宇多丸、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』を語る!【映画評書き起こし 2021.9.24放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

オンエア音声はこちら↓

 

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、910日から全国の劇場で公開されているこの作品、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』

(曲が流れる)

エンドロールで、この竹内まりやさんの『プラスティック・ラブ』のeillさんのカバーが流れるんですけども。後ほど言いますけどね、「ああ、『プラスティック・ラブ』をこういう風に響かせるんだ!」っていう。これもなかなかな発見でしたね。オリジナル企画のコンテスト、TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM2018の準グランプリ受賞作品を黒木華と柄本佑主演で映画化。

主人公は、連載を終えたばかりの漫画家・佐和子と、夫で同じく漫画家の俊夫。ある日、俊夫が佐和子の新作漫画の原稿を覗き見すると、そこには自分たちとよく似た夫婦の姿、さらに俊夫と編集者の不倫の様子がリアルに描かれていた。その日を境に、2人の夫婦関係が揺らいでいく。共演は金子大地さん、奈緒さん、そして風吹ジュンさんなど。監督と脚本を務めたのは『花と雨』の脚本を務めた堀江貴大さんです。

ということで、この『先生、私の隣に座っていただけませんか?』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。まあ、でも公開規模がそんなに大きくないですからね。健闘している方じゃないですか? 賛否の比率は、「褒め」の意見がおよそ8割。

主な褒める意見としては、「ミステリーにもホラーにも見えるし、コメディにも恋愛物にも見える。堀江貴大監督の手腕にうなった」「俳優たちそれぞれの持ち味が出ていてよかった。でもやっぱり黒木華がすごい」など。一方、否定的な意見としては、「登場人物たちの心理が分からず、スリルを感じられなかった」「漫画の描写が変など」。これ、ちょっとね、専門家のご意見もあって。これ、面白いんでご紹介しますね。

■「人間ドラマ? サスペンス? コメディ? 純愛? いやいやホラーっしょ!」(リスナー)

まず、褒めの意見。ラジオネーム「めんトリ」さん。

「今年ベスト級です! 柄本佑と観客を、黒木華が手玉に取り続ける素晴らしい119分。人間ドラマ? サスペンス? コメディ? 純愛? いやいやホラーっしょ! 漫画のネームを使った心理戦にハラハラし、クライマックスの現実と物語がシームレスに入れ替わる構成も巧みで! そのままありきたりな結末を迎えるかと思いきや、更に裏切ってきて最後まで目が離せませんでした。黒木華の微細な表情の変化も見事で。金子大地の絶妙な存在感バッチリ。不倫相手ながら、ノリノリで展開を楽しむ奈緒と、全てを見透かしつつ娘の復讐を見守る風吹ジュンも味わい深く、そして外面は良いが中身はしょうもない役柄を演じた柄本佑は最高です。今年ベスト級の食事シーンもありました。特に最後に食卓を全員で囲むシーンは最早恐怖でした」というね、よかったメールでございます。

一方、ダメだったという方。「空港」さん。

「良い評判も多く聞きますが、私は全然のれませんでした。『〇〇な人だと思ったら、実はこうでした』という点をキモに、大きくツイストをかける作りだったのでしょうが、いかんせん、主要人物5人全員の心情がわからず、理解もできず、『○○な人だと思ったら』の前提が、大きく欠落しているように思います。観ていて一番しんどかったのは、ストーリーありきでキャラクター全員がモブのように配置され、話を展開させるために、皆が動いたり喋ったりしている点です。異常な状況を全員がスムーズに受け入れていきますし、特に佐和子の母親も、他の4人とは違う視点を持てたはずなのに、あのシチュエーションを提供するだけの存在に終始します。気持ちの揺らぎを『隠す』のではなく『描けていない』のだと思います。私は主演お二人が大好きなので、かなりキツイ鑑賞でした。演技そのものはもちろん素晴らしかったと思いますが」というご意見。まあこの、駒チックに動かしてるなっていうか、ちょっとここのあれは無理があるかな?って思う瞬間は、たしかにありましたけどね。

一方ね、こんなメールもございます。「からくり」さん。この映画に関して、演技とかは絶賛していただきつつ……「ただ1点、この手の『漫画家映画』としては決定的に問題と思える箇所がありました。それは、この映画で繰り返し登場する『ネーム』が、本来『ネーム』と呼ばれるものではないということです。この映画で黒木華さん演じる漫画家が描いている『ネーム』は、本来は『下書き』と呼ばれるものです。『ネーム』は漫画の設計図のようなものであり、商業作品であれば、ネームの段階で担当編集者が確認をして、OKを出せば漫画家は原稿用紙に下書きを描き、続いて『作画』と呼ばれるペン入れや着色といった作業に入ります。この映画には『このネームにペンを入れてください』というセリフが出てきますが、『ネームにペンを入れる』という行為はそもそもありえないのです。自分はメインストリームとはやや異なるジャンルではあるものの、漫画の編集という仕事をしていますが、自分に限らずおそらくこの映画を鑑賞した多くの方が同じ違和感を覚えたのではないでしょうか」という。

ちなみにこれ、編集などの知識もあるスタッフの注をさらに加えさせていただきますと、「ネームの書き方は出版社や編集者、作家ごとにまちまちだが、本作におけるネームはたしかにかなり書き込まれている方。一般的にはもっと簡略化された絵が多い。ただ、ネームにそのままペン入れをするという作家もいなくはない。また、全くネームを書かない作家も存在はする。みなもと太郎先生がそうだった」というような補足もさせていただきますというね。

ただ、たしかにその実際、編集に関わられている方からすると非常に違和感があるところもあった、というご意見。これ、貴重なご意見ですね。ありがとうございます。

TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILMの2016年度のグランプリ作品を映画化

ということで、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』、ちょっと長くて面倒くさいんで『先生、私の隣』とかあとで略すと思いますが(笑)、私も、T・ジョイプリンス品川で2回、見てまいりました。

例によって緊急事態宣言下、引き続き席1個空けモードの平日昼、という中での、入りはそこそこ、という感じでしたけど。これね、やっぱり映画館で見てよかったのは、特に前半。柄本佑さん演じる夫が右往左往するところで、主にその柄本さんのリアクション……別にその、滑稽なセリフをしゃべってるんじゃなくて、真剣に彼はリアクションしてるんだけど。そのリアクションの、ちょっと食い地味だったり、ちょっと強過ぎたりするそのニュアンス一発で、本当にナチュラルに劇場で、笑い声があちこちから普通に起こっていて。これ、久々の感じです。なので、まあ成功だよね、それはね。なんか久々に映画館で自然に笑い声が上がるのを聞いた、という感じです。

ということで本作、改めて説明しておくと、TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILMという、次世代の作り手を発掘・支援する公募企画がありまして。これまでも実際に製作され、劇場公開された作品がいくつもあり。当コーナーでガチャが当たったもので言うと、今年219──結構前に感じますけどね──今年219日に評させていただいた『哀愁しんでれら』が、まさにこれ、2016年度のグランプリを取って、実際に映画化にこぎつけた一作だったりしましたよね。

で、この『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、その2018年度の準グランプリということでね。これ、ちなみにこのコンペは、脚本だけじゃなくて、最終審査ではパイロット映像も上映して企画をプレゼンする。で、そこから先、決まったら、今度はプロ製作陣と共に、脚本のブラッシュアップを重ねていく、という。要は若い才能を商業映画監督として送り出すにあたってのシステムが、わりときっちり確立されている感じ、というかね。

脚本・監督の堀江貴大さん。さっきね、『花と雨』の脚本という……これ、SEEDAという日本のラッパーのアルバムの映画化で、日本のヒップホップ映画としては結構、質は上の方ですよね。これ。『花と雨』ね。素晴らしかったと思いますが、それの脚本も手がけられて。で、すでに2018年、『ANIMAを撃て!』という作品で、商業映画デビューを果たされている方ではあるんですね。で、すいません。私ですね、このタイミングではその『ANIMAを撃て!』も、その前の長編デビュー作『いたくてもいたくても』、これも予告編しか見られてなくて、本当に申し訳ない。特にこの『いたくてもいたくても』ってやつは、「インフォマーシャルをプロレスの試合形式でやる」っていう、これ橋Kは絶対チェックしなきゃいけないやつ!にっていうね。面白そうなんですけどね。これ、ちょっと見れてなくて申し訳ございません。なんにせよ、堀江さん、すでにあちこちで評価・活躍はされている方ではあるんだけども。

「現実のこの私のことなのでは?」という話+倦怠夫婦物

で、今回のその『先生、私の隣に』っていうのがですね、商業的なそのキャッチーさというか、それこそ『哀愁しんでれら』とも通じるような話題性というか、「あの映画って実は結構エグいらしいよ」っていう評判が広がっていきやすいようなフックが、しっかりあって……つまり、それこそがこのTSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILMのひとつ、ちょっとなんというか、それの受賞作が越えてきたハードル、ってことかもしれないけどね。

なんかたしか、そのTSUTAYAの棚に並べて話題になったりとか、回転するような、みたいな……なんかたしか、そのイメージがあって、っていうのを聞いたことがあるけどな。なのでとにかく、そういう耳目を集めるポテンシャルを持ったエンターテイメント作品に、きっちりなっているというか。ということは間違いないんじゃないかと思いますね。でまあ、僕も実際にね、前に予告を見た時点で、「ああ、これ面白そうだな」なんて普通に思いましたし。

こういう、「この作品で描かれているのって、現実のこの私のことなのでは?」みたいな話。もちろん作品によって、ファンタジー寄りだったり、ミステリー寄りだったり、ジャンルというか、その構造に対する理屈はそれぞれなんだけども、とにかく「これってただの作り話じゃなく、この現実がそのまま反映されているのか?」とか、もしくは「この現実を予告しているのか?」みたいな発想のお話そのものは、割と定番的と言っていいようなものだったりしますよね。

で、本作の場合、それが僕の大好物でもある倦怠夫婦物、倦怠カップル物と接続されている、というところがキモになってるわけですけど。要は今、まさに妻によって描かれているこの漫画は、現実の夫婦関係の危機が反映されたもの……なのか?という、夫側の疑心暗鬼と右往左往。それを、コメディタッチのミステリー仕立てで見せていくという、ざっくり言えばそういう構造なんだけど。つまり、この場合ですね、妻側の真意……彼女が本当にはどういうつもりで、本当にはどのような行動を取ったのか、ということこそが、このお話の真ん中でぽっかりと中心に開いた暗黒の謎として、そのストーリー全体を強力に引っ張っていく、仕掛けになってるわけですけど。

■キャスティングの配役の成功で、既に本作、8割は「勝って」いる

先に言ってしまえばですね、この最も重要なポイントと言ってよかろう、妻側の「真意と作為」のグレーな狭間、と言いましょうか。真意と作為のグレーな狭間を、しかも、あくまでこれね、思ったことを口にしない、劇中でも言われているような、全てを内に内に「飲み込んでいく」キャラクターとして……これ、実際に風吹ジュンさん演じるお母さんにですね、「あなた、思っていることは口にしないと」ってたしなめられたその瞬間、彼女は、直接それを言葉にして反応するのではなく、つまり、口にするのではなく、牛乳をパックから直接ゴクゴクと、ある種、要するに過剰なアピール感込みで、「私はこうするんだ」というアピールのごとく、まさしく「飲み込んで」みせる、という。これも一種のイート描写かと思いますが。そんなわけですよね。

そんな、要するにその真意と作為の狭間で、考えやその気持ちをそのまま言葉にはしない、全てを一旦飲み込んでみせる、巨大な謎でありながら、同時に観客の共感や同情も担わなければならない……加えて本作の場合、漫画に描かれたことと、その事実というのを、ファジーに、しかしたしかに演じ分けなければいけない、という。セリフとかにもそんなにできない……そんなにセリフが多い役じゃないんですよ、これ。実は全体を通して。

要は、冷静に考えると、演じるのこれ、かなり難しくない?っていう役なんですが。この役柄に、やはり黒木華さんという、まあ演技巧者中の演技巧者、それでいて、一見素朴なかわいらしさ……っていうか、普通にかわいらしいわけですから。素朴なかわいらしさみたいなものも当然、自然に醸し出せる役者さん、という意味で、まあこれ以上考えられないほどパーフェクトなキャスティング。この配役の成功で、既に本作、まあ8割は「勝って」ますよね。もう黒木華だから、これは!っていうところがある。

■演者のアンサンブルだけでも既に楽しめる

それに対して、言ってみれば観客側と視点を直接共有する立場でもある夫側も、さっきも言ったようにですね、劇場で本当に自然に爆笑が起きていたというのはやはり、ひとえにですね、これを演じる柄本佑さんの、何気ないセリフ回し一発で、つい笑ってしまうニュアンスをきっちり込める、技量とセンス……要するに、セリフそのものはそんなに変なこと言ってるわけじゃないんですよね。「いやいや、僕が悪いんです」とか「いやいや、とんでもない」とか言ってるだけなんだけど。それが、ちょっと早かったり、ちょっと声が大きすぎたりする、っていう(笑)。それによって表現する、という技量とセンス。これあればこそ、やっぱり爆笑が起こっていたということ。だから非常に、コメディリリーフとしてもすごくセンスがいいですし。

と同時に、この役柄、元々は持っていたらしいカリスマ的な才能の片鱗であるとか、もっと言えば、現在進行形で不倫をしている役なわけですから、まあ、一種オスとしての色気めいたもの、っていうのもやはり、自然に垣間見せることができる人である必要があるため。これはやっぱりその柄本佑さん、もういろんなゲージが合ってますよね。これ、いい男すぎてもダメ、みたいなところもばっちりだし。

あと、夫の不倫相手を演じる奈緒さんがですね……要は奥さんの担当編集者にして、その不倫相手なんだけども。この、プロに徹する時とフェロモンが漏れちゃってるところが、シームレスな感じ、というか。要はこの人、「俊夫さんが好き!」というよりは、編集者としても女性としても、どっちにしても「面白い方」を取る人、っていうか。そういう風に、奈緒さんがキャラクター造形してるわけです。で、これが役の立ち位置に対して、すごく僕、絶妙にリアリティーがあるっていうか、「ああ、編集者ってこういう感じの人、いるよね」っていうか。「私はとにかく何でもいいから面白い方を取る」っていう、そういうキャラクター。とてもこれ、よかったですよね。奈緒さんも、この演じ方がね。

そんな感じでですね、軸となる演者のアンサンブル……演者のアンサンブルで、やっぱりその妙で見せる作品なので。だけでも既に、非常にものすごく楽しめる作品になってるわけですけども。

■「なんかこれ、変じゃない?」と思った瞬間こそが要注意。そここそあえて……

そこに加えて、この映画はですね、表面的に語られていることだけを追っていると、まんまと騙されるというか、なかなかギョッとさせられる、非常に油断ならない作りの映画でも、もちろんあるわけですよね。なによりやはり、何が本当の現実で、何が劇中の漫画で描かれていることから想像される……夫によって想像される事態なのか、という、虚と実の境目がですね。これ、演技の質であるとか……これもすごい、微妙なニュアンスなんですよね。

ちょっとだけ、言葉遣いが柔らかい、とか。ちょっとだけ、甘ったるいしゃべり方してる、とか。そういう演技の質とか、あと服などのスタイリングですね。「あれ? ちょっとさっきまでと違う感じの服、着てるな」っていうところもあるし、あと、イヤリングを……結構大きめのイヤリングを急にしだしたな、とか。あと、そもそもこれ、黒木華さん、耳を出してるかどうか、とか。そういうちょっとしたスタイリングの違いであるとか。あと、照明のトーンですよね。蛍光灯なのか、あったかい暖色系統なのか、とか。などなど、いろんな細かい要素の、細かいニュアンスで、その虚と実の境目というのを、巧妙なバランス取りをしているというか。

「こっちは幻想です」「こっちは現実です」ってパッキリ分けてるわけじゃないけど、でもはっきりと描きわけてはいる、という巧妙なバランス取りをされているので。正直僕、やっぱり1回目だと、映画が終わってからも、「えっ? ということはなんか、終わりの方のさっきのあれは、あれは漫画内のこと、なんだよね? ということは、逆に最後のあれは、僕らが思い込んでいたあれとは限らない?……というか、そうじゃない可能性の方が高いってことか?」みたいな。わりと遡っていろいろ考え出してしまう、もしくはもう1度、見直してみたくなるような、そんなさりげない不穏さというか、不安定性というかな。全体にこう、不安定な感じがある、っていうか。全体にそういうのをはらんでいる作りになってるわけですよね。

なので、たとえば「ここはちょっと甘ったるくない?」とか、あとは「なんか急にキラキラしだしたな?」とかね。「急に鳥の声がピヨピヨしだしたな」とか(笑)。一瞬、なんだかな、みたいなことを感じてしまう瞬間こそ、むしろ要注意ではあるわけですね。「なんか、ええっ? なんかダサくない?」とか、「なんかこれ、変じゃない?」とか、「なんかこれ、嘘くさくない?」と思った瞬間こそが、要注意。そここそ、「あえて」な罠でもある可能性があったりするという。

そこと、そのさっき言った登場人物たちが駒的に動かされてるんじゃないかな、と思っちゃうところが、またちょっとそこが、観客としては分けづらい作りなので。僕としてはあんまりそこの粗よりも、作りの複雑さの方に頭が行った、っていう感じはあるんですが。その意味ではですね、これは褒めているんですけど、やっぱり本作もですね、非常に実は、まあまあ意地が悪い映画なわけですよ、やっぱりね。

■ラストショットでガーン! 『プラスティック・ラブ』でさらにガーン!!

それともうひとつ、本作はこれ、自動車教習所が重要な舞台となっていることからも明らかな通り、車。もっと言えば「運転する」ということをめぐる……「運転する」っていうことはつまり、ハンドリングというか、「コントロールする」って言ってもいいですけど、それをめぐる話でもあります。

一番表面的な話をすると、僕自身これ、運転免許を持ってないので。要は劇中で、アクセルを踏みます……でも、アクセルを踏むと、このでっかい、自分の力では御せないものが、アクセル踏んだだけで動き出す。自分がこの大きいものを動かしてしまう、ということに対する恐怖。これ、めっちゃわかるんですよ(笑)。だから、まず単純に「教習所映画」としても興味深かった、っていうか。「ああ、でもこんな感じで優しく教えてくれるなら、免許を取るのもいいかもな」なんて思ったりなんかしましたけど。

で、そんな「アクセルを踏むのが怖い」という状態が、ついには、最終的には自らがハンドルを握るまで、すなわち「自分でコントロールする立場」というのを手に入れるまでの話、とも言えるわけです。その構造、すごくよくできてますよね。「ハンドルを握るまで」の話という。その意味では、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』というこのタイトル。劇中、ほぼクライマックスに当たる部分で、1回、意味が反転するんですね。これ、ちょっとまあどういうことかは言いませんけど。1回、反転する。それがさらに、ラストのラスト。実は僕がこの映画で最も唸ったのは、このラストショットなんです。ラストショットがどう終わるかで、僕はここで、この映画の評価がガーン!って上がったんですよ。

「ああ、この終わり方ならもう、何点増し!」みたいな。そこで映し出されているものと合わせて、この『先生、私の隣に座っていただけませんか?』って(タイトルのことを)考えると、またさらに何倍にも意味深長になる、という作りになっていて。よく考えられてるなと。しかも、その意味深長なラストショットに乗せて、曲が始まって。その始まる曲が、eillさんの、さっきもかかりました、『プラスティック・ラブ』……これ、竹内まりやさんの曲で、しかも最近、シティポップの世界的な人気というのを、本当に象徴する1曲ですね。世界的に人気な曲です。

で、まあ単純にかっこよくてお洒落な曲なんだけど、初めて『プラスティック・ラブ』の歌詞が、こんなに怖いってことに気づかされるというか。「えっ? こんな歌詞なんだ!」みたいな。っていうところを浮かび上がらせるという、その選曲の妙ですね。たとえば井筒和幸監督の『ヒーローショー』のエンドで流れるピンク・レディーの『S.O.S』が、こんなに怖く響くのか!みたいな。そういう選曲の妙、という意味でも、ここは素晴らしかったですね。

ここでもまた、さらに僕はだから、ラストショットの絶妙さでガーン!って上がって、『プラスティック・ラブ』の意味が浮かび上がったところで、さらに鳥肌が立ってガーン!って上がる、みたいな。最後に急激にまたガン、ガン!って(作品評価が)上がる、みたいな、そんな感じでございました。


■妻は本当は何を望んでいたのか? 単純な救済でも単純な復讐でもなく……

あとね、そうだ。車の話で言うと、中盤、車での尾行シーンがあるんだけど。これを見ながら僕はね、資料を読む前から、なんか日本地方版ヒッチコックの『めまい』っていうか……『めまい』の途中で、車で尾行するシーンがあるんですけど。ゆったりした尾行シーンがあるんだけど、「なんか日本地方都市版『めまい』みたいだな」と思って見ていたら、パンフを読んだら実際にこれ、『めまい』の追跡シーンを参考にしたそうです。そのあたりも、実はさすがに周到なあたりですよね。

劇中漫画の大部分は、アラタアキさんという、BL的なのを書かれている方なのかな、その方の絵なんですけど。これも十分、もちろんすごいクオリティーなんですけど。これがクライマックス、満を持して!という感じで、今週火曜にゲストとしてお話を伺った、『サターンリターン』などの、鳥飼茜さんの絵が出てくる。で、その鳥飼さんの絵が出てくるところで、やっぱり「あっ!」っていう。

つまり、「漫画として本当にすごい」っていう感じが、はっきりやっぱり……要するにここの、本当にカメオ出演と言っていいような漫画の、一瞬しか出てこないんだけど、「ああ、これはすごいや、やっぱり!」みたいな感じがしっかりする。それがやっぱり、この夫婦の物語……この奥さん側が、本当には何を望んでいたのか? 単純な救済でも、単純な復讐でもないこの感じ、っていうのに、さらに深みを、説得力を増していたりする。ここも見事な作りだったと思います。

ということで、いい意味で下世話なキャッチーさ、万人が気軽に楽しめるエンタメ性を前面に打ち出しつつ、油断ならない仕掛けや奥深さ、あとはやっぱり僕はその、必要なディテールの丁寧さ……先ほどの鳥飼さんの漫画とか、必要なディテールの丁寧さとかも含めて、実はレイヤーとしてしっかり奥もある、というか、ちゃんと織り込まれている感じ、というのもあって。おもろい映画でございました。特にやはりですね、終わり方。幕の引き方で、「本当にこれはいい!」という風に私、唸りました。皆さんもぜひ、これはポップな見た目に油断せずに、劇場でぜひぜひウォッチしてください!

 

(ガチャ回しパート中略 来週の課題映画はCALAMITY カラミティ』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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