お客様の数だけエネルギーがもらえる~宇崎竜童さん

コシノジュンコ MASACA

宇崎竜童さん(Part 1)

1946年、京都市生まれ。1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドでデビュー以来、ミュージシャン活動のほか作曲家としても数多くのヒット曲を世に送り出し、映画・舞台音楽の世界や俳優としても活動しています。奥様は作詞家の阿木燿子さん。

JK:今日は来てくださってうれしい! 面と向かってお話するのは初めてです!

宇崎:初めての気がしないですけどね(笑)

JK:奥様の阿木燿子さんには何度もお世話になって。やっと2人そろいました(^^)

出水:4月に開催されたコンサート『風のオマージュ』も見に行ったんですよね。

JK:ばっちりキマってましたよね、叫んでましたよね! でも途中でなんだか変だなと思ったら・・・小腸が。

宇崎:そうなんです、3日間ぐらいお腹が痛かったのでクリニックに行ったら「うちでは診きれないので大病院に行ってください」って言われて、大病院にいったら「もしかしたら腸に穴が空いてるかもしれない。今日帰っていただいてもいいんですが、明日亡くなるかもしれない」ってなことを言われまして(^^;)

JK:ええ~っ! 極端ですね!!

宇崎:ええ、ほとんど選択の余地はなかったんですけど。でもまぁ「コンサートはやりたいよね」って嫁が言うので・・・1回コロナで逃してるのでね。また中止にするのはお客さんにも主催者にも申し訳ない。なので「切ります」って言ったんだけど、40cmぐらい切ったらしいです。

JK:大腸は長いけど、小腸は長くないんじゃない?

宇崎:でも4mぐらいあるらしい。

JK:へぇ~! じゃあ40cmぐらいなくたって平気なんですね(^o^)それにしても、当日全然元気というか、吠えてましたよ!

宇崎:忘れちゃってた。1週間入院したんですけど、先生からは切る前に「全快するまで3か月、お仕事は1か月後ぐらいから」って言われたんですね。そんなわけにはいかないから黙ってましたけど。「鉄人」って言われました。僕もよくわからないんですけど、ステージに上がっちゃったら、上がったとたんに忘れちゃいました。お客さんからもらえるエネルギーがお客さんの分だけあるので、そのエネルギーでなんとか持った。

JK:やっぱり特別な方ですね! 

宇崎:知り合いのお医者さんが12人ぐらい2階席にいてくださったんですけど、「もし倒れたらどうしよう」ってコンサートどころじゃなかったそうです(笑)そんなこととは露知らず、僕は好き勝手やってました。ジャンプまでしましたもんね。

出水:奥様も気が気じゃなかったんじゃないですか??

宇崎:いや、またあの人が勇敢というか。切った後「コンサート2週間後だけどどうする?」って聞いてきたんです。「俺はやろうかなって思ってるんだけど」「私もそのつもりだから」って。もちろん心配はしてたと思いますけど、そういうオーラは2週間感じなかった。「大丈夫大丈夫」って。守られてるなと思いました。

出水:素敵なご夫婦ですね!

宇崎:僕が依存してるだけです。結婚して50年ですけど、初めて会ったときに「この人と結婚するんだな」と感じましたから。小さい時からずっと嫁探ししてた、みたいな(笑)だから阿木燿子と恋愛をした感情はあったのかな?と思うんですよね。決められた人が来た、というか。

JK:ピンときた! そういうものなんですね。

宇崎:向こうはそうじゃなかったみたいですけど(^^;)

出水:木梨憲武さん、佐藤浩市さんと共演した「生きてるうちが花なんだぜ」はどういう経緯でできた曲ですか?

宇崎:ずいぶん前の映画の挿入歌だったんですけど、コロナ禍の自粛で何も仕事がないときに木梨が電話してきて「レコーディングしたいので立ち会ってくれますか」って。そしたらレコーディングルームに佐藤浩市がいるんです。「何でいるの?」「いや、あれ俺の曲だから」「いやいや、俺の曲だけど」「いや、もう俺の曲だから」って。みんな言うんですよね、あれは俺の曲だって。桑名正博も。

JK:みんなピンとくるんでしょうね! 私もピンとくるもん。

宇崎:原田芳雄さんの映画の挿入歌として作ったんですけど、まず原田さんが自分のライブで歌うようになった。それでいろんな人が歌うようになって、木梨が歌詞カード持ってきて、赤と青と黒で線を引いて「ここは浩市さんが歌って、ここは僕、ここは宇崎さんが歌って」って。

JK:そんな簡単に?

宇崎:何の約束もしてないのに呼ばれて、なんとなくレコーディングに入っちゃった。「はい、録ります」って。1本しかマイクがないのに、線が引いてあるところを一生懸命歌うだけ。それがレコードになっちゃった。木梨憲武ってそういう人なんですよ!

JK:この間コンサート行ったんですよ、文化会館。

宇崎:僕も行きましたよ! あの時も怖くて・・・「コンサートに来てください」っていつも言われるんだけど、行くと「すいません、ステージ上がってください」って(笑)

JK:私もちょっと思った(笑)前のほうにいらしたから。もしかしたらと思ったんだけど、加藤茶さんが出てきたから・・・

宇崎:加藤さんが出てきたから、もう大丈夫だ!と思ったんですよね(笑)何でもかんでも事後報告なんですよねぇ。事務所を通さない人なんです。だから今度は「事後報告」って曲を書いてやろうかなって(^^)

 

出水:宇崎さんと阿木燿子さんのコンビといえば、ライフワークにもなっている『Ay曽根崎心中』ですね。

JK:見ましたよ、池袋芸術劇場で! フラメンコね。

宇崎:阿木がフラメンコにのめり込んだ時期がありましてね。赤坂でお店をやるようになって、そこで知り合ったご夫婦と「何か一緒にやろうか」という話になって。僕が『曽根崎信重』を文楽と組んだことがあって、その時の音楽を元にはしているんですが、フラメンコのリズムっていうのがあって、「トーマスサイ・トーマスサイ・トーマイトーマイト」っていうリズムに置き換えなきゃいけない。それが大変でしたね。編成も、和ものもあるし、洋ものもあるし、スパニッシュもある。

JK:すごくエキゾチックでした! 衣装も着物風だけど、フラメンコを踊れるようにスリットしてあったり。

宇崎:着物風なんだけど、靴も履かなきゃいけない。だからスリットの入れ方も研究していただいて。

出水:でもフランメンコ好きの奥様から発信してお仕事が始まることも多いんですか?

宇崎:そうですね。阿木は自分に才能がないと思って練習しなくなったんですけど。はまってるときはすごかった! フラメンコって手を頭の上にかざしたりするじゃないですか。でも本当は足が主役なんですよね。カスタネットみたいにリズムを取る。だからハマりこんでた時、トイレで並んでいたら思わず足が動いて、そしたら前の方が譲ってくれたそうです(笑)

出水:そうとうトイレに行きたい人だと思われたんですね(笑)

宇崎:モジモジしてんのかな、とね(笑)信号待ちの時もやったりするんですよ。だから周りの人が「あれっ?」て思うんですよね。家にもフラメンコ用のスタジオを作りました。

JK:でも突然降ってわいたことに、宇崎さんもぽーんと乗るわけですね? 全く違うジャンルの音楽でも。

宇崎:それはすごく面白いですね。自分たちだけのアイデアでなく、いろんな人たちのエネルギーが入って来て、いろんなジャンルが一つの中にまとまるっていうのは、見ていて楽しい。

JK:私もお能との競演をやったんです。お囃子が好きで。なんかやったことないからフレッシュですよね、お互いに。

宇崎:お能もやったことあります! 竜童組っていうグループを以前やってたんですが、和太鼓とかも入れて、ちょっと土のにおいを音楽に入れたらどうかなとトライしたバンドなんですけど、その時にお能の方とやらせていただきました。でも負けます! すごい伝統の元に成り立っている芸術と、ぽっと出の僕らが一緒にやってもああ敵わねぇなって。それがすごく楽しい。すごい挑戦だったと思います。


==OA曲==

M. 生きてるうちが花なんだぜ feat. 宇崎竜童&佐藤浩市 / 木梨憲武

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