【音声配信】「ケアってなんだろう?~令和時代のつながりと責任の話」Part8▽塚越健司、山本ぽてと、吉川浩満、小川公代、倉本さおり、河野真太郎【文化系トークラジオLife】

文化系トークラジオ Life ニュース版
吉川浩満さん(撮影:ササキミチヨ)

↑吉川浩満さん(撮影:ササキミチヨ)         
吉川浩満、小川公代、倉本さおり、河野真太郎、山本ぽてと、塚越健司 

 ○ゲストの皆さんの「最近ケアしたこと/されたこと」 
仲間の書評家の間で「書評家ルームシェア」をしようという話(倉本)  
 →部屋に本が積まれてても悪感情がない(倉本) 
・最近のケアは8時間寝る。夕暮れ時に公園で本を読む(塚越)  
 夕食後に仕事とは関係のない本を猛スピードで読む(塚越) 
・吉村萬壱著『臣女』。夫の不倫のせいで妻が3メートルに巨大化。  
 妻の身の回りのことをひたすらしていく。  
・小坂井敏晶著『責任という虚構』を読んで、自分が信じていた責任が崩壊した(メール) 
・コロナで外出しなくなって、画面越しのケアをしている(小川)  
 →甥っ子たちにオンラインで英語を教える(小川)  
 →英語が上達して『フェルマーの定理』を読むように。それまでと違う目の輝きがある(小川)  
・甥っ子と共有する時間の大切さとそこから化学反応的に生まれる何か(小川)  
・自分がこれまで蓄積してきたものを誰かに伝える中で 相手が何を求めているか探り当てて触れた時に「ケア」が存在している(小川)  
・「コロナ禍」「テクノロジー」「小川さんの個人の経験」「甥っ子さんの興味」全てが合致している(吉川)

〇マイク・ミルズ監督作をめぐって 
男性が男性のケアについて語ることの難しさ(河野) 
・マイク・ミルズ監督作『人生はビギナーズ』。同性愛者の老後を描いている(河野)  
・同じくマイク・ミルズ監督作『20センチュリー・ウーマン』。少年が下宿の女性たちをケアする。男の子の成長物語としては異色(河野) 
・マイク・ミルズのパートナーは小説家ミランダ・ジュライ。ぶっ飛んだ小説を書く(倉本)  
 →ミランダ・ジュライのインタビュー集『あなたを選んでくれるもの』がめちゃくちゃ面白い(倉本)  
 →フリーペーパーに「売ります/買います」広告を出す人を訪ねて話を聞いてみる(倉本)  
 →広告を出している人のほとんどはパソコンを持っていない社会的マイノリティな人々(倉本)  
 →フリーペーパーの広告ということは、紙をめくる。電話をかける。フィジカルな行為。そこに何がしかのケアが含まれている(倉本)

・『人生はビギナーズ』。歳を取った同性愛者は『見えない人間』のように不可視化されてきた(吉川) 
・『20センチュリー・ウーマン』は女性同士の連帯の話ではなくて、男性がどうやってその中に組み込めるか?(小川)  
 →シスターフッドの中に男性が入ること(小川)  
・芥川賞を取った李琴峰さんの『彼岸花が咲く島』は『20センチュリー・ウーマン』と同じフレームワーク(小川)  
 →女性ばかりの国に男性は入り込めない。少年がその国の言語をこっそり教えて貰いケアの価値を学んでいく(小川)  
・『彼岸花が咲く島』は5年以上前だったら受賞はあやしい。機運が高まっている感じ(倉本)

・松田青子さんの『ワイルドフラワーの見えない一年』が文庫化にあたって、表題を『女が死ぬ』に変更(倉本)  
 →「女が死ぬ」というタイトルは数年前なら誤解されていた。時代とともに更新されていく言葉への感度が明確にある(倉本)

・今準備している本ではマイク・ミルズ監督作を激推しします(河野)  
 →現代ビジネスの河野さんの記事が凄く面白いので片っ端から読んで欲しい(小川)

○コロナ禍のケア 
ワクチン1回目の時に実家からマンゴーと従兄弟が作ったクッキーが送られてきた(山本) 
・祖父が亡くなり落ち込んでいた時、吉川さんと飲み会で一緒になり飲みすぎて号泣(山本)  
 →カラオケに連れてってくれて吉川さんが気持ちよく持ち歌を熱唱(山本)  
 →優しくされるより慰められた。逆に気持ちが楽になった(山本)  
 →私自身迷った。良い事を言う仲でもないのでカラオケにでも行く位しかなかった。窮余の策(吉川)

・今年の春に祖母が亡くなった。ターミナルケアは母と妹が担った。私はグリーフケアが出来ない状況(吉川)  
 →コロナ禍で、ケアする人が一部の人に負担が集中(吉川)  
 →独居している母親とFacebookのメッセンジャーでやり取り(河野)

○看取りの問題 
夏川草介さんの小説『臨床の砦』。看取りにどこまで重きを置くのか(小川)  
 →全ての病室にiPadを置く、看取りのために特別な部屋を作るなど主人公の医師が尽力する(小川)  
 →ケアを語る時に医療の話をしないでは済まない(小川)

○ヴァージニア・ウルフ『病気になるということ』 
『ケアの倫理とエンパワメント』で基軸になっている枠組みはヴァージニア・ウルフの『病気になるということ』の「横臥者」と「直立人」(小川)  
・上から目線ではない関係性をどういう風に築いていけるか?ウルフのエッセイは色んなヒントを与えてくれる(小川)  
 →ウルフは自分自身が横臥者だった(小川)  
・想像力が大事。シンパシーもエンパシーも入っている(小川)

・ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』。舞台は1923年。主人公のクラリッサは病み上がり(河野)  
・カミュの『ペスト』は群像劇。社会の全体をリアリズム的に表現しようとする(河野)  
・ウルフの病の表象はリアリズム的な集団性でもなく、完全な個人でもない。個人/集団の二択ではない何か(河野)

text by 犬井おかか 臨床の砦

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