宇多丸、『少年の君』を語る!【映画評書き起こし 2021.8.12放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

オンエア音声はこちら↓

宇多丸:

さあ、ここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、7月16日から劇場公開されているこの作品、『少年の君』

(曲が流れる)

中国のさまざまな社会問題を背景に、優等生の女子校生と不良少年の交流を描いた青春ドラマ。進学校に通う高校3年生の少女チェン・ニェンは、同級生がいじめを苦に自殺をして以降、新たないじめの標的になってしまう。そんなある日、偶然、不良少年シャオベイと出会う。対極的な存在でありながら、それぞれ孤独を抱える2人は心を通わせていく。

チェン・ニェンを演じるのは、チャン・イーモウ監督の『サンザシの樹の下で』などの、チョウ・ドンユィさん。そしてシャオベイ役は、アイドルグループ「TFBOYS」のイー・ヤンチェンシーさん、ということです。監督を務めたのは俳優としても活躍するデレク・ツァンです。

ということで、この『少年の君』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」ということですけどね。まあ、公開からちょっと、しばらく経っていますからね。ただ、リスナー推薦メールもいっぱい、当時、公開週は届いてましたしね。

賛否の比率は、「褒め」の意見が7割近く。主な褒める意見としては、「チョウ・ドンユイとイー・ヤンチェンシー、主演の2人がとにかく魅力的」「見ている最中、ずっと苦しくて、主人公の2人をずっと応援し続けていた」「重たい話だが、エンディングでは心が軽くなった」などございました。一方、否定的な意見としては、「いじめを映画テーマとして冒頭で示しながら、途中からあまり関係ない話になっている」「最後に付けられたメッセージが蛇足」などがございました。

■「少年の君、傑作。まず特筆すべきは役者たち」byリスナー

ということで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「リトルファラオ本田」さん。

少年の君、傑作でした。まず特筆すべきは役者たち。主演のチョウ・ドンユイ、イー・ヤンチェンシー2人の演技によって、一歩引いてみると、ぶっちゃけやり過ぎているイジメシーンや、『社会的弱者の男女が出会い、惹かれ合う』というありがちなストーリーに、驚異的な説得力を持たせており、強引に引き込まれていきます。また、いじめっ子筆頭のジョウ・イエ。彼女の深く淀んだ黒目、警察署での表情の変化、忘れられません。

デレク・ツァン監督の演出も素晴らしく、例えば、中国の格差社会を直接的に描く表現として、“落ちる”シーンが多くあります。映画の冒頭、学校で自殺をする彼女も転落死から始まり、社会的に下の立場のチェンが、受験によってステップアップするためにもがいている中、いじめっ子の手によって階段から突き落とされる。はたまた、終盤のシーンでは、長い長い階段を静かに我慢して登ってきた(これまでのチェンの人生と同じ)が、登り切る直前、大学受験直前に、あの行動に出てしまう。また映画の中盤、チェンとシャオベイが出会ったことにより、少しずつ光が見え始めた橋でのシーン。『私と一緒にここを出ない?』というチェンに対して。シャオベイは『どうやって?』と答えます。このやりとりだけで、2人がどういう人生を過ごしてきたのか想像できてしまい、涙を流してしまいました。

……などなど、語りたいことだらけでキリがないのでここで筆を置きます。宇多丸さんの批評楽しみにしております!」

あと、あれだよね。シャオベイのセリフで言うと、「『痛い?』って聞かれたのは初めてだ」っていう。あれとか、シンプルなセリフだけど、もう、それだけでね……彼の人生を全て語る、っていう。これ、やっぱり脚本がすごく上手いと思いましたね。そういうセリフの使い方とかがね。ありがとうございます。あと、その舞台というかな、高いところと低いところの使い方に関しても、後ほど、私も言及したいと思います。

一方、ちょっとダメだったという方もいらっしゃるのでご紹介しましょう。「空港」さん。

「孤独な少女とチンピラの心の交流という、かなりベタな設定ですが、演出・演技ともに質が非常に高く、スムーズに感情移入しながらも、グイグイ引き込まれました」。基本的にはよかった、という。

「ただ冒頭とエンドクレジットでハッキリと『いじめダメ! みんなで考えよう!』とのメッセージが強く発せられる一方、食い足りないところもハッキリある作品でした。この作品で最も深刻な問題は、受験制度に関してではないでしょうか。その苛烈さは描かれていますし、作中に織り交ぜたとも紹介されていますが、背景として描かれてはいても、問題提起には到底なっていないと思います。いじめという行為は『現象』であり、根本原因としての解決には向き合っているようには見えませんでした。中国においての受験制度が『人生でいちばん公平な選抜』といわれているようですが、反面その1度きりのテストのために、図り切れないプレッシャーと多くの多感な時期を犠牲にすることは、現実では解決が簡単ではないがゆえに、問いかけてほしかったです。いや、学校を監獄のように、また加害者側がうける圧力も描いていると言われそうですが、だったらあのエンドクレジットは本当に不要だったと思います」。

ちなみに私の考えでは……というか、その本当のところというのは公表されていないのでわかりませんけども、エンドクレジットと、あと冒頭につく、「教条的なメッセージ」みたいなのがちょっとあるんですけど。まあ、それは評の中で言いますね。それに関して、私のみならずこういう考え方をする人も一定量いる、っていう話を後ほどしたいと思います。でも皆さん、メールありがとうございます。

ウォン・カーウァイ、岩井俊二……「90年代イケてるアジア映画」感の影響を感じる本作

私も『少年の君』、新宿武蔵野館で、2回見てまいりました。公開からちょっと日が経っているのでね、入りそのものは落ち着いてる感じでしたけど。まあとにかく、内外ですでに非常に高い評価を得ていて、中国本国では本当の大ヒットともなった、中国・香港映画ということでございます。正直ね、中国映画を特にこのコーナーで扱うことは、結構久しぶりっていうか、滅多にないですし。詳しくない領域なんだけども……。

かつて韓国映画に関して、僕が「もう“詳しくない”とか言ってる場合じゃないよね」って言ったのと同様、いい加減ちょっと「今の中国映画に詳しくないです」とか、言ってらんないんじゃないかな?って痛感させられるぐらい、娯楽性、社会性、アート性、演技……全ての面でめちゃくちゃレベルが高い。なるほど大好評も納得の、まあ傑作純愛社会派青春映画だったと思います。

長編の単独監督作としてはこれが2作目となる、デレク・ツァンさん。俳優としても活躍されておりますけど。僕、知らなかったんだけど、あの香港映画界の大ベテラン、俳優・監督としてもう長年大活躍、顔を見れば「ああっ!」って思う人もいると思います、あのエリック・ツァンの、息子さんなんですね。なるほどな、なんっつってね。で、その監督デレク・ツァンさんと製作のジョジョ・ホイさんとか、あとはラム・ウィンサムさん、リー・ユアンさん、シュー・イーメンさんという女性3人の脚本チーム。それから、撮影監督のユー・ジンピンさんという方。

そして、もちろん主演のチョウ・ドンユイさん。中国では「13億人の妹」なんて呼ばれている、すでに大人気女優ということですけど。彼女ね、現在29歳にして、10代のキャラクターが、まあなんとはまることはまること、というね。非常に可憐な女優さんでございますが。ともあれ、その製作・主演メンツというのはですね、2016年『ソウルメイト/七月と安生』という作品から、そのまま持ち越しての第2弾、という布陣なわけですね。

その『ソウルメイト』という作品も、今回の『少年の君』の公開に合わせて、ちょっと前に日本でも劇場でかかっていて。僕も拝見しましたが……作品としてのトーンは全く違うんですけども、でもね、たとえば「寄る辺ない孤独な2人が、魂で結びつきあう」という話であること。そしてそこにある種の三角関係的構造が持ち込まれたりするところとか、あと、「今いる場所の閉塞感から、いずれ解き放たれたい!」という、未来への強い意志が底に流れていることであるとか、主人公たちが相手への愛ゆえにかなり大きな自己犠牲を選ぼうとする、というところであるとか。

そしてそれらが、今回の『少年の君』のパンフでこれはくれい響さんが書かれている通り、ウォン・カーウァイ、そしてなにより、岩井俊二の強い影響をうかがわせる……まあ岩井俊二さん、とにかく中華圏で非常に影響が強い、ということなんですけど。ウォン・カーウァイ、岩井俊二……だから「90年代イケてるアジア映画」感、っていう感じですかね。みたいな影響も強くうかがわせる、詩的でスタイリッシュな文法で、美しくもヒリヒリと語られて描かれていく、というあたり。まあ前作の『ソウルメイト』、そして今回の『少年の君』。まったく異なる色合いの二作であはりつつも、やっぱりはっきりと通底するものが見て取れたりもしましたね。

■古典的な題材を洗練された手法で見せる、その両立に現代中国映画のみずみずしさを感じる

で、その意味でですね、これもそのパンフの同じ文章でくれい響さんが指摘されている通り、その前作の『ソウルメイト』という作品が、岩井俊二作品で言えば『花とアリス』と『Love Letter』のかけ合わせだとするならば、今回の『少年の君』はですね、個人的には岩井俊二作品で僕が一番好きな1本でもあるんですけど、苛烈ないじめ描写というのも含めてですね、やっぱり『リリイ・シュシュのすべて』ですね。今回は『リリイ・シュシュのすべて』に影響を受けている、と言えるかもしれない。

あとはたとえば、バイク2人乗りするシーンなんかはね、ウォン・カーウァイの『天使の涙』なんていうのもちょっと思い起こさせたりしますけども。とは言ってもこの『少年の君』、まずはその孤独な少年少女、大人に頼ることができない少年少女が、なにか犯罪的な秘密を抱えてゆく……みたいなこと自体は、ある種定番的な物語、ジャンルと言えますし。加えてその不良と優等生のバディ化、あるいはカップル化というのも、まあ定番的な設定とも言えます。そこにその、裕福で美形なんだけど、狡猾ないじめっ子リーダーがいる、とか。

そういったキャラクターやお話の構造そのものは、言っちゃえば過去のさまざまな作品を彷彿とさせたり……というかそれ以前に、むしろ古典的、なんなら図式的ですらあったりするようなことではあるんですね。それ自体に目新しさがすごくある、というわけじゃないんだけど。『息もできない』なんてのもありますしね。でも、それを語る文法、映画としての語り口がですね、すごくシャープで……多くをベタベタと語らない、ある種のドライさを保ちつつ、人物の心情、表情を、とても丁寧に、叙情的にすくい上げてもいる。独特の洗練を見せている。

だから、そのスタイリッシュさと、ドラマとか、演技のすくい上げの丁寧さが両立している、というのかな。非常に独特の洗練を見せていて。それがですね、その現代中国映画ならではの若々しさ、みずみずしい勢いっていうか、力を感じさせてくれるところこそが、何よりの魅力と言えるんじゃないかなと思います。この『少年の君』ね。

冒頭とエンドロールの一部に、さっきもメールにあった通り、言ってみれば一種、教条主義的なメッセージが出るわけですよね。で、「蛇足じゃないか」っていう意見もわかります。

これ、取っていればより余韻は増すと思うんだけど……これ、たぶんですけど、現在の中国本国では、これをつけないと、これだけヘビーな現実の社会問題を映画で扱うのは、お国柄的に難しい、ってことじゃねえのかな?って想像したんですけどね。プラス、やっぱりそこに、社会に対する希望みたいなところが……教条主義的ではあれ、あるいはやむなくついているものであれ、そこがついてるところにある種、やっぱりその現代中国映画の若さ、勢い、みずみずしさ、パワーみたいなものと関係はあるものっていうか、シンクロする何かっていうのは、ちょっと感じなくはないんですよね。

■「Was」と「Used to be」の違いだけで暗示する、めちゃめちゃ巧みな脚本

とにかく、まずアバンタイトル。題名が出てくるまで数分間あるんですけど、ここでいきなり、グッとつかまれますね。このオープニング、本当に素晴らしいと思いますね。

まず、このチョウ・ドンユイさん演じる主人とおぼしき女性。いま映っている段階だと大人の女性が、英語の授業をしている。まあ、学校の先生なんだろうなと。で、なにをしてるかと言うと、英語の「Was」「Used to be」、この用法の違いはなんですか、なんてことを授業しているわけです。どっちも過去だけども、「Used to be」を使うと「失ってしまった」というニュアンスが出るよ、なんてことを言ってるわけです。

ということで、「ここは遊び場だった」「ここは遊び場だったのに(Used to be)」「ここは遊び場です」と時制を変えて文例を読み上げながら、生徒の中の1人、暗く顔を伏せた女の子を気にしている、という、そういう主人公。まず、もうここの部分だけでですよ……かつて彼女も、同じように教室の中で孤独だった、その過去、その記憶が、「Used to be」な、「だったのに」という哀切な思いを伴うものであること。そしてその過去が、いずれこの作品内で、「現在形でも語られる」物語となろうこと。そういった全てがもう、ここの場面だけで、セリフで1個も説明してないのに、見事に暗示されてるわけですよね。めちゃめちゃ巧みな、センスのいい脚本ですよね。

で、そこから時制が一気に、主人公が大学受験を控えたその学園生活に……あれ、要するにあの、「もう1回受験」っていうクラスなわけですよね。ちょっと留年というか、もう1回高校3年生をやってでも志望校に行くためのクラス、っていうことですよね。そういうシステムがあるんですね、中国ね。知らなかったけど。この冒頭を含めて、この部分に関しては終始ドキュメンタリックとも言っていい、突き放したタッチで捉えられる、現代中国の、日本よりどうやらはるかに熾烈な受験戦争、徹底した学歴システムの現状、というのが描かれる。

終わり方もすごかったよね。あの答案が……それまではすごく人の血が通った話だったのが、全部その、答案っていうものに還元されて、システムの中に組み込まれてゆく、というような、あの幕引きもすごかったけど。そのね、ほとんど非人間的にすら見えるその競争社会のあり方、これがすごくドキュメンタリー的に、ドライなタッチで捉えられるわけですけど、それが主人公たちの生々しいもがきと、クールに対比されてゆく、というあたり……あと、加えてもちろん、我々日本の観客にとっては、なかなか触れる機会がない他国の実情を知れるって意味でも、本作の大きな特徴、魅力のポイントになってますよね。

「おお、そうなんだ」みたいな。単純にそこだけで面白いっていうか、ドキュメンタリー的に面白い、っていう面もありますよね。あの、さっきも言ったけど、教室の机にあんなに教科書を積まなきゃいけない、あんなに本を積まなきゃいけない勉強なんだ……みたいな。巣鴨学園のロッカーに無理やり教科書を隠してた(自分の学生)時代と比べると……そんなことをしてるからいけないんだっていう話ですけど(笑)。

■オープニング。アバンタイトルだけで、「これはワンランク上の傑作が来たぞ」

ともあれその中で、非常に印象的な水色の制服を着て、受験期を迎えているらしい、主人公のチェン・ニェンというのがいて。で、オープニングね。まだオープニングの話、アバンタイトルですよ。タイトル出る前ね。彼女が、この時点では顔は見えない友人と一緒に、昼食時の牛乳を運んでいる、というのが、意味深な省略法で示される。さっき(金曜パートナーの)山本さんが言ったけど、なんかそのもう1人の子が、みんなに運んでるはずの牛乳に、ストローを差しちゃって、飲んじゃったっぽいっていうか、そんな描写があるわけですけど。

このように、後から時制を前後させて、「実はそのさっき省略したところには、こういう真相があったんです」っていうのを見せていく、ミステリー的な語り口……もちろん、第三幕から本当にミステリーになってくんですけど、全体としてもミステリー的な語り口っていうのが、全編で多用されている作品でもあると思います。それがその、物語の推進力になってるような語り方をしてると思いますけど。

で、教室の喧騒の中、その青い制服、それに青いジャージを着たそのチェンが、自分の席で、イヤホンで英会話を聞き始める。で、ここで他の、先ほどからワーッと聞こえていた教室の喧騒などの自然音が、一切なくなって。つまり、映画としての緊張感が、ちょっと高まりますよね。ちょっと音がなくなって、英語だけが聞こえてくる。そうすると、彼女以外の全員の目線が、画面左側、教室の外側に向くんですね。で、彼女だけはそれ(イヤホンからの英会話)を聞いてるからわからない。まず、この画も演出も、キレッキレっていうか。すごい上手いですよね。かっこいいっていうか。

で、ようやくその異変に気付いた彼女が、教室の外に出てみると……その中庭の下の方に向かって、みんな、スマホをかざす生徒たち。で、だんだんと下に降りたその主人公が、ぼう然と「そこ」に歩めて寄っていく。で、ジャージの上着を「そこ」にかける。「そこ」にはおそらく、画面には直接映らないんですが、どうやら死体があるのであろうと。しかも、どうやらそれはおそらく、さっき牛乳を一緒に運んでいた、あの友達であろうと思われる、その亡骸であろう場所に、そっとジャージの上着をかけてあげる。

それでもスマホを上からかざし続ける、周囲の生徒一同。こうした、持っている携帯で「とりあえずなんでも写真を撮っておく」文化というものの物言わぬ暴力性、みたいなものについては、たとえば日本のアニメ監督、原恵一さんの、『河童のクゥと夏休み』のクライマックスでも、非常にシャープに描かれていたところですけど。僕はそれとも非常に通じるものを感じましたけど。この場面ね。

で、とにかくその物言わぬ暴力性に対して、こちらも無言で抗議するかのように、中庭の底から、上を見上げるチェン。で、その顔を、おそらく悪意を持ってアップにして捉える、1台のスマホ。で、そこでパッと変わって……要するに、非常に陰惨というか、いたたまれないような学園内の現実が描かれてるところから、パッと変わって。

ちょっとフィルムみたいな温かい質感で、卒業アルバムの記念撮影と思われる、生徒たちの本当に屈託のない笑顔が、パッパッパッパッと編集で連続していった……と思ったら、最後これがチェン、つまりチョウ・ドンユイさん演じる、笑みのない、怒りさえこもったような眼差しになったところで、非常に荒々しい字体で、タイトル『少年の君(Better Days)』っていうのが、バン!って重なるっていう、このオープニング。

この作品が見せようとする世界のあり方、その中で主人公チェンが置かれている立場、心情というものを、ドライに、ヒリヒリと、しかし美しい映像とある種詩的な感覚で、これ以上ないほど端的に、全く説明的ではないのに100パーセント観客に伝えている、というこのオープニング。アバンタイトルだけで、「これはワンランク上の傑作が来たぞ」っていう感じが、ビンビンに出てますよね、これね。で、実際にそうなんですけども。

この作品の最大の魅力は、「重慶」という街の切り取り方

先ほどね、学校の中庭の「底」から主人公が上を「見上げる」というくだりの話をしましたけど、事程左様にですね、この映画『少年の君』はですね、全体に舞台となっているのは、重慶という中国の都市ですけど、壁のようにそびえ建つ建築物に取り囲まれた中で、更にその下層の、光もよく届いてないんじゃないかっていうような場所が、やはり要所で印象的に上り下りされる階段、先ほどのメールにもありました階段と共に、主人公たちが生きるしかない場所、世界として示される。その、独特の空間演出ですね。もう壁に囲まれてるし、上から見下されているし、さらにその下に行くしかないし……みたいな。そういう独特の空間演出が、また大きな特色となってる作品。

僕はこの作品の最大の魅力は、この空間演出、重慶という街の切り取り方だな、というぐらいに思っています。とにかくロケが上手いし、非常に空間を映画的に活かした結果でもあると思います。これ、パンフのデレク・ツァンさんのインタビューでも言ってますけど、重慶っていうのは、調べてみてもわかるんだけど、地形とか諸々のせいもあって、めっちゃ暑いんだって。だからたぶん、異常に暑い上に、あんなコンクリートに囲まれて。しかも「底」の方だから、暑い、ムシムシ、臭い、みたいな、たぶんそういう状況なんですよね。きっとね。

そういう、閉塞感のある「底」で、じわじわと煮立てられるような感覚。たしかに本作のヒリヒリ感を醸すのに、重慶という街がさらに一役買っている。もちろん、キモとなるのは、その中で……言わば「世界の底」で、互いに頼るものもないまま、孤独にその日その日を何とか生き抜いている、2つの魂。その運命的出会い、ということであって。先ほども言ったチョウ・ドンユイさんにとっても、これだけ内側に全てを溜め込むようなキャラクターというのは初挑戦だったようなんですけど、まあなんというか、その愛らしさ、弱々しさ、と同時に芯の強さ、賢さ、全てを顔一発で表現し切ってしまう、まあもうもう言うことはない、見事な演技っていうか、体現っていうか、そんな感じですし。

対する、文字通りストリートをサバイブしてくるしかなかった青年シャオベイを演じる、イー・ヤンチェンシーさん。これ、この番組では、2020年11月11日、小山ひとみさんによる中国アイドル入門特集でご紹介いただいた、中国のボーイズグループTFBOYSのメンバー。ミュージックビデオの中で……僕、見せていただいて、かなり前のミュージックビデオだけど、あの垢抜けない、白いTシャツ姿がキュートだった少年が、こんな、暗い目をした青年を見事に演じる本格俳優になったとは!っていう感じで。非常に嬉しい驚きでしたけど、これもね。

とにかくこの、他に頼るものとてない、まさに寄る辺ない2人が、社会の片隅。まさに底で、せめて身を寄せ合うその姿の、何と不憫で、しかし同時にこの瞬間、世界のここのみで輝く……まさに『そこのみにて光輝く』、尊さ、愛おしさに満ちていることか、っていう。これ、恋愛というよりも、本当にまさに「ソウルメイト」というような絆であって。しかも、だからここには、この時間がずっと続くわけはないという、冒頭の「Used to be」な感覚、「あったのに」な感覚がちょっと通底しているわけですよね。ずっとね、底に流れている。

「言葉はいらない」。これを、これほどの説得力を持って表現した場面を他に知らない

で、それが3幕目以降、急速に東野圭吾風ミステリーと化してゆく、っていう。これ、原作が元々東野圭吾さんの影響をすごく強く受けている、っていうことなんで……ミステリー化してゆく、ということになってゆく。しかも、そこにちょっとした三角関係的なものも持ち込まれてゆく、ということになるわけですが。特にこれ、素晴らしいのはね、やはり終盤。2人がある場所、あるシチュエーションで、「再会」するシーン。

アクリル板に映る、お互いの顔と重なり合ったそれぞれの表情を、切り返しで交互に捉える……だけなんですよ。セリフはないし、何を言うわけでもないんだけど……「言葉はいらない」ってよく言うけど、「言葉はいらない」ということを、これほど説得力を持って表現した場面って、僕は他に知らないですね。「言葉はいらない」ってこのことだよな!っていう、見事なシーンでしたね。本当に名シーンだったと思います。

あとね、さっき言った教条主義的メッセージはともかくとしてね、エンドロールの後……さらにその後、お見逃しなきよう。劇中で言っている、ある構図というのかな、それが……要するに、人物が「ある配置」で歩いているだけで感動的、っていうことが、あるわけですよ。これが映画の感動なんですよね。そうなんですよ。「この位置で歩いてる」ってだけで泣けるっていうのが、すごいですね。本当にね。っていうことを、監督二作目にしてもう手にしちゃっているデレク・ツァンさん、やっぱりすごい。というか、このチームのレベルがすごいですね。

ということで、ヘビーな社会問題を扱いつつ、何か自分たちが切り開いていく未来に対する希望っていうのは、確かなものとしてある感じ。これがやっぱりですね、今の中国映画ならではの若いパワーみたいなものを感じさせて、ちょっと眩しくも感じるような一作でしたね。

そして、これからやっぱり現代中国映画、ちょっと……まあ日本でかかるものが限られているという現状の問題もあるんだけど、これはちょっとやっぱり無視、スルーはできなくなってきましたね。いよいよね。ということを痛感させられるような、これは間違いなく、純愛青春映画の傑作ではないでしょうか。特に若い世代にはこれ、刺さるんじゃないかな? ぜひぜひ劇場でウォッチしてください。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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