宇多丸『ハッチングー孵化ー』を語る!【映画評書き起こし 2022.4.29放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。          

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宇多丸:                  
さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では4月15日から劇場公開されているこの作品、『ハッチング 孵化』

(曲が流れる)

少女が見つけた謎の卵の孵化をきっかけに起こる恐ろしい事件を描いた、フィンランド製ホラー。絵に描いたような幸せな家庭に暮らす12歳の少女ティンヤ。しかし実際には、理想の家族を作り上げることに夢中の母親のために全てを我慢し、自分を抑えるようになっていた。ある夜ティンヤは、森で奇妙な卵を見つけ、家族に内緒で孵化させるのだが……。主人公ティンヤ役はオーディションで選ばれたシーリ・ソラリンナさん。1200人のオーディションを勝ち抜いてきた方、ということらしいですね。

監督は、今作が長編デビューとなる女性監督ハンナ・ベルイホルムさんです。(BGMに反応して)この音楽も……劇中で出てくるあれは、フィンランドの子守唄なんですかね? なんかそれをモチーフにしてたりして、それも面白かったですね、なんかね。すごい子守唄が、不吉なんですよね。日本もそういうところ、あるかもしんないけど。で、その内容がまさに、孵化させるそいつのあれともちょっとリンクしてるような感じで。不気味なものを醸し出してましたね。

ということで、この『ハッチング 孵化』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。これ、すごいですね。公開規模がそんなに大きいわけじゃないのに。さすが、リスナーの推薦枠で当たっただけのことはある。

賛否の比率は、「褒め」の人が8割。主な褒める意見は、「思春期少女ホラーの新たな傑作!」「思春期の少女特有の心身の問題や、母親から受ける無意識の抑圧など、テーマがわかりやすく伝わってくるのがよかった」「北欧らしく建物やインテリアがかわいい」などがございました。

一方、ダメだったという方のご意見。「展開や描写が物足りない。もう少しそれぞれのエピソードや登場キャラの動機などに説明がほしかった」とか。あとですね、演じてらっしゃるシーリさん自身が、この作品の(撮影)時点で12歳で。これ、パンフによると、たぶんフィンランドの法律もあるんですかね、12歳ではまだホラー映画自体、その年齢では見ちゃいけないっていう、そういうことらしいんですよね。そういう中で、これだけちょっと、エグめな場面もあったりするんで……もちろん、(子役を使うに当たって撮影時の)いろんな配慮はあるとは思いますが。実際に出来上がった作品とかを本人たちが見た場合の、いろんな影響とかが心配である、というような、そんなご意見をいただきました。

■「主人公の抑圧された感情=“アッリ”が、母の理想世界を維持するために機能している点がユニーク」

代表的なところをご紹介しますね。ラジオネーム「ハヤシカズキ」さん。

「『抑圧的な世界で抑え込まれていた感情が爆発して大惨事』といった内容ですが、本作でユニークなのは、主人公ティンヤの抑圧された感情、つまり、“怒りや攻撃性、悲しみ”を体現する存在“アッリ”(水鳥という意味)が、母の理想世界を崩すのではなく、維持するために機能している点です。本作でオマージュのあった『キャリー』のように、母を殺して解放を目指すのではなく、母の理想を体現した先の幸福を求めようとするのです。

例えば、母親の浮気相手であるテロは大工、何かを“修理”する人なので、ティンヤが“壊れている”事が分かる唯一の存在です。なので、彼があっさり退場してしまったのは、『えっ、お前そこで出番終了?』となったのですが、それがティンヤ=アッリの本意では無かった、という事でしょう。SNSの描かれ方も興味深かったです。母親は日々SNSで動画をアップしているようですが、外側からの評価は描かれず、ご近所からの評判や世間体という部分も描かれません。それは彼らにとってどうでもいいからです。この母親においては、キラキラ生活をずっと続けていないと幸福足り得ないという恐怖感/焦燥感を持っていると思います。

更に面白いのが、理想世界を壊し始めるのが、ほかならぬ母だという点です。この世界で圧倒的な権力を握っている母ですが、途中から理想家族の旗振り役を放棄して、自らの幸せにより主眼を置くことになります。「母の理想の達成=幸福」の図式が内面化されているティンヤにとって、母の浮気現場を目撃した直後にアッリが孵るのは必然でしょう。アッリは綻びの見えた理想世界を正すために産まれたとも見えます。

ラストでアッリがティンヤに取って変わる描写にしても、これまで理想世界の支配者だった母親が、最早リーダー足り得なくなったために、その立場にとって代わって、アッリがより積極的に理想を推進していくのだ!!  という風に考えられます。その他にも、第二次成長期の何とも言えない“気持ち悪さ”も自然に盛り込まれていたりと、要所に色んな意味がてんこ盛りで、90分でまとまっているのが素晴らしいです」というのがありました。

あとですね、この方。「やすあにぃ」さん。

「最初に結論ですが、大絶賛です。僕はフィンランドが少々話せます。本作ぐらいの会話でしたら少なくとも半分強は字幕なしで理解できました。原題の『Pahanhautoja(パハンハウトーヤ)』ですが、Pahan(パハン)hautoja(ハウトーヤ)の部分に分けられて、前半が“悪い”とか“邪悪“という意味で、後半は“保育器”もしくは“墓”という意味です」。面白いね。保育器、もしくは墓って。

「“死”と“生”を象徴する単語がひとつになっていて、本作においてもその結末がタイトルの時点で既に暗示されています。あの自己中な母親、その母に無関心・無干渉になることで生き延びる父親、母に甘える弟などの中で、次第に病んでいくティンヤをシーリ・ソラリンナさんは演技初挑戦で見事に演じきったと思います。ティンヤが溜め込んでいた悪意を糧に成長するアッリという構造は、実際にとある形で表現され、さらにそれは雛鳥の習性にもあってる、という完璧なフード描写にもなっていますね」ということですね。

一方ですね、ちょっとダメだという方。「モグリの自営業」さん。

「(前略して)……キモい……キモ過ぎる……なんだこれ。そしてなんのカタルシスもなく終わり、っていう感じでした。この映画のネタ元をあたったりとか、あるいは深読みして味わうとか、シンプルにジャンルものとしてオエ~と思いつつ楽しむとか、色々あるのでしょう。しかし、あくまで個人的感想としては観る価値はほとんどなかったです。もう少し冒頭のカラスに対する母娘の行動との因果や、生物としての謎にふれてくれたらよかったし、赤ちゃんの展開は半端にも思えます」という。

あとですね、「パエリャでたまごかけご飯」さんは、「『ハッチング 孵化』、“トガっている”とか、“グロテスクであるが考え抜かれてる”という言葉で手放しで称賛してはいけない作品だと思います。本作は女性監督による作品ではありますが、撮影当時に12歳だった女性に対して、あまりにも負担の多い作品だと思います。撮影環境はブラックではないかもしれませんが、実際に映像として残ってる内容があまりにもキツいです……」「……トガった作品や、悪趣味な作品が一概にダメというのでなく、少年・少女がグロテスクな場面のある映像に関わることについてもっと考えなければいけないと思います」というようなご意見です。ありがとうございます。

■ハンナ・ベルイホルム監督は「人間ドラマ的なテーマ」を「80年代ホラー映画風」に描くのが特徴

ということで『ハッチング 孵化』、私も新宿のシネマカリテで2回、見てまいりました。平日昼でまあまあ、どちらも入ってましたかね。

フィンランド映画、この映画時評コーナーでは初ですし、監督のハンナ・ベルイホルムさんという方もですね、本作が長編デビューということで、あんまり情報が豊富ではないんですが。これまでずっと短編映画やテレビシリーズを撮ってこられて、特に2018年に撮られた15分の作品で、『Puppet Master』というのが、あちこちの、世界中の映画祭で評価されて。これがきっかけとなったんですね、長編デビューのね。

これ僕、現時点では申し訳ない、予告しか見られてないんですけど、それだけでも、今回の『ハッチング 孵化』に直結する要素を、はっきり見いだせる作品で。あらすじを言いますと、ある孤独な女性が、人形使い……人形を自分で作って人形劇的なことをやっている人形使いの男性に愛されたいがあまり、彼に人形として扱われることを望み、受け入れる。しかしやがて、それでも彼の関心が失われかけた時に、その「人形」は、彼を我が物にしようと自ら動き出すのであった……みたいな話で。予告では、本当に楳図かずおさんのあの名作『ねがい』ばりに、不気味な人形が動き出して襲いかかってくる場面なんかも描かれていて。

とにかくその、支配/被支配の相互関係、権力構造という、本来心理劇的、人間ドラマ的なテーマを、同時に、あくまで具体的なクリーチャーとして描かれる、そのモンスター的な分身……そのホラー的な暴走、惨劇、というですね、極めてジャンル映画的な形で語ってみせる、という、まさに今回の『ハッチング 孵化』と直接連なる要素満載の作品でもあるように、予告を見るだけで明らかに思われたわけですね、監督のハンナ・ベルイホルムさんの出世作『Puppet Master』という作品ね。予告だけだったらたぶん、Vimeoとかで簡単に見れますんで、ぜひ皆さん見てみていただきたいんですけど。

それで今回の『ハッチング』も、まさにですね、欺瞞と虚飾に満ちた「幸せごっこ」が崩壊していくという、いわば「家族という地獄」物……わけてもお母さんの娘に対する抑圧・支配、それと裏腹に進行していく娘側の成長・変化、そのヒリヒリした軋轢、というですね、それ自体は現実にもあるような、リアルで切実な心理劇、人間ドラマ的なテーマであるわけなんですけど。それを同時に、その娘の分身的存在というのをですね、あくまで具体的なクリーチャーとして、それこそアニマトロニクス……人形を機械じかけで動かしたりするアニマトロニクスや、特殊メイク技術を駆使して、はっきり画面に映してみせる。非常にアナログな技術で、クリーチャー的なその分身を、メタファーとしてというよりも、はっきりモノとして映してみせている……思いっきり80年代ホラー映画的な手法で、メタモルフォーゼであるとか、アクションっていうのを描写してみせる、というね。

要は、重々しい、リアルな……言っちゃえばそのアート映画的なテーマに対して、わりと俗っぽく振り切ったジャンル的な語り口でアプローチする、というそのバランスが、まあ独特といえば独特な一本、という風に、この『ハッチング 孵化』は言えるか思います。で、重いテーマを、思いっきりジャンル映画的に振り切ったやり口でちょっと俗っぽく語ってみせる、というこのバランスは、先々週に扱いました『シャドウ・イン・クラウド』とも、ちょっと重なるようなスタンスかもしれませんよね。

■多くの他の過去作品を連想させられる映画。ジャンルを横断していくような楽しさも

もちろんですね、たとえば「思春期少女の成長・変化を、特に母親との緊張関係を背景にホラー的に描く」という意味では、先ほど出ましたね、『キャリー』がモロにそうですし、『エクソシスト』も……(今回の『ハッチング』も)後半なんか、すごく『エクソシスト』っぽいな、っていうところがいっぱい出てきますし。先ほど、番組のオープニングの方で話した『RAW 少女のめざめ』なんかも、その内に入ってもいいかもしれない。あとはですね、ロバート・レッドフォード監督作品『普通の人々』のような、いわばその「欺瞞家族」物、ですね。『アメリカン・ビューティー』でもいいですよ、『葛城事件』でもいいですよ。欺瞞家族物っていうかね。

それをホラーのアプローチで描いた、という意味では、これもちろん『ヘレディタリー/継承』なんかも思い起こさせますし。あとは当然、子供がモンスターを匿って、それを養う……という、『フランケンシュタイン』から始まる一連の系譜ですよね。もちろん『E.T.』っぽいところもありますよね。『フランケンシュタイン』から『E.T.』に至る系譜とか(※宇多丸補足:放送時はうっかり言い忘れてしまったのですが、ここにさらに『少女の思春期的成長とのシンクロ』が濃厚に絡んでくるという意味で、『ガメラ3』のイリス幼体も個人的には強く連想しました)。あと、人間と非人間の境目にいるようなクリーチャーが、ニチャニチャグチャグチャドロドロとした粘液とともに……奇妙なエロスさえ醸し出す生々しい生物感とともに描かれる、というのはこれ、監督自身影響をはっきり認めている、デヴィッド・クローネンバーグ的な感覚。

わけても『ザ・ブルード/怒りのメタファー』ですね。(本作は特に)『ブルード』っぽいですね……『怒りのメタファー』っていうけどあれ、「メタファーじゃない」ところがすごいんですけどね。メタファーでも何でもないだろう。モノじゃねえか!っていうね(笑)。『ザ・ブルード』とかにも連なるものだったりとか。あと、そのクローネンバーグの影響も非常に大きい、僕はこれ、大好きですね、ヴィンチェンゾ・ナタリ『スプライス』。これ、2011年1月15日に私、この映画コーナーで評しました。『スプライス』とか。

あと、それこそ日本の漫画、楳図かずおさんの『赤んぼ少女』のようにですね、最初はどう見てもモンスターにしか見えなかったような存在が、おしゃれを施されることで、不意に一人の女の子として、画面内で立ち上がってくる、というこの居心地の悪さというか……みたいな瞬間も、この作品では用意されていたりとかですね。あと、最終的には、ジョーダン・ピールの、特に『アス』ですね、『アス』的な、変形ドッペルゲンガー物というかな、そんなような域にも入っていく、というような感じで。

とにかく要は、先ほど「ジャンル映画的」という風に一口で言いましたけど、その主人公の少女ティンヤが密かに育てるこのアッリという、(その名称自体が指すのは)水鳥の一種らしいんですけども、アッリと呼ばれるそのクリーチャーの成長・変化に伴って、そのジャンル映画って言うんだけど、ホラー映画的なんだけど、そのホラー映画の中でも、そのジャンル内ジャンルをどんどん移行していく……で、見ていくうちに「ああ、今度は“そっちの映画”になっていくんだ! 今度はそっちですか!」みたいな、そういうジャンルを横断していくような感覚、というのが、本作の楽しさのうちではあるかもしれませんね。

端的に言って、すごく多くの過去の他の作品を連想させられる映画なのは、間違いないと思いますね。

■アニマトロニクス+特殊メイクで充実の80年代ホラー的描写。ただ惜しむらくは……

で、特にやっぱりですね、先ほども言ったように、アニマトロニクス……これを手掛けているのはグスタフ・ホーゲンさんという方。最近で言うと『スター・ウォーズ』のシークエル三部作とか、『プロメテウス』とか、あと『ジュラシック・ワールド』もやってるらしいんですけどね。グスタフ・ホーゲンさんという方によるアニマトロニクス、機械仕掛けの人形とか。

あと、コナー・オサリバンという方。この方、『ダークナイト』とか『プライベート・ライアン』とか、あと『めぐりあう時間たち』……あれでもアカデミー賞にノミネートされてますね。あとは『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』とかのコナー・オサリバンさんによる、特殊メイク……この特殊メイクっていうのはだから、たとえばリック・ベイカーとか、そういう人たちが積み上げてきたような技術の、特殊メイクですね。

なので、アニマトロニクス+特殊メイクというですね、あえてアナログ技術を駆使した……CGはほとんど使ってないそうなんで。非常に、優れて80年代ホラー的、あるいは80年代SF映画的な手法が、なんならさっき言ったようなですね、非常にリアルで重いテーマや物語みたいなもの、そのアート映画的な重みを、グイグイと逸脱する勢いで(笑)、とにかくやたらと充実しているわけですよ。80年代ホラー的な描写が。で、そこが楽しい!っていうのは間違いない映画ですね。今どきこんなに特殊メイクとアニマトロニクスで見せていく映画って、ないと思うんで。

たとえばその、序盤。鳥でもあり、胎児でもある、というような……そういう意味では『イレイザーヘッド』的とも言えるような、気色悪いけど不憫!っていうかね、みたいなこの存在感は、やはり目が離せないですよね。気持ち悪いんだけど、でも弱い、守ってあげないといけない存在でもある、というような。特にですね、そのティンヤがアッリに、図らずも結果的に「餌付け」をしたことになる、あのくだり……皆さん、ここをもって(金曜パートナー)山本(匠晃)さんにおすすめしたんだと思いますが(笑)。

当然、これは実際の鳥類の生態を踏まえたものでもあるわけですけど……ここも、とにかくそのあるショットなんか、正視に耐えないほど気持ち悪いんだよね。気持ち悪いんです。思い出したくもないぐらいなんですけど、同時に、「ああ、この自分がフィードしてあげることでしか、この世界を生きていけない存在なんだ」っていうその不憫さ、あと、ちょっとした責任感ですよね。「何とかしてあげないと」っていう。それが、チクリチクリと切なく胸を刺してくるようでもある、という感じ。

しかもそれが同時に、思春期の少女・ティンヤ側にとっては、摂食障害のメタファーにもなっていて、非常に物語テーマ的にも厚みを加えてもいる、ということで。気持ち悪いけど不憫だし。同時にその主人公というか、テーマ性の厚みもなっている、という、まさに本作のひとつの白眉とも言えるようなショット。これがさっき言った、正視に耐えないショットなんですね。ご飯どきには見ない方がいいと思いますね(笑)。

ただですね、非常にそのアニマトロニクスとか特殊メイクで楽しませてくれる作品なんですが、これは惜しむらくはというか、ないものねだりかもしれないけど……最初はね、鳥と人間、8:2なんですよ。鳥が8、人間が2ぐらいの状態だったのが、中盤では逆に、鳥が2、人間が8ぐらいの感じ。「第2形態」に変わっていくわけですね。そのぐらいのバランスになっていくんですけども。

そこの、その鳥と人間が8:2から2:8になっていく変化のプロセスをこそ、やはり80年代リック・ベイカーばりに、それこそ『狼男アメリカン』とか、『ヴィデオドローム』の時のリック・ベイカーばりに、まさにその具体的なメタモルフォーゼの過程として、ワンショットとかで見せてほしかったんですよ。グニグニグニグニと体が動いたり、骨格がゴゴゴゴゴッてなったりするところをこそ、見せないと。こういう試みをやるなら。そこがだから、ちょっと惜しいなというか、惜しむらくは、っていうところではありましたね。

■ホラー場面の演出は凡庸、だが「欺瞞家族物」としての不穏さには冴えが見られる

あとですね、これは惜しいというか、前述したような「わりと俗っぽく振り切ったジャンル映画的アプローチ」ゆえのことでもあるので、まあ「良くも悪くも」と言うべき部分かもしれませんが、じゃあとにかく良くも悪くも、ホラー演出に関しては正直、ベタ以上のものはないっていうか、そんなにキッレキレとかではないです。そこまでフレッシュな表現は見られない。わりとよくある表現に止まっちゃってる。どころか、たとえばわりと無造作に放り込まれるモンスターの主観ショット……モンスターの主観がワーッと動いていって、獲物みたいなところにワーッと近づいていく、みたいな、まあどっちかというと垢抜けない語り口みたいなものも、ぶっちゃけ目立つんですね。そのホラーの描写に関して言えば。

その意味ではですね、それこそアリ・アスターとかジョーダン・ピールみたいな近年のキレッキレな新世代ホラー、『イット・フォローズ』とかも入れてもいいかもしれませんけど、ああいうキレッキレの新世代ホラーの傑作群と比べると、ちょっと映画としては一段落ちるかな、という風には言わざるを得ないところかなと思います。あるいは北欧ホラーとして、『ぼくのエリ 200歳の少女』とか、あとは『ボーダー 二つの世界』とかを挙げるパターンもあるかもしれませんけど、その二作と比べても、ちょっと演出力的には……ホラー描写に関しては結構落ちるかな、という感じは否めないと思います。

で、監督のハンナ・ベルイホルムさんという方。とはいえ、腕の冴えが垣間見れる部分……そのホラー描写に関してはちょっと、凡庸なところに留まっている。「あえて」かもしれませんけどね。わりとありがちなところに留まっているところもあるんだけど、腕の冴えが見られるのはむしろ、やはりというべきかですね、先ほどから言っている、欺瞞家族物としての不穏さを醸すような部分の方ですね。これはやっぱり、冴えが見られる。

まず、ここはさすが北欧と言うべきか、(リスナーメールで)これを書いてらっしゃる方もいました、たとえば主人公のそのティンヤの部屋。花柄の壁紙、すごくかわいいですよね。で、廊下に一歩出ても、また別の壁紙があったりして。部屋ごとに違う壁紙で、なにかしらの花柄とか、植物があしらわれていたりして、非常に北欧的な瀟洒さがありますし。これ、美術のですね、パイビ・ケットゥネンさんという方ですかね、その美術がとにかく、ひたすらお洒落に整えられているわけですね。それが逆にこの家族の、要は「キレイごと」で凝り固まってる、っていう感じ、それ故の危うさ、不穏さを醸し出す……まぁ冒頭、いきなり部屋の中に、黒い鳥が飛んできて。家の中、やたらと壊れやすいものばっかりなわけですね。あんなに壊れやすいものばっかりの部屋もねえだろ?っていうぐらい(笑)、バリンバリンバリンバリン壊れちゃうんですけど。

非常に瀟洒に、綺麗に綺麗に作られてるけど、一度異物が入ってくるともう簡単に壊れちゃうような、危うさを醸し出している。たとえばですね、これはパンフレットの監督インタビューにもある発言で、ああ、なるほど面白いなと思いましたけど、監督曰く「どの場所も自然な空気を一切出さないようにした」「例えば、道にはいつも誰ひとり歩いていない」っていう……たしかに主人公の女の子が歩いている時、あるいは友達と歩いてる時も、背景には誰もいない。よく見ると、不自然ですよね。あるいは、「ティンヤが病院に見舞いにいくシーンも誰も人がいない」。そうなんです。廊下とかにも誰もいない。なんなら真っ白で、非常になんか、フィクショナルな空間に見える。

そんな感じで、「生活感のないドールハウスの世界」を作ろうとした、ということを言ってるんです。で、ドールハウスと言えば、もちろんあの家族のお父さんが、ドールハウスを作っています。この点でもやはり、『ヘレディタリー/継承』と通じるところがありますよね。なんかね。全てが箱庭で作られたような空間に見える、という。これ、非常に怖い感じで、独特のあれになってますし。

■母を演じたソフィア・ヘイッキラさんや娘を演じた主演のシーリ・ソラリンナさんなど、見事な俳優たち

そして何より、本作で一番怖いのは、このティンヤの分身たるアッリというそのクリーチャー、モンスターではなく、やはりこの物語全体の歪みを生じさせている主な元である、お母さんがやっぱり怖いわけですよね。このお母さん、足に残った傷など、バックボーンがどうやらあるらしいんですが、それを匂わせている程度なのも、やっぱり不気味なあたりじゃないでしょうか。かつてはなんか、ご自身も体操とかやってたようですが、それであんな傷ができるか?っていうか。なんか虐待なのか何なのか、わかんない感じ、怖いですよね。

で、これを演じたソフィア・ヘイッキラさんという俳優さんが、本当に素晴らしくて。特に、彼女が劇中で唯一、本当の心情を吐き出すところ。これが間違いなく、本作で一番怖い、ぞっとする瞬間だと思います。ここでピークが来る、っていうところでしょうね。また、そのお母さんの愛人の男性。これ、凡百の作品だったら十中八九、軽薄な、本質的には冷たいだけの人間として、悪役的に描かれているはずですね。これ、たぶんね。十中八九、そうやって描かれがちなところを、本作ではむしろ、劇中で唯一ティンヤに誠意を持って向き合おうとする大人……先ほどのメールにあった、“修理する”人だから“壊れている”ものに気づく、っていう、これ、すごい鋭い見立てでしたね。

なんなら劇中で一番まともな人として描かれているあたりも、間違いなく本作独特のバランスというか、ちょっと大人なバランスと言えるんじゃないでしょうかね。これを演じてるレイノ・ノルディンさんも非常に良かったですし。それだけに、唯一の理解者たりえた彼にさえ……というあたりが、非常に絶望が深まる作りにもなっている、ということだと思います。もちろん、その主人公を演じたシーリ・ソラリンナさん。分身のアッリも含めて、ソラリンナさん、様々な演じ分けは堂々たるもので。

特にですね、もちろんその役、劇中で、「『エクソシスト』におけるリーガン」化してからっていうのももちろん、すごい大熱演で。先ほどちょっとね、「現場ではともかく、これ(完成作品)を見たらちょっとショックを受けちゃうのではないか?」って心配される声があるのも、なるほどと思いましたけど。それぐらいの熱演なんですけど。僕は特にこのシーリさん、演技がすごいなと思ったのは、お母さんがすごく身勝手な恋バナを始めるところで……(主人公のティンヤは)お母さんに常に調子を合わせているんですね。なので、それでも何とか調子を合わせようとして、最初はもう笑うんだけど……でも、やっぱり悲しいよ!というこの微細な感情の揺れを、非常にニュアンス豊かに演じていたところ。これは本当に舌を巻きました。はい。

■若干物足りなさが残るものの、「地獄のホームドラマ」としてのキレは充分!

本作ね、ラスト周辺、非常に実はね、解釈の幅が意外と取れる作りになっている。台詞のバランスとかも含めて。そのあたりも、「巧みな」という言い方ができるかと思います。僕、ただですね、あえて欲を言えば、ラストカットは、その残った「彼女」と他の残りの家族を、同一ショットに収めて終わるべきだった、と僕は思えてならないのですが、個人的には。そういう意味で、ちょっとだから、要所要所で若干物足りなさが残る作りなのは否めないんですが。

まあでも、十分以上に面白かったです! 特にやはり、先ほどから言っている通り、アニマトロニクス、特殊メイクの楽しさ、ここまで味わえる新作は久しぶりでございますし。地獄のホームドラマとしてもキレッキレの部分が、特にやっぱりお母さんの描写がキレみがあるところで。非常に楽しい作品でございました。ということで、フィンランド作品のホラーね、なかなか見れる機会もないと思いますし、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 現在、ウクライナ支援の募金のため、強制的に宇多丸が1万円を自腹で支払いガチャを2度回すキャンペーン中 ※しかるべき機関へ寄付します。一つ目のガチャは『パリ13区』、そして二つ目のガチャは『TITANE/チタン』。よって来週の課題映画は『TITANE/チタン』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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