宇多丸『マトリックス レザレクションズ』を語る!【映画評書き起こし 2021.12.24放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。   
 

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 宇多丸:   
さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今年最後に扱うのは、12月17日から日本で、本国よりいち早く公開されたこの作品、『マトリックス レザレクションズ』

(曲が流れる)

革新的な映像技術とストーリーで社会現象を巻き起こした『マトリックス』シリーズ、18年ぶりの最新作。前作『レボリューションズ』で人類と機械の争いを終わらせたはずのネオは、再びマトリックスの中にいた。ゲームデザイナーとして暮らすネオの前にモーフィアスを名乗る男が現われたことから、ネオは新たな戦いに身を投じることになる。

キアヌ・リーブス、キャリー・アン・モスなどオリジナルキャストに加え、新たにヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、ジョナサン・グロフ、ニール・パトリック・ハリス、などが出演しております。監督は過去の三部作に引き続き、ラナ・ウォシャウスキーさんが務めています。まあ、(妹の)リリーさんの方はちょっと今回、不参加でございますが。

ということで、この『マトリックス レザレクションズ』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。やはり、注目度が高いということでしょうかね。好きな人も多いでしょうしね。賛否の比率は、褒める意見と貶す意見が完全に半々! まさに賛否両論。「賛否両論」という時はだいたいね、どっちかがちょっとずつ多かったりするけど、これはぱっくり割れている。

主な褒める意見としては、「ちゃんと今、作られるべき『マトリックス』になっている」「旧三部作ときちんと向き合った誠実な続編」などがございました。一方、否定的な意見としては、「斬新な映像表現やかっこいいアクションシーンが全くない」「話が分かりにくいし、話の進み方が鈍重」「メタフィクション構造が多くて分かりづらい」などがございました。ちょっとね、ネタバレを絶対にしたくないんでね。決定的なところはね。気をつけながら(リスナーさんの感想メールを)読んできますね。私もね。

■「今だからこそできるマトリックスをしっかりとやってくれた」

「ペイチェック」さんからいただきました。

「いつも楽しく拝聴しております。初メールさせていただきました。『マトリックスレザレクションズ』、私は満足いたしました。過去の名作シリーズの続編やリブートが氾濫する昨今、話の蒸し返しにもノスタルジーにも終始せず、マトリックス後の我々の世界を見つめ直し、こぼれ落ちてしまったものに誠実に向き合った大変意義深い作品だと思います。本作の白眉はなんと言ってもキャリー=アン・モス演じるトリニティでしょう。作中彼女が置かれていた状況はキャリー=アン・モスを始めとする多くのハリウッド女優が経験したエイジズムによるキャリア形成の困難さを物語っています」。女優さんは歳を取ると役が急につかなくなる、というのは問題にされてますよね。

「『マトリックス』は我々の世界に様々な変化をもたらしましたが、本当に変化してほしかった部分は変えることができなかったのではないか?という反省が伺います。またラナ・ウォシャウスキー監督にとっても自身の手掛けた『マトリックス』シリーズがレイシズムや反ポリティカルコレクトネスに利用されていることに憤りを感じていたことでしょう」。これは後ほど触れます。

「本編での執拗なまでの過去作の引用はどこか居心地の悪さを感じさせますが、それは『マトリックス』が作り手にとって本意ではない受容のされかたをしている我々の世界を反映しているのでしょう。正直な所、映像センス等は昨今のブロックバスター作品の中で輝きを放っているとは言い難く、かつてあれだけ強烈なオリジナリティを持っていたマトリックスが“その他大勢”になってしまったことには寂しさはあります。しかしトリニティとネオの終盤に見せてくれる関係性には、確実に二人だけの中に存在する“セカイ”を感じとることができますし、“その他大勢”になってしまったことも、実はこの二人の関係性を強調するための演出では?という深読みもしてしまうほどです。今だからこそできるマトリックスをしっかりとやってくれたことを非常に嬉しく思います」という。

あと、たとえばね、ちょっと一部しか読みませんけど、「ユンユ」さんという方は、「三部作で語られていたネオの物語はトリニティの存在なくしては絶対に成立しません。今作はそんな彼女の物語、彼女の人生に対しても、現代的かつ最も理想的な終着点として提示してくれたように思います。こうしたシフトチェンジは『ターミネーター:ニュー・フェイト』におけるサラ・コナーの扱い方にも近いものを感じました」。救世主はサラ・コナーなんじゃないか?っていう読み替えがありましたよね。たしかに、たしかに。

一方、ダメだったという方。「マイケルJホワイ子」さん。

「『マトリックス レザレクションズ』をウォッチしてきました。今年ワースト確定です! 私は20代であり、マトリックスの直撃世代ではありませんが、アクション映画として1作目を、サイバーパンクとしてシリーズを楽しむ程度のファンではありましたが、本作は何一つ心躍る場面がありませんでした。大筋としてはマトリックスという映画が受けてきた批評や論争を逆手に取り、メタな視点で物語を進めることで単なるリブートにならないように工夫したかったのだとは思いますが、話の通じなかった人達にも通じるように懇切丁寧に説明するあまりストーリーが鈍重すぎて、一言でいえば見ていて飽きます。

またオリジナルにおいて優れていたワイヤーやスローモーション撮影の多用によるキメキメのアクション、ビッグビートで否応なしにアゲる音楽、黒を基調にした厨二病患者を大量に産んだであろうファッションなどは本作では見る影もありません」。音楽は、このね、これが印象的ですよね。「♪♪♪♪」っていう、この旋律がずっと流れている。これ、また(音楽ライター小室敬幸さんに)解説をしていただきたいですけどね。

「……3部作や、本作など、端的に言えば『愛』をサイバーパンクな世界を舞台に、専門用語や哲学的なセリフで長々と語るのがマトリックスだとは思いますが、作品としての緩急の無さや既視感で大幅に興を削がれてしまいました」という、ダメだったというご意見。実際のところ、世界的にも本当にね、酷評をする人は、ゴリッとしますよね。口を極めて罵る人も多い、という新作でございます。

■僕は本作、断固支持派です!

ということで『マトリックス レザレクションズ』、私も見てまいりました。初めて池袋グランドシネマサンシャインのレーザーIMAXを見に行ってきました。あとね、TOHOシネマズ日比谷のIMAXで、2回見てまいりました。どちらもなかなかの入りでしたよね。ちなみに劇場へ行く際に、皆さん、今回ですね、劇場で売られているパンフ、通常版、特別版、2つとも全く違う内容で、それぞれに揃えて……要するに特別版の方は過去作とかの分析にすごく誌面が割かれていて、全然違う内容で、めちゃめちゃ読み応えあって。なので、2冊買うことをおすすめします!

ということで、2003年の三作目『マトリックス レボリューションズ』で、一旦ね、完結したと思われた『マトリックス』シリーズ、まさかの18年後の続編、新作。で、もうアメリカ本国でも公開が始まりましたけど、激烈な酷評をしている人も結構多いと。で、もちろんその気持ちも分かる……分かるんだけども。ちょっと先に、私なりの大きな結論から言ってしまえば……僕なりにですよ? 僕は本作、断固支持派です!

ということですね。ラナ・ウォシャウスキーさん、まあリリー・ウォシャウスキーさんは今回は不参加ですけども、オリジナルクリエイター自らが、もはやその手を離れ、一人歩きを始めてしまった……文化とか、作品って、そういうもんですけどね。一人歩きを始めてしまった、そして完全に今や陳腐化、もしくは意に反した影響さえ社会に与えてしまった自身のその一大出世作を、自らの手に取り戻すために、誰よりも深くその本質に向き合い、いま作られるべき必然を持った作品として、再構築してみせた……しかも、『マトリックス』という作品世界だからこそ可能になる、超絶トリッキーな、しかしまさにこれぞ『マトリックス』!なやり方で。だから、他のフランチャイズではちょっとこれはやっちゃ……たとえば『スター・ウォーズ』でこんなことやられたら、それは怒り狂いますよ(笑)。「ふざけるな!」っていうことになりますけども。

『マトリックス』なら、アリ!というね、このやり方。元がある種メタ的な構造を持った作品なので、そういう、少なくとも『マトリックス』18年後の現在に作られる続編として、一見ものすごく突拍子もないことをやってるんだけど、実はこれ以上ないほど誠実な……僕も「誠実」っていう言葉が浮かびました。誠実な一作である、という風に僕はとりあえず、結論づけました。とりあえず、ですよ。

『マトリックス』への固定観念が強ければ強いほど、クラクラ、ショックも大きくなる

ただし、そのアプローチはね、特にその、痛快豪快アクション大作!という面を期待していたような層や、旧作をあらゆる意味で相対化されたくない熱狂的ファンなど……と言ってもですね、旧三部作の中でも、二作目の『リローデッド』、三作目の『レボリューションズ』と、どんどんそれまでの価値観が次々に揺るがされたり、ひっくり返されたりしてくるシリーズでもあって。それこそがこのシリーズの醍醐味でもあったはずだろう、とは思うんですけれども。

とにかく、その人にとってのその「『マトリックス』らしさ」に反する、と感じる観客が、まあ結構、当然のように多数出てきてしまう作りでもある。これはしょうがない。たぶんラナ・ウォシャウスキーさんも、それは分かった上でやってると思うんですけどね。さて、それはどういうことなのか?っていうことなんですけど。

本作は、いま言ったような、それまでの価値観が揺るがされたり、ひっくり返されたりするという、そのクラクラするような感覚……特にそれこそ、「『マトリックス』ってこういうもんだよね」という事前の固定観念が強ければ強いほど、そのクラクラ、ショックも大きくなる、という作りなので。

できればですね、もうこの僕の映画時評自体を含め、あらゆる情報をシャットアウトしていただいて。20分後とかに会っていただいて……みたいな(笑)。まあ、『マトリックス』過去作に対する最低限の知識とか、イメージはこれ、必要なので。

でもね、過去作は、軽くでいいです。軽くおさらいしておくぐらいにしておいて、実際にまあキョトンとするなり、「なんじゃ、こりゃ!(怒)」となるなり、僕みたいに「そう来たか! しかし確かにこれぞ『マトリックス』!」と膝を打つなり、とにかくその「いま、自分は何を見させられているんだ?」という、まさに現実がグラつく感覚を、最大限効果的に味わっていただくのがやはり、一番なので。なる早で劇場でウォッチしてください。以上!(笑)

■「常識を変えた」作品だったからこそ、時間が経つと陳腐化してしまう

ということで、ここから先はですね……もちろん、決定的なネタバレはしませんよ。ただ、鑑賞に際して、とはいえこれが分かっておくと一応便利かな、という補助線的になるような、知っていたら知っていたでまあ確実に楽しさが増す情報のみを、気をつけながらお伝えしていきたいと思います。

まず、前提となるのは、過去の『マトリックス』シリーズとは何だったのか?という、これは共通認識として必要なんですよね。

まず、一番革命的だったのは、アクションの構築の仕方、見せ方ですよね。中国からユエン・ウーピンさんをアクション監督に招いて、その「いわゆるアクションスター」ではないハリウッドスターが、本格的な格闘アクションを演じられるようなシステムを構築した。これこそがまさに、その後のアクション映画の歴史を決定的に変えてみせた、特にアメリカのアクション映画を決定的に変えたわけですよね。

で、その流れの延長線上、最先端に、この『マトリックス』ではキアヌ・リーブスのスタントダブルを演じていたチャド・スタエルスキさん……私、2019年にインタビューしました。今回の『レザレクションズ』にも非常に笑っちゃう形で登場しますチャド・スタエルスキさんと、デヴィッド・リーチさんという方が作った、87elevenというスタントコーディネート会社。たとえば『ジョン・ウィック』シリーズ、『アトミック・ブロンド』、『Mr.ノーバディ』、などなどなどを手がけている、というあたり。これ、この番組のリスナーであればね、ある種おなじみの歴史の流れかと思います。

あとはですね、例のイナバウアー!的な(笑)、弾よけのシーン。要するに「バレットタイム」と呼ばれるあれであるとか。マシンガン撮影。あるいはフローモーションなどなど、一作目の、99年当時としてはやはり超斬新だったVFX技術。これも無数のフォロワーを生み、映像文化を変えていった。それに加えてもちろん、そのサイバーパンク的な世界観。で、これは、インターネットが完全に「もうひとつの現実」となっていった、 その後の、今の世界を予言していたようでもあるし。そこにはやはり、ウォシャウスキー姉妹……これ、公開当時は男性だったんですけど、性別適合化を後にすることになるこの2人、姉妹にとっては、「社会の枠に当てはめられた今の自分は、本当の自分ではない」という切実な思いがここには込められていた、ということ。これは後ほどわかったことですよね。

ということで、まさに当時革命的作品だった『マトリックス』、なんだけど。これはですね、真に革新的な作品、その後の常識を変えてしまった作品の、一種宿命でもあるんだけど。つまり、その「常識を変えた」っていうことは、時間が経つと、それはもうただの、「その時代の常識」になっちゃうんですよね。後のね。どうしたって陳腐化してしまうわけですよ。革命的な作品ほど。たとえば、今ね、ワイヤーを使ったアクションとかバレットタイムみたいなものをドヤ顔で出されても、いかにも『マトリックス』みたいなアクションなんかをやってみせても、なんなら一番古くさく見えるだけなわけですよ。それはね。

さらにこれは僕、パンフを読んで「ああ、そうだよね」って改めて思ったんですけど、まあ『マトリックス』の世界観やフレーズがね、たとえばアメリカの極右系陰謀論、いわゆる「Qアノン」の流れの中で引用されるようになってきていると。実際、特に一作目の『マトリックス』は、自分に都合の悪い現実や他者を、陰謀論的に捉えて済まして、イージーにいい気持ちになってしまう、という危うさが、たしかに含まれている作品なんですよね。だからこそ、それを相対化する二作目、三作目が必要だった、という言い方もできるんだけど。

で、まさにその点が、最悪の形で利用されてしまった、という現実があるわけです。これはパンフ、特に特別版の方に詳しく書いてありますけど、リリー・ウォシャウスキーさんも、本当にそういう現状に怒りを表明したりしてたわけです。

普通に考えたら超ナシ!な新作では、画の作り方や演出、全てが全く違うやり方をしている

つまり、ここまで話してきたことをまとめるとですね、『マトリックス』の新作、続編。普通に考えたら超ナシ!な企画、っていうことですよ。だからこそウォシャウスキー姉妹も、ずっとそれに乗り気じゃなかったし。そしたらなんとですね、一時はワーナーが、彼女たち抜きでリブート、リメイク、前日譚、後日譚などなどなど、の企画を探っていたという時期もあると。はい、ここ! 試験に出ますからね!(笑) 覚えていてね。

とまあ、そんな無理筋だらけの『マトリックス』続編、というのをですね、しかしラナ・ウォシャウスキーさんは、あっと驚く超アクロバティックなやり方で可能にしてみせた、というのは冒頭でもお話しした通り。そしてこれはもう、『マトリックス』じゃないと許されないこと、というね。それはどんなもんなのか、ってのはこれ、もちろんご自分の目でたしかめていただきたいんですけど。

あえてもう一本だけ、補助線を引かせていただきますとですね。本作『マトリックス レザレクションズ』は、予告などで出てるからこれは言ってもセーフだと思いますけど、一見、前の『マトリックス』、特に一作目と、あえてほぼ同じことをやってみせているところが多いんですよね。道場のところでね、ローレンス・フィッシュバーンこそ出てませんけど、同じくスキンヘッドのアフリカ系アメリカ人の方とクンフーの訓練をして、それでなんか超常的な力を発揮する、みたいなのもありますし。あえて同じようなことをしてるところに……壁を三角飛びするようなところもありますしね。

しかしですね……これは本作、ご丁寧に、その前と同じことをやっているという時に、まさにそのオリジナルの画と、対比もいちいちしてくれるんですね。非常に丁寧にしてくれたりするのはこれ、わかりやすいんですけど。実はこれ、画の作り方とか演出、全てが全く違うやり方をしています。絵面だけを見ても結構違うことをやっている。なんか皆さん、その「『マトリックス』を見ている」っていうところにとらわれすぎちゃっていて、結構違うことをやっているってことに、あんまり、そこが食らっていない人も多いみたいなんですけど。やっていることは全然違うんですよね。

鍵となっているのは、ウォシャウスキー姉妹の2012年の『クラウドアトラス』。これ、面白かったね。今回、脚本に参加しているデイヴィッド・ミッチェルさんが原作の、『クラウドアトラス』。あとは、これが大きい、Netflixで見られるドラマシリーズ『Sense8 センス8』。シーズン2まであって完結していますけども。特に『Sense8 センス8』は、キャストも結構スライドしているんです。今回にね。なので、非常に重要作なんですけども。

要はですね、撮影監督のダニエル・マッサーセシさんと、ジョン・トールさん。ジョン・トールはすごいベテランですけどね。このコンビによる、柔らかく暖かい自然光を多用した撮影。要するに自然主義的な撮影。なおかつ演技も、即興性を大きく取り入れた演技、演出をしている。非常に自然主義的な演出をしている。で、すごくいっぱいフィルムを回して、編集でそれを形にしていく、みたいなことをしている。あとは、完全にアナログな手法で表現されている超常的現象ですよね。だからその『Sense8 センス8』だったら、場所をテレポートするような感覚とか……まあ今回もありますよね。その現実世界にいる人が、その電脳世界、マトリックスにいる、というのも、単純にアナログな方法、カメラを切り返したらそこにいる、みたいな、そういうやり方で撮っていたりする。まさに『Sense8 センス8』で全面展開されていたことなんですけど。

これって要は、デジタルで作り込んだ……まあ「アニメ的」と言っていいでしょう、完全にコントロールされた、そして緑や黒、青などを基調とした、非常にクールでダークでキメキメの絵作りがトレードマークだった「『マトリックス』らしさ」っていうのと、完全に正反対のアプローチをしているわけなんですよね。

■自身の代表作にメタ的な批評性込みで再び向き合う。このスタンスに似ているのは……

あと、たとえばアクションも、今回はもうネオは……そういう意味では『ジョン・ウィック』がありますから、最先端アクションとしては『ジョン・ウィック』があるから、今回はネオ、絶対に銃を撃たないですよね。あと、ほぼ防御に徹している。で、そのリアリティっていう意味でもまあ、『ジョン・ウィック』的なタクティカル性と、『マトリックス』的な荒唐無稽の、ちょうど間を取ったような、そんな按配になっていたりする。

でですね、このバランスっていうのは、人々を搾取・抑圧するためのシステムだった劇中のマトリックス世界、仮想の現実が、本作では、決して完全に否定されるべきものとして描かれてない……どころか、クライマックス、ある主要人物の口を借りて、はっきり肯定されるんです。「この世界は美しい」って、マトリックスのことを言うんですよ。そういう違いの現れでもあるわけです。本作では、いま我々が生きているこの現実、それが仮にマトリックス、仮想現実だったとしても、いま生きている「この現実」をこそ肯定する、という、そういうスタンスになっている。

そして、それを肯定したその後にこそ、奇跡的な一大飛躍が起こる、という。しかもですね、かつてだったらここ、まさしくバーチャルに作り込まれたであろうその超現実的アクションが、本作では、限りなく自然主義的で、アナログな方法で表現されている。だからこそ、純粋に視覚的に、僕は結構びっくりして。「えっ? なんちゅう撮り方をしているんだよ? 怖いんですけど!」みたいな。ということで、ここにはですね、もはやもう陳腐化してしまった、なんなら有害化してしまった『マトリックス』シリーズを、その本質に立ち返った上でアップデートしてみせる、という、そのラナ・ウォシャウスキーの、気概が込められているわけです。

あと、セリフもすごいし、考え方もすごくて。革命のための革命、それでずっと戦いを続けるってことは、抑圧と同じことだ、とか、すごい話が出てきたりする。まあよく考えてみれば、旧三部作も、敵を完全に排除しつくすとか、システムを完全に破壊しつくすとか、そこを目的にした話では、実は三部作、全くなかったんですよね。どっちかというと、やっぱり社会の押し付けてきた枠組みから自由になって、本当の自分を取り戻す、という、やっぱりそういう話なんだということを、今回で再確認できる感じだと思います。「敵を倒す」のが目的ではない。

個人的には、自身の代表作に、一種メタ的な批評性込みで再び向き合う、というスタンス。あるいは、かつてのように完全に全てをコントロールしようとしてしまうのはもはや退屈、なにかしらの不確定性をクリエイティブの中に取り込んでいきたい、というやり方、そこを模索した結果、というその姿勢において、僕は、『シン・エヴァンゲリオン』に一番通じるかな、と思いましたね。

■観る者の社会に対する問題意識が鏡のように反映される作品だと思う

はい。大丈夫ですね、これね。ネタバレになってませんね? 決定的にはね。とにかく前半の、「一体これ、なにを見せられてるんだ?」感、しかしこれこそたしかに『マトリックス』ら『マトリックス』ならこれ、アリ!というこの部分り僕は超楽しかったですし……あのジェファーソン・エアプレインの「White Rabbit」の流れ。非常に『マトリックス』らしいところなんだけど。「White Rabbit」も、この番組でも特集しましたけどダブ……要するに原曲のまんまじゃないんですよね。原曲を使ったダブじゃないですか。ダブ、リミックスなわけですよ。原曲に見えて、ダブなんですよ。ここも上手い使い方、しますよね。ワクワクさせてくれるし。

そして後半。思いの外ロマンティックな展開ですよね。僕は愛おしいな、と思います。ソウルメイトの話ですよね。赤い糸の話ですよ。「恋愛」って言っていいかはわかんないけど、とにかく一番大事な……要するに結局、他者との繋がりの中にしか大事なことはない、という話なんですよね。エンドロール終了後、ちなみにおまけがつきますんで、皆さんね、気をつけていただきたい。非常に意地悪かつ、笑えるエンドロールのおまけがつくので。まあ、このおまけなんだけど。

あれは要はね、「人にとって本当に大事なことっていうのは、そう簡単に流行ったり廃ったりするもんじゃないよね」っていうことを、逆説的に言ってるんだと思うんですよね。「今、これが流行ってるからこれだ」とか、『マトリックス』でそういうことを伝えたつもりは私はない!っていうのが、このラナ・ウォシャウスキーの、たぶんメッセージだと思うんですよ。その意味で、とても真っ当なことを訴えている作品だと思います。

あとね、やはり見る人それぞれが、その『マトリックス』というシリーズに対して持っているイメージのみならず、今の社会をどう見ているか?っていうところによっても、感じるもの、受け取ることが、大きく変わる作品だと思います。今の社会っていうものに対する問題意識が、鏡のように出てくる作品だと思う。その意味でまさに鏡のような作品というか……表面がグニグニしてる鏡かもしれませんけど(笑)、そういう作品かもしれませんよね。

ということでですね、とにかくまあ、こんな規模で、こんな試みをしている続編は、なかなかないですよ。なかなかな蛮勇ですよ、これは。はい。たぶんもう、非難轟々になるのは分かった上で、ラナ・ウォシャウスキーさんは作ってると思うし。僕はその意欲、買った!っていう風に思いますしね。非常に熱いメッセージも込められていたと思います。とにかくまあ、間違いなくこれ、リアルタイムで……なんかさ、わかったような人の感想を聞いて、勝手にそれを刷り込まれてしまう、それこそがマトリックスですよ?(笑) 刷り込まれる前にですね、ぜひご自分の目で、ぜひ早めにウォッチしていただきたいと思います!

(中略)

宇多丸:はい。ということで来週はムービーウォッチメン、一週お休みとなっております。恒例なんですけどね。お正月ということで、ガチャは来週また回しましょう、ということで。まだ公開状況というか、劇場でどういうのがかかるのかがまだわかんないので。なのでここは、フリータイムです。先ほど『マトリックス レザレクションズ』評の中でちょろっと言ったこと。私の個人的な考えとして、「『シン・エヴァンゲリオン』に構造としてちょっと近いところがある」みたいな。

庵野さんも今回、『シン・エヴァンゲリオン』を撮るにあたって、やっぱりその「完全にコントロールされ切った絵作りみたいなものはもうすっかり退屈だ。自分の頭の中にあるものは退屈だから、不確定性を取り入れたい。クリエイティブのために」ということで、絵作り、レイアウトを決めたりするのに、実際の人間をその仮想空間の中に立てて、それでコンテを、カメラの位置を決めていったりした、というような手法をやっていたということを皆さん、いろんなのでご覧になったと思いますけど。まあ、だからたぶん、その感覚……割と作り込んだ映像みたいなところでやり切ったクリエイターが、「それじゃあ退屈だ」っていうところに行く、っていう意味では近いところがあると思うし。

あと、やっぱりその完全に社会現象化してしまって、ある意味自分の自画像だった作品が社会現象化して、まあ古くもなるし、一人歩きもするしという中で、自分にもう一回取り戻して締める、というかな。で、ちょっとメタ要素っていうかさ、『シン・エヴァンゲリオン』も完全にあるじゃないですか。だからそういう意味でもね、僕はすごい今回の『マトリックス レザレクションズ』は、あえて言えば『シン・エヴァ』……もちろん全然、志向しているメッセージとか、着地するメッセージとかは全然違うんだけど。なんか作り手のスタンスとしては、すごい重なる部分があるのを確認したし。だし、同じようなスリリングさもあるな、と思いましたね。

山本:そこからも来てるんだな。なるほどな。

宇多丸:もちろん、だから過去シリーズのいろんな目配せ、みたいなのは本当に笑っちゃいますけどね。エグザイルと呼ばれるね、追放されたプログラムが、ものすごいボロボロの格好で出てきて、そこで言う今の世代への文句、みたいな。関係ねえだろ?みたいな(笑)。あれも笑っちゃうしね。「次はスピンオフで会おう!」なんてね。あれとかも笑っちゃうし。あと、やっぱりあの、ゲーム会社でみんながミーティングしてる時の、「いやー、『マトリックス』と言えばさ、俺は一作目はなんか哲学で嫌だったね。やっぱり銃っしょ?」みたいな。

「『マトリックス』は一言! バレットタイム!」って(笑)。なんかあのくだりの、わかりやすい、そういうメタのあれもめちゃめちゃ面白かったし。でもそれ、どうなっていくのか? 「えっ、これがどういう構図で絡んでくるの?」みたいなね。でもやっぱりすごく、そこで語られている革命だったり、世の中をどうしていくか、その中でどう生きたいか、みたいなことが、結構やっぱり自分に問うてくる作品でもあるから。まあ、一作目から全部そうなんです。だからそこをちゃんとキャッチするならば、僕はこれはやっぱり「これしかなくない?」っていうぐらいの続編だ、という風に思いました。

逆にみんな、どういうのなら納得したのかね、みたいな。「普通に『マトリックス』っぽい」のが見たかったのかどうか。そんなん、どうよ?って思いますけどね。これ、『マトリックス』だからの話よ。何度も言うけど、『スター・ウォーズ』でやったら怒るからね?(笑) 

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は12月31日に決定します)
(追記:2021年12月31日にガチャを回した結果、2022年1月7日の課題映画は『偶然と想像』に決定)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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