんの治療費がかかるというおじいさんが、妻の手術代、日本円で134万ちょっと、それを「貸してくれませんか?」という風に訪ねてくる。一応その金持ちたちも、「ああ、元気? ひさしぶり!」なんて言っているんだけども、明らかに煙たがって、厄介払いしようとしたがっている。134万ぐらい彼らにとってはね、祝儀袋一個でお釣りがくるぐらいだろうに……という感じ。その中で唯一、彼らに親身になろうとする、さっきから言ってる赤いスーツの、マリアンというお嬢さんなんだけども。当然観客も、彼女には例外的に感情移入しだす。それがまた、本作のひとつの仕掛けにもなっている、っていうことですね。

ただ同時に、赤いスーツのこの人、マリアンも、なんだかんだでやっぱり、困惑する使用人をアゴで使って、危険地域に突入していく、という、まあ言っちゃえばやっぱり……善意がベースではあるけど、やっぱりその、なんていうか、「お嬢様」なんですよね。であることに変わりはない、という感じもちゃんと保たれていたりする。そして、そんな外界と隔絶した富裕層ゾーンにも、その「緑」の気配が立ち込めだして……あそこ、怖いですよね。最初、カメラは向いてないわけです、(何か異様な事態が起こっているらしい方向の)そっちを。で、「おい、君たちはなんだ?」みたいなことを言ってるわけです。「あいつら、ちょっと早く追い出してくれ」って。

で、カメラがそっちに向くと、そこには……!っていうあそこ。ゾワーッ!とするところですよね。ここから一気にですね、我々は、地獄巡りのジェットコースターに乗せられるわけです。地獄ライドです。

■「地獄の第一段階」は略奪・暴力・悪意が渦巻くカオス的状況。しかし、それすらもまだ序の口

その地獄の第一段階はまず、貧困層の怒りの爆発。略奪と、むき出しの暴力、悪意が渦巻く、まさにカオスな状況。これ、ぜひ皆さん、ご自身でもうね、ジェットコースターですから、体感していただきたいんですけど。

たとえばミシェル・フランコ監督十八番の、車内からの、フロントガラス越しに前方を捉えたワンショット使い。これ、『父の秘密』でもいっぱい出てきましたけど。よせばいいのに、その大混乱中の街のど真ん中に入っていってしまう、さっきから言ってる赤いスーツのマリアンさんと、若い使用人クリスチャンが乗った車。その車の視界を、ずっとこうワンショットで追っていく。で、軍とかに会って、「ああ、ダメだ。帰りなさい、帰りなさい」って言われるんだけども、「いや、行っちゃうわよ!」ってブーッと行く。そうすると、だんだん人が増えてきて……そこでパンッ!って、急にいきなり、目の前の視界が、緑一色になる、そのショッキングさ、みたいなね。あそこ、すごいですよね。

まあまさにですね、たとえば『ハンドメイズ・テイル』の、日常が崩壊していくあのくだりであるとか。もちろん映画『クーデター』でもいいし、先週の『FLEE フリー』の国外脱出のくだりもそうだけど、そんな、「社会が、世界が崩れ落ちる瞬間」を描いた作品群というのにまたひとつ、残念ながら傑作が加わってしまった、みたいな感じですよね。監督がインタビューで明言してるようにですね、ミヒャエル・ハネケの『タイム・オブ・ザ・ウルフ』っていう映画とか、あとは、ほとんど現実そのままみたいなドキュメンタリックなタッチってところだと、たとえば『アルジェの戦い』であるとか、そんな過去作の影響というかな、類似みたいなものもちょっと感じなくはない。

ただ、本作のすごみはですね、この段階ではまだそれは、序の口だ、ってことなんですよね。たとえば『パラサイト』とか『ジョーカー』的な、貧困層の逆襲っていうのは、まだまだ、地獄の始まりにすぎない。さらにその先、タイトル通り「新体制」、さっき言った飯島みどりさんの解説に倣うなら、「新秩序」……飯島さん、「新秩序」と訳した方がよりニュアンスが近いっておっしゃっているんですけども。その「新秩序」の形成過程、それこそが、より恐ろしい地獄の第二段階、というね。そこにさらに進んでいくことになるという……ヘルライドはまだ止まってくれないわけですね。

たとえば、やはりミシェル・フランコ監督の十八番。ひと続きのワンショットの中で世界が決定的に変わってしまう、というところ。これ、本作の白眉のひとつだと思う。すごくいいところ、一番いいところのひとつだと思うんだけど。暴動はとりあえず、軍によって鎮圧されて……鎮圧って言っても、要は「皆殺し」ですね。単純に軍によって皆殺しされて、落ち着いたように見えるその翌日。「車で送ります」って言われて、軍のトラックに乗せられたマリアン。で、両脇に男性と女性の兵士が座っている。

ここの数分間のワンショットで、さっきまで思ってたのと、この世界は実は全く違うものだった……というか、さっきのメールにあった通り、なんなら外に出ても同じだった、みたいな。地続きだった、みたいなことが明らかになり。そしてもう、後戻りはできない。そういう決定的な変化、その絶望。まさにこれはミシェル・フランコの真骨頂たる、見事に最悪なこの数分間のショットですね、はい。

我々もまた、このマリアンと同様、事態の全貌をつかむこともできないまま、ただ目前の暴力に屈し、目を伏せるしかなくなるわけですね。まあその「治安回復」を名目に、要するに市民生活を支配している軍部。そのモラルの低下が招く、本当にこの世の地獄。ここは本当に、ほとんどその『ソドムの市』のような感じでもあって。見てると、「これよりひどい事態はもうないだろう。いくらなんでも、これがこの世の地獄、底辺だから……今、見てるのは本当にひどいけど、この状態が打破・解決さえすれば、まあ一応、なんというか希望というか、ハッピーエンドチックなものを迎えることも可能ではないか」という風に……あまりにも見てるものがキツすぎるので、むしろ甘い展望を我々観客が抱きかけたところで、第三幕。地獄、第三段階。

■最初から「詰んだ」社会にしないためにはどうすべきか? あまりに恐いからみんな本気で考え出す

より強力な、軍事指導体制ですね。新秩序の確立。そして、それこそが、国家としてはより本格的な、地獄行きの道なんです。つまり、暴力的なシステムが……システム化されてるんだから、より地獄なんです。カオスの方がひょっとしたらまだ、地獄としては浅い、っていう。ということを暗示する、最後の第三幕に入っていくわけですね。その、あまりにむごすぎる顛末は、これはもう皆さん自身の目で、ぜひ目撃していただきたいんですが。

要はですね、最初は理不尽な格差、差別への怒りとして爆発した、吹き上がった暴力。ある種、理としてはわからないでもない……こういうことが起こるという、その心情は理解できないでもない、という暴力が、結局どのようにして、より大きな、強い暴力、言ってみれば「権力」へと回収・利用されていってしまうか、という。この、皮肉にして、世界の近現代史を振り返ればですね、全然そこら中で現実に繰り返されてきた構図というか、もう人類史そのもの、みたいな構図。

たとえば軍事政権の誕生、それももちろんそうですよね。たとえば治安の回復を名目に大殺戮が行われる、『アクト・オブ・キリング』のあのインドネシアとか、ああいうのでもいいですし。だし、それだって後にね、たとえば別の政変、またクーデターが起こったり、内戦になるかもしれない……また別の暴力に回収されるかもしれないし。もっと言えば、そうなってくれば今度は、アメリカ・ロシア・中国といった、一番強い武力を持った、より大きな暴力を持った、大国の思惑というところに回収されていくかもしれない、というね。

結局、暴力が暴力を回収していく、っていうことになっていくかもしれないという構図。そしてその根本には、金と、暴力装置を含む権力を、より手にしてる側がそうではない側を踏みつけ、搾取し、都合により排除してもよいのだ、という、まさにこのウルトラ格差社会を成り立たせている世界観、社会観、人間観……それがベースにあるんだ、それと地続きにこれはあるんだ、ということ。それを、誰もが震え上がるシンプルな寓話として、そして同時に、スーパーリアルなドキュメンタリー的フィクションとして、我々に体験・体感させてみせる。そこにこの本作『ニューオーダー』の、鋭さであり意義がある、と思います。

つまり、単に露悪のための露悪ではなくて……さっきも言ったようにこの映画って、最初から「詰んでいる」んですよ。こんな社会になっちゃった時点で、もう終わってる、ってことなんですよ。じゃあ、「こんな社会」にしないためには、どうすべきか? あまりに怖いから、本気で考え出す、という効果。その意味で、この番組のこのコーナーでも扱った『マイスモールランド』とか『FLEE フリー』と、作品のタッチとかは当然違うけど、同じく「観客を動かす力」を、本作は持っている、という風に思いますね。

■「ぜひぜひ劇場で、地獄ライドしてください!」

ラスト。冒頭でアップになる、とある抽象的な絵画があるんですが、冒頭でアップになる絵の、タイトルが出る。そこで、その本編の幕切れの余韻を、より「割り切り難い」ものにするというか。これもすごい、見事な作りだと思う。「ああ、すげえスマート! なるほど!」みたいな感じがしましたね。はい。

ということでですね、非常にキツい描写……特に性暴力の描写はちょっとね、キツいところがありますけどね。ご覧になる方は要注意ではあります。その意味で、万人に簡単におすすめできるような作品ではないんですが。ミシェル・フランコ監督作としては、僕は最高傑作を更新したと思います。特に、さっきから言ってるワンショットの中の構成・演出のうまさ、っていうところは、本当に堪能していただきたいですし。

「ライド」ゆえ、これはもう没入感高く、途中下車できない、やはり劇場鑑賞で、心底震え上がったうえで……やっぱり僕は、ちゃんと「宿題を持って帰る」作りになっている、ということで、志が高い作品だと思います。これ、リスナーの皆さん、強力にプッシュしていただいたリスナーの皆さんにも、感謝したいと思います。ぜひぜひ劇場で、地獄ライドしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 現在は宇多丸が強制的に1万円を払ってガチャを2度回すキャンペーン中 [※貯まったお金はウクライナ支援に寄付します]。一つ目のガチャは『わたし達はおとな』、そして二つ目のガチャは『神は見返りを求める』。よって来週の課題映画は『神は見返りを求める』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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