『ダイナミックなターン』の、きめ細やかなターン【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。中前さんにとって「ダイナミックなターン」は15分番組ながら「こんなことは考えたことがなかったな」だとか「そういえばこの感覚は知っているな」だとか、新しい気づきを与えてくれるとっておきの時間なのだそう。「温泉旅」について語る岩井さんのおはなしからは、どんな発見があったのでしょうか。

 

「行った先で入れたらいいなとは思うけど、温泉目的では行かないな」。
少し前、ハライチの岩井さんが「旅」についてそんなことを話していた。
曰く、効能なんて1回で効くわけでなし、寒いところまでわざわざ行かなくても近所の銭湯で充分じゃないか。温泉に浸かる猿が見たければ、お菓子のカールのCMでも見ておけばいい、とのことだ。
「なんと、風情のない……」
温泉旅を好むわたしはふふふと笑ってしまう。そして笑ったあと、
「なんだかこんな感想をごく最近他のどこかでも抱いたような気がする……」
とぼんやりこのところの出来事を振り返っているのだった。

『ハライチ岩井 ダイナミックなターン!』を聴いていると、いつもそうなのだ。
競艇情報を中心とした15分番組のはずなのに、「こんなことは考えたことがなかったな」だとか「そういえばこの感覚は知っているな」だとか……。
季節や埼玉にまつわるニュースをきっかけにオープニングで語られる、岩井さんのちょっとした意見や小噺にすっと引き込まれてしまう。そして、わたしはあれこれと考えをめぐらせてはひとり楽しむのだった。
ちなみに、「おじさんの賭け事」といった競艇へのイメージも今じゃすっかり変わってしまった。どうやらそれは、コースや環境要因によって大きく左右されながらドラマチックに展開される、選手にとっては命懸けのダイナミックなスポーツのようなのだ。そしていつからかそのドラマを現場で、この目で、見てみたいとさえ思うようになっていた。(何より競艇場は、ごはんもすごく美味しいらしいのだ)
ついつい最後まで聴いてしまい、徐々に競艇にまで興味を持ち始めてしまうこの番組。とにかくわたしは、コンパクトで新しい場所への入り口を見つけさせてくれるようなその15分間をとてもとても気に入っている。


そして、冒頭の温泉の話だ。「なぜ、人はわざわざ温泉に行くのか」。
番組が終わると、トランプをパララと扇状に広げるように、わたしの頭の中では4つの記憶がパッと顔を並べた。

一つは、6年前のテレビ番組だった。オードリーの若林さんが、そういえば熱心に語っていたのだ。
「都内から2時間かけて(温泉宿に)行くんですけど、お湯に肩まで浸かる時間なんてせいぜい10分ぐらいじゃないですか。この10分のために俺、中央高速走ってきたの?って毎回思うんです」。
それまで、そんなことをわたしはこれっぽちも考えたことがなかった。たしかに温泉に浸かっている時間を考えれば、朝湯まで堪能したとしても1時間にはまったく満たないだろう。メインイベントとしては、ややあっさりしすぎていると言われればそうかもしれない。とはいえ、「今週末は温泉だ!」と楽しみに生きるところから「温泉旅行」というのは始まっていて、その道中の会話だって、かけ湯の水しぶきのごとく飛んで弾けるみずみずしい思い出だとばかりわたしは思っていた。しかし、運転を買って出てくれている友人にとってはどうだったろう? もしかすると、毎度そんな物足りない想いをさせてしまっていたのかもしれない。

もう一つは、つい数ヶ月前の出来事だ。
尊敬している、師のような書き手の方が不意にこう言っていたのだ。
「温泉ってさ、疲れを癒すっていうけど、それはわざわざ温泉に行くまでの旅の疲れじゃないの?」
え! これには驚いた。いかにも「温泉なんかでゆっくりしたいなあ」とつぶやきそうな人が、なんだか屁理屈のようなことを言っている。その人は毎日欠かさず丁寧な文章を綴るような人で、その隅々まで共感しているような気分で勝手にいたのだけれど、なんだかイケナイ扉の存在を見てしまった気分にもなる。
「なんと、風情のない……」
そうだ、この時にも同じことを思ったのだった。
たしかに、いいお湯にあたろうと思えば、その地は都内からはやや遠い。たどり着く頃には体はややだるく、けれどそのだるさを抱えて「ざっぷり」とお湯に体を溶かしていくのが醍醐味というものではないのだろうか。
ただここでも気がかりになったのはやっぱり運転を買って出てくれている友人だ。もしかすると、彼女だけは採算の合わない疲れを、この人と同じように毎度感じていたのかもしれなかった。

そして三つ目は、その旅にはいつも参加しない友人の意見だ。
「温泉か。目ぇ瞑ったら家と一緒やろ」
詭弁(きべん)だ。さすがにこれはどうかしている。目を閉じる必要がないし、仮に目を閉じてしまうのだとすれば、それは温泉があまりにも気持ちよくて目を閉じてしまっているに違いないのだ。運転手の彼女だって、こんなことはさすがに思っていないだろう。

しかし、どうだろうか。ひとりで暮らすわたしの父はバスに揺られてちょっと離れた温泉まで通うのを楽しみにしているという。さすが、我が父だ。温泉の魅力をわかっている。
けれど父は言うのだ。
「温泉でも行かな、楽しみがないやろ。毎日変わり映えせえへんからな」
そうだ。これを聞いたとき、なんだかやけにさみしい気持ちになったものだったっけ……。

そうして父以外の3つのカードの顔ぶれと、岩井さんのことを改めて思い返してみる。そこで「はっ」と息を飲むように気づくのは、その人たちの特徴だった。
若林さんにせよ、憧れのライターさんにせよ、どの人も「日常に転がっている些細なこと」を面白がる人たちだった。何の変哲もないことを入り口にあれやこれやと語ることができるのがその人たちの魅力であり、実際に岩井さんは『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)というエッセイ本まで上梓している人だ。
詭弁を語る友人でさえ、何気ない日々の報告がどこかおもしろく、そこがわたしはとてもとても好きだった。

思えば温泉旅行とは、「いつもより大きなお風呂に入る」ことを口実に、いつもとちょっと違う1日を過ごすことのできる一番手軽な非日常かもしれず、なんとかその日一日を特別なものにしようとする行為かもしれなかった。
好きな人たちとただお湯に浸かって「いつもと違う」お湯で体を温める温泉旅は、もちろんとても素晴らしい。素晴らしいのだけど、そんなことをわざわざしなくても日々の目の前に転がっているものを「他の誰とも違う」視点でつぶさに見つめ、自分で湯めぐりのごとくくるくると考えをめぐらせ楽しめるから「温泉なんて必要ないよ」という人もまた、同じぐらい素晴らしいのかもしれない。そんなことをいま初めて思ってみるのだった。


今日も岩井さんは、『ダイナミックなターン』の序盤のターンで「引っ越して、習い事をしようかと調べてみたけれどやっぱり辞めた」話を宇賀神アナウンサーを相手におもしろおかしく話している。そして、埼玉の人口がやや増加傾向にある話を入り口に「埼玉は東京だ」という出口にまでたどり着いた。そういえば「温泉はまやかしだ」とも言っていたっけ。

そのきめ細やかな目のザルですくい取る、日々の話がなんだか可笑しい。
ほんの些細なことを入り口に、とんでもない出口にたどり着く思考がとてもおもしろい。
よくよく考えれば、なんだかこちらの方がよほど風情があってカッコいいことのように思えてくるのは気のせいだろうか。そして、たった15分で旅にも近いような楽しい入り口をたくさんたくさんお裾分けしてくれる岩井さんとは、なんとありがたい存在なのだろうかとわたしは感謝さえ覚えるのだった。

「そんな人になりたかったな」
と思いながらも、やっぱり今日も「程よい距離に、安くて気分がガラリと変わるようなホテルはないか」とわたしは探している。非日常が何か自分を変えてくれるのではないかと、きっとどこかで夢見ているのだ。
けれど「そうか」とひとつ、いつもとは違う良いことを思いついた。よく車の運転をしてくれるあの子を誘って、初めての競艇場に出かけるというのもいいんじゃないだろうか、と考えたのだ。「えええ」と難色を示されたなら教えてあげたい。「ハライチの岩井さん曰く、『勝つだけが楽しみじゃない』らしいんだよ」と。そして美味しいものもたくさん食べたい。
そこにどんな小さな楽しみが転がっているのか。まだ非日常な場所にある些細な喜びを見つけるところから、まずはわたしも挑んでみたいと思うのだ。 

 

今回紹介したTBSラジオ番組

『ボートレース戸田presents ハライチ岩井 ダイナミックなターン!』
毎週日曜日12時30分~12時45分放送中/出演者:岩井勇気(ハライチ)・宇賀神メグ(TBSアナウンサー)
※番組公式Twitter @iwai0731 にて最新情報更新中!

 

中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ

 

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