宇多丸、『モンタナの目撃者』を語る!【映画評書き起こし 2021.9.17放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

オンエア音声はこちら↓

 

宇多丸:

さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、93日から全国の劇場で公開されているこの作品、『モンタナの目撃者』

(曲が流れる)

『最後の追跡』『ボーダーライン』などの脚本家テイラー・シェリダンが、『ウインド・リバー』以来、監督を務めたサバイバルサスペンス。心にトラウマを抱える森林消防員のハンナは、ある日、殺し屋に追われる少年コナーと出会う。コナーは、父親が命と引き換えに残したとある事件の証拠を守るために、ハンナに助けを求める。ハンナはコナーを殺し屋から逃す決意をするが、大規模な森林火災が立ちふさがる。

主演はアンジェリーナ・ジョリー。更にジョン・バーンサル、ニコラス・ホルト、エイダン・ギレン。あと、あれですね、ちょい役ではありますけど、その森林消防隊役で、トリー・キトルズさんっていう、あの『ブルータル・ジャスティス』の黒人青年ね。私、テイラー・シェリダンさんに関して、この間の『ウィズアウト・リモース』評の中で、「テイラー・シェリダンがS・クレイグ・ザラーを見てないわけはないだろうから、きっと影響とかあるんじゃないかな?」って言ってましたけど、まさにそのものずばりのキャスティングが来て、ちょっと嬉しくなったあたり……などなどが脇を固める、と言ったところでございます。

ということで、この『モンタナの目撃者』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多め」ということで。そうですか。これね、テイラー・シェリダンっていう作り手のお話を……やっぱりこの僕のムービーウォッチメン、(テイラー・シェリダンが脚本で関わった作品は)すごいガチャが当たる率が高くてですね。たぶん僕のコーナーを聞いてる人は、普通よりテイラー・シェリダン・ファン率が高いと思うんですよ(笑)。そういうのもあるのかなというね。

賛否の比率は、褒めの意見がおよそ6割。テイラー・シェリダン監督作ということで期待値が高かった分、やや拍子抜け、という声が目立ちました。主な褒める意見としては、「ムダのない脚本と的確な演出。アクションスリラーとして申し分ない出来」「自然の恐ろしさと美しさ、人間の愚かさとたくましさ。その対比がさりげなくも奥深い」「こういう映画を月に1本ぐらい見られたら幸せ」……これは全く同意でございます。私もその通りだと思います。

一方、否定的な意見としては、「悪くはないが期待外れ」「主人公が消防士、山火事、追手2人組の動機など、さまざまな要素が消化不良でうまく生かされていない」などがございました。

■「その土地を描くということは、その土地に住んでいる人々を描くことなのだ」byリスナー

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。まず褒めのメール。久々に読みましょうね。「コーラシェイカー」さん。

「映画の中で、女性はケアをする役回りが多く、特に子供とセットになると、母性が強調されがちだという問題があります。こういうフェミニズム的問題意識を動機としたステレオタイプからの脱却は、それだけでも偉大な前進だとは思いますが、この映画のハンナはそれだけにとどまらず、『トラウマを抱えたタフな人物』という複雑な人物造形に成功しています。

ハンナは出会った当初、反抗するコナーに対し、『じゃあ好きにしなさい』と突き放します。これはコナーの主体性を尊重していると言えば聞こえは良いですが、過酷な自然の中で、明らかに問題を抱えた子供に対してはありえない行動です。また、ハンナが、「私を信じろ」と即決で一点の曇りもなく言い切った場面があります。これは即時に的確な判断をするという、彼女の研ぎ澄まされた職能があらわれている場面であるとともに、自分のトラウマを克服するチャンスを得たという、彼女のエゴを読み取れる場面でもあるように思います。

このようにハンナは、典型から脱却したリアルな人物であるとともに、彼女のことをよく知っているイーサンが評していた通り、『有能だけど少しヘン』なのです。その複雑さが彼女のリアルな人物造形をより立体的にしています。

また、この映画の二人の掃除人たちは、暴力でモノやヒトの形を変え、強引に目的を遂行します。主人公たち現地に住む人々が、ままならない自然を知り、それらに適応し、それらを利用するアプローチをとるのとは対照的です。主人公たちがとるアプローチは、この地で生きてきた人間が歴史のなか行ってきた営みそのものです。

人間の法が及ばない、自然が支配する世界。そこは人間のもともと持っている価値観がむき出しになり、人間がそれまでの生きざまにすがるしかない世界です。そのような世界で魅力ある物語を描くのに、リアルな人物描写は必須であり、この映画はその点に素晴らしく成功しています。

その土地を描くということは、その土地に住んでいる人々を描くことなのだ、という監督の信念が垣間見える、傑作でした。」ということで。

後ほどね、このテイラー・シェリダンさんの作家性という部分でもその「土地」という話はね、ちょっと出てくるかと思いますが。

一方、いまいちだったという方もご紹介しましょう。「ツーラン」さん。

「テイラー・シェリダン脚本や監督作品は大ファンですので、今作も期待して見てまいりました。テイラー・シェリダン作品らしい激しい銃撃戦やその土地に住む人たちの土着感、どこか達観したような態度の主人公というのは好みでよかったです。ただ、お話のテンポが主人公の日常、過去のトラウマ、不正を正した会計士とその息子の逃避行、追いかける殺し屋。が描かれる前半から鈍重に感じました。主人公と子どもが偶然出会って、殺し屋との戦い、山火事との戦いが始まってからも、主人公のアンジェリーナ・ジョリーは基本、傷にアルコールぶっかけてるだけにしか見えず、消防士としての知識や経験を活かした森の中での戦いを見せてほしかったです。」というようなご意見でございます。

■原作あり・脚本あり、ながらテイラー・シェリダンの作家性が明確に刻印された1

はい。というところで『モンタナの目撃者』、私も新宿ピカデリーで2回、見てまいりました。引き続きコロナ禍の中ね、席を1個ずつ空けモードの中、平日昼にしては、割と人がいた方かな? 中年以上の映画ファン多め、みたいな印象でしたけど。そういう層を引き付ける名前に、すでになっているんでしょうね。「みんな大好き」とまでは言わないまでも、少なくとも骨太なアメリカアクション映画……どこか70年代風なわびしさ、枯れた味わいもする、言ってみれば「現代の西部劇」、現在進行系西部劇の作り手として、硬派なアメリカ映画ファンは、間違いなく注目する1人となっておりますね。完全になりました。脚本家、時に監督、今回はついに製作も手がけるまでに至った、テイラー・シェリダンさん。

元はね、俳優として活躍されてきた方ですけども。監督作、先ほど(CM入り直前)ね、二作じゃなくて三作、って言いましたけど。一作目は、僕の前の評論でも言ったんですけども、『ソウ』のフォロワー的な、『BOUND9 バウンド9』という2011年の作品があって。これ、今回のパンフに牛津厚信さんという方が書かれていたテイラー・シェリダンのフィルモグラフィー記事によれば、友人に泣きつかれて渋々監督した、っていうことらしいんで(笑)。実際にちょっと、その『BOUND9 バウンド9』というのは、そこまでの映画じゃないんだけど。

2015年のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』。そして2016年のこれ、Netflix映画『最後の追跡』という、この2本の脚本で、一気に注目を集めることになって。で、その次。2017年にこちらは自らも監督を務めた『ウインド・リバー』を含めた、この三作。「フロンティア三部作」で、アメリカ辺境の地の現実を探求する、まさに現代の西部劇、現在進行系の西部劇、というこの作風を確立してみせたという、このテイラー・シェリダンさん。

その後もね、『ボーダーライン』の続編、2018『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』。そして今年、Amazonで配信になった、トム・クランシー原作ありきですけども、『ウィズアウト・リモース』と、まあトップ脚本家として大活躍を続けているわけなんですが。ちなみにまあ、テイラー・シェリダン過去仕事、『最後の追跡』というこのNetflix映画以外、ほぼ全作、僕のこのコーナーではガチャが当たっておりまして。公式書き起こしも今でも全て読めますので、ぜひ参考にしていただきたいのですが。

ともあれ、自らそのメガホンを握る作品としては、先ほど言った『ウインド・リバー』……僕の評は2018817日、下北沢でやった夏期講習企画の時ですね。初めて公開放送の中でムービーウォッチメンをやったという試みですけどね。懐かしいですね。あの時以来。まあ、ともあれ僕は本当に素晴らしい作品だったと現時点で振り返っても思っております、その『ウインド・リバー』以来、4年ぶりのテイラー・シェリダン自らの監督作、ということで。非常に期待はね、当然高まるわけなんですが。

ただ、本作『モンタナの目撃者』、『Those Who Wish Me Dead(私に死んでほしいやつら)』、多少、事情が違うのはですね、元々そのマイケル・コリータさんという方、今回の脚本にもクレジットされておりますが、この方の、原作小説があるわけなんですね。これ、邦訳とかが出てなくてですね、Kindleで読もうと思えば読めたんだけど、すいません! 今回僕、この原作小説、原書で当たればよかったのですが、ちょっと今回は未読でやっています。申し訳ございません!

ともあれ、この原作者マイケル・コリータさんと、あと『ブラッド・ダイヤモンド』とか『白鯨との闘い』とかの脚本家として知られるチャールズ・リーヴィットさんという方が、脚色を進めていたものにですね、テイラー・シェリダンさんは当初、脚本の直しとして呼ばれてきた。で、当初の監督が降りちゃって……インターネット・ムービー・データベースによれば、その前の監督が降りちゃったタイミングで、「アンジェリーナ・ジョリーが主演してくれるなら俺、監督してもいいよ」っていう風に、会社側に言ったと。そしたら会社側の返しが、「うん、そりゃいいね! でもアンジーは無理っしょ!」っていう返しだった(笑)っていうのが、インターネット・ムービー・データベースに書いてあるんですけども。

なんにせよ、そのテイラー・シェリダンの完全オリジナルではなく、原作ありき、というね。本作の場合、元々あった脚本もありき、という。そういう意味では、やっぱりトム・クランシー原作……のゲーム人気ありき、だったあの『ウィズアウト・リモース』にも近いモードではありますよね。要するに、テイラー・シェリダンが全部作ったわけじゃない。でも、どっこい出来上がった映画を見てみればですね、当然ながらというべきか、これはやっぱりはっきりテイラー・シェリダンさんの作風、彼の作家性が、明確に刻印された1本にやっぱりなっていますよね。それはね。

■ジャンルとしては「目撃者もの」で、「庇護者としての大人の主人公が絡んでくるパターン」

今回、ベースとなるジャンルとしてはですね、ジャンル名としてこういう言い方がはっきりあるわけじゃないですけど、日本題にもある通り、「目撃者物」ですよね。「目撃者」ってついていれば、だいたい面白い感じがするじゃないですか(笑)。『見えない目撃者』とかさ。その中でも特に、「子供目撃者物」というのがですね、映画史的には、もう定期的に作られるという、サスペンス映画の1サブジャンルとしてはっきりありまして。要は、ある重大な犯罪を目撃してしまった少年少女が、それを隠蔽したい、口封じした悪人に追い回される、というね。

で、そこから先は2パターンあって。そこに、庇護者としての大人の主人公が絡んでくるパターン。たとえばその『刑事ジョン・ブック 目撃者』とか、『依頼人』とかもそうかもしれないし、まあジョン・カサヴェテスの『グロリア』もそのうちかもしれない。というか、『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』がね、目撃者っていうわけじゃないけども、『ソルジャーズ・デイ』がそういう感じの作りでしたけどね。そういう系統。

あともう1個は、基本、子供だけで何とかしなきゃならない、という、これはどっちかって言うと、ジュヴナイル的な方に行く場合はだいたいこうなりますけど。まあ『小さな目撃者』であるとかね、そういうような二系統にわりと分かれると思うんだけど、その意味では、もう明らかに今回は、前者ですよね。大人が庇護者として登場する、という。主人公ね。いずれにしても、そのサスペンス映画の枠組みとして、非常に手堅いというか、まあ一定の面白さはちょっと保証されてるようなジャンルですよね。言っちゃえば、これはね。

ただ、そうした枠組みの中でも、さらに面白くなるかどうかの、いくつか大きなポイントっていうのがあると僕は思っていて。まずはやっぱり追手側、悪役側のキャラが、どのぐらい立ってるか?っていうところが非常に大事だと思うんですが。そこに行くとこの『モンタナの目撃者』、まずは何と言っても、ここがものすごくうまく行ってるというか、いい!んですよね。この2人がね。先ほども(金曜パートナーの)山本匠晃さんとちょっとお話しましたけど。2人組の殺し屋、恐らく、元は兵士か傭兵でしょうね。と、思われる、歳のちょっと離れた2人のコンビ。バイト先の先輩・後輩コンビ、みたいな(笑)。

演じているのはですね、『ゲーム・オブ・スローンズ』の「リトルフィンガー」役でおなじみ、一見物腰ソフトなハンサム紳士だけど、どうにも信用ならない狡猾さ、冷酷さをにじみ出している、というような役が本当によくはまる、エイダン・ギレンさん。ちょっとゲイリー・オールドマン風というか、そういう感じでしょうかね。エイダン・ギレンさんと、私はですね、この人を見るたびに、「ああ、『アバウト・ア・ボーイ』のあの子がこんなになって……ってつい思ってしまう、ついつい親戚のおじさん気分で見てしまう(笑)、というニコラス・ホルト。

今やもちろん、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のニュークス役であるとか、『X-MEN』シリーズのビースト役であるとか……あとね、今はもうサリンジャー役、それこそトールキン役とかね。あとは、『シングルマン』も素晴らしかった、『女王陛下のお気に入り』も素晴らしかった、という、まあ若手実力派俳優にして、作品選びのセンスも含めてすごい活躍してるっていうか、いい作品ばっかりに出てますよね。結構ね、ニコラス・ホルトはね。みたいな感じ。

で、とにかくこの、ニコラス・ホルトが演じることで醸し出される、やはりその一種の無垢さというか、ある種「純粋に仕事熱心な若者」であるからこそ、殺し屋としてのリアリティ、実在感もより際立っている、というようなこの2人のですね、まあ厄介な仕事を回されて、それでもプロとして、どんな状況になろうとも、彼らなりのベストを粛々と尽くそうとする姿勢……不慮のことが起こっても即座に判断して、その時でのベストを尽くそうとするその姿勢がですね、まあ悪役だし怖いし、彼らの目的は遂行されないでほしいっていう風には当然、思うんだけど、同時にこの2人って、やっぱりその見ていて気持ちがいいっていうか、ずっとこの2人を見ていたくなるような吸引力がある、というかですね。彼らのシーンになると、ちょっとわくわくする、っていうかね。

■「とにかくこの2組、推せる!」

登場シーンからして、この2人はすごくいいんですよね。「ガスの点検です」なんて言ってね、もういかにも殺人フラグですよね(笑)。「ガスの点検です」なんつって、いかにも殺人フラグが立ったような感じで登場するところから、いきなりもう、何事もなかったかのようにその家を出てくるところに、カットがジャンプするわけです。で、そのままカメラがずっと後ろに行きながら、彼らは車のところまで歩いていって……というような。で、その途中でね、「血がついてるよ」なんていう話をしてて。

「ああ、ここはこういう、いわゆる省略話法で済ますのね。それにしてもなんかこのショット、妙に長く続くな?」っていう風に、観客が不穏な違和感を感じ始めたあたりで……ドーン!と、やっぱりちょっとびっくりするタイミングで、予想のちょっと上を行く派手な暴力が起こる、みたいなあのツカミのところ。まあテイラー・シェリダンがね、もうドヤっているその顔が浮かんでくるような(笑)登場ショットですけども。これもすごく良かったですし。

あと、この殺し屋2人ね、あくまでもプロとして、「仕事としてやってる」感っていうのをにじませるディテール、ここがすごく魅力的で。「これさ、本当は二班で同時に動くべき仕事じゃん。元々はさ。俺、思ったんだよ。二班、いるよなって思ったんだよ」「そういうところでケチるんすよね、上はね」なんていう話をして(笑)。なんだけど、これね、ほとんどカメオ出演的にタイラー・ペリーが出てくるんですよね。タイラー・ペリーが演じる黒幕の命令があって、それには粛々と……「まあ、僕は二班いると思ったんですけどね」「いいからちゃんとやれよ」みたいなことを言われて、粛々と従うところとかですね。

あとたとえばね、「どうするんすか? あっちは追わなくていいんすか?」みたいなことを言われて、「いや、同時に二手は追えないから、こっちに絞る」みたいな、判断の早さのところであるとか。あと、何度も返り討ちにあってですね、具合悪そうにしつつ(笑)、それでも平静さを保っている……我々からすると、「ええっ、この状態でまだそのテンションなの?」って思うんだけど、「なんかちょっとさっき、熱くなっちゃってましたね」とかなんとか言われちゃっていて。

まあ、そういうようなところも含めて、なんていうか……「おつかれさまです!」って言いたくなるような(笑)。本当に、要は疲れてるけど弱音を吐かない、というプロとしての矜持と、もちろんその演じる2人の魅力も相まって、なんかこう、「色気」ですよね。プロとしての色気、みたいなものさえだんだん漂わせ始めてきて。とにかくこの2組、推せる!っていう感じなんですよね。はい。

「普通の人、ナメんなよ!」

一方ですね、迎え撃つ善人チームも、本作、もちろんこれは負けないぐらい魅力的。というよりは、このプロチームの、プロ感の魅力をちゃんと描いてるからこそ……この話全体はこういうことですよ。「普通の人、ナメんなよ!」っていう話でもあるわけですよね。向こうは「いや、普通のやつってだいたいこんなもんだからさ」ってナメてかかっていると、そうじゃなかった!っていう話でもあるわけですよ。これ、たとえばですね、『ウインド・リバー』に引き続き、ジョン・バーンサルさん。

ジョン・バーンサルって割とね、悪役を演じることが多いような人ですけど。ジョン・バーンサルが、これほど人間的に優しさをにじませる……「この人には幸せになってほしい」と思わせる、そういう存在として画面内で輝くのは、これ、完全にテイラー・シェリダン作品ならでは、ですよ。2人のね、やっぱり信頼関係があるんだな、っていうのがすごいわかる。テイラー・シェリダン作品ならではのジョン・バーンサルの輝き。これを目撃するだけでも見る価値がありますし。

あとですね、本作はそこにさらに輪をかけて……要はこの映画、活躍するのは基本、女性なんですよね。男はあんまり役に立たないんです。ジョン・バーンサル演じる保安官の、現在妊娠中のパートナー、メディナ・センゴアさん演じるアリソン、というこのキャラクターがですね、先週ガチャが当たった時のリスナー推薦メールにも実はね、ここが熱く書いてあったんですけど、ありがちな被害者キャラと思いきや……これ、過去のこういうジャンル映画だったら、もう余裕でただの被害者キャラですよ。単に屈するだけ、とかっていうようなキャラになっていたであろうところが、なんと、劇中最大級のカタルシスをもたらすのは、この人なんですね。もう最高に美味しい役回りなんですよ。実はここがね……詳しく何が起こるかはここでは伏せますが。

とにかく、前述のその殺し屋チームのリーダー格の方、エイダン・ギレン演じる熟練の殺し屋。彼は、要は人の尊厳……「人っていうのは簡単に心が折れるよね。こうやってやれば心は折れる」っていうのがわかってるから。すごく事務的に、「うん、大丈夫、大丈夫。お前、すぐ吐くから。大丈夫。別に大丈夫。うん、吐くから」みたいな感じで……要は人の尊厳を奪い慣れてる、人の心を折り慣れているこの男に対する、セリフも込みで、本当に痛快無比な一撃! これはぜひ、堪能いただきたいと思いますね。

■その土地の摂理に謙虚に向かい合った者が生き残っていく

もちろん主人公、主演のアンジェリーナ・ジョリー。どんなにボロボロな格好をしていようともですね、まあはっきり言って田舎のお姉ちゃんなんだけど、もう、言わずもがなですけども……「か、かっこいい! アンジェリーナ・ジョリー!」っていう(笑)。もちろん、それを画面いっぱいに堪能する作品でもありますしね。特にやっぱり、手足の長さが本当にね、動いた時に映えますよね。あと、その彼女の、先ほどのメールもあった通り、まあちょっとヘンなっていうか、ちょっとホモソーシャルなところに適応しすぎちゃって、ホモソーシャルのボスになりすぎて、ちょっと世間の感覚とズレているとこもあってですね。

要はね、親御さんを目の前で殺されて傷心の少年を、彼女なりに元気づけようと、あまりにもマッチョなバカ話をするくだりとか(笑)。で、それに呆れつつ、「あんた、ちょっとおかしいんじゃないの?」みたいなことを言いつつ、「いや、でも僕にはあなたは悲しそうに見えるけど」って、そこで彼女の心のひだにふっと、この少年が入ってくるくだり。もちろんここ、少年役を演じているフィン・リトルさんの、本当に微細な表情も含めた、本当になんというか、「いわゆる子役的な達者さを感じさせないうまさ」っていうか、そこも含めてなんですけど。

非常にこの2人の、ベタベタはしない自然な距離感の、即席バディ物。テイラー・シェリダンさん、その即席バディの描き方も、本当にうまいんですよね。そこがね、さすがなあたりだと思います。

何よりもですね、この作品がテイラー・シェリダン的であると言えるのは、アメリカ辺境の地……法の支配というのを超えた、いわば剥き出しの世界。私、前の評でも言いました、いろんなことが剥き出しになってしまう世界の中で、その土地のルール……というか、その土地を支配してきたその「摂理」ですね。その世界、その土地の摂理をよく知って、そこに謙虚に対応している者と……さっきのメールにあった通りですね。謙虚に対応している者と、それを知らずに傍若無人に振る舞う余所者が、対峙する。

そして最終的にはやはり、その土地の摂理、それに謙虚に向かい合った者が生き残っていく、という。その、たとえば摂理というのを表現・象徴するものとして、「馬」っていうもあるわけです。モンタナ=馬!っていうね。少年が、前半のところで馬と対峙する、非常に不思議なシーンがありますね。あるいは終盤、さっき言ったそのアリソンというキャラクター、何に乗るか?っていうところで、もう颯爽と白い馬を選ぶ、という。馬というのを通じて、そこにその自然の摂理……つまり、少年はその自然の摂理とフィットしてる、っていうことを示しているわけですよね。はい。みたいなあたりだと思いますね。

プラス、やっぱり本作の場合は、そこに火、火事、というものが来るわけですね。森を焼く山火事。これを、どっちかというとこれ、宣伝を見るとディザスター物っぽいところを期待しちゃうんだけども、どっちかって言うと、これはむしろ象徴です。その土地っていう、決して人間が抗いえない、この土地を最も支配してる摂理としての森であり、火、ということなんですよね。ということだと思います。

■T・シェリダン作品で「この土地なんか嫌いだ」と言ったヤツは「その土地に殺される」

ということで、これはもう、まさにですね、この物語、「その土地の摂理が支配する」というこの物語は、フロンティア三部作と完全に通じる、やはりテイラー・シェリダン的としか言いようがない、まさに現代ウエスタンそのもの、と言えるような物語でもあるわけです。まあ振り返って冷静に考えてみればね、この森林消防降下隊、パラシュートで降りて行って火に対処するっていう、それ自体がものすごく面白くなりそうな、まさにもうアメリカにしかない職業というか、アメリカ的職業というのが、正直終わってみれば、そんなに有効にというか、有機的にお話に絡んできてはいない、というのがもったいなくは感じます。たしかに。

特に僕が気になったのは、前半での彼らのすごくホモソーシャルな、その傍若無人な振る舞い。「おい、こいつ、電子タバコを吸って……電子タバコを吸う男と付き合うなんて俺は信じられないね!」とかなんとか、もうデリカシーゼロな、過剰にマッチョな描写がありますよね? あんなのをわざわざ入れるのであれば、つまりそれと帳尻を合わせるような、対になるような後の展開が、僕はやっぱりいるだろうと思うわけです。たとえば、公的な、FBIとか、そういうのには頼れない、なぜなら買収されている可能性があるからだ、っていうところに対して、「彼らは大丈夫。だから彼らは頼れる」じゃないけども、頼れない公的機関、エスタブリッシュメントに対して、ああいう荒くれでどうしようもない男たちなんだけど、彼らは信用できる、っていうような、なんか対になるような描写を入れれば、間違いなく納得度は上がったと思いますね。

ただですね、これ、今時の映画の感覚で言うと、あのパラシュートのあれとか、もっとたぶん盛り込んでくる、足してくるんだけども……この、いろいろやりすぎない、足しすぎない、あっさりめで「もう全然、このぐらいで終わります」みたいな感じはむしろ、今時の映画としては貴重というか、ここがやっぱりその70年代ぐらいまでの娯楽映画感を醸すところでもあって。僕はむしろこのバランスは、好ましくもあるんですよね。だから、足せばいいっていうもんでもないかな?っていう気もするんですけどね。

そんな感じでですね、ジャンル映画的枠組み、80点満点中80点取れば合格の映画の中で、これは80点はきっちり取った上で、前述したように殺し屋コンビであるとか、そのメディナ・センゴアさんのアリソンというキャラクターとその顛末とか、光るところは異常に光って……「ここに10点プラス!」みたいな感じで。まあ、これぞアメリカ娯楽映画本来の王道。先ほどのメールでも仰ってる方がいらっしゃいましたけども、こういうのが定期的に映画館にかかり、一定の客が入る。これがやっぱり僕は好ましい映画の形かな、という風に思っております。めちゃめちゃ面白かったです。もちろん、その山火事のね……結構あれはすごい。セットで何百本も木を立てて作ったりしたんだってよ。その迫力はもちろんのことなので、ぜひぜひ巨大スクリーンで、ウォッチしてください!

CM明け)

……先ほどの『モンタナの目撃者』、ちょっと補足なんですけども。テイラー・シェリダン的テーマでね、「この土地の摂理」っていう話をしましたけど。だから、「この土地なんか嫌いだ」って言ったやつは、テイラー・シェリダン作品においては、「その土地に殺される」んです。『ウィンド・リバー』も然りだし、『モンタナの目撃者』も然りだし。「こんな土地、嫌いだ」って言ったやつに対して、アリソンが言ったのは……「この土地も、お前が嫌いだよ」と。はい、というね。テイラー・シェリダンですね!

 

(ガチャ回しパート中略 来週の課題映画は『先生、私の隣に座っていただけませんか?』です) 

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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