深夜2時は、イラストとラジオのゴールデンタイムだった。/docco【連載エッセイ「わたしとラジオと」】

インフルエンサーや作家、漫画家などさまざまなジャンルで活躍するクリエイターに、ラジオの思い出や印象的なエピソードをしたためてもらうこの企画。今回は、芸人公式グッズなども手がけるイラストレーター・doccoさんにラジオのある生活を描いていただきました。

 

ラジオとの出会いは京都の美術大学を卒業して入社した、大阪のデザイン事務所。そこで流れていたのは作業台に置かれたiPadのradikoアプリから流れる音だった。それまではテレビばかりを観ていて、身の周りにラジオを聴く環境も習慣もなかったため「ラジオを聴いてる人なんて珍しいな」という認識でさえいた。


会社では毎日一番最初に出社したスタッフが社内の環境を整え、radikoを立ち上げる。ラジオは決まってFM802を流していた。作業BGMとしてピッタリだったからなのだと思う。静かな社内で慣れない電話対応をするのが恥ずかしい自分にとっては音のある環境はとてもありがたく、そして何よりラジオを聴きながら作業をするというのがとても新鮮で、いかにもデザイン事務所っぽいとワクワクしていた。

 
当時新人である自分は毎朝自転車で出社し、夜遅くまで仕事をして家に帰ったら即就寝。なかなか家に帰ってテレビを観たり趣味に勤しめる余裕なんて無かったせいで、いつしかラジオは日々の情報源や小さな楽しみになっていった。ニュースやイベント、新しい音楽などはいつもラジオを通して知るようになる。   
毎日同期と二人だけで居残り作業をしている夜には「あのDJのテンションに笑うよね~」とか「あのフェスに行きたいな~」と喋ったり、ラジオで知って気になったアーティストのMVをYoutubeで流したりして仕事を乗り切っていた。   
当時初めて知って印象的だったフレデリックの『オワラセナイト』を流して互いに鼓舞しながら仕事を追い上げた日もあったりして、思えばこれも一つの青春だったような気がするのだ。


そしてしばらくして新人という肩書きが薄れる頃には、同期と気分転換にradikoの局を変えてみるという革命も起こした。   
違う局では芸人さんが日変わりでパーソナリティをする番組まであり、お笑いが大好きな自分は「仕事をしながら芸人さんのトークが聴ける!」とひとり心の中でワクワクしながら作業の傍で聴き入っていた。だがやはり「バラエティのトークが気になって作業に集中できない」という意見もあって、結局数日経たないうちにradikoはFM802に戻ってしまった。

そうして大阪での生活が2年経ち、さらに経験を積むために東京の事務所へ転勤した。そこで今度出会ったのが、ラジカセから毎日流れてくるJ-wave。「ジェイウェーブ、さすが東京はラジオ局の名前もおしゃれだな~」と思った。King GnuやTempalayを「イカす!」とYoutubeの動画を大阪事務所にいる同期に社内チャットで共有したりして、上京してしばらくは“おのぼりさん”を遺憾無く発揮していた。


東京での生活もやがて落ち着いて来た頃、上司や他のスタッフが帰って自分の仕事も終わらせれば、そのまま1人居残りをして私物のノートPCで好きな芸人さんのイラストを描いてはTwitterにアップするというのが日課となっていた。   
仕事がこなせるようになったとは言え忙しいことに変わりはなかった自分にとって、深夜のイラストを描くこの時間が、密かなゴールデンタイムになっていたのだった。

0時までひとり居残りをしていたある日、ふと初めてラジオの周波数をTBSラジオに合わせてみた。東京のラジオ局の周波数をスマホで調べて、いちばん聞き馴染みのある「TBS」というワードで選んだだけのことだった。   
けれど、その時に出会ったのが後にラジオにハマるきっかけとなる『ハライチのターン!』だったのだ。当時なんの話をしていたかはさっぱり覚えていないけれど、とにかく二人の会話の心地よさに驚かされたことだけは覚えている。テレビのバラエティとはまた違う面白さ。芸人さんがコンビだけでガッツリと1時間話し込んでいる。ラジオ番組の存在は知っていたがテレビでしか観ることがなかったハライチ。正直に言うと当時はそこまでハライチに大きな関心を持っていたわけでは無かったのだがトークがこんなに面白かったんだな……。そこからは、すっかりラジオのトークバラエティというものにハマってしまい、翌日には『JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD』を聴いた。イラストを描きながら誰もいないのを良いことに大きな声でゲラゲラと笑った。

当初は「下リスナー」(※バナナムーンにて頻繁にメールが採用されるリスナーのこと)といった独自の造語や、独自のノリというのものについて行けなかったけど、このどこか閉鎖的でコンビ同士の濃密なトークやテレビでは見れない一面、1通のメールでその日の内容が左右される程のパーソナリティとリスナーの不思議な距離感やライブ感……知る人ぞ知るという感じの魅力に引き込まれていった。と同時に今までテレビだけを観ていてラジオを聴いてなかったことに心底後悔してしまった。   

 
そして、まだ深夜ラジオにハマって間もないある年末のド深夜。まだ他のスタッフさんも残っていたけど、思いつきでいつものJ-waveからTBSラジオに周波数を変えてみた。その時流れていたのは『バナナムーンGOLD』だった。   

まだ『バナナムーン』の品性をよくわかっていなかった自分。きっと周りの人にも楽しんでもらえるだろう思っていた自分の思惑に反して、その日の企画は過去に放送された「ヒムペキソング(※日村さんがリスナーの歌の悩みを解決するコーナー)の中から…」年間の1位を決める企画「ヒムペキグランド大賞」。   
最も人と聴くべきものではなく、さらに中でも屈指の下ネタ満載な『ようこそジャパリパーク(男の友情.ver)』というものが流れてしまい、瞬く間に社内が変な空気に。隣の席の女性のスタッフさんはただただ黙ってモニタを見つめてキーボードを打っている。「やっぱ戻しましょっか!」と走って冷や汗を流しチャンネルを変えながら、「バナナムーンは一人で聴いた方が良いやつだ」と心底思うのだった。   

それからはますます一人でラジオを楽しむようになり、会社でも自宅でもラジオを聴くのが当たり前に。さらに有料サービスのradikoプレミアムにも入っていろんな番組を楽しむようになった。ホームシックになってしまう真夜中には、テレビではなくradikoを立ち上げる。ラジオをつければ今まさに東京のどこかで誰かが喋っているのが心強く、同時に安心感を与えてくれた。何より「せっかく自分も東京に居るのだから頑張らないと」という気持ちにさせてくれるのだった。

そして2020年末にデザイン事務所を退職してフリーのイラストレーターに転身し、地元の京都に戻ってきた。あの密かなゴールデンタイムが今ではありがたくも本業につながっている。   
コロナ禍の中での独立、良い意味でも悪い意味でも環境や境遇が変わってしまい不安だったが、それでもラジオが日々の生活の中で欠かせないものであることは変わらない。笑って、応援して、時に感動して、感心して、馬鹿馬鹿しくなって、ラジオを聴いている時の頭は常に揺れ動いて、凝り固まった思考をほぐしてくれる感じが、イラストを描く上でほど良い刺激になっている気がする。   
いたって「聴くだけリスナー」だが今では各番組ごとのノリや造語について行けるようになり、いちリスナーとしてパーソナリティと繋がっているような充実感がある。そして色んな番組を開拓して「来週もこれ聴こう!」と思える番組が増えていく時、日々の生活に彩が増える感覚がしてすっかりラジオの沼に浸かっているのだった。


遅咲きのラジオデビューになってしまったが、この先の人生死ぬまでラジオとお付き合いしたい。

 

doccoさんオススメのTBSラジオ番組

『ハライチのターン』      
毎週木曜日24:00~25:00放送中/出演者:ハライチ

『JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD』      
毎週金曜日25:00~27:00/出演者:バナナマン

 

  
docco/イラストレーター・デザイナー。グラフィックデザイナーの経験を経て2020年末に独立。シンプルなタッチの似顔絵を得意とし、趣味や仕事で芸人のイラストを描いたり、アイドル誌で漫画を描いている。   
 

llustration:stomachache(タイトル)・docco(本文中) Edit:中前結花・ツドイ

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