『安住さんみたいな人』について【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

安住紳一郎の日曜天国

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。

今回は日曜朝に放送されている『安住紳一郎の日曜天国』について。パーソナリティである安住紳一郎さんと母との思い出。ラジオで知った、安住アナの意外な一面、そしてその魅力にどんどんはまっていった様子を語ってもらいます。
 

母の好きな人

その昔、「安住さんみたいな人」というコトバがわが家にはあった。
何かと言うと、それはいわゆる、母が好む“タイプの男性”の話である。
もう20年ほど前の話だ。

「安住さん」というのは、もちろんTBSアナウンサーの安住紳一郎さんのことだ。
ちなみにもうひとつ「TAKUROみたいな人」というコトバもあった。こちらは、あのロックバンド「GLAY」のギタリストのTAKUROさんのことで、とてもざっくりと、本当に大まかに分類するならば、母は「安住さんみたいな人」と「TAKUROみたいな人」が好きである、と要はそういう話らしかった。
テレビやラジオに触れ、“はっ”と何かを感じては、
「この人は、安住さんみたいな人でしょう、ええね」
「あの人って、TAKUROみたいな人かもねえ、好きよ」
という具合に母はわたしに伝えてくれる。
ちなみに、理屈がよくわからないのだけれど、「TAKURO」はミュージシャンであるから敬称略だ、という旨も本人から聞いていたので、それも忘れずに書いておこうと思う。
 

思い描く理想のふたり

いずれもメディアで母が見た、本当に勝手なイメージに過ぎないのだけれど、
『TAKUROみたいな人』というのはおおよそ、口数はあまり多過ぎず、“いちばん目立つ”ということは避け、それでいて静かに全体をまとめ見守っているような、そんなタイプの男性らしかった。
対して『安住さんみたいな人』というのは、もう少しよく口を開くけれどやはり控えめで、聞き上手で聞き出し上手、冷静さを保つのが上手で、“いちばん目立つ”ということは避ける、賢明な人。
……と、恐らくはそのような印象だったらしく、いずれにしても“目立ち過ぎず”どこかに知性を感じるような、そんな男性が好きだったのかなあと想像する。
それをなぜだか2つの戸棚にきちんと分けて、「内緒よ」というようにわたしにだけ話し、大事に心にしまっている。そんな具合にわたしには見えた。
なぜなら父は実によく喋る、「明石家さんまさんみたいな人」だったからだ。


真面目で紳士で聞き上手。知的で安定感のある、落ち着いた人。
母の影響か、長らくわたしにも「安住さんみたいな人」とは、そういうものだと思い込んでいるところがあった。職場や身近な男性について「お、なんだか『安住さんみたいな人』だ」と思ったことも何度かあったし、テレビで見る安住さんは長年経っても変わらず、やはり「安住さんみたいな人」といった印象だった。20代の“若手アナウンサー”だった安住さんも、30代で“脂の乗った人気者”となった安住さんも、40代を迎え“盤石な看板アナウンサー”となった安住さんも。
わたしには、ずっとずっとそんなふうに見えていたのだ。そう、ラジオ番組『安住紳一郎の日曜天国』を熱心に聴きはじめるまでは。
 

何かが覆った『日曜天国』

きっかけは、今年のお正月のことだった。

1月3日の朝、思い立って少し遠くのお店まで魚を買いに歩こうと思ったとき、耳がさみしいからラジオを聞いた。
音楽を聞くのでも良かったけれど、「せっかくの三箇日(さんがにち)だし」ということで、誰かが「いま」喋っている声が聴きたくて、ラジオを選んだ。そしてまた何気なく選んだのが、安住さんがひとり喋る『日曜天国』だったのだ。
普段は中澤有美子アナウンサーがアシスタントをされているのだけど、この日は新年に加えて外出自粛のこともあるものだから、「日曜天国ひとりぼっちスペシャル」と題して、過去のおもしろかった名場面や、自身の入社試験の様子が録音された音源なんかを流したり、アナウンサーという仕事に対する想いを語ったり……と、安住さんがそれを“ひとりぼっち”で取り仕切るとてもスペシャルな回であった。
『日曜天国』を聴くのは初めてのことではなかったけれど、久々に聴くそれは、総集編のような形であったこともあり、なんだか想像以上にとにもかくにもおもしろかった。
妙に熱を込めて、一人何役もこなしながら披露するエピソードトークの数々に、わたしはニヤニヤとゆるむ口元をマスクで隠す。「ハハハ」と声が出そうになるのをなんとか堪えながら、涙をにじませお正月のさほど人気(ひとけ)のないアスファルトを歩くのだ。
そして、「安住さんって、こんなにハジけた人だったっけ?」ととてもとても可笑しく思うのだった。

そんな中で、この話題をあえて抜き出して蒸し返すのも、なんだか忍びない気がするのだけれど、ひとつ「おや?」と思う話があった。
それは、過去の回で披露していたエピソードを振り返るもので、8年ほど前、安住さんは社内レクリエーションのボウリング大会に「安住紳一郎の日曜天国チーム」として旗を上げ出席し、こっそりADと称して“プロボウラー”をチームに入れ込む不正を働いて、大目玉を喰らったという話なのだ。

「え、安住さんって叱られるの?」

というのがまず、とても新鮮な感想と驚きとしてわたしからこぼれた。
レクリエーションに積極的に参加し、勝利へのこだわりの末、悪事を実行。さらには、後にたんまりと上司に叱られる。
それは、わたしの考える「安住さんみたいな人」像からは、とても大きくはみ出したエピソードで、あまりにも意外な一面だった。
他人を、それもお目にかかったこともない人を捕まえて、イメージや“らしさ”を押し付けるほど勝手なこともないのだけれど、「いやはや大変なことになった」とわたしは一層勝手なことを思った。
 

月曜日のおともに

以来、わたしは月曜の朝になれば前日の『日曜天国』をradikoで聴いている。
午前中、洗濯物を仕分けたり、食器を棚に戻すのが捗って気持ちがいい。仕事を始めるまでの「準備運動」のような作業ととても好相性で、テンポがよく、ハハハと軽快に笑えて心地いいのだ。
けれど、わたしは単にこの放送をぼんやりと楽しんでいるのではない、ということは言わなければならない。時には、調べ物のために他人の会話を盗み聞いているようなドキドキを感じることもあるし、取材のようにその人となりの奥を探ろうと真剣に聴き入るときもある。

だって、わたしは「安住さんみたいな人」というその人柄を、戸惑いの中、今一度見つめ直し、せっせと報告すべきことを、頭の中であれこれとまとめているのだから。

まず安住さんは、母が思っていたよりもとてもとてもおしゃべりだった。
もちろんラジオなのだから、寡黙にムスッとしていられるはずはないのだけれど、アナウンサーならではのその話術や語彙を巧みに使って、近ごろ気になった出来事の状況をやけに細かく描写してみたり、一人芝居をふんだんに取り入れてみたり。落語さながらのしゃべりっぷりで、どうにも話が終わらないのだ。
そして最中には「前頭葉がどうかしているんだから」だなんて自らを茶化して、思いついたギャグも次から次へと挟んでいく。時にはあまりにも極端な意見を持ち出して、「また間違ったこと言ってる?」と、大笑いしている中澤アナウンサーに問いかけてみせ、そこまでを含めて大きな笑いにしてしまう。
ついこの前は「40代、50代は病院のことをよく知っている人がモテる」と豪語して、自身が受けた大腸検査の話を披露していた。内視鏡でよくよく腸の中を観察する検査の前日に、「麻婆豆腐」は食べてはいけないらしい。繊維が残るものや、ふりかけもご法度だと言う。下剤との格闘を延々と語ったあとには「上手に病院の話できたかしら?」と、また笑い上戸の中澤アナウンサーを笑わせている。
新たな番組を担当することが発表された週には「みんな、人事の話好きなんだから」と自らそのことを盛大にネタにして盛り上げる。そこには、正直さとサービス精神と少しの毒が丁寧に混ぜ込まれていて、わたしは改めて、
「安住さんって、全然『安住さんみたいな人』じゃないじゃないか」
と思うのだった。
 

本当の「安住さん」

その話し方はとてもスマートで丁寧な口ぶりであるけれど、聞いていれば、これまでも優秀ながら“異端”としてサラリーマン人生を歩んできた、とてもハートと気が強く、志の高い人であることがよくわかる。
どこまでが本当かわからない話を繰り広げては、大袈裟の中に本音を入れ込むのが、なんとも言えず得意だ。毒っ気が茶目っ気。
それでいて、もちろん災害などが起きた際にはきめ細やかな心遣いを本当に忘れないし、たとえば雨の続く週の晴れ間では農家の人たちを、先ほどの大腸検査の話の終わりには闘病中にある人たちを、慮るような言葉をそっと添える。「ああ、そこまで想像が及ばなかったな」「ああ、そこまで心を配るのだな」と思わせれくれるような瞬間が毎回1時間55分の生放送の中で必ず何度もある。
番組のオープニングでは自己紹介のあと「みなさんはどんな日曜日の朝をお迎えでしょうか?」と問いかけたあと、それぞれの返事を待つように、ゆっくりと2秒ほど絶対に間を空ける。そのとき、隅々まで届くよう聞き手を想像してくれているのだな、ということがこちらにもしっかりと伝わってくる。
落ち着き払っているようでいて母が思っていたよりもきっと、うんと情熱家だ。“賢明に留まる”というよりは“知性を持ってはみ出す”、『日曜天国』を聞いていると、安住さんってなんだかそんな人なのではないだろうか、と思えてくるのだ。
 

 いま、話したいこと

「ねえ、安住さんてさ——」
一生懸命に耳で聞いて頭で考えた、そんな話がしたいけれど、残念ながら母はもう居ない。
けれど、わたしはいま、新たに知った『安住さんという人』について母と話したくて話したくて仕方がない気持ちでいる。
ちなみに、ついこの前同じTBSラジオの『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』にゲスト出演したTAKUROさんは、本当に「TAKUROみたいな人」であった!ということについても、できれば話しておきたいなあと思うし、そしてもしも万が一、最後に仮に時間が許すようであれば、「さんまさんみたいな人」である父はいま、ワクチン接種を受ける近所のご老人たちの送り迎えを、仕事の合間にせっせと行っているということも、ついでに報告してあげてもいいかもしれない。
実は「意外と心配りができる人だったんじゃないか」と最近少し見直しているところなのだ。

そんなことをあれこれを巡らせながら、わたしが人知れず『日曜天国』にいま、夢中でいることを、どこかで母が知っていればいいのに。せめて生涯を関西で暮らした母も、天国ではヘルツが合えばいいのにな、と思う。だってその番組は、本当にすごく面白いんだから。
ついに夏に差し掛かった月曜の朝、わたしはそんなことばかり考えている。

 

中前結花/エッセイスト・ライター。兵庫県生まれ。『ほぼ日刊イトイ新聞』『DRESS』ほか多数の媒体で、日々のできごとやJ-POPの歌詞にまつわるエピソード、大好きなお笑いについて執筆。趣味は、ものづくりと本を買うこと、劇場に出かけること。

llustration:stomachache Edit:ツドイ

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