【音声配信】「ケアってなんだろう?~令和時代のつながりと責任の話」Part4▽塚越健司、吉川浩満、小川公代、倉本さおり、河野真太郎、山本ぽてと【文化系トークラジオLife】

文化系トークラジオ Life ニュース版
吉川浩満さん(撮影:ササキミチヨ)

↑吉川浩満さん(撮影:ササキミチヨ)        
 
○ルソーの「憐れみ」   
・ケアする人をケアする。ジャン=ジャック・ルソーの思想「憐れみは自然の感情」。考えるより前に手を差し出さずにいられない人たちがいてこそ、これからも社会が続いていく(メール)   
・18世紀半ばから19世紀にフランスで大流行した感受性文化(小川)   
・感受性は英語でピティ(pity)。フランス語はピティエ(pitié)(小川)   
・感受性文化が流行るまでは、男は「憐れみは上から目線」というスタンス(小川)   
・それは古代ローマの詩人ルクレティウスまで遡る(小川)   
・ルクレティウスの考え方「巻き込まれない所に居る快楽」。見下す立場(小川)   
・上から目線ではなく水平。ルソーは平等な憐れみを広めた(小川)   
・相互憐れみ。みんな苦しいみんな弱者(小川)   
・転んでいる人がいたら利害関係なく助ける。それがそもそもの出発点。コールされている(塚越)   
・ルソーの系譜を辿るとフランスの哲学者、モーリス・メルロー=ポンティがいる(小川)   
・自己と他者が気付いたら一緒くたになっている。ルクレティウス的に差異化するのではなく(小川)   
 →他者の苦しみを自分のものとして感じてしまう(小川)   
・大人になると自他が分かれてしまう(小川)   
・「成熟しても自他が融合する状態になることがある。それが愛だ」とメルロー=ポンティ(小川)   
 →つい手を差し伸べちゃうのが本当のケア(小川)

○國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』   
國分功一郎さんの『中動態の世界』。自分が能動的にしたわけでも/何かされたわけでもないけれど(塚越)   
・なんとなくコールされている気がする(塚越)   
・自分と他者が完全に分かれていない状況。宙ぶらりんな感覚(小川)   
・近代の社会においては希薄化(小川)   
・ケアの倫理は「お前がやったんだから」という自己責任的なものではない(塚越)

・ルクレティウスは快楽主義の哲学者エピクロスの弟子。詩の形でエピクロスの哲学を表現(吉川)   
 →楽園の哲学者。上から目線(吉川)   
・ルソーは楽園ではない。社会の中の人としてのピティエ(吉川)   
・人と生きていくのが苦手なルソーが「ピティエ」を言ったというのが余計に説得力ある(吉川)   
・電車で杖をついたお爺さんが乗ってきたらどかないわけにはいかない。感じている(塚越)

○チャールズ・テイラー『世俗の時代』・   
小川さんの『ケアの倫理とエンパワメント』の中で「多孔性」というのを仰っています(塚越)   
 →多孔性=いろんな所に穴が空いてる(塚越)   
・charlieさんの『ウェブ社会のゆくえ 〈多孔化〉した現実のなかで』。SNS空間は多孔性(塚越)   
・政治哲学者、チャールズ・テイラー『世俗の時代』(小川)   
・カトリックを信仰していることとカナダ人であること。ケベックの問題に心を寄せているチャールズ・テイラー(小川)   
・カトリックはプロテスタントより共同体思考(小川)   
・英文学を専攻する人はプロテスタントの作家を読むことのほうが多い(小川)   
 →近代の個があったからこそ小説が書かれた(小川)   
・多孔的ではなく「緩衝材に覆われている自己」。共感がない。スピリチュアリティがない(小川)   
・脱魔術化する近代社会においてスピリチュアリティがどんどん無くなっていく(小川)   
 →個に全ての責任を負わせる(小川)   
・プロテスタントは基本的に神と私の一対一の関係(塚越)   
・そういう文化とは違う、共同体の中で他人と自分が一緒に積み上げていく(小川)   
・共同体の中にスピリチュアリティがある(小川)   
・分厚いが『世俗の時代』を読んでから『ケアの倫理とエンパワメント』読むと物凄い分かる(小川)   
 →先に『ケアの倫理とエンパワメント』のほうが!(塚越)

○ブレイディみかこ『他者の靴を履く』   
・ブレイディみかこさんの『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(河野)   
・エンパシーとシンパシーの違い(河野)   
 →ルソー的なのがシンパシー。目の前に困っている人がいたら自然に内側から湧き出る共感(河野)   
・エンパシーは後から学びうるような共感(河野)   
・自然に湧き出るシンパシーをあなたは持ってるでしょと言うよりも、他者に対する共感は学びうるものなんですよと言ったほうが開放性は高いし役に立つ(河野)   
・イギリスの労働者階級のケアラーをやっていたブレイディさん(河野)   
 →労働者階級のコミュニティという前提が重要(河野)   
・ブレイディさんの「アナーキック・エンパシー」を「アナルコサンディカリスム」と読み替える(河野)   
・アナルコ(アナーキズム)サンディカリスム(組合主義)(河野)   
・中央集権的なものは拒否して自分たちのコミュニティで自立的に助け合う(河野)   
 →個人として自立はしているが組合を作っている(塚越)   
・「エンパシー」を日本の文脈に移し替えて本来の意味で受け取れるのかどうか(河野)

○シンパシーとエンパシー   
共感すること=他者の経験を自分の経験とすること(塚越)   
・ポール・ブルーム著『反共感論―社会はいかに判断を誤るか』(塚越)   
・シンパシーが強くなり過ぎるとある種暴走してしまう(塚越)   
・エンパシーになると学びうる(塚越)   
・どういうケースで共感すべきか学ぶというのが重要(塚越)   
・勝手に「こう思っているに違いない!」という共感の押しつけ(河野)   
・「他人の靴を履く」ではなく「他人に自分の靴を履かせる」ことになるとブレイディさん(河野)

○伊藤亜紗『手の倫理』とルソーの憐み   
・伊藤亜紗さんの『手の倫理』。道徳と倫理は何が違う?(小川)   
・「人の気持ちを汲んで人の為に良いことをしなければいけない」道徳教育と倫理は違う(小川)   
・『ケアの倫理とエンパワメント』というタイトル。「倫理」という言葉を入れたかった(小川)   
・ただ同情するとかシンパシーを持つことだけでは結局何にもならない(小川)   
・感情に流されて解決するのならば「ずっと泣いていれば良い」という話になる(小川)   
・ルソーの「憐れみ」は「camp」(劇場的)。お涙頂戴的な(小川)   
・ルソーの「憐れみ」にはどこか距離を置いてしまう(小川)   
 →必ずしも我々は感情だけでは生きていない(小川)   
・伊藤亜紗さんの、ホームレスにお金をあげなかったエピソード(小川)   
・『水たまりで息をする』のように引き裂かれる。何が正しいのか分からない(小川)   
・18世紀にはエンパシーという言葉はなかった(小川)   
・シンパシー的な感情は誰にでもあるはず(塚越)   
・感情を鍛える。学びが必要になる部分があって(塚越)   
・学んでいく事と自分を大事にするところにケアという問題がある(塚越)

・映画『マグノリア』の挿入歌、Aimee Mann「Save Me」(吉川)   
・フィリップ・シーモア・ホフマンがケアワーカーの役(吉川)   
・合わせ鏡のようにトム・クルーズがナンパセミナーのカリスマ講師役を演じる(吉川)   
・ナンパセミナー講師の父の看護をケアワーカー役のフィリップ・シーモア・ホフマンがやっている(吉川)   
・この二人がケアを介して交わるのか交わらないのか・・・?二人の組み合わせが興味深い(吉川)

text by 犬井おかか   

このパートでかけた曲   
●Aimee Mann "Save Me"  

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