【音声配信&文字起こし】特集「『手話言語の国際デー』ろう者と手話、コミュニケーション在り方を考える」森田明×荻上チキ×南部広美 2021年9月23日(木)放送分

荻上チキ・ Session

特集「『手話言語の国際デー』ろう者と手話、コミュニケーション在り方を考える~コロナ以後、社会をどう設計していくか?

ゲスト

日本で唯一の「バイリンガルろう教育」を行っている私立ろう学校「明晴学園」教頭・森田明さん

*手話通訳:株式会社comm・プラス

南 部:コロナ以後の社会をリスナーの皆さんとともに考えていくシリーズ「コロナ以後、社会をどう設計していくか」この企画は、みんながみんなを支える社会を目指し、企業やNPO、行政、国際機関などとともに、国内外、様々な社会課題の解決に取り組む日本財団とのコラボレーションでお送りしています。今日は手話を特集します。手話言語の国際デーは2017年12月19日に国連総会で決議されたもので、手話言語が音声言語と対等であることを認め、ろう者の人権が完全に保障されるよう、国連加盟国が社会全体で手話言語についての意識を高める手段を講じることを促進するとされている日です。2006年に採択された国連障害者権利条約で、手話は言語であると明記され、障害者基本法でも手話の言語性が認められています。しかし、コロナ禍で感染防止のため様々な制約ができるため、ろう者にも影響が出ています。今日はろう者の方をお迎えして、手話などのコミュニケーションのあり方を考えます。

荻 上:では、本日のゲストをご紹介しましょう。日本で唯一のバイリンガルろう教育を行っている私立ろう学校・明晴学園教頭の森田明さんです。よろしくお願いいたします。

森 田:よろしくお願いします。

荻 上:森田さんはろう者ですので、今日は「株式会社comm・プラス」の手話通訳の方に同時通訳をしていただいてお送りします。まず森田さんは明晴学園の教頭先生をしていますけれども、普段はどういった活動をなさってるんですか?

南 部:教頭として学校の管理職、また教職、授業を教えています。

荻 上:先ほどのバイリンガルろう教育を行っているというような話がありました。これはどういうことなんでしょうか?

森 田:まず今のろう教育についてお二人どれぐらいご存知でしょうか?

荻 上:ほとんど知らないですね。

森 田:そうですよね。日本のろう学校の数、どれぐらいあると思いますか?

荻 上:そんなにたくさんないのではないかと。

南 部:そうですね。各都道府県に一、二校といったところなのかなあと。

森 田:そうですね。海外に比べて割と多い方ではあるんです。各県に1校、また東京都にはいくつか、数校あります。海外では国の中で、一つ二つという国もあります。ただその日本においても、バイリンガル、バイカルチュラルろう教育を行っているろう学校は明晴学園一つだけなんです。というのも、ろう者として普通に学べる環境、それがバイリンガルろう教育、明晴学園なんです。というのは、100校ほど、日本にはろう学校があるんですけれども、そこではろう者にとって普通、当たり前ではないんです。手話でわかる、手話で授業を受けられる、この当たり前の環境ができているのが、明晴学園だけなんです。明晴学園は日本手話を教育言語として教育を行っています。普通学校、皆さんの学校では当然日本語で授業を行われていますよね。それが当たり前ですよね。自然な言葉でやっています。どうでしょう。普通学校に通っていて、授業ではなくって先生の言葉自体がわからないとか、先生の使ってる言葉がわからないなんて思うことはありましたか?

荻 上:僕の日本出身の方で、健常の方だと、そうした経験はないと思います。

森 田:そうですよね。日本に生まれて、日本語を母語としている人たち自由に日本語を聞いて話せる人が、その日本語を使って普通学校では授業を受けていますよね。これと同じ条件が明晴学園にはあるんです。ろうの子供が、日本手話を母語として獲得し、その母語を使って授業を受ける当たり前の授業をやっています。で、もし何かわからないことがあるのであれば、それは授業の内容がわからないだけなんです。しかし、今公立のろう学校では手話ができる先生というのがあまりいないんです。異動などもあって、何も知らずに、ろう学校の教職に就くという人もいます。手話を勉強したばかり、手話の勉強も浅い、という人がろうの子供の授業を教えていれば、やはりわかりづらい。
先生の言葉自体がわからないということが起こっているんです。しかし明晴学園では、教員も生徒も全員が日本手話を共有しています。公立のろう学校では、たまたま手話のうまい先生に当たれば、よく内容はわかるけれども、赴任したばかりであったり、手話はこれから勉強しますとか、今勉強してるんです、というような先生だと、先生の言葉自体がわからない、授業に入る前に言葉自体がわからないんですね。先生も「この手話は何だっけな?ちょっと口を大きく開けるからこの口の形読んでよ」なんていう風に言ってしまう。私自身、ろう学校を卒業したんですけれども、当時は手話すら禁止されていたんです。というのは、手話を使うと日本語が身に付かないっていうふうに言われていたんですね。で、今はだんだんと手話は言語であるということが広まってきて、その公立のろう学校でも手話が使われるようにはなってきました。昭和9年に実は大きな出来事があって、それは文部大臣によって、手話を使わず、口話で教育をするようにということが発せられたからなんです。そこから日本のろう教育は口話教育といって手話を禁止して喋る教育がされてきました。しかしそういった教育ではろうの子供は育たないという風に私達は思い、手話による教育をしなければいけないという事で、20年ほど前から活動を始めまして、明晴学園という私立の学校を建てました。そして当然、母語としての日本手話を大事にしつつ、この日本で生きていく上での日本語も必要でありますので、読み書きの日本語を第二言語として学んでいます。ですので、皆さんは第一言語が日本語ですよね。でも、ろう者は第一言語が日本手話、そして、日本語は第二言語になるんです。これがバイリンガルろう教育と言っています。第一言語を日本手話、そして、第二言語として読み書きの日本語を教える。この二つの言語を使って教育を行っているのが、バイリンガルろう教育です。で、とにかく重要なのは母語、第一言語です。子供にとって母語を身につけさせるというのが重要なんです。この教育を行っているのが日本で唯一ということです。で、聴者の学校、聞こえる方たちは、普通校でどこでも日本語で学べていますよね。校風が違うというのはあるかもしれませんけれども、どこでも同じように日本語で学べているんです。だから例えば何か転勤とかで転校したとしても、当然、日本語で学べる。言葉の面では苦労はしないわけですね。でも、ろう学校では、明晴学園一つなので、そういった教育できるのが明晴学園だけなので、全国から明晴学園に入りたいということで、越してこられたりとかして入ってこられる方がおります。

荻 上:今、資料を指さして、あとは資料を読んでくださいという事を今ジェスチャーでいただきました。今の話にも少し歴史の話が出てきました。ということは、かつては、手話は言語として認められておらず、健常者と同じように話せるように近づきなさい、リハビリして頑張りなさい、ということを強制される時代があったということですか?

森 田:はい、そうです。それはろう者を障害者として見ていたから、つまりマイナスからのスタートの教育をしていたということです。聴力が欠損している、欠落しているから、かわいそうだという風に捉えて何かそれを補う手段として、声を出す教育、または声を聞く教育をしていきました。でも、それは聴者の視点ですよね。ろう者にとっては本当に苦しい教育なんです。ろう者として生きることを否定されて、聴者のようになりなさい。自分を否定される教育でした。日本のろう学校は明治になってから、初めて日本で初めてろう学校ができたんですけれども、最初に京都、次に東京に出来たんですけれども、当初はろうの子供たちの目の力というところを信じて、手話での教育がされていたんです。しかし1880年代(通訳修正)、ミラノで国際的な教育会議が行われて、口話教育にしようという国際的な流れもあったんですね。そして日本でも口話教育ということが進められるようになっていきました。当時、手話の教育から口話教育に変わるときに、それに反対した先生たちもいたんですけれども、そういった先生たちはみんなクビになっていって、ろうの先生たち、手話での教育を担っていた、ろうの先生たちも全てクビになってしまいました。つまりそれ以降、口話教育といって話す教育、聞く教育という、ある意味、ろう者にとっては暗黒時代と言われているものです。ともかくこの根本となる思想、考え方は、ろうは直さなければいけない。ろうというのは欠損だから直さなければいけないという視点だったんだと思います。しかし、ろう者は、自分自身、私も生まれつきろうですけれども、自分が何か困ってるとか、かわいそうだなって思ったことありません。ろうであることが当たり前なんです。両親もろう者です。家族も仲いいですし、また普通に結婚して子供もいます。ろうとして、ありのままで何の問題もありません。で、このろうであることを肯定して教育を行っているのが私達の学校です。ろうの子供たちは目の子供だとして捉えて、そのありのままの子供たちを肯定して教育を行っています。これまではそうではなかったんです。ろうは直さなければいけない、ろうであることを否定されていたんです。で、そういって、そうした口話教育を受けてきた人たち、子供たちっていうのはたくさんいました。

荻 上:これまでは音声中心主義であり、また健常者中心主義であった。その人たちは中心に社会をつくっていたので、ろうの方々を教育の権利というのがずっと妨げられていたんですね。

森 田:はい、まさにそうです。

荻 上:今日はろうの方々が、手話をどう学ばれるのかというところを伺いたいんですけれども、そもそも、この手話といっても一種類ではないし、また健常者向けの手話と、ろう者同士の手話というのも、また違うということも聞きますが、この手話のレパートリーについて教えてください。

森 田:はい。まず手話は自然言語であるということです。誰かが作った人工的なものではなくって、ある日常的な集団の中で自然発生的に生まれたのが、日本手話です。日本であれば日本手話です。日本語もそうですよね。誰が作ったかなんてことはありませんよね。自然に発生した、この社会の中で自然に発生し受け継がれてきたのが日本語であって、その日本語によって様々な活動、議論もできますよね。日本手話も同じです。ろう学校ができて、ろうの子供たちの日常的な集団ができたことによって言語が生まれたんです。日本手話という言語が生まれました。これ一つの言語です。日本手話という手話がありますが、今、日本の中で手話と言われるものがもう一つあります。日本語に合わせて手話単語を出していくものです。「日本語対応手話」「手指日本語」と言われるものですけれども、この二つの手話は全く違います。「日本語対応手話」は日本語です。日本手話というのは自然言語ですので日本語とは全く異なる文法体系を持っています。

荻 上:なるほど。

森 田:ですので、皆さんが日本手話を勉強する、と思ったらすごく大変だと思います。もう一つの日本語対応手話と言われるものは、日本語を知っている人が手話を使いたいという風に思って、日本語の語順に合わせて手話単語を出していくものなんですね。なので日本語を知っている人、皆さんのような日本語の母語話者であれば使いやすいですし、覚えやすいんですけれども、ろう者の私達にはよくわからない、全くわからない。というのも、日本語対応手話は手話独自の文法が全くないからなんですね。単語だけが出ていてもそれを繋ぐ文法がない。だから、私達日本手話・母語話者には日本語対応手話わからないんです。日本語対応手話を見るときは本当に翻訳と同じです。別の言語を見て日本語を考えてどういう意味だったんだろう、という風に考える。すごく負荷が大きいんですね。これ大人の私でもそうなんですから、ろうの子供たち、まだ日本語も全く知らないろうの子供たちにとっては全く意味がわからないものになってしまいます。皆さん日本語を習得するのは当然耳からインプットを得て、日本語を獲得しましたよね。つまり日本語っていうのは音声言語であって、音のインプットが必要なんです。でも、その音からのインプットがないとその日本語も獲得できませんよね。なので、ろうの子供、小さいろうの子供にとっては音から得るということはできないんです。日本語を得るとすれば文字なんですね。視覚的な文字。でもやっぱり文字っていうのは、本当は音声言語であるものをあえて書いたものなので十分ではありませんよね。ですので、ろうの子供にとって本当に一番適している、自然に完全な形でインプットされて獲得できるのは日本手話なんです。なんかちょっと話がそれてしまいましたが、すみません。

荻 上:いえ。よくわかりました。日本語の場合で日本語向けの手話だと、
例えば「こんにちは。今日はよろしくお願いします。」といった
日本語を訳したような格好で順番に手話をしていますよね。
日本手話、日本で自発的に普及した手話だと、また違うような順番だったり
違うようなボキャブラリーだったりするということになるんですか。

森 田:はい、そうです。もう本当に英語ぐらい違う言語だと思ってください。日本語と英語では文法も違いますし、語順も違いますし、語彙も違いますよね。それぐらい違います。英語の語順のまま、例えば日本語に直したり、日本語の単語だけ置き換えたりとか、また日本語の語順のまま、その英単語に置き換えても全く通じませんよね。それと同じなんです。やはりその文法っていうところが重要で、なかなかちょっと説明しづらいんですけれどもラジオでは。音声言語は声で話していますよね。つまりその文法というのもその声に乗っているわけですけれども、線状的というんでしょうか、言語の要素がその線状的に連なっている。

荻 上:順番に?

森 田:そうですね順番に連なっているのが音声言語です。口から発生する音声言語ですよね。音を発する器官が声だけ、ていうか喉だけなので。同時に発することはできないんですけども、手話はどうだと思いますか?

荻 上:その表情とかいろいろ、

南 部:身振り手振りで右手と左手とか入る情報量が多い気がします。

森 田:はい、そうですね。本当にそうなんです。手話の場合に手だけではないんです。手話を構成しているのは、手による単語だけではありません。もし手だけで表しているものは全く文法がないと思ってください。NMといって、例えば顔の使い方、眉の上げ下げとか頬の膨らみとか、肩の広げたり狭めたり、という上半身全体が言語的な要素になっているんです。ですので、手話というのは同時にいくつかの事を表せるので、手話の文自体はすごく短いけれども、日本語にしたときにすごく長くなるってことがあるんです。つまり、同時にいくつかの要素が出せるから。なので、手話通訳がすごい短い手話なのになんで、こんなに日本語長くなるんだろうって思われるときは、手話で同時にいろんなことを本当に凝縮して出してるからなんです。

荻 上:たまにテレビとかを見ると手話通訳の方が本当に表情を豊かに、何かを例えばズバッと切るときは顔をしかめたりとか、何か悲しいことがあったら顔で全体のアクションをしたりすることありますがあれもそうなんですか?

森 田:ただですね、それはちょっと感情的な表情かもしれませんね。感情的な表情と、文法的な顔の使い方って違うんですよ。手話習ってる方もそういう風に思われてる方いるんですね。感情をよく顔に出しなさい、なんて風に習う人もいるんです。そうやって教えちゃってるところもあるんですけれども実はそうじゃないんです。ろう者って表情豊かなんだから、なんて風に言うんですけど、そうじゃないんですね。ろう者の中にも無表情な人います。感情的な表情が出ない人もいるんですよ。結構上品に表情をあんまり、感情を出さないで話す人もいます。手話にとって必要な表現というか、表情というのは文法的な動かし方なんですね。例えば疑問文を作るときに、YES・NO疑問文と、WH疑問文がありますよね。

荻 上:いつ?とか。

森 田:そうですね。WH疑問文の場合は、問われた方は長い文章で答えなければいけませんよね。YES・NO疑問文は問われた方が「はい」か「いいえ」で答えられる疑問文です。このときにその疑問文を作るときの文法として顔の動かし方が決まっています。YES・NO疑問文は、目を見開いて、あごをちょっと下げます。今やっています。WH疑問文の場合は、眉毛をしかめて、首をちょっと横に振ります。例えば、「荻上さんですか?」っていう時、これYES・NO疑問文ですね。その時には…やってみますね、今。こう。今やっています。この表情です。WH疑問文は「荻上さんどこ行ったんだろう」っていうとき、これで。「どこですか?」っていう。

荻 上:「荻上さんですか?」と聞かれたときは目を見て、そしてクイっとこう顔を動かすくらいですけれども、でもWHの方だと首をちょっとフルフルって振りながら眉毛をちょっと困らせてるような感じですね。

森 田:そうです。そうです。そうなんです。ですので、今、手話単語は同じ手話単語を出していました。「荻上さん」という手話単語を出していたんですね。これ、この手話単語に乗せて、今はYES・NO。これはWHの顔の文法を同時に出しています。つまり手話単語は同じでも、顔の文法が異なることで違った意味の文章になっているんです。

森 田:皆さん、普段、ろう者のことをなんていう風に呼びますか?例えばろう者と私は言ってましたけれども、普段は聴覚障害者って言われてる方が多いのではないでしょうか?いろいろな呼び名があるかと思いますけれども、私自身は自分が聴覚障害者だとは思っていません。普段は自分のことをろう者という風に言っています。逆に皆さんのような聞こえる方のことを、私達は健聴者、健常者という言い方はしません。聴者という言い方をします。耳辺のついた聴こえるという字に者という字で、聴者という言い方です。なぜかというと、特に私自身が病気あるいは障害だと思っていませんので、それに対する人たちについても健康あるいは、健常だという風に思っていないんですね。ただ、聞こえる人と聞こえない人ということで、聴者とろう者という風に呼んでいます。おそらく一般的には健聴者という呼び方、大変普及していると思うのですが、ぜひ聴者という呼び方に変わっていくといいなと思っています。

荻 上:そこにはもう別のコミュニケーションをしている人たちっていうような、そうしたところに着目をした分け方になってるんですね。

森 田:そうですね、はい。

荻 上:そのコミュニケーションについて少し伺いたいんですけれども、このコロナ禍での影響についてメールをいただいてます。

南 部:リスナーの方からのメールをご紹介します。ラジオネーム:のりこさんからです。ありがとうございます。「聞こえない人、聞こえづらい人にとって手話と同じくらい話者の口の動きが重要だと聞いたことがあります。マスクで口の動きが見えない今、皆さんはどう対応していらっしゃるのでしょうか?」というものです。

荻 上:こちらいかがでしょうか?

森 田:もともとろう者って誰かとコミュニケーションが取りづらいっていう生活をしています、普段ずっと。なのでその聴者の人に対してコミュニケーション取りづらいというのは日常のことだったので、マスクがあるない以前の問題なんですね。それ以前からずっとなかなかその言語の違う人に対してコミュニケーションするのは難しかった、というような暮らしぶりをしているんですね。で、マスクをするようになればそれなりの方法を、機転を利かせていろいろなことをするようになりますね。例えば定型で決まってるものありますよね。コンビニに買い物に行けば袋入りますかって聞かれるとか、自分の袋を見せてこれがありますよ、っていうのを言えばいいわけですね。それでも通じないことがあれば書いてくださいっていう風に、私はこういうコミュニケーション方法できちんとお話ができますということが通じればいいわけですよね。

荻 上:確かに。

森 田:なので特にマスクを皆さんがするようになったからといって、急にコミュニケーションがすごく難しくなったというよりは、もともとわからない人とのコミュニケーションについては慣れていたという事ですね。

荻 上:逆に言えば、もともと期待できていなかったってことになるわけですか。

森 田:そうですね。ただですね、実はそのコロナのおかげで良くなったところもあるんですよ。皆さんマスクをする、あるいはあまり飛沫が飛ばないように声を使わないコミュニケーションを取る場面が増えましたね。なので、ろう者にとってはそれずいぶん良くなったんです。例えばレストランで何か注文をするときに、声で注文をしなくても何かこのタブレットのようなもので注文ができるとか、またその何かできましたっていうときにも番号が表示されて、それを取りに行けばいいとか。

荻 上:なるほど、確かに。

森 田:そのような新しいシステムがいろんな飲食店で採用されています。お呼びしませんので、あの番号で来てくださいね、っていう風に言われたところもたくさんあります。なのでコロナだからといってマイナスの面ではなくて、実はプラスに働いていることもあるんです。また、聴者の皆さんも、ろう者に対して、あるいは、その言葉の通じない人に自分の母語が通じない人に対して大変臨機応変に対応ができる人もいれば、そうでない人もいる。どうすればいいかわからなくなっちゃう。頭が真っ白になってしまうような人もいる。なので、その人に合わせて、おそらくこの人だったらこの方法が合うのではないか、あるいはこの人ならばこのぐらいのもので通じるのではないかということを調整しながら会話を進めていく。というような生活です。もしかしたら聴者の皆さんも「この人、音に反応しないな。もしかしたらろう者かもしれないな」という風に考える選択肢として、ろう者ということを考えてもらえたらいいかもしれません。私がまだ小さい頃ですね。ろう者に対するネガティブな視線が大変多かったです。コミュニケーションが取れない人ってこの人どういったものなんだろうというような不安な視線が大変多かったです。例えばですね、私に対して耳が聞こえませんという風に言うと、英語で話しかける人がいるんですよ。

荻 上:別の言語っていうイメージなのかな。"

森 田:日本語が通じないので、英語っていう次の選択肢が英語って言う人もいるんですね。外国人であれば、おそらくこの人、日本語が通じなかったら外国人なんだろうな、ということで言い直したり、あるいはコミュニケーション手段を他のものを考えたりっていうことがありますよね。ろう者に対しては日本語が声で通じないならば、筆談という方法があるわけです。

荻 上:なるほど。これ質問なんですけれども、口が見えるマスクとかフェイスシールドとかアクリル板を使って手話通訳を…。

森 田:いやいやいや、いらないです。いらないです。

荻 上:めっちゃ要らなそうな顔してる。

森 田:なぜかというと今ここでも皆さんマスク、通訳もマスクしてますよね。これでもそれできちんとコミュニケーションができますね。明晴学園でもそうです。子供たちみんなマスクをしてます。公立のろう学校の皆さん、これがなかなか難しいのはさっき言った日本手話の文法がきちんと備わっていないから通じにくくなってしまうんですね。その文法をきちんと獲得をしていれば、マスクでこの口のあたりだけが隠れてもそれでも大丈夫なんです。きちんとした情報のやりとりをすることができますね。もちろん通訳をする際に、情報の漏れがなく、十分に翻訳を届けるためにマスクをしないということを選択するというのはあると思いますが、日常生活全てにおいてマスクをするということは今のご時世大変重要ですよね、感染を防ぐというためにも。なのでマスクがあっても、そんなに困らないことが多いということなんです。マスクで隠れるところ以外にもたくさんの文法要素を使うことができますので、例えば眉の辺りとか肩の辺りとか、マスクで隠れる口の動き、あるいは口の形が
見えなくてもそれ以外の情報できちんとできるわけです。例えば、マスクで隠れるものとしてはマウジングというものがあるんですね。

荻 上:口をすぼませたり。

森 田:はい。先ほどの疑問文でお見せしましたけれども、例えば過去形を言う場合にこんな口の形をするんです。パに近いですかね。それでこういう風にすると、「買った」という意味になるんですが、これ、今はパという口の形にしませんでした。そうすると「買う」という意味です。

荻 上:過去形ではない。

森 田:はい。買うという手の表現に、先ほどのパという口の形をつけると「買った」になります。さらに先ほどのYES・NO疑問文を付ければ「買ったの?」という疑問文になりますし、現在形の顔のものにその文法をつけることで、何を言うのかということをきちんと使い分けるわけなんですね。それがきちんと使い分けられるというのが自然言語だからだと思います。で、例えばその先ほどのパっていう口の形が見えなかったとしても、疑問文だなということはわかりますよね。またそれまでの文脈で話の内容で過去形のものなのか、そうではないのかという事もきちんと理解ができますので、日本語対応手話だったらそこが難しくなると思うのですが、日本手話ならばきちんとできるわけなんです。おそらく日本語対応手話の通訳者が来たら「マスクとって」ってお願いしなきゃダメだと思います。

荻 上:なるほど。どの手話を使うのかでもそうですし、あと一点補足しておくと聴覚に障害がある方もいろんな方がいらっしゃいます。難聴の方で、口の動きを読みたいという方もいらっしゃいますし、またその自閉症の方で手話とミックスして喋るという方がいるので、その手話のニーズと、ろう者のどういった方なのかによってもまたこれ変わってくる面はありますよね?

森 田:はい。そうですね。特に日本語対応手話はもともと日本語で育った人が大きくなってから耳が聞こえにくくなった、あるいは聞こえなくなったっていう場合には日本語が母語ですので、急に聞こえなくなったんであれば、日本語通りに手話の単語を並べるものの方がわかりやすいですよね。そういった方には日本語対応手話が大変有効だと思います。突然、日本手話を覚えろと言われても全く文法の違うものですから、それはなかなか難しいことだと思います。で、逆に私達のようにろう者として、手話で育った者にとっては日本語対応手話というのはとてもわかりにくいものなんですね。その特性によって向いている手話、わかりやすい手話というのは異なってくると思います。また難聴の方というのは、もちろんその幅はたくさんありますけれども、どのくらい聞こえるかというのが様々です。音がどのくらい聞こえるかというのはそれぞれ皆さんバラバラだと思いますけれども、それでも耳の聞こえにくい子供にとっては、やはり手話が一番自然に獲得できる言語だということなんです。

荻 上:森田さんの場合は、今その聴覚というものにはどれだけ頼るのか、どれだけ使ってるのか、
これはいかがですか?

森 田:ほとんど使いませんね。補聴器は持ってます。ただ補聴器をつけて大きな音が、音がしているっていうのがわかるぐらいですね。例えば皆さんがメガネを使うと、見えにくいものがやや見えやすくなるっていうのと少し似ているのかもしれません。けれども補聴器全く使わないっていう人もいますね。またあの聴力によっては補聴器を使うことによって音楽を楽しめるという方もいらっしゃいます。でもそういった人たちが聴力の異なる人たちが集まっても手話であればみんなで同じ言語を共有してやりとりをすることができるんですね。

荻 上:他にも手話などについて、メールをいただいています。

南 部:ラジオネーム:トンボの気持ちさんからメールです、ありがとうございます。質問をいただいています。「手話言語というように、手話は各国で異なっているようですが、世界にはいくつぐらいの手話言語があるんでしょうか?国内にも方言のように複数の手話言語があるのでしょうか?異なる手話言語同士の通訳はどのように行われるのでしょうか?たくさんの手話言語を習得している方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?」と、いくつも質問が。

荻 上:たくさん質問をいただきましたけれども、メールを森田さんに渡して読めるようにもしましょう。まず手話というのはどれぐらいあるのか、いかがですか?

森 田:そうですね。いくつぐらいなんでしょうか?逆に音声言語って何種類ぐらいあるんですか?

荻 上:音声言語100以上あると思いますけど、いつもどこまで方言まで入れるのか、とかイングリッシュでもそのあたりはジャパンイングリッシュを入れるのかで議論分かれちゃいますね。

森 田:そうですよね。そういったことが手話にも言えると思います。日本手話を使うには、やはりそのコミュニティが必要ですよね。何か言語が生まれるにはそのコミュニティが必ず必要になるわけです。例えば韓国の手話、あるいは台湾の手話というのは歴史的な経緯があって、日本が統治していた時代にもたらされた日本の手話が残っているというようなことがあります。また世界で一番最初にろう学校が設立されたのはフランスなんですね。そこから少しずつろう教育の広がりとともに、ろうの子供たちの集団ができてそれぞれの国々で様々な手話が生まれます。なので世界中の手話は本当に異なっているですけれども、例えばフランス系の手話ですとか、また別の集団から生まれたものがもたらされた国で広がったものとかいろんな系統があるんです。日本の手話は日本で自然発生的に生まれたものですけれども、日本の国内においては先ほどご質問にあったような方言もあります。日本語にも方言は様々ありますけれども文法が同じだから地域の違う人と会っても、方言が異なっても話が通じますよね。そのぐらいのレベルで日本手話にも方言が存在します。けれども文法が共有されているので、単語レベルの差異はあってもきちんと通じます。

荻 上:ちなみに手話でこの人関西出身だなとかわかるものですか?

森 田:わかるんですよ。特に関西の方ってすごくはっきりします。名前っていう手話がわかりやすい例ですけど、これ関東の手話ですね。これラジオで言うの難しいんですけれども

荻 上:手のひらをパッと開いて親指をその真ん中に当てる。

森 田:そうです。これ東日本のものですね。西日本こんな風にして名前ってやります。

荻 上:胸のバッジみたいなものをなんか作るみたいな。OKサインを胸に当てる。

森 田:なので、この単語を見れば、西から来た人だなということがわかります。

荻 上:イギリス英語とアメリカ英語が違うみたいなものがあるんですね。"

森 田:そうですね、はい。そういった感じです。また住んでいる地域が違うとそこで育った文化も異なりますよね。なので、おそらく日本語もそうかもしれませんけれども関西人ぽい感じの喋り方は、東京の私達から見るとずいぶん違うなという風に思います。先ほど名前の手話はバッジみたいな風な、とおっしゃいましたけれども、実はですね、手話の語源ってあんまり私達自身はこだわっていないんです。例えばその関東の東日本の名前も名前という手話も、もともとは、こんな風にあの紙に親指で拇印を押すところから来たのだろうという風に言われているんですけれども、もちろん学習者にとってはその語源があるとなんとなく嬉しい、あるいは覚えやすい、手がかりになる、っていうものだと思います。けれども、私達自身はそういったことを全く考えずに手話で話しているんですね。例えば皆さん日本語の名前の語源はご存知ですか?

荻 上:わかんないね。聞かれればね。

南 部:考えないですね。

森 田:漢字を見ると名前の名という字が使われています。この名前の名という字が何で使われているのか、おそらく何かのきっかけ、あるいは由来があると思うんですね。それに興味があるのはおそらく外国の方なんじゃないでしょうか?日本語ってそういう風にしてできたんだって思われるんじゃないでしょうか?でも同じことが手話にも起こるっていうことなんですね。私達にとっては、語源聞かれてもよくわからないっていうことが多いです。けれども、あの手話を学ぶ人たちにとっては、そんな語源でこの手話が成り立ったんだ、とか。そんな経緯があったんだということを知るのは、なんとなく手がかりになる、覚えやすい、けれども、あまり手話を話すためには必要のないことなんです。

荻 上:なるほど。これ先ほど明晴学園でバイリンガルろう教育を始める前まで、やはりナチュラルなろう者たちの手話というものが、なかなか教育の現場で受けられなかったという話を説明されてましたね。そういった話を聞くと、今、日本にも本当にたくさんの課題があるように思うんですけれども、特に今、課題だと思うのはどういったようなものを感じてらっしゃいますか?

森 田:まずは、ろう教育の現場では手話が言語であるということをきちんと認めなければならないと思っています。そして、例えばろう学校の先生として赴任をするために、あるいは教職免許を取るために手話をきちんと使いこなせるような先生が必要です。先生の異動で新しい先生が来るたびに子供たちは手話が全くできない先生に出会うわけですね。何を言ってるのかわからない。しかもですね、ろう学校の人事異動はおそらく数年ずつで異動してしまいますので、せっかくなんとか手話でやりとりができるような先生になったと思ったら新しい先生になってしまう、というような状況がこれまでずっと長年繰り返しているわけです。そこをやはり変えていかなければなりません。明晴学園では私立の学校ということで異動がありませんし、また、小さい子からその中学部に育つまで、ずっと同じ環境で手話という言語を共有しながら学ぶことができます。けれども、多くのろう学校ではそういった環境がありませんので、そこを変えていかなければならないと思っています。そのシステムを大きく変更することによってろうの子供たちは自立をして十分に社会で活躍することができるのではないかと思います。

荻 上:本に書いてます、と。本をアピールしてくださいました。ちなみに日本でも手話通訳の方、少ないというような指摘もありますし、一方で手話を学んだ、ろう学校卒業生の方々が適切に就職できるのか、という課題もあると聞いてます。ここはどうでしょうか?

森 田:そうですね。日本に手話通訳という人はたくさんいますけれども、今日来ている通訳のように日本手話をきちんと通訳できる通訳者が大変少ないということです。逆に言えば日本語対応手話しかできない通訳者が大変多い。日本語の語順通りに手話の単語をたくさん並べられるっていうことが多いんですね。これまでの地域での講習会、あるいはサークルでの手話への学び方というところも大きな問題かと思います。ろう者が自然に獲得している手話をきちんと通訳ができるっていう、そういった手話通訳が本当に少ないんですね。また、ろう者が獲得している自然の日本手話を学べる場所も大変少ないです。なんとなくその日本語のテキストに合わせて、単語をたくさん覚えれば使えたような気持ちになるというような学習場面が多いんですが、そうではなくて、日本手話の文法をきちんと学べる場というのも必要です。それをするための組織作り、制度作りということも必要になってくると思います。また、先ほどの就業とかの問題ですね。

荻 上:はい。お仕事。

森 田:以前は技術系の職に就く、ろう者が大変多かったです。例えば組み立てだったり、あるいは理容・美容というような仕事に就くろう者が大変多かったです。また、そのろう者のアイデンティティを持っているかどうか、というところにも大きな問題があると思います。これには、ろう学校の教育も大きな影響を与えていると思いますが、やっぱり聴者の中でみんなに合わせて生活ができるように、声で話せるように、耳で音を聞くように、というような教育を受けている人が多いです。けれども、ろう者のアイデンティティを持っていれば、音や声は使わないので、筆談で、あるいは手話で、働いていくという選択肢が生まれます。けれども、これまでのろう教育ではそういった選択肢が与えられずに聴者の中で、働きやすいようにという事で、聴者のような生活を求められてきました。けれども、現在は本当にろう者として、ろう者が働くという場面が大変増えてきました。例えばバスの運転手、弁護士さん、本当にいろいろな職域にろう者の活躍が目立っています。なので、これからもどんどんろう者の職域というのは増えてくるのかと思います。ただ重要になってくるのは先ほど申し上げた、ろう者としてのアイデンティティを持っているかどうかということです。で、それを育てるためにはやはり、ろう教育に立ち戻らなければならないということになるのではないでしょうか。

荻 上:なるほど。もっと学びたかったのでぜひまたお話伺いたいんですが、最後にお知らせを。

南 部:日本財団は、国連の手話言語の国際デーに合わせて開発した手話学習ゲーム「手話タウン」正式版を発表し公式リリースをしました。「手話タウン」は、ICTを活用してより身近に、より気軽に手話の学習を始められる教材として、日本財団と香港中文大学が共同で開発を進め、Googleおよび関西学院大学の協力のもと完成しました。詳しくはインターネット「手話タウン」で検索して使ってみていただきたいと思います。

荻 上:森田さんありがとうございました。

森 田:ありがとうございました。

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