バリアフリーの現状は?驚愕のヤンキースタジアム

森本毅郎 スタンバイ!

「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)7時35分からは素朴な疑問、気になる現場にせまる「現場にアタック」。今回は、8月24日の東京パラリンピック開幕を前に、日本のバリアフリーの状況について取材しました。

東京オリンピックが終わり、今度は、パラリンピックをどうするか?が問題になっています。オリンピックでは、多様性が大きなテーマの1つだったのに、日本には、その多様性が足りないことが、森前会長の女性差別発言などで明らかになりましたが、では、パラリンピックで大切な「バリアフリー」の現状はどうなのか?

ご自身も車椅子の利用者で、NPO「車椅子社会を考える会」の篠原博美さんに、まず街中のトイレはどうなのか?伺いました。

街のトイレの問題点と苦労話

「数が全然足りないです。かなり増えてはきてはいるんですけれども、使用中であったり、圧倒的に足りないですね。広さも全然十分じゃない。電動車椅子が回転ができないトイレもあります。オペラシティの1階に「誰でもトイレ」があるんですけど、4、5年、その位置を知らなくて。かなり奥まったとこなんで。そういうのは表示しておいてくれればね。あとは地下と53階なんですよね。だから、1階にあればもっと使ってたんですけれども。車椅子ユーザーの方はトイレの近い人が多いんですね、病気の関係で。だから皆さん苦労してると思いますよ。女性のトイレ事情を聞いたことがあるんですけど「仕方ないからオムツをしてる」と言ってました。」(NPO「車椅子社会を考える会」・理事長 篠原博美さん)

篠原さんは一級建築士の資格を持つ設計のプロ。そのプロの目でトイレなどをチェック。車椅子の人が外出しやすいように、トイレなどの情報を、SNSで共有しているほか、公共施設や商業施設の多機能トイレについて、建築時に助言する活動もしています。その篠原さんの目から見ると、街にバリアフリートイレは増えてきたけど、狭かったり、標識がわかりにくいことも。

また、何より「障がい者用トイレ」ではなく「多目的」なので、ベビーカーの方が使ったり、使う人が沢山いるので、「使用中」のことがとても多いそうなんです。

さらには、手すりが左側にしかないケースもあり、篠原さんは左側が麻痺しているので、この場合、手すりが役に立たず苦労するなど、バリアフリーと呼ぶには程遠い現状にあるようです。

ヤンキースタジアムで知ったアメリカのバリアフリー

では海外と比べるとどうなのか?アメリカと比較すると、トイレはもちろん、トイレ以外でも、だいぶ状況は違うようです。こちらは、障がいに関係なく、平等な社会を目指すNPO「DPI日本会議」の事務局長、佐藤聡さんから、こんなエピソードを伺えました。

「2007年まで、甲子園球場は三塁側の1ヶ所にしか車椅子席がなかったんです。12席だったんですけど、三塁側ってビジターの席ですので、阪神ファンは一塁側とか、ライトスタンドで応援したいんです。でも車椅子席がなくて、とても残念だったんですが、リニューアルするときに、阪神電鉄にお願いに行きまして、11ヶ所31席に増やしてもらったんですよ。とってもよかったな~と思ってたんですけど、2013年にアメリカに行きまして、ヤンキースタジアムとか3つ、スタジアムをまわったんですけど、いずれも車椅子席が500席から1000席ぐらいあったんですよ。もうね、桁が違いまして。「ADA」という法律のもとに、総席数の0・5%は車椅子席にするとか、前の人が立っても視界が遮られないように作るような、そういう基準が作られていたんですね。」(NPO「DPI日本会議」・事務局長 佐藤聡さん)

▲NPO「DPI日本会議」・事務局長 佐藤聡さん

500~1000の車いす席を目の当たりにして「31席で喜んでいた自分は何だったのか」と、さらに数だけでなく、「視野」まで確保する配慮がされていると、驚いたそうです。

また、球場だけでなく、レストランでも、日本では、食事する時、何を食べたいか?ではなく、車椅子で入れるか?が選ぶ基準となっていますが、アメリカでは、何が食べたいか?でお店が選べることも衝撃で、これこそが自由だ!と実感したそうです。

法律も、日本は「2千平米以上の施設はバリアフリートイレを1つ以上設置」とぬるい一方、アメリカは、規模に関わらず「障がい者が利用できなければ差別だ」という発想。

佐藤さん達の働きかけで新国立競技場などは世界標準のバリアフリーになったそうですが(車椅子用席は500席)、佐藤さんは、日本でも、法律の基準をあげて、バリアフリーをと訴えていました。

日本の社会の問題と自らの贖罪

では、日本はなぜバリアフリーが遅れてしまっているのか?これについては、車椅子社会を考える会の篠原さんが、ご自身が病気で車椅子になる前を振り返り、こんな風に話してくれました。

「私、建築の設計をしてたんですけれども、車椅子の人のことを考えずに、今まで設計をしてたんですけれども、自分で車椅子になった途端に、なんて不自由な世の中だろうと思いまして。それで、車椅子の人を何とかしなくてはいけないと思いまして、考えるようになりました。これについては自分自身、贖罪だと思っています。日本の教育は「インクルーシブ教育」でなくて、特別教室とか「分けて考える」考え方が多いので、一般の人が障がい者と接してなかったので、良くわかってない面が多いんだと思います。海外では「インクルーシブ教育」が当たり前なので。」(NPO「車椅子社会を考える会」・理事長 篠原博美さん)

ご自身の反省から、「贖罪」としてバリアフリー活動をしているという言葉が重いですが、

日本は、小さい頃から、障がい者が別のクラスに分けられるなど、「分ける」という、それ自体、差別的な側面がある社会。一方、世界は、今「インクルーシブ=除外しない」という発想で障がい関係なく共に学ぶことが大切とされているそうです。

「分けない」文化が、誰もが暮らしやすい街づくりにつながるという指摘は、考えさせられました。

 

取材:TBSラジオキャスター 田中ひとみ

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