宇多丸『THE BATMAN-ザ・バットマン-』を語る!【映画評書き起こし 2022.3.25放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。          

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:             
さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、3月11日から劇場公開されているこの作品、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』

(曲が流れる)

はい、このテーマ曲。非常にね、印象的ですよね。後ほどこの音楽の話なんかもしたいと思います。

アメリカンコミックスの老舗、DCコミックスを代表するキャラクター、バットマンの若き日を、マット・リーブス監督、ロバート・パティンソン主演で映画化。何者かに両親を殺された過去を持つ若き大富豪ブルース・ウェインが、バットマンとして悪と対峙するようになって2年。リドラーを名乗る男による連続殺人事件が発生、警察と協力して犯人探しをしてゆく中で、ゴッサムシティの闇が明らかになっていく。

ポール・ダノ演じるリドラーのほか、コリン・ファレル演じるペンギン……これ僕、最初は全然、コリン・ファレルって気付かなかったですね。ゾーイ・クラヴィッツ演じるキャットウーマンなど、人気キャラクターも登場。

ということで、この『ザ・バットマン』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」。まあ、そうでしょうね。非常に話題作でもありますし、評判も高い。賛否の比率は褒める人が、「およそ6割」。賛否両論、分かれているんですね。主な褒める意見は、「原点回帰にして現代的でダークなバットマンが誕生した。これは傑作!」「ノワール映画として、探偵捜査物として、ヒーロー誕生譚として、それぞれちゃんとしている」「黒を基調とした映像が素晴らしい」などございました。

一方、ダメだったという方の意見は、「長い」。まあ、3時間超えてますからね。それはそうですよね。「キャットウーマンの話は丸々いらないのでは?」「いくらリアル路線にしても現実社会で起こってる出来事と比べると時代遅れに感じてしまう」。これはまあ、ウクライナ情勢のことでしょうかね。なんていうものがございました。

■「今までのすべてのバットマン映画を圧倒的に更新する一作」

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「レインシンガー」さんです。

「『THE BATMAN』ですが、今までのすべてのバットマン映画を圧倒的に更新する一作だと思います。まず、作り手の方々の言葉にもある通り、そもそもバットマンは、ノワールのヒーローであり、ハードボイルド小説の探偵に近い存在なのだということを、この作品ははっきりと示しており、その意味で、バットマン像は、最初から最後まで揺らぐことがありません。また、この映画は、ノワールの探偵役であるバットマンが、ある種の“犯人捜し”をしていく、そういう点では正統的な探偵映画の系統にあるのですが、その一方で、極めて現代的な、犯罪者の心理を描く、クライムサスペンスでもあります。その点で、間違いなく2019年の傑作『ジョーカー』の系譜を継いでいるわけです。荒廃した街、格差社会で、生きる希望をなくし、下流と見なされている人たちの、ルサンチマンのこもった“犯罪”という“異議申し立て”。この作品最大の悪役リドラーのかかげる“犯罪理念”も間違いなくそこにつながるものです」。たしかにね、『ジョーカー』の提示するものに近くて。ゆえにこの作品自体がある種、『ジョーカー』に対する、ヒーロー側からの回答のような作品にもたしかになってますよね。

「そして、格差社会の中で暴発する狂気を真っ向から否定せず、暴発する者たちに寄り添いながら、平気で自分を殺そうとしてくる相手と、相手を殺さないヒーロー、バットマンが傷つきながら戦い、なんとか共生する道を探ろうとする物語でもこれはあるわけです。ああ、泣ける。こう考えれば、物語をある種の2段落ちにした理由もはっきりします。クライマックス直前に“探偵映画”としての結末を示し、そのあとに“犯罪サスペンス”としてのクライマックスを持ってくる必要があるからです。その意味で、この映画は決して長すぎません。3時間という時間をどうしても必要としているのです」。なるほどね。

「そしてもちろん、これは男女の愛の物語でもあります」っていうね。まあ、キャットウーマンとのね、ちょっとそういうようなね。それで、いろいろと書いていただいて。「彼彼は個人としての幸福ではなく、ヒーローとしての、というより、この街に生きる大人としての責任を選択したということなのです。そう、つまりこれは少年が大人になる物語としても秀逸と言えるのです」ということでございます。

一方、ダメだったという方もご紹介しましょう。「センチメンタル・パピー」さん。

「ザ・バットマン、IMAXで公開翌日に観ました。結論から言うと、見方が難しい作品でした。過去シリーズのどの作品より現実味があり、ダークな視点も良く、バットマンが持つ恐さをある意味一番描けている作品かと思います。ただ、ヒーローものとして観るにはあまりに爽快感がなさすぎる。鈍重なアクションシーン、絵面が暗く乗り切れないカーチェイスシーン。探偵バットマンの部分を描いたとの事ですが、推理ものとして観るには劇中に出てくるヒントは観ている側に推理させるようなものではなく、解決した時の快感もない。サイコスリラーとしては、痛々しさの表現の為に必要なグロ描写もあまりなく、 人物的な恐さも、どちらかというと主人公のバットマンの恐さが強く出てしまっており、それは物語の出だしでとても面白く感じた部分なのですが、ヴィランの恐さをその分薄めてしまっていると感じました。

『ダークナイト』のような、馬鹿みたいに「カッケー!!」とあがれるインパクトのあるシーンもなく、『ジョーカー』のように、思っていた物とは違うけど、グサッと心に残るものでもない。先日のスパイダーマンと同じく、ヒーローとしてのある種の誕生を描くのもそれはそれでいいんですが、結果的にストーリーとして面白そうと感じた部分の全否定になってしまっていると思います。サイコスリラーも、推理ものも、ヒーロー映画もある程度観てきた視点では、楽しみきれない映画体験となりました」。ある意味、その全てがこの方にとっては中途半端と感じるところもあったのかな、ということですかね。

あと、これはちょっと省略していきますけど。「アノニマス」さんという方。この方は『ザ・バットマン』をすごく高く評価しているんだけど、全体評価としては70点ぐらいになってしまったという。で、その理由は今、要するにウクライナ危機というか、ロシアによるウクライナ侵攻ですごい大変なことになっている中で、ここで描かれている問題が、なんていうか「今の問題」に思えないというような感じ。要するに、ちょっと状況によって見方が変わってしまった、というようなことを書かれております。

僕はでも、ただね、ここの中で描かれているある種の現代的な悪のあり方っていうのと、まあウクライナ情勢っていうかロシアの今の状態って、僕はあんまり無関係とは思っていなくて。むしろ結構、地続きかなって、僕自身の考えとしては思ったりしましたけどね。ということで、でもいろんな見方ができるタイプの映画なのは間違いないんでね。皆さん、ありがとうございます。

■「暗いけどよく見える」画面に没入するには、IMAXかドルビーシネマで見た方がいい

『ザ・バットマン』、私もTOHOシネマズ六本木でまず普通の2D字幕……まあ、いわゆるTCXスクリーンっていう大きいスクリーンで。そしてグランドシネマサンシャイン池袋でIMAXレーザー/GT。そして丸の内ピカデリーでドルビーシネマ。この3回、見てまいりました。特に公開2日目の六本木は、ほぼ満席でしたね。

逆に平日昼の丸の内ピカデリーは、かなりゆったり、いい席が余裕で取れたので、狙い目かもしれません。吹替版は、ちょっと時間が合わずに見られてなくて、すいません。とにかくですね、この3つの形態で見てきた、という時にですね、今回のこの『バットマン』に関しては、はっきり上映形態のお勧めがございます。はっきり「IMAXかドルビーシネマで見た方がいい!」と、強く断言させていただきます。

というのはですね、全編かなり暗めの画調であることが特徴の作品で。最初、六本木のTOHOシネマズで見た時は、正直よく見えないところが多くてですね。で、そういう風にはっきり見せないという演出的な意図なのかな?という風に思っていたんですけど、IMAXとかドルビーシネマとか、要はもっと黒がバキッと出て、あと輝度がね、明るいところは明るくバキッと出る、輝度も高い上映方式で見直してみたら、暗闇とその明かりが当たってるところが、それぞれバキッとエッジが立って、かっこよく際立っていてですね、全然よく見えるんですよね(笑)。「暗いけどよく見える」画面だったんですね、もちろんのこと。

なおかつ今回の『バットマン』は、スクリーンのアスペクト比ですね、上下の比率がですね、最近の映画でよくあるような「本来ならIMAXモードになるパートもありますよ」みたいなものじゃなくてですね、全編きっちりシネマスコープサイズで作られた、いわゆる昔ながらのちゃんとした映画なので。さっき言ったように、比較的空きがある丸の内ピカデリーのドルビーシネマが、やっぱり本当に狙い目かもしれない。もちろんIMAXなら何の問題もない、という感じだと思います。

翻って、じゃあ通常の字幕2D版が全て見づらいかどうかっていうのは、ちょっと私は判断しかねますけども。六本木でしか見てないので。ただ、以前から僕ら周りではちょっとありました、一部の、特に古めのシネコン、東宝系のちょっと古めのシネコンは、映写機のライトが古くなったままなのか何なのか、ちょっと画面が暗い気がするんですが……という疑惑。僕個人の実感としては、今回ちょっと裏付けられた格好になってしまったか、と思います。もしそうならば、ちょっと早急になんとかした方がいいんじゃないかな、というような気もしましたけど。

とまあ、こんな風に上映形態のおすすめについてやや長めにクドクド話しているのもですね、この今回の『ザ・バットマン』という映画、そのバキッとエッジが立った、闇と光のメリハリのコントラストが鮮烈に決まった、このダークな画作り。これは撮影監督、グレイグ・フレイザーさん。あの『DUNE/デューン 砂の惑星』もやったりしてますからね。グレイグ・フレイザーさん、見事な撮影。このダークな画作り。そして、それを基調として形作られる作品世界、ムード、空気感全体。これ、美術監督のジェームズ・チンランドも、本当にいい仕事をしている。

まあ、その世界全体こそが真の主役でもあるような、このゴッサムシティという街、それの切り取り方自体がもうひとつの主役であるような……つまり、そこにどっぷり没入してナンボ、の作品でもあるので。半端な上映形態で見て、「なんか暗くてよくわからなかった」というような半端な印象を抱いて終わってしまうのは、ちょっともったいない、という風に強く思うからですね。

■必要性のあるサンプリングをするマット・リーヴス監督。今回の参照元は?

ということで、まあ今回、バットマン映画の仕切り直し、ということで。監督・脚本・製作として、いろんな意味で超えなければならないハードルは多いし、高い企画を、結果としてコミックファンも映画ファンも多く満足させる形で、見事に仕切ってみせたマット・リーブスさん。

監督としての前作に当たるのは、なんとですね、もう5年前なんですね。僕のこの映画時評のコーナーでは、2017年10月21日に取り上げた『猿の惑星:聖戦記』。いわゆるシーザー三部作、これの見事な完結編でしたけども。こちらの公式書き起こし、今も読めますんでね、こちらもぜひ参考にしていただきたいですが。その中で言ってることと通じますけど、マット・リーブスさん、その作品を作るにあたってインスパイアされた元ネタ、みたいなのを、わりとインタビューとかでサクサク、オープンにされる方で。実際その作品の中にも、非常に分かりやすい過去作品のオマージュみたいのは、たくさん入ってるんですね。

なんだけども、それが単にオタク的なサンプリング感覚……「好きなものをいっぱい並べました」みたいなことだけじゃなくて、非常にまず、チョイスそのものが考え抜かれているし。その考え抜かれたチョイスを、改めてその骨太な作品世界として再構築して……つまり、その作品に必要だからサンプリングしてるっていうか、そういう感じなんですね。なので、とてもしっかりした手腕を持っている方だ、という風に基本的に思っています、マット・リーブスさん。で、今回の『ザ・バットマン』だとですね、もう既にご本人、マット・リーブスさんが公言されてる。

まず、原作コミックもはっきりこれが元ネタだ、ということで3作品……ああ、4作品、挙げています。『バットマン:イヤーワン』という、まあ名作とされているやつですね。『バットマン:イヤーワン』と、2年目の『イヤーツー』。これは今、1冊で、合本になって出ていますけども。あと、『バットマン:エゴ』というやつ。あと、クリストファー・ノーランの『ダークナイト』3部作にも大きな影響があったと公言されてます、『バットマン:ロング・ハロウィーン』。ここをベースにしてますよ、っていうのもはっきり言われてますし。

で、なおかつ、この3つのコミック原作を「映画」に落とし込むにあたって、これは当然のように……要するに、それらコミックのそもそもの元ネタでもあるだろうジャンル、つまりその、広義の「ノワール」ですね。ノワールというジャンルが当然、参照されることになる、ということで。もちろんね、「フィルム・ノワール」っていう言葉、本当は厳密な定義があるんですよね。本当はもうちょっと厳密な定義があるんだけど、まあフィルム・ノワールというジャンルが生まれて、そこから派生していった広い意味でのノワール。ネオノワールとか、いろんなノワールがありますけども。

端的に言うと、こんな感じのお話というか。探偵的な立場の主人公が、蠱惑的な存在……「ファム・ファタール(運命の女)」とか言ったりしてますけど、まあ、女性に限らない。蠱惑的な存在に導かれるように、そしてもしくは誘われるようにして、とある事件を追ううちに、世界そのものの闇、ひいては自分自身の闇と対峙することになる……というような、ダークでドロドロとした犯罪者物。まあ広義のノワールですね。で、無論ね、先ほどのメールの紹介にもありましたけど、バットマンはそもそもノワール的な存在なので、元々ストレートな原点回帰とも言えますけど。とにかく今回の『ザ・バットマン』は、お話的にも画作り的にも、まずは何しろそのノワールっていうのがひとつ、もう一貫した基調、一貫したキーワードとして、はっきり打ち出されてるわけですね。全体がもう、「ノワール」でパッケージングされている。

たとえば、街ぐるみの腐敗。ギャングとかだけじゃなくて、政治家とか警察とか役人まで絡んだ、しかもその巨大公共事業にまつわる汚職。そして、それを本当に根っこで牛耳っているボスと、その主人公が惹かれる女性キャラクターの、結構陰惨な因縁……みたいな構図はですね、まあ明らかにこれは『チャイナタウン』ですね。ロマン・ポランスキーの、明らかに『チャイナタウン』的、と言っていいと思いますし。もちろん、『タクシードライバー』『狼よさらば』、あるいは『マッドマックス』一作目に至るような、いわゆる自警団(ヴィジランテ)物という、そういう広義のノワールに入る中でも、ヴィジランテ物のニュアンスもあるし。

最終的にはきっちり「ヒーロー」映画に着地していく。

加えて本作では、そうした諸々の闇が明るみになってゆくその推進力として、先ほどのメールにもあった通り、連続殺人事件の捜査っていうのが、ある種縦軸として、お話を前に進めていく力になってくるんで。それはもちろん、コミックで言うと前述した『ロング・ハロウィーン』っていうのをベースにしたものですね。『ロング・ハロウィーン』も、ホリデイという謎の連続殺人を追っていくわけですけど。あとはその監督が公言してる通り、現実の「ゾディアック事件」ですね。デヴィッド・フィンチャーが映画化もしましたけど、ゾディアック事件とか。

あと、やっぱりデヴィッド・フィンチャーがそれに先立って映画にした、あの『セブン』ですよね。まあ『セブン』はやっぱり連想する人、多いんじゃないですかね。犯人がいろいろ、いちいちヒントを残してくる、みたいな。しかもそこに説教要素が含まれている(笑)というね。「説教&ヒント」っていうね。これ、『セブン』ですね。その要素も非常に大きいという。

そして、その上で本作は、でもやっぱり最終的には、ノワール的ではあっても……さっき言ったように主人公が闇落ちしていくのがノワールなんだけど、最終的にはきっちり、「ヒーロー」映画に着地していく。己の闇……「やみ」っていうのは、病気(病み)の部分も含めて、闇と対峙することになった主人公が、それを乗り越えて、真にヒーロー的な行動、活動に目覚めるまで、という、まあ成長譚に最後はなっていく。これもメールにあった通りですね。言っちゃえば、まあ日本の言葉で言うその「厨二病」的だった主人公が、なんていうのかな、その自分のウジウジの醜さみたいなものを突きつけられて、最終的にはその社会的責任とか、己の未熟さみたいなものに気付いて……つまり、大人になってゆく、という。そういう話。

つまり、青春物語っていうかね。一種の成長譚、青春物語でもあるという。まあ、ジョン・ワッツの『スパイダーマン』が「ジュヴナイル・ノワール」なら、こっちは「鬱屈青年期ノワール」みたいな(笑)、そんな感じだと思いますけど。ということでまあ、具体的にそれが何か、っていうのはぜひ皆さんご自身で作品を見ていただきたいんですが、とにかく僕が常日頃、このコーナーでも繰り返し言っているように、ヒーロー映画というのは毎回、最低限これをやれ!っていう……まあ、はっきり言えば「人命救助」です。それと、単なる腕力勝負じゃなくて、ヒーローがその「倫理的な正しさ、ゆえに勝つ」という構造が、本当は入っているべきで。それを入れるのは難しいのはわかるけど、本当は腕力だけじゃなくて、倫理的にも勝たなきゃいけない、っていう主張。どちらに対してもひとつの回答をくれる作品に、きっちり今回、なっています。『ザ・バットマン』は。

■非常に印象的な音楽演出について

あともうひとつ、この作品で非常に印象的なのは、あれですね。マイケル・ジアッキノさんによる劇伴を含めた、その音楽の使い方ですよね。ちょっとここから、この映画冒頭からの流れを丸々、追いながら話をしていきたいんですけど。まず、あの黒地にピンクっぽい赤。で、ちょっと影が斜めにかかってる感じで、クレジットが出る。画面いっぱいにバカでかい『ザ・バットマン』っていうタイトルが出る。あれ、いいですね。タイトルが出て。それに乗せて、あのシューマンの、いわゆる「アヴェ・マリア」……元(の正式タイトル)は「エレンの歌第3番」ですが、いわゆる「アヴェ・マリア」と言われる曲が流れる。

で、まずは双眼鏡から向いの高級邸宅を覗いている画が、しばらく続くわけですよね。この、冒頭からですね、双眼鏡での監視……もっと言えば「窃視」ですね。覗き。覗き見映像が説明なく延々続くこの感じは、マット・リーブスさんもこれ、参照作品として挙げていらっしゃいます、フランシス・フォード・コッポラの『カンバセーション…盗聴…』、これをすごく彷彿とさせますよね。で、それは要はですね、ポール・ダノ演じるリドラーが、これから侵入しようとする市長の家を見ているわけですけど、途中、物語の中盤で、ブルース・ウェインもまた同じように、ある家を双眼鏡越しに窃視している、というくだりが来ることで、ある意味「同族」感っていうのがちょっと響き合ってたりする、という作りにもなっています。

で、そこにずっとですね、シューマンの「アヴェ・マリア」が流れてるんですね。で、この「アヴェ・マリア」っていうのは、ポール・ダノ演じるリドラー、彼にとって、あるいはブルース・ウェインにとって、そしてひいてはいま見ているその市長の家の息子にとっての、言っちゃえば「不幸な子供時代」の象徴というか、もっと言えば劇中で何度も繰り返される「孤児」、Orphan、「孤児のテーマ」的に、場面によってはマイナーに転調されたりしながら、変奏されていくわけです。(サブに指示を出して)ちょっと出してください。「The Riddler」っていう、リドラーのテーマ曲があるんですけど。

たとえばね、これがリドラーのテーマなんですけど。ほら、これ、「アヴェ・マリア」の変奏なんですよね。で、リドラーが市長の家に侵入して。で、これは先ほど(番組オープニングでも)言いましたけど。ポール・ダノが、まだ目しか見えないのに、その、イヤ~な喜びに満ちた目つきで……この「アヴェ・マリア」が、非常に不吉な感じで変奏されている、という。こういう使い方をしているわけですね。はい。これも全編でね、「アヴェ・マリア」が使われている。で、続いてですね、ブルース・ウェイン、その2年目バットマンの独白が始まってですね。その70年代を思わせる、非常に腐敗したニューヨーク……70年代ニューヨークっぽいんですよね。腐敗した大都会。

で、そこで雨が降りしきる中、孤独な男の怒りに満ちた独白が続く。しかもそれを、これは後ほど明らかになるんですけど、ドストエフスキーの『地下室の手記』よろしく、ノートに綴っている、というこの感じはですね、非常に……まあ、もちろん、『タクシードライバー』的なわけですね、そこに乗せて、今度はバットマンのテーマ、こんな旋律が流れる。これ、「It's Raining Vengeance」という曲の途中ぐらいなんですけど、「デーン、デデーン、デーン♪」っていう、これが今回のバットマンのテーマで。これに合わせて、ヌボーッと暗闇から現れるところを含めて、今回のバットマン、立ち振舞いからして、「ちょっとまともな人間じゃない感」が非常に強めで(笑)、いいんですよね。で、その後、警察の捜査に、ジェフリー・ライト演じるまだ警部補のゴードンに誘われて参加して。そこで警察たちが「マジか?」ってドン引きしてるところ。

ちなみにここのところは、ちょっと照明が黄金寄りに輝いてるっていうか、アンバー的な感じなのかな……僕はそのノワールジャンルで言うと、ラース・フォン・トリアーのデビュー作『エレメント・オブ・クライム』とか、このへんを連想しましたけどね。まあとにかくですね、今回のバットマンはそんな感じで、そのままの格好で人々と接する……むしろブルース・ウェインの方が隠れた存在になってるっていう、これが面白い構造になったりしますけど。で、そこで、かつての自分と同じ境遇、孤児になったその市長の息子と見つめあって……っていうところで、今まで流れていたのはバットマンのテーマ曲ですけど、この曲が流れ出すんですね。ニルヴァーナの「Something In The Way」

これ、ニルヴァーナですよ? このイントロ……さっきのバットマンのテーマ、明らかにこの曲をベースに発想してるメロディですよね。このニルヴァーナの「Something In The Way」という曲、予告でも使われていたし、マット・リーブスも「今回のロバート・パティンソンのブルース・ウェインはカート・コバーンをイメージした」という風に言っている。「何かが邪魔してる。何かが引っかかるんだ」というようなこの歌。これ、終盤でもう1度、流れるんですけど。この歌の歌詞のニュアンスが反転して聞こえる、というかね。それがこうやっぱり、うまいあたりですしね。

■アクション映画的な見せ場も要所に配されている

なにより今回の、やっぱり厨二病的ブルース・ウェインに、ぴったりですよね。カート・コバーンっていうのはね。とにかくイントロが、バットマンのテーマのベースになっている。ということで、さっき言った「アヴェ・マリア」が、孤児たち。ある種、リドラーが代表する、孤児たちのテーマ。そしてニルヴァーナと響き合う、このバットマンのテーマ。そしてゾーイ・クラヴィッツが凛として、すごくかっこよく演じるセリーナ・カイル、キャットウーマンのテーマ。ちょっとかけようか。非常に、ちょっとエキゾチックなテーマで。

ちなみに、ブルース・ウェインが彼女の家を覗いてて、彼女が着替えて出かける瞬間に、ハープがポロロローン♪って鳴る。あの瞬間、ちょっと要は「あっ、かっこいい! 素敵!」って思っちゃった感じ、みたいな。あれ、すごく僕、好きな瞬間ですね。ということで、この3つの……「アヴェ・マリア」と、そのニルヴァーナベースのバットマンのテーマと、あとはセリーナ・カイル、キャットウーマンのテーマ。この3つのライトモチーフが、要所で効果的に音楽演出として使われている。これも非常にうまいあたりですよね。

もちろんアクション映画的な見せ場も、しっかり要所にはあって。格闘シーンの、すごくちゃんと重みっていうかな、一定の鈍重さとスピード感があるのはすごくよかったですし。あと、キャットウーマンの足技中心の戦い方も、すごく説得力がありましたし。あと中盤、あのペンギンを追うカーチェイスシーン。予告でも見せている、炎の中からバーン!って……でもそれをね、あくまでミラー越しに見せるっていう、あの非常にスマートな(カーチェイスシーン)、あれも非常にかっこいいし、アガります。あそこ、すごくヒーロー映画っぽいところですけども。

あそこの場面で言うと、今回バットモービルが、マッスルカー仕様なんですね。要するに、ブルース・ウェインがまだDIYでやってる状態なんでマッスルカー仕様の、バットモービルの登場シーン。車そのものが、怒りをたたえた凶器に見える感じ。これはやっぱり『マッドマックス』一作目のインターセプターでしょうね。敵側のすごく顔に力が入ったリアクションとかも込みで、すごく『マッドマックス』一作目っぽい出し方。あと、ちょっとホラーっぽい感じは、マット・リーブスさん、これも名前を挙げてますね、『クリスティーン』とか。そういうあたりもちょっと連想するんじゃないでしょうかね。

3時間あるからこそ、ちゃんと映画館で見た方がいい作品!

クライマックスの大仕掛け。市長の最初の方の言葉とこれは、呼応しているんですね。よく見ていてください。市長が最初の方のコメントみたいなので言うのと、完全に呼応してるんですけど。同時に、汚れた街を洗い流す的な、そういう象徴的ニュアンスも含まれている、みたいな感じがあるかと思います。ただし、(火曜パートナー)宇垣(美里)さんが指摘するようにね、「なぜ、すり鉢状のところに逃げる?」っていうね(笑)。これはちょっと、ご都合主義なところはあるかもしれませんね。

むしろ面白いのは、『ジョーカー』への回答とも取れる、あれですね。そのクライマックスで出てくる、敵たちの正体ですね。まあ、言っちゃえばやっぱり、トランプ信者、Qアノン的な人たち、っていうのを連想させて。非常に現実とリンクしてるし、それは全然、実は今のロシアの体制ともあんまり無関係ではないので。僕は全然、地続きの恐怖として見ましたけどね。あえて言えば今回、僕はバットマンとキャットウーマン、チューする必要あるか?とかは思いましたけど……ただまあ、さっき言ったようにちょっと厨二病的バットマン、と考えるならば、奥手な彼が奔放な女子にちょっと積極的に来られてドギマギ、みたいな(笑)、非常にかわいい場面だったと思います。

もちろん2人の、あくまで「同志」としての距離感、矜持みたいなものは、ラストまでしっかり一線が引かれていて。ラスト、本当にかっこいいですね。見事なあれだったと思います。あと、無理してユニバース的なものと接続せずに……というあたりもよかったと思います。もちろん、「とあるヴィラン」は出るんですが、マット・リーブス曰く、それはこの作品世界の中で、ヴィランがもっといるっていうことを示すのに必要だったからであって、ユニバースのために出したのではない、というのはおっしゃっています。あとは何よりしっかり、さっきから言っているように「ヒーロー論」に着地してゆく、というのが、すごくよかったと思います。

というような感じで、この内部で完結する三部作になってゆくのであれば、かなりアリじゃないでしょうか。単独のバットマン映画としては、かなりうまく行ってる方だと思います。3時間あるからこそ、ちゃんと映画館で見た方がいい作品です。これこそ……長い映画ほど映画館で見た方がいいです、間違いなく。そしてIMAX、ドルビーシネマ、できるだけ黒がバキッと立つ上映形態で見ると、かなり評価も上がるんじゃないでしょうか。僕はこれ、大好きな1本になってしまいました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください! 

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『SING/シング:ネクストステージ』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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