車いすバスケットボール藤本怜央選手のパラスポーツとの出会いとは? TEAM BEYOND presents 伊集院光と喜入友浩とパラスポーツと~史上初、銀メダル獲得!パラバスケットボール日本代表・藤本怜央選手の巻  その3 過去と未来と

伊集院光とらじおと

毎週月曜日~木曜日、朝8時30分からお送りしているTBSラジオ「伊集院光とらじおと」。毎週月曜日9時30分頃からは「TEAM BEYOND presents 伊集院光と喜入友浩とパラスポーツと」をお送りします。東京都のパラスポーツを応援するプロジェクト「TEAN BEYOND」の提供で、パラスポーツについて色々取り上げていくコーナーです。
出演は伊集院光、TBSアナウンサー喜入友浩。

 

▼パラリンピックに5大会連続出場のレジェンド・藤本怜央選手が登場!! 

今回のゲストは、前回に引き続き東京2020パラリンピックで、銀メダルを獲得された車いすバスケットボール日本代表の藤本怜央選手!パラリンピックに5大会連続出場という車いすバスケ界のレジェンドです!

 


 

▼車いすバスケとの出会いは… 

藤本選手は小学3年生の時に採石場で怪我を負い、右膝の下10センチ位を切断しました。
当時の様子を両親に聞くと、藤本選手は切断の事実にあまり驚いていなかったとか。足を切断した後、両親はすぐに義足のパンフレットなど持ってきてくれたそうです。その時の両親の自分への向き合い方、接し方にも助けられたと藤本選手は話します。
元々サッカーをやっていた藤本選手は、怪我の後も義足をつけてサッカーを続けます。監督からは「ボールを蹴ったり走るのが大変だったらキーパーをやったらどうか?」と提案され、キーパーとして小学6年生までサッカーを続けます。「キーパー以外やるのが難しいなら手を使うバスケットボールをやるのはどうか?」と両親から勧められてバスケットボールを始めたそうです。
 

▼車いすバスケットボールを始めてからは…

2004年のアテネパラリンピックで初めて代表に選ばれた藤本選手。初出場で全試合スタメンで出場。しかし、当時の事は「全然覚えていない」とのこと。世界の相手が強すぎて、体感としては「一瞬で終わった」と藤本選手は振り返ります。車いすバスケを始めてから2年で代表に選ばれアテネパラリンピックに出場した藤本選手は「世界と戦うためにアテネパラリンピック行く」というよりは「選ばれたな。よし頑張ってみよう」という感覚だったそうです。
 


▼2024年パリパラリンピックは…

現在38歳の藤本選手。自分から辞退することはしないと決めているとのこと。現役を続行するからにはパリパラリンピックも目指すし、「藤本いらないよ」と言われる時代が来るまでは評価されるように努力を続けるとのこと。「日本代表が強くなるために自分が現役選手としてできることを1年単位で続けていくが何よりも大事」、「東京2020パラリンピックまでは自分のためにやってきたが、今後は日本が安定して強いチームだと思われるように人材を育てていくのがベテランとしての役割だと思っている。何歳になっても『凄いな』言われる選手でありたい」と強く語ってくれました。
 

 

radikoで放送をお聴きいただけます(放送後1週間まで/首都圏エリア無料)

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