宇多丸『MONOS 猿と呼ばれし者たち』を語る!【映画評書き起こし 2021.11.5放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

オンエア音声はこちら↓


宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、10月30日から全国の劇場で公開となったこの作品、『MONOS 猿と呼ばれし者たち』

(曲が流れる)

……このミカ・レヴィさんの音楽が、本当に全体に渡ってですね、そんなにいっぱい使われているわけじゃないんだけど、非常に効果的ですね。

半世紀以上に渡って続いたコロンビア内戦を背景に、「モノス(猿)」と呼ばれるゲリラ組織の少年少女たちを描いたサバイバルドラマ。ゲリラ組織の一員である8人の少年少女たちは、人質のアメリカ人女性の監視を命じられるが、ある出来事をきっかけに次第に分裂。さらに敵からの襲撃を受け、ジャングルの奥地に身を隠すのだが……。

メインとなる少年少女の1人を『キングス・オブ・サマー』などのモイセス・アリアスが演じる。あとはあれですね、その人質の博士をですね、ジュリアンヌ・ニコルソンさんという方がやっていて。この2人が職業俳優で、それ以外はオーディションで選ばれた人々、ということでございます。演技経験のない少年少女、もしくはその実際の兵士経験がある方などが演じられました。監督・脚本・プロデューサーを務めたのは、建築家としても活動するアレハンドロ・ランデスさんです。建築家の話はちょっと後ほどもしますね。

ということで、この『MONOS 猿と呼ばれし者たち』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「少ない」。まあ、これはしょうがない。都内でもね、イメージフォーラムでしかやってませんしね。それにしてはこれだけいただいてますから、僕は上出来だと思いますけどね。

賛否の比率は、「褒め」の意見が7割以上。主な褒める意見としては、「事前情報なしで見てみたら最後までどこに連れて行かれるかわからない、すごい映画だった」「圧倒的な映像美と自然。そして後半に加速していく不況和音が強烈」「ドキュメンタリーのような、寓話のような不思議な手触りの作品」などがございました。一方、否定的な意見としては、「前半がやや退屈」とか「つかみどころがなく、見る人を選ぶ」などがございました。ただまぁなんていうのかな、全体的に否定してるような方は1人もおらず、という感じでしょうかね。

■「事前情報がなければないほど、楽しめると思います」

「スルッテート」さん。

「『MONOS 猿と呼ばれし者たち』、見ました。冒頭、高地であるスポーツを楽しむ少年少女たち。時間が経ち、やがて彼らとはどこか異なる女性が出てきて…という展開に、事前情報なしに観賞していた僕は、『一体何を見ているんだ?』となりました。そして、次第に明らかになっていく舞台設定に、突然どこかに拉致されたような心境になりました。終盤になるまで、主役も誰だかはっきりわからないのも、まさに劇中のカオスをそのまま観客に叩きつけた、という印象。

個人的に本作は、『蠅の王』をベースに、スタンリー・キューブリック監督と『地獄の黙示録』ロングバージョン、そして『アポカリプス』の強い影響を受けているように感じました。本作はカオス、混乱こそが真の主役だと思うので、事前情報がなければないほど、楽しめると思います。そして、景色の美しさ・厳しさを感じたいなら、劇場で観るべき作品です」ということで。まさにね。今日も一応、作品解説はしますけど、まあ、そういう事前のあれに当たるものは……もしくはこの作品に、放っておいたら行かなそうな人に、「これはどうですか?」というような情報にとどめたいとは思いますが。「いや、最初から行こうと思ってるから」っていう人はね、もう私は心置きなく言いますね。心置きなく、20分ほど後にお会いするというのもひとつの手ではないでしょうか?(笑)。

一方ね、こんな方もいる。「シンレッド」さん。

「前半はテンポが良くなく、少し退屈でした。ですが、牛の死を機に、やがて全貌がみえてきて、兵の規律が乱れてくるようになってからは、釘付けでした。この若き兵士たちが生きる世界は非常に閉塞的ですが、上には指導者がいて、不満を持ちながら従うもの、疑問を感じているもの、保身を第一に考えるものなど、性格が様々な人物が登場し、まさに世界の縮図のように感じました。やがて、乱れた調律がドミノ倒し的に影響して、生き延びるための行動が生み出す不協和音。不穏な劇伴と相まってどんどん緊迫感を増していき、加害者と被害者が明確だったはずなのに、被害者が誰なのかわからないくらいに崩れていく様は、先読みできないスリリングさを演出していました」。まさにね、途中で単純な被害者とは誰も言えなくなっていくというかね、加害者とも言えなくなっていく感じ。 

「すべてが因果応報とはいえない理不尽さもあるのが世の中。勧善懲悪の枠にはめれば、ある意味ハッピーエンドではあるけれど、ハッピーエンドにスポットが当たっているだけで、照らされていない部分は地獄のまま……そんな印象を受けました。作品内で決着がつかず、放り投げになったままの内容は、現状の社会の山積みとなっている問題点を想起させる。そんな作品でした」というような感想でございます。ありがとうございます。

■全てが非常に普遍的。世界のどこであっても、どの時代であってもあり得る話

さあ、ということで私もイメージフォーラムで、この『MONOS 猿と呼ばれし者たち』を2回、見てまいりました。僕が行った回はね、ぼちぼちという感じでしたけどね。他の回では結構混んでいる時もあったみたいですね。まあ評判が非常に高い作品ですからね。

一応先に言っておきますと、この『MONOS 猿と呼ばれし者たち』という、コロンビアと、全部で8カ国の共同製作ですが、基本はコロンビア映画。現実のコロンビアの情勢……つまり、21世紀に入ってからもずっと反政府武装組織との内戦が続いていて。で、その中で、たとえば幼い時から兵士として育ったような人たちがいっぱいいる、とか、あるいは、その組織の資金稼ぎのために外国人を人質に取って……みたいな、そういう劇中で描かれるようなことも実際に多数あって、というようなことですよね。

で、近年、和平合意がようやく成立したんだけど、まだまだその国内の情勢は不安定で、ちょっとわからない、というような状況。まあ、はっきり具体的な、社会的、歴史的背景というのが実はある作品なんですね。これ、たとえば劇場パンフの中のですね、朝日新聞元中南米特派員の田村剛さんのコラムに大変詳しく書いてありますので。これなんかも非常に勉強になりましたけど。

まあ、見進めていくうちに何となく、そういう状況であることはうっすらながら分かってくる感じではあるんですね。また、そのプロデューサー・脚本・監督のアレハンドロ・ランデスさんも、劇中のそういう若い兵士たちっていうのは、コロンビアという「若い」国家のあり方を象徴している、というようなことをインタビューで言ってたりもするわけですね。

なんですが、同時にこの『MONOS 猿と呼ばれし者たち』という映画はですね、今言ったような現実の社会的、歴史的背景というのを、字幕、ナレーション、セリフ、どのような形でも一切説明していない……ばかりか、むしろ時代も場所も事情も、あえて明確にせず。というのは、あくまでその登場人物たちが限定的な状況に置かれていて、その限定的な知識しか持っていない。そういう登場人物たちの視点にのみ徹して、全てが描かれていく、捉えられていくから、ということでもあるし。

しかも、それがいわゆるドキュメンタリー調ではなく、アートフィルム的な、言っちゃえば大変美しい、あるいは荘厳なタッチで切り取られていく、というような作品であるため……要は、一種すごく抽象化されているっていうか、全てが非常に普遍的な、世界のどこであっても、どの時代であってもあり得る、通じる話にも見えるように、ちゃんと作られているし。もっと言えば、ほとんど神話的と言ってもいいような……つまりその、人間の変わらぬ本質を抽出しているような、そういうシンプルな重々しさ、みたいなものもたたえていたりしてですね。

なので、たとえばその「少年兵物」っていうのは結構あって、近年でも『ジョニー・マッド・ドッグ』とか、『ビースト・オブ・ノー・ネーション』とか、いろいろありますけど、本作『MONOS』は、そういった作品の……いろんなもちろんトーンの差、タッチの差はあるけど、まあでも「社会派」ですよね。具体的な社会状況を背景にした、社会派感っていうのは、ちょっと実はかなり薄めで。

むしろ近いのは、このコーナーで言うと昨年10月20日に取り上げた、『異端の鳥』。あれも、東ヨーロッパのホロコーストを背景にしてはいるけども、やはり極度に抽象化された作りでしたよね。あのバランスであるとか。今年9月3日の『オールド』評の中で、シャマランがその『オールド』の参考にした作品ということで僕、その評の中でも触れています、ニコラス・ローグの『美しき冒険旅行』っていう作品があって。これもその、文明社会と隔絶した一種の「楽園」で、原初に帰る少年少女、その神話的ですらある美しさ、みたいなところとか。そっちの方により近いテイストの作品、と言えると思うんですよね。

もちろんその源流にはですね、これも当然のように監督自身が参考元として挙げているように、先ほどのメールにもありましたけど、『蝿の王』とか、まあ『闇の奥』というか『地獄の黙示録』というか……みたいな、といったあたりがはっきり源流としてあるわけですけど。

■抽象的な四角い巨大な物体が、美しい高原のど真ん中に、ドーン!と「生えている」

ちなみにですね、このアレハンドロ・ランデスさんという方。映画はこれまで、過去に2本撮っていて。一作はドキュメンタリー。2007年の『コカレロ』という、ボリビア初の先住民の大統領を描いたドキュメンタリー。最初はドキュメンタリーから始まってるわけです。

で、二作目が面白くて。2011年の『ポルフィリオ』という作品なんですけど、警察の流れ弾にあたって半身不随になった男が、車椅子に座ったまま、手榴弾をおむつに隠して飛行機をハイジャックした、という実話を元に、なんと本人をキャスティングして作ったという、これは劇映画で。で、僕は申し訳ありませんけどこれ、現時点では予告編しか見られてないんだけど、それでも伝わってくるのは、その本人をキャスティングするという意味で、そういうリアルを徹底させながらも、タッチは全くドキュメンタリー的ではなくて、アートフィルム的、みたいな。

要は今回、現実をベースにしながら作品としては極度に抽象化、普遍化を目指してみせるという、今回の『MONOS』で決定的なものとなるアレハンドロ・ランデスさんのスタイルというのが、この『ポルフィリオ』という作品からもう既に出来上がってるな、というのが分かるわけなんですね。最初はドキュメンタリーから出発したけど、結局ドキュメンタリー的な方に行かない、というかね。題材はドキュメンタリーでやってもおかしくないものなのに、という。

で、さらにちなみに言うと、この人、本当に驚いちゃうんですけど、実は建築家としても世界的に評価される仕事をされているレベルの方でして。皆さん、ぜひ検索でですね、「マイアミ カーサ・バイーア」という邸宅。これを彼が建築、デザインしてるんですけど。すぐ画像、見れると思いますけど。むちゃくちゃモダンできれいな建物なんだけど、不思議とやっぱりこの『MONOS』という作品のたたずまいと、似たものを感じるのは僕だけでしょうか? 「いや、そうではないはずだ(反語表現)」みたいな感じで、まあ実際、監督自身も、その自然素材みたいなものをガン!と使ったりとかっていう、『MONOS』と通じる建築思想を持っている、ってことをおっしゃってたりするんですけどね、このカーサ・バイーア。

でですね、実際にこの『MONOS』という作品の前半、非常に印象的な、ある建築物を中心とした土地が舞台となっています。まあその、映画を見ている限りではどことも知れぬ、高原ですね。何で高原ってわかるか?って言うと、時折、雲海が下に見えるんですよね。ものすごい高いところだし、美しい場所です。その丘の途中にですね、まるで本当に『2001年宇宙の旅』のモノリスのようにですね、巨大なコンクリート、四角い建築物の跡がですね、今は廃墟なんでしょうけど、それだけにもうただ抽象的なコンクリートとしてあるような四角い巨大な物体が、その美しい高原のど真ん中に、ドーン!と立っているんですよ。というか、「生えている」っていう感じです。 

で、その中で、その空間で、本当にまだ少年少女と呼ぶのがふさわしい年齢、雰囲気の若者というか、まだ子供っていう感じの子たちがですね、「とあるスポーツ」に興じているわけです。このとあるスポーツが非常にまた、シンボリックな感じに使われてるわけですけど。非常にシンボリックな幕開け。で、そこに、異様に屈強な男が馬でやってきてですね、彼らにその、軍事教練めいたことをやり出すわけですね。で、その過程で我々観客は、その若者たちそれぞれの存在を、「ああ、たしかになんかそんな感じ」なニックネームと共にですね、徐々に認識していくわけなんですね。顔(のアップ)と、そのニックネームが呼ばれるんですけど。 

■少年兵たちにとっては内戦の大局なんてぶっちゃけ、あんまり関係ない

なんか、絶妙なんですよ。「ああ、まあそんな感じ」みたいな。「ああ、“ドッグ”って感じ。“スウェーデン”って感じ」みたいな、それで何となく覚えていくんですけど。で、実際にその屈強な男……メッセンジャーと呼ばれる男はですね、コロンビア最大の反政府ゲリラ組織FARCの兵士だった人、ということらしいですね。少なくとも劇中では……だからこの組織もきっとFARCなんですけど、でも少なくとも劇中では、この彼らを仕切っているのはどこの組織、というような具体名は出てこないし。もっと言えば、途中ですね、基本その若者たちは暗視カメラ越しに怯えながら「見る」ことしかできない戦闘シーン、っていうのがあるんですけども。その中でも、その「敵」がどの勢力かとかも、一切語られないわけですね。

要はですね、少年兵たちにとっては、この内戦の大局、大きな局面なんてぶっちゃけ、あんまり関係ないんですね。それよりも彼らにとって大事なのは、「牛の世話どうすんだ」とか、「あいつら付き合いだしたから、ベッドルーム作ったげよう」とか、そういうやはり、どこか世俗とちょっと隔絶した、政治性なんていうのは一番隔絶した、一種彼らだけの「楽園」での生活というのを生きているわけです。まず、この生活描写が、もう本当に彼らがここで生活している、こういう子たちにしか見えないリアルさ、というかね。

でも、ドキュメンタリータッチとも違う。すごく生々しいものが描かれているのに、絵画的、アート的なんですよね。とってもそのタッチが、すごく独特で、印象に残る感じです。なんだけど……非常に楽園的でね、パラダイスにも見えるわけです。エデンの園、といった感じなんだけども、傍らにはですね、常に実弾がたっぷり装填済みのライフルとですね、そして、不穏に鳴り響くティンパニー。

これ、本当に音楽のミカ・レヴィさんが……『アンダー・ザ・スキン』とか『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』とか、そういうのをやってる人ですけど。ミカ・レヴィさんがすごいいい仕事をしていて。不穏に鳴り響くティンパニーがですね、まあ組織の厳しい掟がやはり彼らをどこかから監視、拘束し続けている、ということを要所で示していたりもするという、そういう塩梅なんですね。

で、これ実際にですね、これは『BANGER!!!』というサイトに載っていた監督インタビューによればですね、ゲリラによるその誘拐被害者の多くはですね、こんなことを言うんだって。「地獄のような日々だった」。でも同時に、「今まで見たことがないほど美しい場所だった」って。みんな、こう語るんですって。またですね、その人質の世話は、身分の低い少年兵などに任されがち、というのは、これまた各国のテロ組織共通なんだそうです。なのでこれは、非常に実はリアルをベースにはしてるんですね。

■子供ならではの、原初的な欲望・暴力の支配する空間。だから1個バランスを間違うと……

で、本作この『MONOS』の中でもですね、ジュリアンヌ・ニコルソンさん演じるアメリカ人人質、通称「博士」とですね、その少年少女兵たちの、ちょっと一口には説明し難い入りくんだ関係性、距離感が、要所でさりげなくも決定的なさざ波を起こすあたりが、ひとつの見所になっておりまして。たとえばですね、人質に取られていて。で、無線越しに彼女は、そのお子さんの安否をたしかめたくて、とにかく必死で訴えるわけですね。非常に彼女にとっては切実な場面ですよね。

なんだけど、その周りにいる若者たちは、英語がわからないこともあって、若者たちにとっては目下の最大の関心事は、全然別のことなわけですよ。その笑ってしまうほど残酷な、絶望的な溝、乖離。そこが明らかになる。で、その博士がすごく絶望的な顔になる。「えっ? 私にとってこれだけ大事なことなのに、この子たちはそっちの方が大事なの?」みたいな。あるいはもちろん、通称スウェーデンという女の子がいるんですけど、スウェーデンとの互いの思惑の、何とも言い難い微妙さを含む一致とズレ……というのが、最終的に行きつくところ。最終的にある、非常に悲劇的な結末を招くんですが。とかですね、非常にスリリングだし、ハラハラするし、もぞもぞするし……みたいなことが描かれていく。

そして先ほど「楽園」と言いましたが、もちろんそれは、先ほども言ったように正しく『蝿の王』的なですね、要するに大人社会の秩序、制御、コントロールを受けていない、子供ならではの、全てがむき出しになった、原初的な欲望とか暴力の支配する空間でもあるわけです、同時に。だから、1個バランスを間違うと、非常に残酷な空間にもなっていく。

特にですね、前半舞台になっている、とはいえ「見晴らしがいい」高原の中、そこがまず舞台になっていて、そこはまだ牧歌的なんですよ。いろいろ悲劇は起こるけど、まだ牧歌的なんだけど。そこを出ていくことになり、後半、場所で言うとメデジンから車で5時間、最近まで右派・左派組織の戦闘地域でもあって、違法の砂金取り……これ、違法の砂金取り、途中で出てくるおじさんって実は、たぶんそういうことですね。違法の砂金取り、ガリンペイロ以外は足を踏み入れなかったジャングル。

ほぼ手つかずだったジャングルに舞台が移ってからは、その全編で見事な撮影をしているカメラマンのヤスペル・ウルフさんという方による画面もですね、その高原での本当に荘厳さ、絵画的とも言ってもいい、非常に引きのショット……当然、空間が広いですから、非常に引きの、ちょっとデカい空間の中で、子供たちが楽園の中で生きてるような感じのショットが多用されていたところから、打って変わってこれがジャングルに行くと、もうカメラは、引きようがないわけです。周り、ジャングルですから。人物に寄るしかない。非常に圧迫感のある構図ばかりになり、文字通りいよいよ「先行きが見えなくなった」登場人物たちの状況、心情といったものと、端的にそれをビジュアルでシンクロする、っていうか。端的にそれを伝えているわけですよね。

■小難しい映画のように思う方もいるかもしれない。これ、もったいない。全然違うんですよ

また、これも『BANGER!!!』の監督インタビューによればですね、ダニエラ・シュナイダーさんというプロダクションデザイナーがこれ、非常に工夫して、いろんな紛争地域のミリタリーウェアを組み合わせた、という少年たちの衣装。これ、とっても各々の個性を象徴していて。おしゃれだし、でも戦闘服だし。めちゃめちゃいいんですよ、これ。俺、今年のシネマランキングで、「ベストスタイリング賞」を作ろうかなっていうぐらい、本当にいいんですけど。これ、高原ではそういういろんな服を着てるんだけど、ジャングルに場所が移ると、彼らは暑いこともあって、どんどん「裸」になっていく。つまり、どんどん野生化していくわけですよね。

そして、野生化からさらに事態が進むと、これは本当に『蝿の王』とか『闇の奥』よろしくですね、彼らが新たな「部族」化していくわけですね。そういうビジュアル的な変化、そのインパクトも、本当に強烈な作品でして。あのね、ジャングルのゲリラ戦で音を立てないため、という一応プラティカルな理由は元にはあるんだろうけど、それが要するに彼らが部族化していくに従って、プラクティカルなコンバットテクニックがどんどん様式化された結果、あの、極端な歩き方。あれ、忘れ難いですね。見終わった後、ついつい真似したくなってしまいます。あれとね、口の手の平を使ってチューチューやる、あの通信方法とかね……ああいう通信方法は実際にやってるみたいなんですけど。

そんなこんなでですね、極めて恐ろしい残酷な現実。というのを描きながらも、あくまでそれをアート的で、美しいタッチで、要するに人間の原初の姿を描くがごとく、普遍化、神話化していくかのようなこの本作……と、こういう言い方をするとですね、あたかも、小難しい映画のように思われる方もいらっしゃるかもしれない。「ああ、イメージフォーラムでやっているアート映画でしょう?」って。それで二の足を踏んじゃう方もいるかもしれないと思って。これ、もったいないです。全然違うんですよ。

■アクション映画としてもすさまじいです、この映画

むしろ、セリフによる説明がクドクドいらない程度にシンプル、っていう言い方もできるわけです。つまりその、「原初的」なのは実は、映画としての語り口としてもそうで。つまり、サイレント映画的な語り口ができてる映画、とも言えるわけですよね。そういうサイレント映画の語り口の「強さ」を受け継いだ映画、いろいろありますよ。『アポカリプト』もそう。『マッドマックス』もそう。みたいなところ、ありますけど。『スター・ウォーズ』だってそうですよね。というところ、ありますけど。 

今作もそのうちに数えられる。たとえば、ジャングルに舞台が移ってから2度ある、逃走・追跡劇のスリリングさ。ほとんど『アポカリプト』です。本当に先ほどのメールにもありましたけど。博士の脱出シークエンス、あの、蚊に襲われてビニール袋をかぶり……っていうね。そこも本当にすごまじいですし。その直後……本当にね、危機また危機で連続するんで。「わーっ、蚊に襲われた。袋をかぶる!」って。

そしたら今度は、夜、体育座りして、ちょっと人心地ついている、ってなったら、後ろから、まさかの……これ、ちょっと言えませんけど。こうやって体育座りして座っていたら、後ろからまさかの……「ドサーッ、ギャーッ!」っていう。このショットの、ショッキングなこと。そしてスケール感。すごいですよね。一難去ってまた一難。もう手に汗握る逃走劇。もうアクション映画としてもすごいわけですよ。

アクション映画として何がすごいって、これ、終盤。これは言いません。とある人物です。劇中最も他者に対する共感力の高さを見せていた、非常にノンバイナリー的なムードを持つあの子がですね、今や新たな「部族」となったその少年たちによって追われる、あのクライマックス。何しろあの激流シーンですよね。あんなの見たことない。もちろん安全対策して、なんかカヤックチームに協力をしてもらって、なんてことを言ってるんですけど。いや、それにしたって、マジでどうやって撮ってるの、あれ? ノースタントだって言うしね。

いや、ちょっとね、いろんなアクション映画、スペクタクルシーンを見てますけど、ちょっと見たことがない場面になってますね。アクション映画としてもすさまじいです、この映画。僕はあの『ROMA/ローマ』の、溺れかけ長回しショット以来の衝撃を受けましたね。ちょっとね。

高原の建造物が『2001年宇宙の旅』のモノリスに見えるのは、たぶん偶然じゃない

で、なおかつ……そうやって、だからその手に汗握る展開。だから実は非常に分かりやすい映画でもあるんですが、でもその上でやっぱり、鑑賞後に見たものにさらなる思考を促して、そういう余地を残してくれるところももちろん、本作の優れたところで。

たとえば、「内戦」「少年兵」っていうのはね、もちろん今のところ、日本で暮らす今の我々の日常とは、遠い話に思えるでしょう。それは当然。ですけどね、なんでこういうことになっているか、と言えば、その恐怖と裏返しの暴力による支配。で、その主導権を誰が取るかを巡ってまた起こる争いとか暴力、っていう、その「猿山の猿」的な構造というのかな。猿山の猿的な本質ね。猿だって社会はあるわけですから。まさに『MONOS』ですよね。それは我々の社会を構成している基本要素と、何ら変わりはないじゃないですか。その、恐怖を感じて……たとえば隣国に恐怖を感じて、防衛費をアップすることとかと、なんら変わりないわけですよね。 

つまり、この映画で描かれたような構図、心理を、知性、理性で克服しない限り、人間は猿のままだ、っていうことですよ。そういう射程の長さを持ってる作品ですし……つまり、高原の建造物が『2001年宇宙の旅』でのモノリスに見えるのは、たぶん偶然じゃないんです。という作品です。

アレハンドロ・ランデスさん。これね、この人、たぶんこのまま映画を撮り続ければ……建築でどの程度また行くのかはわかりませんけど、このまま映画を撮り続ければ、これはかなり、半端ない域の巨匠になっていくんじゃないですかね。と思います。ということで、(未来には)まあ巨匠がついに本当にその本性を表した一作、となり得ると思いますので。

そして、先ほどのメールにあった通り、大自然に包まれる感覚を味わう……あと、その音のすごさですね。それを味わうにはこれ、やっぱり映画館しかないでしょう。ぜひぜひ映画館でやっているならば逃さずに、ウォッチしてください!



(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ハロウィン KILLS』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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