第447回「平成み論」

東京ポッド許可局

マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオがお送りしている「東京ポッド許可局」。11月6日の放送では・・・

マキタ:ぶっちゃけ、戸惑ってます。「平成み」って言葉、知ってますか?

2人 :・・・。

タツオ:「〇〇み」すら、受け入れられず、戸惑ってますけど。

鹿島 :味?

タツオ:〇〇っぽさみたいな感じですかね。

マキタ:「平成み」っていうのを結構聞くんです、最近。娘たち世代から。

タツオ:20歳前後。

マキタ:それを言うなら「昭和み」だろう!途中から昭和に参加しました。昭和45年でした。19歳くらいのときに平成になったんです。で、昭和と平成は違う。PKそうだよね?

鹿島 :そうです。朝起きたら元号変わってましたけどね。ビックリしたね。

マキタ:昭和は、悲しい戦争があったとか。激動の年なんて言われて、戦後、復興していって…

タツオ:え!?戦後するの!?

鹿島 :振り返ったね。すごい振り返った。大きく振りかぶりすぎて、2塁盗塁許してるね。あ、いけね!また野球に例えちゃった!

マキタ:そうですよ、巨人なんかも大活躍してて。

鹿島 :これ、とっ散らかっちゃった。風呂敷広げすぎて…

マキタ:昭和みだったら、まだわかるんです。平成はさ、途中から、芸人になって、そういう活動をして、その中でも浮き沈みや流れがあって。昭和が遠く感じて、昭和っぽいねっていうやつが、ようやく自分の中で受け入れられてきて、昭和がネタになる。

タツオ:俺は、平成を受け入れるのに10年くらいかかったから。

マキタ:音楽でいうと、昭和はレコードだった。それがCDになって爆発的に売れた時代を経験して。で、作り方も変わって、アーティストの数や名前とか。これは絶対に昭和になかった。the brilliant green、My Little Lover、Mr.Children、DREAMS COME TRUEとか。昭和は、ちあきなおみ!沢田研二!松田聖子!とか。これは昭和みじゃないですか。

マキタ:今、漠然と思ったけど、俺って本当に生きてたのって、正味何年なんだろう。本当の意味で生きていたのって。芸人になる97、8年くらいまでが本当に生きてた。

鹿島 :毎日いろいろ考えて、悶々とね。

マキタ:そこからの10年は、またちょっと違う人生で。で、2011年以降は、俺はただの通り道。ただの筒型生物だったと思う。

タツオ:よく、何歳で精神年齢が止まってるって話あるじゃん。その年齢って、自分が死んだ歳なんだよ。24,5歳で止まってるんだけど、俺が生きてたの、そこまでなんだよなって思った。

マキタ:だから俺も、1998年くらいまでのことが、一番のネタになってるのかもしれない。音楽ネタやる時、98年くらいまでの貯金でネタを作ってるんだと思う。

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そんなこんなから、話は、どう歳をとっていくかにも及び…全編はラジオクラウドでどうぞ。

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