ファーストクラスでマサカの演奏会!~中澤きみ子さん

コシノジュンコ MASACA

中澤きみ子さん(Part 2)

長野県上田市出身。5歳からバイオリンを始め、新潟大学卒業後にザルツブルグ・モーツァルテルム音楽院に留学。1991年よりウィーンの仲間たちとヴィーン東京を結成。国内外の演奏活動に加えてコンクールの審査員を務める他、若手演奏家の育成にも力を注いでいます。


出水:どういったきっかけでバイオリンを手にしたんでしょう?

中澤:とんでもない田舎なんです。父がバイオリンを趣味で弾きまして、祖母の代には琴を弾く人がいまして、お正月には父と琴で「春の海」を弾くという行事だったんです。だから自然とバイオリンを習う家だったんだろうな、と。

JK:お父様の夢だったんですか?

中澤:バイオリニストになるのが夢というわけではなく、バイオリンを弾くのが自然だったということですね。田舎ですからバイオリニストに会うなんてこともないので、何になりたいって言っても、「もしかしたら学校の先生かな?」っていう夢しかなかったんです。こんなに長いことバイオリンを弾く人生になるとは思いもかけないことでした。

JK:お父様はバイオリンの学校とか?

中澤:いや、全然。公務員ですから。多分音楽が好きで、自力で勉強して。うちにオルガンがあって祖父が弾いてたりしたから、楽譜は読めた。ですから途中まで行くと父が私に追い付かなくなって、「僕は無理だから、1人で練習しなさい」って言われました(^^;)

JK:でもこんな風になるとはね。すごい親孝行!

出水:中澤さんは音楽大学には進まず、新潟大学へ。

中澤:先ほども申し上げたように、バイオリニストという職業に就くなんて思いつかなかったのと、すごくお金がかかるということ、東京に行かねばならないというので・・・それでも音楽が捨てきれず、だったら国立大学に行って音楽の先生になれば、と思って。バイオリンが弾ける音楽の先生って素敵じゃない?って。ピアノももちろんやったんですけど、バイオリンもやって新潟大学に行きました。

JK:生徒さんからも素敵な方が誕生してますよね。

中澤:生徒はみんなすごいです! みんな私を超えるところまで。自分は藝大出てないですけど、何人藝大いれたかな? それも無理してじゃないんです。私が理想とする音楽というのがあって、とにかく「ヨーロッパから生まれたものだから、ヨーロッパで弾けるバイオリニストになるのよ」ってずっと育てていったんです。だから藝大出た後はみーんなヨーロッパに行って国際コンクールで1位を取っちゃったりする!

JK:まあ、すごい優秀な先生ですね! 育てるってすごいことですよ、それも一流に!

中澤:だから教育学部を出た意味もあったかもしれないですね。育てることも好きです。今でも老体に鞭打って、生徒たちを仕込んでます(笑)

出水:こんなに頼もしい先生もいないですよね(^^)プロとしてデビューされたきっかけは?

中澤:はっきりプロデビューっていうのはないんですけど、室内楽でソロをさせていただいたころだと思うんですが、その後ウィーンの演奏家の方々が主人のところにバイオリンの調整に来まして、主人が「うちの奥さんもバイオリン弾くんだよね」「一緒に室内楽でもどうですか?」「やろうやろう」って話になって、遊びのつもりでやったら「こんな日本人のモーツァルトは聞いたことがない」って言われて。そこから10年越しで彼らと共演が始まり、世界のツアーが始まり・・・突然広がっちゃったんです! イタリアのシチリア島では毎年貴族の方がお城のコンサートを企画してくださったり。思わぬことが出てきました。

JK:イタリアといえばメディチ家の伝統だものね。でもいいご主人と結婚しましたね! バイオリンの修復家ですか?

中澤:ストラドとかみんな直さなきゃいけない。ボロボロなわけですよ、300年も生きてるわけですから。本当にきれいに直すんですよ。「えっここに本当に傷があったの?!」ってくらい。彼のおかげで私は世界にわーっと広がってしまい、マサカの事件も起きるんですよ! 

中澤:主人が修理の仕事でロンドンに飛ぶときに、私は仕事がなかったのでついていったんです。主人は向こうの楽器商からもらったファーストクラス、私は貧乏なバイオリニストだからエコノミー。でも主人が申し訳なく思って、ファーストクラスのお酒とかおつまみをエコノミーまで届けるんですよ! そしたらスチュワーデスさんが「恐れ入りますが何をしてらっしゃるんですか?」と訊くんですよ。そしたら彼もトンチが効くので、「羽田を飛び立つ時に美人の女の子に出会ってね! どうしてもあの子の隣に座りたいと思ってね」って(笑)

JK・出水:ええーっ!!!

中澤:20~30年前だから、私もまだ美しいころで(笑)そしたらスチュワーデスさんが「まだファーストクラスが2席空いてるからどうぞ」って(笑)それでなんと行っちゃったんです! でも私居心地が悪くなっちゃって。「じゃあお礼にバイオリン弾けば?」って(笑)それで機内でツィゴイネルワイゼン弾いちゃったんです。そしたら拍手喝采! 

JK:そういうことはこれからもやったほうがいいですね! 何が始まるかわからないですよ!

中澤:だから奇想天外な主人と結婚したおかげで、いろいろ起きるんです(^^;)

出水:バイオリニストになる方は小さいころから練習して、音楽大学に入ってプロになる、という人も多いと思いますが、中澤さんのように音大に行かずにプロになった方はどのぐらいいらっしゃるんですか?

中澤:ほぼ無に等しいぐらい、いないと思いますね。ただ最近は大学を2つ掛け持ちできるようになったので、少しずつ出てきているようにも思いますが、私も「どこの音大ですか?」と訊かれるとモジモジしております(^^;) でも自分が音楽家になってみて、音大とか普通の大学とかいう枠はないなって。

JK:音大出たからってすべていいわけじゃないわよね。

中澤:簡単に言えば、やっぱり音楽だから、気持ちを込めたものを皆さんに聞いていただくに値する演奏ができれば、それがバイオリニストだと思うんです。

出水:数多くの生徒さんをバイオリニストとして送り出していますが、若手の育成で心掛けているのはどんなことですか?

中澤:無理はしてほしいけど、無理強いはしない、ですね。子供の頃にしか見えないものって絶対あるから。

JK:でも皆さん4歳からバイオリンを始めたりする方多いでしょう?

中澤:そうですね、お母さまが夢を託されたり。でも私は自分が野山を駆け巡ってバイオリニストになったので、講習会は必ず高原でやります。その時にはお母さまに「緑の中で戯れてからレッスンにいらしてください」って申し上げるんです。

出水:走り回らせてからレッスンをするっていうのはどういうことですか?

中澤:自然に触れるってことですね。大人になって自然の描写をしなきゃいけない時に、本当日本人って表現力が不足してる。たとえば雨がざざっと降るのか、しとしと、なのか、さらさら、なのか。それによってテクニックも全然違う。テクニックありきの表現ではなくて、表現のためのテクニックだから、感じなくては表現できない。表現のために今まで習ってきた技を駆使する。それが逆になっちゃったりもする。私はどちらかというと、心が入らない演奏ってできないんですよね。

JK:すべてバイオリンが語るってことですね。

中澤:そうなんです! 気持ちの表現だったり、色合いの表現だったり。

JK:音色も「色」だものね。それには教育者がそういう教育をしないとね。

中澤:私の教育はそうですね、まずは感じて、歌って。「何を弾きたい? 何を表現しようと思って弾いてる?」って訊くと、子供なりに面白いですよ、「ぴょんぴょんウサギがダンスしてる」とかいう感性もあるし、悩んでる子は「暗―いところに沈んでる」とか。丸見え! だから生徒を通じてご家庭まで見えちゃう(^^;)心の模様と、外の自然のもよう、それがミックスしたのが音楽ですよね。

JK:心が育つと、感性も育つわね。

中澤:あとはやっぱりステージに立つには、目立ちたがり屋じゃないとだめです。

JK:そうよね! 隅っこで弾いてもだめよね。

中澤:だめだめ。たとえそれが「キラキラ星」でも、バシーッ!とカッコつけて弾かないと(笑)そういう子には思いっきりステージを踏ませるんです。

JK:バイオリンって1人が多いから、そういう度胸がないとね。いじけてるとダメですね。これからの大きな夢はなんですか?

中澤:そうですね、やっぱり音楽にあふれた世界であってほしい。今こういうご時世で、コロナがあり、戦争があり・・・やっぱりみんなで武器を捨てて、楽器を持って、声を合わせて乗り越えて平和な世の中になり、文化が楽しめる世界になってほしいですね。 




==OA曲==

M.  からたちの花  /  中澤きみ子(生演奏)
 

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