劇的と普通/セパタクロウ【連載エッセイ「わたしとラジオと」】

インフルエンサーや作家、漫画家などさまざまなジャンルで活躍するクリエイターに、ラジオの思い出や印象的なエピソードをしたためてもらうこの企画。今回は、『水曜JUNK山里亮太の不毛な議論』や『ブレインスリープpresents川島明のねごと』の構成作家をされているセパタクロウさんのおはなし。ハガキ職人を経て構成作家になったセパタクロウさん、どんなきっかけで投稿を知るようになったのでしょうか。

 

 誰よりも早く教室に来ている寡黙な女子がいた。私はいつも二番目で、毎朝、二人だけの時間があった。彼女はいつもイヤホンで何か聴いていて、挨拶らしい挨拶もなかった。修学旅行の時、バスで隣の席になり、会話に困った私が「いつも何聴いてるの?」と尋ねると、彼女は少しだけ微笑んでつぶやいた――「ラジオ」と。

 そんな劇的なラジオとの出会いがあったら良かったが、ない。

 うちの家族はみんなラジオを聴く人で、父は車で昼のAMを聴き、母はアイロン片手に夕方のFM(まだワイドじゃない)を聴き、姉は好きな歌手の番組を夜に聴いた。出会いも何も、私の家に私より先にいたのだ。ラジオは普通だった。

 最初に自分で習慣的に聴くようになったのはTBSラジオ『宮川賢の誰なんだお前は』だった。この番組は「ボキャブラ芸人が出ている」「声優のミニ番組がある」「ゲーム特集がある」などの理由で、中学生の私の興味に合っていた。

初めて投稿をしたのも「誰おま」内のミニ番組『La'cryma Christi(ラクリマ・クリスティー)のラブ・パレード』だ。ハガキにネタを書いて送り、ドキドキして放送を待った。読まれなかった。読まれないのが普通だと思った。それから投稿はしなかった。

 大学に入る頃、深夜放送を聴きだした。「JUNK」は全曜日聴いた。どの曜日もおもしろい投稿者がいる。ラクリマに選ばれない普通の私とは脳が違う。

 ある日、顔見知り程度の同級生と同じ電車になった。二駅も過ぎたら話題がない。でも、目的地までは何駅もある。話題に困った私がそいつの鞄を何気なく見ると、落書きみたいな絵の缶バッジが目に入った。そばに何か文字もある。そこには『爆笑問題カーボーイ』と記されていた。

 あの?

 カーボーイは聴いていたし、缶バッジも知っていた。でも賢者の石みたいな、幻の存在だと思っていた。それを持っている人も。

 私は尋ねた。なんで持ってるの、投稿してるの、なんて名前なの。そいつは涼しい顔で答えていたけど内心嬉しかったろう。電車を降りても話題は続いた。

 寡黙な女子でなく朴訥な男だった。それで意気投合してM-1に挑戦したとか、タッグを組んで漫画家デビューしたとかいうドラマチックな展開もなく、その後も普通に顔見知り程度のまま卒業した。実は後のあの人です、みたいなオチもない。なんということもない話。

 ただ、投稿を読まれる人が普通にいると知った私は、それから自分も投稿をはじめた。それがきっかけでいずれラジオの仕事をすることになるのだから、私一人にとっては普通に劇的だったのかもしれない。

 

セパタクロウさんがいつもラジオを聴いているミニコンポ

 

 

 

セパタクロウ/構成作家。埼玉県出身。TBSラジオ『木曜JUNKアンタッチャブルのシカゴマンゴ』のリスナーから同番組の見習い作家となる。現在、構成にたずさわっている番組は『水曜JUNK山里亮太の不毛な議論』『ブレインスリープpresents川島明のねごと』など。“関根パン”の名義で小説、シナリオの執筆も行う。

 

llustration:stomachache Edit:ツドイ

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