大阪近鉄バファローズのラストゲームが行われた日

ISUZU presents 檀れい 今日の1ページ

女優の檀れいが毎回、その日にまつわる話題や風物詩などを交えてお届けする「檀れい 今日の1ページ」。
今から17年前、2004年のきょう、9月27日、大阪近鉄バファローズのラストゲームが行われ、55年の歴史に幕を閉じました。
そこで、今朝は近鉄バファローズの歴史について、ご紹介しました。

近鉄バファローズは、大阪市の近畿日本鉄道を親会社として、1949年に創設され、パ・リーグに加盟しました。当初のチーム名は近鉄沿線の名産品である真珠にちなんで、「パールス」でした。
非常に可愛らしい名前だったんですが、成績は低迷。1958年のオフに、チーム名が変更される事になりました。新しい名前は、猛牛の「バファロー」。

なぜ、バファローだったのでしょうか?それは、新しい監督の千葉茂さんが現役時代に「猛牛」と呼ばれていたからだと言われています。監督さんのイメージに合わせて、チームの名前も変えちゃうというのが大胆ですよね。

ちなみに、猛牛のデザインがあしらわれた球団のマークは、大阪万博で「太陽の塔」を設計した事でも知られる芸術家の岡本太郎さんが手掛けています。

1962年からは「近鉄バファローズ」に、再び改名。
99年から正式名称を「大阪近鉄バファローズ」に変えて、2004年まで走り抜きました。球団創設からの55年間で、日本一になる夢は果たせませんでしたが、通算4度のリーグ優勝を達成しています。

近鉄バファローズの特徴と言えば、豪快な「いてまえ打線」。
ピッチャーが多少崩れても、自慢の打線が取り返すという、魅力的なチームでした。リーグ優勝を果たした2001年のバファローズはピッチャーの防御率は5点近く、リーグ最下位でしたが、打撃陣が凄かったんです!!3番のタフィ・ローズ選手がホームラン55本、4番の中村紀洋選手が132打点をマークするなど、チーム打率は2割8分。チーム本塁打は211本と、圧倒的な破壊力で、パ・リーグを制しました。

また、メジャーリーグでも活躍したトルネード投法の、野茂英雄投手や、317勝を挙げたサウスポーの鈴木啓示さんなど、個性の強いピッチャーを輩出した球団でもありました。

 

2005年にオリックスと合併する形で、チームは消滅。
しかし、オリックスが近鉄のチーム名だった「バファローズ」を引き継ぎ、
その猛牛魂は今もパ・リーグでギラギラと輝き続けています。

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