チェルノブイリ子ども基金と「救援カレンダー」

人権TODAY

今回は…「チェルノブイリ子ども基金」という団体が発売している 「チェルノブイリ救援カレンダー」を紹介します。

今から36年前、1986年4月に起きたチェルノブイリ原発事故を憶えているでしょうか。当時のソビエト連邦、現在のウクライナ北部にあった原子力発電所で起きた大きな爆発事故で、2011年の東京電力福島第一原発事故とともに、国際原子力事故評価尺度で最も深刻な事故に当たる「レベル7」に評価されています。事故により原発の周辺約14万平方キロが放射性物質で汚染されました。

「チェルノブイリ子ども基金」はその被害で病気や障がいに苦しんでいる子供たちを、寄付や医療面で支援する団体で、東京都練馬区にあります。この団体はチェルノブイリを取材中のジャーナリストが病気の子どもをもつ母親の訴えを聞き、日本で募金活動を始めたのをきっかけに1991年に設立されました。それ以来、救援金や医薬品やミルク、教材、放射線測定器など救援物資の寄付のほか、放射能汚染地域で生まれた子どもたちが汚染のない場所で1ヶ月程度生活することで健康回復に効果があるとされる「保養」と呼ばれる療養をする施設の運営参加と支援活動を続けてきました。また同団体は毎年、被災地の子供たちの写真を使ったカレンダーを製作して、販売収益を救援金に充てています。今年も2022年版「チェルノブイリ36周年救援カレンダー」が販売されています。

36年前のチェルノブイリ事故はともすれば日本では忘れられがちですが、現在も被曝による健康被害は世代を超えて続いていて、医療面での支援を求めている人たちがいます。汚染地に住む子供たちが現在、どんな健康被害に苦しんでいるかを基金の事務局長・佐々木真理さんに聞きました。

「 私たちが当時手術を受けて支援した子供たち、いまだに支援を続けてまして、もうその人たち30代になって、結婚して子どもを産んで家族を持つ人もいるんですね。事故直後は皆さんも知ってるかもしれないですけど甲状腺ガンが多発したんですね。ほかに白血病などもあったんですけど、最初のうちは原発事故が原因ということも分からなかったですし、甲状腺ガンはそれまで多い病気でもなかったので、現地には医療技術もなかったんです。その後、ドイツなどで治療手術を受けるなど海外からの援助があり、日本人医師が技術を教えたり、医療体制が良くなって甲状腺ガンは少なくなっていったんです。ゼロにはなっていないですけれど。ただ、それとは別にいろんな他の病気が現れて、たとえば脳腫瘍ですとか、腎臓ガンとか血液の病気、いろんな病気の子どもでてきたんですね。そうすると現地の子供たちを支援する団体の人から、「甲状腺だけじゃなく、ほかにもこういう病気の子供たちがいて、この子たちも被害者なので助けてほしい」という声がでてきましたので、ほかの子供たちも支援するようになりました。」(チェルノブイリ子ども基金・事務局長・佐々木真理さん)

このように今でも病気や障がいに苦しむ子供たちがいます。お母さんが子どもの頃甲状腺ガンの手術を受け、子どもも病気の家族や甲状腺ガンの手術をして首に大きな傷あとが残ったり、手術のせいで声帯を傷つけて声がかすれたり、苦しみを抱えているたち人が数多くいるそうです。

こうした被害の実態を多くの人に知ってもらうため、同団体は1997年から「チェルノブイリ救援カレンダー」を毎年製作し販売による収益を寄付や救援資金に充てています。カレンダーは汚染地に住んでいる子供たちのカラー写真と1ヶ月単位のカレンダーが見開きで構成され、開くとA4版サイズになる判型です。今年のカレンダーを見ると、1月にはベラルーシにある「子ども健康回復センター」で保養している子供たちが、基金のスタッフが現地で指導する書道教室で習った「希望」という漢字を見せている写真が載っています。

月々の写真の下には「保養中は健康回復を目指したプログラムが組まれる」「仲間たちとのびのび楽しく過ごすことで心が解放されていく」など保養プロジェクトの効果について書かれています。 

これらの写真を撮ったのは前出の佐々木さんで、この2年間は新型コロナのために渡航できなかったそうですが、以前は毎年ベラルーシやウクライナの保養施設や支援家庭を訪ねて、そこで撮影したた写真をカレンダーに使っているそうです。佐々木さんにカレンダーの写真について聞きました。 

「 もともとカメラにはまったく素人で、きっかけはベラルーシの保養施設に甲状腺異常の子供たちを呼んだ時、子供たちに楽しく日本文化を教えようという「日本文化教室」のボランティアとして参加したことです参加したことです。書道教室や折り紙教室、日本語教室などをやりながら通っているうちに、子供たちのことを忘れたくなかったし、それで写真を撮ってただけなんです。たとえばこの写真(2020年版3月の写真)は直接お家に行って撮っています。 お母さんが甲状腺ガンの手術を受けた人で、子どもの時に保養していて出会ってたんですが、生まれた子どもさんに小児まひがあり、今も日本のある人が支援しているご家族です。もっと知ってもらいたいです。36年経って子どもたちはどうなってるのか、手術を受けて大人になった人たちがどうしてるのか、どういう気持ちなのか、その人たちが日本の私たちにメッセージを書いてくれたりもしてますので、そういうのも読んでもらいたいです。起きた時は遠い国だし、時間も経ったし昔のことだと思いがちですけど、ぜんぜん昔のことじゃない、今も続いているということを日本の私たちにとっても他人事じゃないという気持ちで関心を持ち続けてほしいと思います。」(チェルノブイリ子ども基金・事務局長・佐々木真理さん)

「チェルノブイリ救援カレンダー」は壁に掛け、写真を見ることで、現在も原発周辺に放射線の影響が残っていることを改めて理解できます。日本でも約11年前に福島第一原発で大きな事故がありましたが、36年前のチェルノブイリ原発事故から私たちは何を学ぶべきか。団体の共同代表・小寺隆幸さんに聞きました。

「チェルノブイリの事故ではたくさんの放射能がバラ撒かれて、多くの人が被曝し、被害にあいました。そういう汚染地域に何百万の人々が今も暮らしてるわけです。セシウムは半減期が30年、チェルノブイリの場合はプルトニウムもかなり放出されて、それは半減期が2万年以上です。だから事故から35年経ってもセシウムがやっと半減期になっただけで、プルトニウムは当時と較べても変わってないわけで、その影響というのは少なくとも100年、200年という単位では続きます。そうした核被害をこれから繰り返さないためにも、チェルノブイリのことを記憶し、そして同時に現地の様子を見ながら救援を続けて行くことは、彼らにとってだけじゃなく、むしろ地球全体にとってものすごく重要なことだと思うんです。11年前に福島第一原発で大きな事故が起きてましたけれど、ある意味チェルノブイリは福島の25年後を暗示してるような状況ですから、 福島を考えるうえでもチェルノブイリを考えるのはすごく大事になってます。」(チェルノブイリ子ども基金・共同代表・小寺隆幸さん)

チェルノブイリの事故は過去の出来事ではなく、また遠い外国の事故でもなく、日本にいる私たちと深く関わっている問題だとカレンダーを見ることで感じられます。このカレンダーの収益金は2021年版で約78万円あり、その一部が福島原発事故で被災したの子どもたちの支援に充てられたそうです

2022年版「チェルノブイリ36周年救援カレンダー」は、一部800円で販売されています。(送料が別途かかります)申し込み方法は以下のサイトをご覧ください。
http://ccfj.la.coocan.jp/saishin.html

また「チェルノブイリ子ども基金」では、カレンダー販売や募金の他に被災したチェルノブイリの困窮家庭の子どもを月当たり5000円程度、1対1の関係で支援する「里親制度」という取組みもしています。基金の詳しい活動は、団体のホームページに詳しいので興味のある方は、ぜひそちらも読んでいただきたいと思います。団体の詳しい活動報告が読める会報も掲載されています。 
http://ccfj.la.coocan.jp/index.html

「チェルノブイリ子ども基金」スタッフのみなさん。左から共同代表・小寺隆幸さん、事務局長佐々木真理さん、ボランティアの福島さん

(担当・フリーライター 藤木TDC)

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