父から学んだ「芸は人なり」~林家三平さん

コシノジュンコ MASACA

林家三平さん(Part1)

落語家。1970年、東京台東区根岸に落語家の林家三平のもとに生まれます。大学在学時代に林家こん平に弟子入りし、31歳で真打昇進。2009年には二代林家三平を襲名。シンガポールや中国など国内外で活躍しています。

JK:聖火リレーで偶然同じグループでね! 暑かったわね~。 

林家:2人とも台東区の代表ということでご一緒させていただいて。「あれ久しぶりね~」って言って。トーチ重かったですよね! 

JK:意外にね! あれ本当に持って走ったら大丈夫だったかな? と思うぐらい。 

林家:持った瞬間は重くないんですが、ずーっと持ってると重くなりますよ。それに「15分以上は熱いので持たないでください」って言われました。だから今日のトークもアツいと思います! 

出水:そうなんですね! 燃やしていきましょー! 三平さんはパラリンピックの応援大使でもあるんですよね? 

林家:亡くなりました師匠のこん平と大使をさせていただいて。障がいをお持ちの方でもこれだけ頑張っている方がいる。すごかった! 感動を与えてくれましたね。師匠はそれを見ることなくあちらの方へ旅立ってしまったので・・・でも師匠がいつもいるような気持ちになりました。 

JK:それはよかった。私もパラリンピックで皆さんが頑張ってみるのをみて・・・素晴らしい! これからも日本のパラリンピックの教えをきちっと伝えていきたいわね。 

林家:みなさん笑顔が素敵なんですよね! とくにボッチャは見ているだけで楽しくなる! もっと広まるんじゃないですかね? ああいう競技をみんなが興味持つっていう。 

JK:下町のあちこちでやっててもいいと思う! 流行るといいですね。これから流行らせたらいんんじゃないですか? 

林家:いいですね! ただ賛同してくれるかわからないですが(^^)僕もボッチャやったんですけど、意外とボールが重いんですよ。ゲートボールの投げるバージョン、カーリングみたいな勝負感が面白いですよね。手に汗握るっていうことが去年今年はあまりなかったじゃないですか?  

JK:身近なスポーツで実現できるといいですよね。これで終わりじゃなくて、始まりにしないと。 

林家:そう。Stay Homeでオリンピック何かできないかっていう時に、ボッチャとかで家の中でも楽しめるようになりましたね。

JK:私、三平さんのお父様と仲良かったんです。どういうわけか親しくしていただいて、おうちまで呼んでいただいて。すっごくチャーミング! サービス精神がすごいじゃないですか。暮れに根岸の家でお餅つきやってましたでしょう? それに行ったんですよ! 

林家:元気なころですね。毎年やってました。 

JK:リアルに思い出しますよ。縁側みたいなのがあって、お庭でぺたんこぺたんこやるんですよ。私もやらせてもらって(^^)そんなの急に思い出しちゃった。 

林家:あの当時は活気があったもんですからね、年末にお餅をつくというのは栄えてないといけない。噺家は栄えてないといけないって・・・。丸めて、そのまま食べたり雑煮に入れたり。時間が経つと、カビを取ってかきもちにするんですよ。 

JK:日本ってすごいですね! お米からいろんな食べ方があって、バリエーションがあって。それこそSDGsだわ。 

林家:そうですね、下町の文化って結構SDGs多いような気がします。大根の端まで大切にしますからね! 葉っぱのところはおみおつけにして、辛いところはぬか漬けにして。余すことなく全ていただく。

JK:日本ってそういう精神がありますよね。 

出水:三平さんのお父さんの初代林家三平さんは、肝臓がんを患って54歳で亡くなっていますね。 

JK:若かったわね。

林家:お弟子さんがみんなうちの親父の歳を超えました。そんな私も50なんですけど(^^;)あと4つであの貫禄は出ないと思うんです。 

JK:髪の毛チリチリにしたらどうですか(^o^) 

林家:あれね、パーマかけてないんですよ! 天パ! サイドを柳屋ポマードっていうので固めてたんですよ。だから「林家なのに柳屋ポマード」ってよく言ってましたね(笑) 

JK:えっ、本人が? いま作ったんじゃなくて?? 

林家:家に帰ってくると、お父さんってよく気難しくなったりするじゃないですか? でもご覧の通り、うちの親父はおんなじなんですよ。親父が早く家に帰ってきたときがあって、おやつに羊羹を食べてたら、「羊羹はよう噛んで食べなさい」って。当たり前のベーシックなギャグなんですけど、それを三平が言うから面白いんですよ。がっかり小噺が面白小噺になるんですよ! 

出水:でも本当にお父様の口から出ると、みんな笑ってましたよね。 

林家:笑わざるを得ない状況(^^)サービス精神なんですよ。端っこに座って気難しい顔をしている男の子やディレクターさんに向かって、しゃべりかける。そういうところがありましたね。そういうところがありましたね。本番にギスギスするのはいやですから。前説みたいなこともやってました。あの偉大なる三平が! 

出水:えーっ! 

林家:せんだみつおさんのことを「洗濯屋さん」って呼んで、「違う、せんだみつお!」「洗濯屋さん」「せんだみつお!」「いいんだよ、せんださん。洗濯屋さんっていうだけで君のことを覚えてくれるんだから」って。 

JK:何やってもチャーミングだから。でいつも笑ってる。怒った顔って見ました? 

林家:2度だけ見ました。約束を守らなかったことですね。テストで80点以上取れなかった。あとクリスマスにサンタさんにお願いごとが4つあった(笑)この2つは本当に怒られましたね、「最低でも2つにしなさい」って(^^)

出水:ちょっと多すぎたんですね(^^;)お父様から言われたことで、今も大事にしていることってありますか? 

林家:やっぱり噺家としていえることですが、「芸は人なり」。人が芸に出てくるんで、いくら技巧があろうが、最終的には心が出てくる。もって生まれたものが大切だよ、ってことを教わりました。本当に素直な人でしたからね。上野公園を走ってて、「三平さん、がんばってますね!」「ええ、オリンピックが近いもので」って言いますからね(笑) 

JK:そういうことがポッと出てくるのは感性というかセンスですよね! 感性の塊だったわね。 

林家:舞台に出るときも、「師匠、ここ足元が暗くなってるんで気を付けてください、マイクはその先にあります」「ああ、マイクラフォン」って(笑)まぁダジャレですよね! ダジャレって日本人が世界に誇る文化だと思います。 

JK:機転が利かないと出てこないわよね! ダジャレの先駆者ですね。 

林家:よく親父ギャグってみんなバカにするかもしれませんが、頭が柔軟じゃないと出てこないんで・・・父はそれを僕に教えてくれたような気がしました。

林家:「どうもすいません」説っていうのがあって・・・父が接着剤のコマーシャルをやったんです。割れたお茶碗をくっついて「最高!」ってやるところを、お茶碗が落ちちゃって、半分に割れちゃった。それを見て「わわわ、どうもすいません」っていうのがウケたんです。本当に困ったときに、本当のギャグが出た。それが生涯のキャッチフレーズになったっていうね。 

JK:ああ、そうだったんですか! マイナーなものもプラスにしていく、コロっと変わる。それが定着したのね。頭をこうやるじゃない? 

林家:これ角度がね、斜め45度なんです。ちょうど滝川クリステルさんと同じぐらい? 

出水:ははは! そんな厳密な決まりがあったとは! 
 

==OA曲==

M.  ルビーの指輪 / 寺尾聰

ツイート
LINEで送る
シェア
ブクマ