宇多丸『ちょっと思い出しただけ』を語る!【映画評書き起こし 2022.2.25放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。          

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宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、2月11日から劇場公開されているこの作品、『ちょっと思い出しただけ』

(曲が流れる)

この、『ちょっと思い出しただけ』っていうタイトルと、このクリープハイプ『ナイトオンザプラネット』のイントロが流れてきただけでもう、私の向かいにいるRHYMESTERマネージャー小山内さんが、泣いてますよ(笑)。『アズミ・ハルコは行方不明』や『くれなずめ』などの、松居大悟監督最新作。ロックバンド、クリープハイプの尾崎世界観さんが、1991年ジム・ジャームッシュ監督作品『ナイト・オン・ザ・プラネット』に触発されて書き上げた、いまお聞きいただいている『ナイトオンザプラネット』という曲に、さらに触発されて執筆した松居監督のオリジナル脚本を、池松壮亮さん、そして伊藤沙莉さん主演で映画化。

松居さん、今までご自身の舞台の脚本とか、原作付きとかはありましたけど、完全オリジナルは初めて、なのかな? たぶんね。怪我で夢を諦めた元ダンサーのの照生と、タクシードライバーの葉。2人の6年間に及ぶ恋愛模様を、別れから出会いまで、7月26日の1日を通して描く、という作品です。

ということで、この『ちょっと思い出しただけ』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」。実際、お客がすごく入っていますから。賛否の比率は、褒める人が9割。大変好評です。主な褒める意見は、「しみじみといい映画だった。人生ベスト級」「トリッキーな構成に驚いたが主演俳優たちの演技に引き込まれていき、最後には泣いてしまった」「恋愛のドロドロが描かれているのかと思いきや、意外と爽やかな気分で劇場を出た」などがございました。

一方、ダメだったという方。「最近こういうテイストの恋愛映画が多くて食傷気味」「恋愛から遠ざかっている自分にとっては眩しくて苦しかった」などがございました。

■「雷に打たれたような衝撃と共に号泣していました」

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「カスP」さん。「宇多丸さん、こんにちは。初めてメールを送ります。28歳、男性です。『ちょっと思い出しただけ』観てきました。結論から言うと、人生ベスト級の映画となりました。

いきなり自分の話で恐縮ですが、2月頭に好きだった女の子に振られてしまいました。その女の子が『フレンチディスパッチ』を観たいと話していたのを思い出して、先週のムービーウォッチメンを聞いていたら、宇多丸さんが1万円払ってまで当てたところを聞いて、振られた鬱憤を晴らしに「いっちょ泣いてくるかー」ぐらいの勢いで、ほとんど前情報もなく映画館に向かいました。最初はそもそも話の構造も掴めず……」これね、あえてそこをちょっと最初、説明不足にしているんですけどね。

「また話が過去に戻っていくという構造が理解できてからも、“別れるとわかっているカップルのイチャイチャを見るのはしんどいだろうなー”とちょっと冷めた視点でいました。しかし別れ話のシーンをはじめ、あまりにリアルな主演2人の演技に引き込まれ、途中からは完全に映画の世界に没入していました。そして時系列が現在に戻ってからの展開、幸せ絶頂の過去からの現在(現実)の落差には感情がジェットコースターのように振り回され、最後の夕焼けからのクリープハイプの「ナイトオブザプラネット」の流れで、雷に打たれたような衝撃と共に号泣していました。

帰り道には“ナイトオブザプラネット”を聴きながら、映画と違って成就はしなかったけど自分の失恋もちょっと苦い思い出として思い出すことが来るのかなと思い、寂しい気持ちと前向きな気持ちを胸に家まで歩いて帰りました。こんなに素敵な映画と巡り会わせていただき感謝しています。今後もラジオ楽しみにしています」。ありがとうございます、カスピーさんね。(先週のガチャ回しで)『ウエスト・サイド・ストーリー』を当てたのを1万円でやり直した、っていうのがありましたけどね(笑)。

一方、ちょっとダメだったという方もご紹介しましょう。「ブーブータンソク」さん。

「断片的なのに長い時間を共有したような感じや、主演二人を含め脇を固める俳優さんや街やアパートや劇場など、好きなシーンも多いけれど、この映画ダメでした。この映画というか、この手の映画が本当に苦手です。過去にあった楽しかった事も辛かった事も、それを思い出として成長する話は好きなのですが、その思い出の部分をここまでガッツリ見せられると、なぜか逃げ場のないような苦しさが残るのです。

眩しい季節が眩しすぎて、それは誰にでも私にも経験のある事で、ただ今好きな人がこの熱量で過去を思い出してるのかと思うとしんどくてしんどくて、私自身もそこを眩しく思い出さないようにしないと前に進めないのではないか、と近年思うようになりました」。そうか。今、横にいる人がそんな風に思い出してると思うと……っていうのもあるのか。

「最近、こういったテイストの映画が多く、評判も良く、みんなパンドラの箱をあけたかのように過去の恋愛を思い出しているような気がします。その人にしか見えない映像を話として聞くのは好きなので、具象化して見る事の居心地の悪さを感じたのかもしれません」というブーブータンソクさんでございます。

ちなみに、すごく評判が高いという中には、あれですね、東京国際映画祭の観客賞とスペシャルメンション賞というのをダブル受賞した、というね。観客賞を取ったんですから、すごくやっぱりそれは、見た人がわりとはまりやすい作品である、というのは間違いないかと思います。

■前作で予感されていた新境地へ──俳優陣も認めるその成果

ということで皆さん、感想ありがとうございました。私も『ちょっと思い出しただけ』、ヒューマントラストシネマ渋谷で、2回見てまいりました。平日昼の回だけど結構、特に若い女性中心に、かなり入ってましたし。今週水曜、祝日、割引デーだったのもあってか、本当に満席のところもいっぱいあったというところで、評判が広がっているのを感じますね。

ちなみに劇場パンフレット、我らが大島依提亜さん仕事、ということで、これがですね、記事と一緒に、後半は思い出の写真がいっぱい詰まってる感じ。あとこう、ちょっと本の間に何かメモを挟むような感じの作りになってるのかな? 思い出のアルバムのように取っておきたくなる1冊になっているんで、ぜひ買った方がいいです。『ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ』パンフ、これも大島依提亜さんがやっていて、一緒の劇場で売っているところもありますので、あわせていかがでしょうか? という感じですね。

ということで、脚本・監督の松居大悟さん。昨年の2021年6月3日に、前作『くれなずめ』というのを、このコーナーでもガチャが当たって取り上げさせていただいたばかりです。で、その評の中でですね、私は、松居大悟さん、『くれなずめ』でご自身のフィルモグラフィーにひょっとしたら一区切りつけて、ここから先はちょっと次の段階、ネクストレベル的なところに行くんじゃないか?というようなことを、その評論の締め的に、最後に言ってるんですけど。

まさにですね、これ今回の『ちょっと思い出しただけ』はですね、松居大悟さん、本当に完全に新境地……たとえばですね、これまで松居さんの得意技だった、同性同士のワチャワチャ、みたいな描写はほぼ封印して。まあ途中ね、タクシーの客の酔っ払った男たち……これ、渋川清彦さん、松浦祐也さん、そしてよく見てると劇中、後ろの方でまたちょっと、要するに時制的には前になるんですけど、劇中の後ろの方でまた出てくる山崎将平さん、このお三方の酔っ払った男たちなどは、モロにワチャワチャのノリなんだけど、実は『くれなずめ』も既にそうだったように、それはあくまで相対化された、ちょっと冷めた目線で捉えられたものになってたりして。とにかく十八番だったその同性同士のワチャワチャみたいなものは、ほぼ封印して。

あとですね、クライマックスになると急に超現実的な飛躍が起こる、良くも悪くもぶっ飛んだ展開になっていく、というような作り。これ、松居作品に多いです、っていうのを前回の評でも言いましたけど。今回の『ちょっと思い出しただけ』では、非常にそれは……やってるんだけど、非常に抑制された形で、本当に一瞬だけ、っていうか、ワンカットだけです。ワンカット、一瞬だけ、ちょっと幻視されたような感じで出るのみ、にとどめられていて。これに関してはですね、すごい面白いのは、リアルサウンド映画部のですね、鼎談があるんですね。尾崎世界観さんと伊藤沙莉さんと池松壮亮さんの3人で鼎談しているリアルサウンド映画部の記事があって。その中で尾崎さん、こんなことを言っている。

「これまでの松居くんの映画や舞台は最後に暴走しがちで、そこはずっと本人にも伝えていたんです。今回もそうなるんじゃないかと少し気にしていたんですが、そこは池松くんが止めてくれると言っていたので(笑)」というね。「もちろんこれまでの作品のように、松居くんが徹底的に自分と向き合っているものも魅力的ですが、今回はより外に向いていて、松居くんのそんな作品に携われたことがうれしいです」と、尾崎さんもおっしゃっているし。

伊藤さん曰く、「タクシーが空を飛ぶ、みたいな話をしていたときもあったので『そうならなくて本当に良かったです』と伝えました(笑)。今回は監視役に恵まれていたと思います」なんていうことを伊藤沙莉さんが言っているんで。まあ、わりとぶっ飛び展開、僕も「良くも悪くも」って思ってましたけど、そこに関してはね、周りの人もちょっと思っているあたりだったのか(笑)。ところがそれが、今回は非常に抑制された形になっている。

■恋愛映画と見せかけて、人生の有限性の話をしている映画

まあ、ちょっと現実から乖離した展開というのであれば、永瀬正敏さん演じる、これはジム・ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』という作品の中で永瀬さんが演じてらっしゃった役と同じ名前、「ジュン」という名前のこの人物だけは、後ほども言いますけど、時制がどんどんどんどん遡っていくというお話全体の作りに対して、彼だけはちょっと、時間を超越した、独立した時間軸を生きているように見える。というか、なんなら時間を逆行して、つまり過去を未来として生きているようにも見える、読み取れる。

つまりその、「奥さんがやってくるから」っていうのが、映画の作り上は過去に遡るんだけど、彼にとってはその未来の出来事っていうか、(本当に)やってきたんだ、という出来事に取れるような、そういう深読みの余地みたいなものもたしかに、あくまで隠し味的にね、あったりはするんですけれども。やはりですね、基本的にはワチャワチャとか、そのクライマックスのちょっとフィクショナルな飛躍というご自身のかつての得意技、作風を今回は封じている、という意味で、松居大悟監督、明らかに新境地にして……結論から言えば僕はこれ、松居大悟作品としてはぶっちぎりの、最高傑作を更新したと思います。いやー、お見事!っていう感じだと思います。

よく比較される『花束みたいな恋をした』よりも、ぶっちゃけ……皆さん、「恋人の別れの話だ」って言ったけど、僕ね、そこはすごい、淡いと思うんですよね。本当に些細なことの積み重ね、だけでできている。物語上はね。という話なんですよね。なので、『花束みたいな恋をした』みたいなヒリヒリした軋轢、喧嘩みたいなのも……喧嘩も正直、そこまでの喧嘩したわけじゃない。少なくとも、この描かれている画面上は、そこまでの喧嘩をしたわけじゃない感じなんですよね。そこがメインじゃないわけです。

で、ただね、話は非常に淡いんだけど、作劇上のさまざまな工夫、それが非常に効果を上げてたりとか、もちろん特に主演2人の演技、存在感がもたらすマジック、というのも相まってですね、大げさではなく僕はやっぱり、人生そのものの本質、真髄に迫るようなですね、とてつもない射程、普遍性を獲得した作品だな、という風に思っております。これね、優れた恋愛映画……要は、恋愛の成就を一応のゴールとするロマンティックコメディ、ラブコメみたいなジャンル映画じゃなくて、「恋愛についての映画」もしくは「パートナシップについての映画」というのはですね、最終的には必然、よくできていればよくできているほど、最終的にはそれは結局、人生についての映画、もっと言えば「人生の有限性」ですね。

人生は限られているんだ、人生の選択肢は無限じゃないし、時間も限られている……「人生の有限性」についての映画に、必然なっていくもんだ、という風に私は思いますが。この『ちょっと思い出しただけ』はその意味で、まさにその方向に、ものすごく研ぎ澄まされた……恋愛映画と見せかけて、人生の有限性の話をしている、という方向に、めちゃくちゃ研ぎ澄まされた作品になっている、と思います。まずこのね、『ちょっと思い出しただけ』というタイトルからして、優勝ですよね。

これ、本当にね、作品を鑑賞した後だと、ちょっと口にするだけで胸がズキンと痛むような、見事なタイトル付けだと思います。当初はちょっと違うタイトル案だったのを、スタッフの提案で変えたということなんで、これは大正解! 僕、個人的には、『の・ようなもの』級の素晴らしいネーミングだと思います。

要は我々の人生全て、宝物のような瞬間も、いつまでもチクチク胸が痛むような後悔も、あとはなんてことない「凪」な日々もですね、全ていずれは『ちょっと思い出しただけ』になっていく、というね。その積み重ねを胸に、また今日も生きていくんだよ、というような。そういうことを改めてじんわりと噛み締めてさせられるような、そんな、話として淡いわりに……淡いからこそ、後を引くズシンとした余韻、めちゃくちゃ味わい深い、感慨深い、そんな一作になっていると思います。この『ちょっと思い出しただけ』は。

そもそもですね、映画というもの自体がですね、「見終わってから振り返って、断片を思い出すことで浮かび上がってくる何か」であることと、この作品構造……それがまた作品構造と一致して、より強力なものになっているかな、とも思います。

■映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』より楽曲『ナイトオンザプラネット』の方が「原作度」高し

元々はね、先ほどの説明にもありましたけど、クリープハイプ・尾崎世界観さんがですね、これは先ほど言った『ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ』のパンフのコラムによれば、1991年のジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』という映画を高校の時にレンタルビデオで初めて見て、それがきっかけでバンドも始めようと思ったし、なんならバンド名のクリープハイプの「ハイプ」っていうのはその『ナイト・オン・ザ・プラネット』の中に由来しているということで、非常に大事な映画だ、という。

で、2020年にその『ナイトオンザプラネット』という曲を書いて、その曲をもとに、「その曲がラストに流れるような映画」ということで松居さんが構想を膨らませた、ということなんですけど。それゆえに、劇中ジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』の引用とかオマージュっていうのももちろんあるんだけど、実はそこまでジム・ジャームッシュ『ナイト・オン・ザ・プラネット』の要素は多くないし、重要度も高くなくて。むしろその、クリープハイプの『ナイトオンザプラネット』という曲が、少なくともお話上の「原作度」ははるかに高いですし。ジャームッシュで言うならばむしろ、2017年9月2日に私は評論しました『パターソン』の方が、同じ道の行き来、そういう日々の繰り返し、その中に現れる変化、というその語り口として、『パターソン』の方がむしろ全然近いものがあるかな、という風に思ったりします。

■字幕による説明などを極力廃したことで生まれたパズル的な謎解き性が話の推進力に

でですね、この作品『ちょっと思い出しただけ』、大きく言って2つ、お話上の構造の仕掛けがありまして。まずひとつは、さっきも言いましたように、パートごとに1年ずつ時間が遡ってゆく、という構成なわけです。2021年から2015年まで……ちなみにコロナ禍っていうのを挟んでいると。ゆえに、たとえば2020年の描写が、異常に短いんですよ。「コロナで本当に何もなかった」みたいな。2020年の異常な短さっていうのも、ちょっとポイントになってたりしますよね。

で、この構成自体はですね、いろいろ前例もあるんですね。ありますけども、カップルが別れた後の時点から、出会いの時までを段階的に遡っていく、というこの点では、構造として一番近いのが、これは倦怠夫婦物、倦怠カップル物の傑作のひとつとして私がいつも挙げている、2004年の『ふたりの5つの分かれ路』というフランス映画。これに一番近いかなと。もちろん、(『ちょっと思い出しただけ』の方は)あそこまでエグい別れ方とか全然しない作品なんですけど。『ふたりの5つの分かれ路』。あと、メールにも一部、ありました。キャスティングが結構かぶっていたり、あと部分部分のディテールもたしかに似たところもある、昨年の『ボクたちはみんな大人になれなかった』というこれ、Netflix映画。それも引き合いに出される方、ちょいちょいいらっしゃるなと思います。個人的には、でもですね、結構違うところを目指した二作だな、という風には思って。個人的にはもう全然違う、と思ってますけど。

そしてもうひとつ、お話上の大きな仕掛けは、池松壮亮さん演じる照生のその誕生日の1日、7月26日だけに絞って、いわば定点観測的に、さっき言った1年分ずつ遡り、というのを見せていくという。これはですね、完全にこれ、松居さんが直接これを参照されたかはわかりませんけど、とにかく完全に構造として同じなのは、これも僕が大好きな一作です、『ワン・デイ 23年のラブストーリー』という2011年の映画。これ、傑作です。

7月15日という1日を23年分、2人の男女の人生を並行して追っていく、という作品で。なので、ざっくり言えば、『ふたりの5つの分かれ路』と『ワン・デイ』の構造を合体させて、お話そのものの起伏をものすごく淡~くした、半端なく淡くした一作、という言い方はできると思うんですよね。

ただ……というより、そのお話しそのものの起伏のものすごい淡さ、ごくごくありふれた、なんなら本当に取るに足らないような人生の断片、それこそをかけがえないものとして噛み締める、というこの作品の根幹をより効果的に成り立たせるためにこそ、さっきから言ってるこの、時系列遡りとか定点観測という仕掛けが必要だった、という方がより正確な順番かもしれません。

というのはですね、これが非常に効果を上げているうまいところなんだけども、この時制を遡る構造に、本作ではですね、たとえば年号が出たりとか、字幕などの説明を、一切加えてないんですね。

監督インタビューによれば、入れるか否かで制作陣も意見が分かれたらしいんですが、結果これ、現状の「入れない」で大正解!だと僕は思ってます。というのはですね、その照生の部屋にかけられた、電動のカレンダーが最初に映って。で、カメラが右側にパン、横にグーッと回っていくと、部屋の全体像が映り出されていく。その変化によって、だんだん状況の変化が見せられていく、というね。それが1日の始まり、毎回決まったフォーマットなんですけど。ここ、絶妙で。このカレンダー、年数は出ないタイプ。なおかつ、デジタルじゃなくて、パタリパタリとパネルが回転していくタイプ。

これ、想像していただくと、こういうので年数が出ちゃってたら説明になっちゃうし、デジタル表示でも何か感じが出ない。あと、紙のカレンダーを映すのもなんか芸がない、ということで。非常にこれが効いている。でですね、こういう仕掛けゆえに、観客はある程度能動的に頭を使って、「今はさっきの場面より前の年のはずだから、だからここはこうなってていて。あの人はまだこの状態なのか」などなど、一種パズル的に劇中の状況とかその時制……時制が前であるがゆえのもろもろを、類推して、理解していくことを求められる作りになっていて。

そしてその、観客に求められるパズル性、一種ミステリー的な謎解き性とかも含めたちょっとした能動性こそが、本作においては、この非常に淡いお話を見進める上での、強い推進力になってるわけです。この構造があるから、これだけ淡い話でもエンタメ的に成立している、とも言えるし。当然、この構造があるから、過ぎ去ってしまった時間、日々への哀惜っていうのが、より強まってもいる。その意味では、同じ時間を遡り物でも、『アレックス』っていう作品のオリジナル版とも通じる「時間」というものの扱い方……つまり、もう覆水盆に返らず、というか、その感じが増す、みたいなね。もちろん、(『アレックス』内で)起こる事態の深刻さは比較にもなりませんが。

また、そもそもですね、映画というその時間芸術において、前はこうだったものが、後でこう決定的に変化した、というようなものはですね、この今作のように、同一画角を多用する作品では、非常にその時間芸術としての映画の効果が、より効果的に出やすいというか、際立っている、そういうのもあると思う。ちなみに撮影はですね、時系列順ではなく、劇中の順番通り、現在から過去に向かって撮影が進められたそうで。その撮影の仕方ゆえにですね、伊藤沙莉さん、池松壮亮さん演じるこのカップル、2人の関係性が、時制が過去に行くほど濃密に感じられていくような効果っていうのも、たしかにあるのかもしれません。

■出てきた瞬間、観客全員を味方につけてしまうようなキュートさを持つ伊藤沙莉さん!

でですね、この映画がすごいなと思うのは、その自分の人生に、結果として最も大きな変化をもたらすことになるような事件とか出会いとかっていうのは、意外とそこまでドラマチックなもんでもなかったりする……で、それを体現するかのようなですね、とあるちょっと意外な、しかしめちゃくちゃはまってるキャスティングがあるんで。これはぜひ皆さん、映画を実際に見て……楽しみにしていてください。すごいうまいです。あれのね、まあキャスティングもうまいし、その方もすごくうまいんですけど。

ドラマティックじゃない、自分の人生に結果的に大きな影響を及ぼすこと、っていうのは、逆にですね、その後の人生とは直接は関係せず、ちょっと断絶してしまっているような過去なんだけど、そこにこそちょっとした宝物のような瞬間があった、という……まあ映画『スーパー!』で言うならば、「コマとコマの間の時間」にこそ、やっぱり忘れがたい何かがあった、というような。

でも、たしかにそのいろんなことがあった先にこそ、やっぱり今の自分というのがいるのだから……というようなことを、『ちょっと思い出しただけ』、という。だから今の自分っていうのに関して、今の自分が歩んできた人生とか、たとえば別れてしまったこととかに関して、別にウジウジは全くしてないわけですよ。というような……そしてまた次の日はどうしたってやってくるし、そんな風な「今」も、やがて過去になる。まさにRHYMESTERの「4'13"」のような考え。

そんな人生というものの真理を、ごくごくさらりと、ライトに提示しているところ。「まあ、こういうもんだよね。人生って。さあ、今日も生きよう」みたいな。ここにすごみがあると思いますよね。

そしてね、ここも大事。池松壮亮、伊藤沙莉という、本来であればかなり……ちょっとテイストが違う役者さん同士なわけですよ。この、「他者」感が強い2人のキャスティングが、またすごくうまくいってるわけですよね。だからこそ、「他者」同士の2人が距離を一時だけ縮めた、その尊さも際立つし。でも、結果は違う道を歩むしかなかった感じ、っていうのも、やっぱり納得度がある、というような、見事なキャスティング。

特にね、池松さんが芸達者なのはもちろんですけど、伊藤沙莉さん! もう出てきた瞬間に観客全員を味方につけてしまうような、キュートさ、かわいらしさ。本当に最高です。伊藤沙莉さんが、もう最高に輝いてます。さっきも言ったように、別れ際まできっちり冗談を実は言い合ってるカップルという、このかわいらしさというのもあるし。あとね、タクシードライバーの制服姿も、本当にかわいい。今よく走ってる、あのちょっと背が高い(タクシー)車の、後ろのトランクを閉める時に、ちょっとピョン!って飛び上がるところとか、めっちゃかわいい!みたいな。

あとね、キャストの皆さん、それぞれ素晴らしい、みたいなのはちょっと触れきれなくて申し訳ございません。なによりですね、尾崎世界観さんもおいしい役どころで出ています……これ、ジム・ジャームッシュ映画のトム・ウェイツ風、ということでしたけども。エンディング、まさに「原作」となった……(スタジオサブに指示を出し)もう1回、(クリープハイプの『ナイト・オン・ザ・プラネット』を)聴こう。この曲が流れ出すと……まさにそのために作られた映画なんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど、このイントロが流れ出して、『ちょっと思い出しただけ」って出る、っていう。ここでのもう、見事!というような感慨の深さ、着地の見事さ。でも、なんかドロドロしない、ベタベタしないスマートさ。見事でございました。

自分の、取るに足らない過去の日々の、もう今までちょっと忘れてたようなことを、『ちょっと思い出しただけ』。でもその中に、自分が歩んできた人生のすごく大事な瞬間があったのかな、っていうようなことが噛みしめられるという意味で、僕はちょっとやっぱり、『横道世之介』という素晴らしい名作がありますが、あれとも通じる射程を持った……だから恋愛そのものっていうよりはやっぱり、これは人生の映画なのかなと思いました。

まあどれだけ愛される作品になっていくのかはわかりませんけども、とりあえずは松居大悟さん、ちょっととてつもない傑作じゃないかな、と僕は思います。ぜひ劇場で今、ウォッチしてください! コロナ禍のリアルさ、っていうのもありますんでね。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ウエスト・サイド・ストーリー』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
 

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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