宇多丸『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を語る!【映画評書き起こし 2022.5.20放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。          

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宇多丸:                     
さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では5月4日から劇場公開されているこの作品、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』

(曲が流れる)

ひさびさにダニー・エルフマンが音楽を書いていましたけどもね。そこもね、サム・ライミも帰ってきたし、ダニー・エルフマンだし、っていうことで、ちょっと王道感が久々に、という感じもありますよね。歴代のマーベルヒーローがクロスオーバーするマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)28作目にして、最強の魔術師ドクター・ストレンジの活躍を描くシリーズの第2作。ニューヨークを拠点に活動するドクター・ストレンジの前に、「マルチバース」と呼ばれる多元世界を、移動できる能力を持つ少女、アメリカ・チャベスが現れる。

ある脅威に命を狙われているという彼女を守るため、ストレンジは、スカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフに助けを求めるのだが……ということで。出演はベネディクト・カンバーバッチをはじめ、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、キウェテル・イジョフォーなど前作キャストに加え、エリザベス・オルセン、アメリカ・チャベス役のソーチー・ゴメスなどが加わりました。監督は、トビー・マグワイア版の『スパイダーマン』三部作を手がけたサム・ライミが、久々にアメコミヒーロー物に帰ってまいりました、これということです。

ということで、この『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」。まあさすがにね、MCU最新作にしてサム・ライミ最新作。そりゃ見るでしょ!ってことなんですけど。

賛否の比率は、褒めの人がおよそ4割ちょっと。残り3割ずつが「楽しめなかった」「よいところもあるが、手放しで褒められない」という意見だった。ああ、そうですか。

主な褒める意見は、「MCU作品というよりサム・ライミ監督作品として楽しい」とか、ちょっとね、これはネタバレしたくないので伏せますね。「……ホラー要素などいろいろあって。バトルシーンなどもサービス満点」という。一方でダメだったという方の意見は、「ワンダの描き方が納得できない」「(複雑になりすぎて)マルチバース展開やMCUシリーズについていけない」「もはや独立で楽しめる映画になっていない」などがございました。ただし、褒めている人の中には、「単体で見てもちゃんと楽しめる」という声もありました。

■「これまでのMCUでは見たことの無い映画的演出で楽しませてくれた」

代表的なところをご紹介しましょう。「マイケルJホワイ子」さん。

大傑作です! 本作はドクター・ストレンジの成長譚、アメリカ・チャベスのオリジン、ワンダビジョンの続編の3本がどれもおざなりになることなく全て語られた上、サム・ライミという作家性を余すことなく盛り込んだホラーアクションムービーとして、これまでのMCUでは見たことの無い映画的演出で楽しませてくれました。最近のMCUは、関連作品の鑑賞を前提とした物語構成が多いですが、今回は登場人物の行動や心理のロジックが作品内の描写に基づいて展開されるため、見やすさと分かりやすさを兼ね備えた逸品になっています」。

後ほど言いますけど。たしかに前提になっているいろんなエピソードとか条件はあるんだけど、基本的には、本作で登場人物たちが初めて知ることとか、初めて経験することがほとんどなので、ここから見ても大丈夫なようにはちゃんとなっている、ということですよね。

「これまでのストレンジは、高慢で、犠牲を伴うグレイターグッド(greater good=大儀)を安易に選択するような、ヒーローらしからぬ人物として描かれてきましたが、本作でようやく彼のヒーロー性が露わになりました。人助け、他者を信頼して自分の身を任せること、自らの欠点を顧みて成長することなどがヒーローのヒーローたる所以であり、彼がようやく辿り着いた新境地です。アメリカ・チャベスは本作が初登場ですが、能力の制御、能力を持つが故の悲劇など、オリジン映画の肝を一通り抑えた上で、彼女の真の才能が開花していき、そのメンターは言うまでもなく<彼>であるという、あまりにも隙のない構成に感服させられました。またワンダは能力が強すぎるが故に過去作では持て余されてきましたが、ようやく適切な扱いがなされたのではないでしょうか。彼女の取る行動に対して、“想像していたものと違う”というファンの声もありますが、私の解釈と本作は完全に一致していたので、この部分に批判的な方の意見を是非聞きたいと思います」。コミックでもね、わりとスカーレット・ウィッチって、こういう感じの役回りなんですよね。なのでわりと、ついにスカーレット・ウィッチが本領発揮!みたいなところもあるとは思いますね。

「これほどまでに要素が詰まった作品を、約2時間程でまとめ上げた編集、ダニー・エルフマンすぎる音楽、映画ファンには嬉しいカメオや名作オマージュなど楽しむ方法にはキリがないので、何度も劇場に足を運びたくなりました。時評を楽しみにしています」というマイケルJホワイ子さん。

あとね、「山田花子」さんという方。これ、ちょっと抜粋させていただきますが。褒めてらっしゃってですね。「……色々な読み解きがあるかと思いますが、私は左右対称=マルチバースそのものを演出しているように感じました。自分と自分、世界と世界、似て非なる存在であることを示唆していたのではないでしょうか」という。で、いろいろ書いていただいて。ワンダの着地に関しても、やはりここでもこの構図による見事な結末……彼女を救うのは、マルチバースのまたその対称となる存在だった、左右対称ともいえる構図、ということでね、見事である、というような山田花子さんの読み解きです。これも面白いですね。

一方、ダメだったという方。「タレ」さん。「サム・ライミも魔術も大好きなので、ダークなファンタジアみたいな映像は楽しかった。……けどストーリーは無理すぎて、正直ずっとワンダ勝て! こんな世界は滅びろ!と思いながら観てしまいました。サム・ライミ映画としては楽しめるけど、ヒーロー映画としては楽しめなかったです。友を救おうとしないヒーローに、民を救ってほしいと思えない(ストレンジ先生は好きなのですが…)。ワンダがストレンジに投げかける問いは、わたしが最近のMCUに感じるモヤモヤにかなり近くて、自己言及的だと感じたのですが、結局最後までワンダの問いに納得いく答えが返ってこなかった気がします」という。要するに、あんなに頑張って、いろんなものを犠牲にして世界を救ったのに、私自身は全く報われてないじゃないか、っていうね。

「わたしは、起こっていることの重大さの割に、熟慮や議論がないままアクションが始まり、結局特定のキャラに甚大なしわ寄せを受け止めさせるというMCU構図が嫌いなのですが、今回もそういう傾向があるなと感じてしまいました」。まあ『ノー・ウェイ・ホーム』とかね、「ちゃんと話して!」っていう(笑)。そういう意味では、その全てに絡んでいるドクター・ストレンジ先生とは……っていうこともあるんですけど。ちょっとこれ、ネタバレなので伏せますけども。まあ、ちょっと残酷すぎるんじゃないか、という展開。

「そもそもわたしにはワンダの野望がそんなにまずいことなのかもよくわからなかったし……」。これは一応、劇中のセリフでは明確には言われないけど、ストレンジとワンダの睨み合いからの対決が始まるんですけど、そこの対話の、明快なセリフではないんだけども、「それはダメだろう」っていうことをストレンジが決断して戦いだす、ということは、一応描かれているとは思いますが。

「……『ノーウェイホーム』ではヴィランを治すという概念すら登場したのに、今まで多大な犠牲を払ってきた彼女の人生って、こんなふうに扱われていいものなのか? と本当に悲しくなってしまいました」とか。みたいな感じですかね。他のダメだったという方もやっぱり、「トムトム」さんも「全体的にストーリーがとっちらかってしまっていました」とか。あとやっぱり「ワンダの悲劇と絶望の帰結がこれではあまりにもひどすぎると思います」というようなトムトムさんのご意見なんかもございました。

■MCU作品の中でまあまあデカめの役割を果たすドクター・ストレンジさん。実は公開順が変わっていた

はい。ということで皆さん、ありがとうございます。『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』、私もですね、グランドシネマサンシャイン池袋、IMAXレーザーGT字幕3D。そしてT・ジョイPRINCE品川で、吹き替え2D。2種類で見てまいりました。平日昼はだいぶ見やすくなってる感じなんでね。久々に……もちろん先ほど(金曜パートナーの)山本(匠晃)さんがおっしゃってた4DXとかもありますけど、IMAXでも3D仕様っていうのは、結構久しぶりで。いつぶりか思い出せないぐらい。

特に今回、別次元への扉が開いて、向こう側の世界が見える……で、その中に飛び込んでいくような展開や描写が多いし。あと、後ほど言いますが、いかにもサム・ライミらしいですね、ダイナミックな動きのカメラワークもちょいちょい出てきたりで。たしかに3Dだとより楽しい、というのはあるかもしれません。

ということで、ぜひ皆さん、3Dを……ねえ。「どうせすぐ、ディズニープラスで配信されてしまうんでしょう?」みたいなのはありますが、3Dを味わうためにも、劇場に今のうちに行っといた方がいいんじゃないでしょうか、というのがございます。

ということで、マーベル・シネマティック・ユニバース28作目。2016年『ドクター・ストレンジ』、私は2017年2月18日に評しましたが、あれの続編なんだけども。ただ、このベネディクト・カンバーバッチ演じるドクター・ストレンジというキャラクターは、その一作目こそね、近年のMCUには珍しく、ほぼ完全に独立した1本の作品として成立していましたけども。

その後ですね、このドクター・ストレンジさん、先ほどから言ってるように、MCUの他の作品の中で、まあまあデカめの役割を果たすことが、わりと多めな人でもあって。たとえば『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』、まあサノス二部作で、要は攻略不可能に思える最強の敵サノスを倒すことができる唯一の可能性、というのを、ただ一人知っている存在、ということですよね。今回の『マルチバース・オブ・マッドネス』でも、それゆえに彼が下した選択というものの重み、みたいなものが、そこはかとなく全体にのしかかってもいたりするし。

あるいは『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』……ちなみにこれらは(この映画時評コーナーの)公式の書き起こしが今でも残ってるんで、ぜひちょっと参考にしていただきたいですが。まさにマルチバース(多元宇宙)の扉を開いてしまう、大変重大にして迂闊な大仕事を(笑)、やっぱり担っていたりしましたよね。

要はですね、単独主演作としては二作目だけども、その間にですね、三作分の、しかもわりと今回の『マルチバース・オブ・マッドネス』にも関係してくるデカめな過去、エピソードというのが、累積してもいる。同様に、エリザベス・オルセン演じるスカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフも、特に『インフィニティ・ウォー』と、あとMCU初のテレビシリーズ『ワンダヴィジョン』……これ、始まった時は本当に度肝を抜かれましたけどね。

(それらの作品)内での顛末というのが、やっぱり明らかに、今回のその『マルチバース・オブ・マッドネス』での彼女の行動に、大きな影を落としている、というような流れになっている。ちなみに、実はこの『マルチバース・オブ・マッドネス』はですね、本来は、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』よりも、そして『ワンダヴィジョン』よりも先に、元々は作られて公開される予定だった作品なんですね。で、後ほども言うその製作段階での紆余曲折とか、あとはもちろんコロナパンデミックとかもありましてですね。まあ制作が遅くなり、この順番になった。

で、これはローリングストーン誌のサム・ライミのインタビューによればですね、「本作の脚本が半分か4分の3ぐらい進んだところで、制作中だったこの番組」……つまり『ワンダヴィジョン』のことを「初めて知り、内容をすり合わせる必要があると聞かされた。それでストーリーの流れやキャラクターの成長具合に間違いがないよう、『ワンダヴィジョン』のストーリーもチェックしなくてはならなかった。私自身、『ワンダヴィジョン』を全部見たわけじゃない。映画の筋書きに直接影響すると言われたエピソードの重要な場面しか見ていない」という風に言っているぐらいなんですね。

また、同じインタビューでは、撮影が進んでる間も、脚本のマイケル・ウォルドロンさん……この方、MCUではドラマシリーズの『ロキ』。これも多元宇宙物ですね。『ロキ』に抜擢されています。元は『リック・アンド・モーティ』っていうアニメ、ありますけど、あれの製作とか脚本の方ですね。ですけども、マイケル・ウォルドロンさんが、撮影中も最後の仕上げをまだしていた、ぐらいの感じで。脚本がまだ完成してなかったとか。

あと、なんと2022年早々にですね、ストーリーをわかりやすくするために、撮影をやり直したところがあるとか。ついさっき!ですよね、だから。なので、その話を聞くと、なかなかギリギリの綱渡り的進行だった、ということが語られてもいるっていうことなんですけど。

■ここに来て「サム・ライミというカード」を切る重み。それだけ製作側が追い詰められていたのかも

とにかく話を戻すと、本作『マルチバース・オブ・マッドネス』ではですね、さっき言ったようにサノス二部作と『ノー・ウェイ・ホーム』『ワンダヴィジョン』、さらに参考という意味では、ディズニープラスで見られるアニメシリーズ『ホワット・イフ...?』などですね、前提となるお話が、結構積み重なった先、ではたしかにある。

ただ、一方でですね、先ほど引用したような、その監督であるサム・ライミ自身がですね、そこまで全てを把握して作ってるわけじゃない、という状況なども含めてですね……極端な話、やっぱりMCUを一切知らずに本作からいきなり見ても、もちろんそのちゃんと「まあ、そういうことなんだろうな」という風に類推・理解はできる、そして十二分に楽しめるような作りには、もちろんちゃんとなっている。どころか、先ほどもちろっと言いましたけど、登場人物たちも実は、本作で初めて知ること、体験することがほとんどな話なので。むしろ比較的、単体で成立してるところ多めな一本じゃないかな、という気もします。たとえば『シビル・ウォー』とか『(エイジ・オブ・)ウルトロン』みたいな、ああいう累積感とはちょっと違う気がしますね。

そしてこの、あくまで観客フレンドリーな、その「見やすい」作りというもの……ダークだったり、マニアックだったり、個性的だったりするところもしっかりあって、うるさ方も全員納得させつつ、同時に、万人に開かれたエンターテイメントとしてのバランスやサービス精神は失わない、という。この言わばですね、作品としての「親切さ」みたいなものはですね、やはり今回、満を持してアメコミヒーロー映画にまさに「帰還」したサム・ライミという監督の、持ち味そのものでもあるように私には思えます。

もちろん一作目の『ドクター・ストレンジ』ね、あれはスコット・デリクソンさんという方自ら、ビジュアルコンセプトなどのプレゼンを行い、見事その監督の座を勝ち取り、実際に、本当にクラクラするような騙し絵感覚……元々そのコミックのドクター・ストレンジの人気の源泉だった、トリップ感覚ですね、言っちゃえばね。まあドラッギーな感覚ですよ。トリップ感覚を映像化することに成功した、というこのスコット・デリクソンさん。僕の表現で言うと「毎回『エクソシスト3』をやっている人」っていうね(笑)。ホラーが多い人ですけれども、その功績というのは、やはり計り知れないと思います。偉い人だと思います。本当にね。

なんだけど、まあマーベルスタジオとのいわゆる「創造上の相違」で降板し、本作では製作総指揮にクレジットされるのみとなったと。で、その後に、面白いのはこれ、インターネット・ムービー・データベースによればですね、監督候補として動いた人たちが、アリ・アスター!とかですね。あと、『ドクター・スリープ』のマイク・フラナガンとかですね。あと、あの『ババドック』とか『ナイチンゲール』のジェニファー・ケントさんとかですね。とにかくやっぱりその、ホラー、それも結構とがったホラーを作るような感じの人たちに、声をかけたりとか、動いたりしてたみたいですけど。

最終的にはやっぱり、なんとなんとサム・ライミ!とアナウンスされたこの時の、驚きとアガりっぷり、ってことですよね。サム・ライミ、長編映画製作はなんと、2013年の『オズ はじまりの戦い』以来だし。これ、ご本人があちこちのインタビューでも言ってる通り、やっぱり『スパイダーマン3』の大不評……それもその、スタジオの言うことを半端に受け入れてしまったがゆえ、という風に自分自身もわかっている、という。これは悔しいよね! 大変に忸怩たる思いゆえに、アメコミヒーロー映画からは遠ざかっていたサム・ライミが、ついにMCU初参戦。

『スパイダーマン4』で本当は挽回したかったんだけど、それはチャンスがなくて、リブートされて、っていうことみたいですけどね。MCUに初参戦。で、言うまでもなく彼こそは、現在に至るアメコミヒーロー物の興隆のその決定打を、『スパイダーマン』で放った功労者だし。もっと言えば、世界中にその一大センセーションを巻き起こしたデビュー作『死霊のはらわた』。これ、1981年なんですね。すごいよね。81年であれを撮っちゃう。『死霊のはらわた』の時点から既に、コミック的な感覚というのを映画にうまく持ち込んだ、本当に開拓者でもあってですね。

なおかつ、さっき言ったようなギリギリの制作進行スケジュールの中でも見事に超大作をまとめ上げる、技量と経験ですね。そして、実はここがデカいと思われますが、「人柄」ですね。どのインタビューでも本当に、人柄が褒められる、という。それも完璧に備えられているという。人徳もある!っていうね。要は、「サム・ライミがやってくれるなら間違いない!」という信頼感が、MCU側にも、そしてもちろん観客側にも、完全にある状態、っていうことですよね。

思うに、『スパイダーマン』で働いてた時はまだまだ若手だったケヴィン・ファイギが、いろいろ、いろんなことをやった果てに、(ついに再び)サム・ライミに声かけるか!っていう。そのカードを切るって、この重みですよね。だから逆に言えば、それだけ追い詰められていたんだろう、と思うんですね。今回の製作はね。

そして、実際に出来上がったこの『マルチバース・オブ・マッドネス』はですね、さっきから言ってるような厳しい制作条件などは、正直、微塵も感じさせない。

普通は「ああ、ここ、ちょっと足りなかったんだろうな」「ここは時間がなかったんだろうな」っていうところが散見されて、当然なのに。やっぱりサム・ライミはですね、もう『死霊のはらわた』、出だしの時点から、何もない、全てが足りないところから始めてる人なので。やっぱそういうのがちゃんとできるんでしょうね。マネジメントというかね。そういう条件の悪さは微塵も感じさせない、堂々たる一大娯楽作品に、ばっちりまずは仕上がっていると思います。はい。

■サム・ライミ監督のサービス精神と「ネアカ」さがプラスに働いている

素晴らしいのはですね、これは既に多くの映画ファンが指摘しているところだと思います、メールでもそう書いてる方が多かったんですが、本作……もちろんMCU内の一作、『ドクター・ストレンジ』の続編としてちゃんとピースがはまっている、ってのはもちろん、これは最低限求められる仕事なわけですけど。それと同時に、これはおそらくサム・ライミらしいバランス感覚、つまり、「とはいえわざわざ私がMCUに参戦するということは、皆さん、こういうテイストを期待されてもいるでしょう?」というような、サービス精神の賜物でもあると思うんですけど……とにかく「思いっきりサム・ライミっぽい!」映画にもちゃんとなっている、というところが、本当に嬉しくなってしまうあたりだと思います。これは皆さん、思っているよりもえらいことですよ。やっぱりね。

要するに、ちゃんと求められる条件は全部クリアした上で、自分の色もがっつり入れて、一見好き放題やってるように見せる、みたいな。すごいバランス感覚だと思いますけど。ある意味その『死霊のはらわた』や、これまた大傑作、私は2009年12月5日に評しました『スペル(Drag Me to Hell)』などと、やってることは変わらない、ともいえるわけです。呪いの書が出てきますしね。死者の書みたいなのが出てきますよ。まさしく死霊も出てきますし。『死霊のはらわた』の「シェイキーカム」ばりのショットも入ってきたり。

お得意のその、ケレン味たっぷりな、もうすごい急激なガッ!ていうズームであるとか。劇画タッチの、もう大げさなオーバーラップであるとかね。あと、あの劇伴の楽しくベタな使い方……もうぬけぬけと「ドゥーン!」みたいな(笑)。鏡に、ガラスに顔が映っていて、「ドゥーン!」みたいな。そういうことを平気でやるとか。あと、アイリス・イン、アイリス・アウトという、非常にクラシカルなね、そういう映像、編集の場面の切り替わりなんかもやってたりとか。

あとは、やたらと「目玉」にね……目玉のアップみたいなのにこだわるとか。その目玉も含めてね、非常にパルプ的なモンスターのデザインであるとか……まあ、コミックスのまんまでもあるんだけど。言ってみれば、非常にホラーなんだけど、楽しい、アガる、祝祭感がある、こういう感じですよね。ホラーなんだけど、楽しい。血みどろなんだけど、ユーモラス。死人に取り囲まれてるけど、なんかアガる!みたいな。この本作『マルチバース・オブ・マッドネス』も、起こってることそのものは、冷静に考えると結構悲惨ですよね。無残に亡くなってる方も多数出る話です。

そしてやはり、そのとあるキャラクター……まあ言っちゃいますけどもワンダの結末も、非常に悲劇的だったりします。でも、どこか暗くなりすぎない、重くなりすぎない、というかですね。そんなサム・ライミ映画ならではの、「根の明るさ」ですね。「ネアカ」って言葉、昔からありますけど。本当、ネアカなんだと思うんですよ。ネアカなホラー。で、やっぱりそれは、彼の「人徳」のなすもの、というかですね。人徳めいたものが、少なくともエンターテイメントとしては、僕は大変プラスに働いている、という風に思います。はい。やはりバランス、サービスの人だな、という風に思ったりします。

■「ちょっと違うニューヨーク」描写やエンドロール後のおまけ映像まで、嬉しい見どころ満載

言うまでもなくですね、予告などでも一部見られる、ドクター・ストレンジといえばやはりここ!な、ドラッギーな感覚爆発のね、文字通りの「トリップ」ですね。トリップシークエンス……あの、ガーッと顔が細切れになるとか、あれはコミックでも出てくる絵面ですもんね。とか、特にそのIMAX 3Dで、「その中に飛び込んでいく」ような感じ、めちゃくちゃ堪能できますし。

あと、我々が知るのと、ちょっと、もしくは激しく違う、他の多元宇宙内の現実たち……たとえば、非常に美術が素晴らしい、「ちょっと違うニューヨーク」とかね。すごい見事なものですよね。あと、ネタバレしたくないので何も言いませんが、「ああっ、そう来る?」なサービス満点ぶりというか、「その人、そう使う?」な贅沢ぶり、みたいな。それも当然楽しいですしね。

新キャラクター、ソーチー・ゴメスさん演じるアメリカ・チャベス。彼女を巡るエピソードはちょっと、まあ言っちゃえば『キャプテン・マーベル』のクライマックス的なカタルシスも、ちゃんとありますよね。「若者をまっすぐ描く」というのもサム・ライミ、非常に上手いので。なんか変にいろいろグジグジせずに、まっすぐ描く、というね。若者の一番輝かしい部分をまっすぐ切り取る、みたいな、こういうところもちゃんとできてたんじゃないでしょうか。

あとは今回、おまけ映像が二箇所、つきますけども。一箇所目はこの先(のMCU作品)に出てくる、「ああ、この人が出るんだ!」みたいな話ですけど。特にあの、最後にね……なのでぜひ皆さん、席を立たないでいただきたい。今回はエンドロール、最後の最後につく後日譚……この手の仕掛けの中で、一番、笑いました! 僕だけじゃなくて、場内本当に、一斉に吹き出してました。「プーッ!」って。そして、こここそまさにサム・ライミ印!のところで。また最後の最後まで嬉しかったですよね。

■超一流役者たちをフィーチャリングした意味がある「会話」シーン

でですね、先ほどから言ってるような、たとえば批判される方も多い、「ちょっとワンダがかわいそうなんじゃないか?」みたいなところ。ただ、先ほど僕がメールを読む時にも言いましたけど、たとえばドクター・ストレンジとワンダの対立が決定的になる、そのくだり。そこでストレンジが、「多元宇宙のそっちの世界に行ったとして、元々いた方のワンダ……つまり、その世界の子供たちのお母さんは、どうなるの?」と言う。そこから二人が、ちょっと表情が変わって。

要するに、そこでやっぱり決定的によくないことをするんだろうな、と。で、この「間」があって……要するにですね、MCUがやっぱり優れてるのは、こういうところに、超一流役者をフィーチャリングしてるので。ベネディクト・カンバーバッチ、そしてエリザベス・オルセン。この二人の芸達者が、表情だけで会話してるわけですよ。

で、やっぱり「なら許せん! だろう? だからダメなんだ!」っつって戦いが始まるわけです。だから、話し合いは今回も例によって、足りてませんよ(笑)。もちろんね。話し合いは例によって足りてないんだけど、ここはやっぱり演技巧者の、ちゃん深いニュアンスの演技と、編集の妙でですね、「会話」にはなってるというか、その果てに決裂!という。で、その決裂の瞬間、戦いが始まる!という、その(編集)リズムが、すごくやっぱりちゃんとグッとくる感じになっている、という風に思いました。

■さまざまなハードルもクリアした上で、みんなが楽しめる見事な一本になってる。チケット代、安いな!

あとは、マルチバース展開もですね、単にその二次創作的なキャッキャキャッキャ、という面ももちろんなくはないですが、やっぱりテーマ的な部分でですね、先ほどメールにもあった通り、その左右対称の画面に対する、自分にとっての対称物、みたいなところで……要は、自分という人間の中に元々内在する、いろんな要素。それがより良くなる可能性、より悪くなる可能性、破滅してしまう可能性、あるいはうまくいく可能性、いろいろあるわけだけど、とにかく自分の中にある要素を、どう自分のこの世界で生かしていくのか?は、やっぱりそれは、己の問題だし。

でもそこで「独りだ独りだ」って言ってるけど、ちゃんと周りに人がいるじゃないか、っていう。いろいろつらいことはあるけど、一緒に苦しむ仲間がいる、みたいなことを言いますよね。なんかそこの着地は、おそらく、さっきから言ってるサム・ライミさんなりの、ある意味人生論であり仕事論、っていうか。というような、なんかそういうメッセージもあって。僕はすごく、着地としては素敵だな、という風にも思いましたけどね。

あとは、『ノー・ウェイ・ホーム』のエンドロールでも描かれた……マルチバース展開っていうのはある意味、「君は独りじゃないよ」っていうメッセージかもしれないしね。ということですね。

ということでですね……いろんな人が関わってる作品なんですよ。特にMCUなんてね、めちゃくちゃいろんな要素があるから、やっぱりそれをまとめあげる、「マエストロとしての監督」の役目……全方位的に諸々のハードルをきっちりクリアした上で、見事にちゃんと、こんな話なのに、比較的みんなが楽しめる、万人が楽しめる作品に仕上げていて、なおかつ自分の色もちゃんと込めて、という。全方位的にクリアした、見事に楽しい一作に、僕はなっていると思います。

チケット代、安いな!と思いながら、本気で思いながら見ておりました。まあIMAX3D、ドルビーデジタル3Dで見られるうちが、おすすめじゃないでしょうか。あと、吹き替え2Dもむしろ、その情報量みたいなものを整理して見れたんで、それもすごくよかったです。はい。ということで、ぜひぜひ、こういう映画はやはりね、劇場でかかってる時に、スクリーンでご覧ください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 現在は宇多丸が強制的に1万円を払ってガチャを2度回すキャンペーン中 [ ※貯まったお金はウクライナ支援に寄付します ]。 一つ目のガチャは『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』、そして二つ目のガチャは『マイスモールランド』。よって来週の課題映画は『マイスモールランド』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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