宇多丸、『竜とそばかすの姫』を語る!【映画評書き起こし 2021.7.30放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

オンエア音声はこちら↓

 

宇多丸:

はい。ここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、7月16日から劇場公開されているこの作品、『竜とそばかすの姫』

(曲が流れる)

『サマーウォーズ』『未来のミライ』などの細田守監督が原作・脚本・監督を務めたオリジナル長編アニメーション。母の死をきっかけに心を閉ざすようになってしまった少女すずは、友人に誘われ、インターネット空間の仮想世界「U」に足を踏み入れる。Uの中では「ベル」として大好きだった歌を取り戻すが、竜の姿をした謎の存在が現れ、Uの世界を揺るがす事態が巻き起こる。

シンガーソングライターの中村佳穂が、主人公すずとベルの歌、声と、劇中歌を担当しております。また謎の存在、竜の声は、佐藤健さんが務められました。とか、他にもいろんな豪華キャスト……声もね、主人公をサポートするあの女性たちチームとかもね、すごい豪華キャスト、異色豪華キャストが揃っていたりしますけどね。はい。

ということで、この『竜とそばかすの姫』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。今年最多。ねえ。最多がどんどん更新されてますね。やっぱり細田守監督作となると、要は良くも悪くもというか、当然注目度は高いというかね。賛否の比率は、「賛」の意見が半分ちょっと、残り2/3が否定的意見で、後はその中間。賛否両論分かれているというか。やっぱりね、細田さん、分かれるね。やっぱりね……しょうがないのかな、もうね。

主な褒める意見としては、「仮想世界Uの描写が圧巻。高知県の自然も美しく、映画館で見るべき映画」「中村佳穂の歌、声、演技、音楽、どれも素晴らしかった」「ネットの問題を描きつつ、喪失感を抱えた少女の心に寄り添ったストーリーに感動」などがありました。

一方、否定的な意見としては、「映像と音はいいが、とにかく脚本がダメ。特に最後。主人公すずが単身取った行動がおかしい」。あと、ちょっとこれは伏せますが。とある社会問題についての描き方に誠意が感じられない、とかですね。あと、「Uという仮想世界の仕組みがよく分からない」とか「絶賛されている音楽も自分にはピンと来なかった」などがございました。まあ、細田守監督作、あるポイントから特に(傾向として)強まってきた、本当に(賛否が)割れやすい、というね。そういうところはたしかにあると思いますね。

■「『知らないはずの世界を生々しく感じさせてくれる力』を持っている」byリスナー

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「もりちゅう」さん。

「『竜とそばかすの姫』、最高でした。細田作品といえば、バーチャルな世界とリアルな世界の狭間で、孤独な主人公が、自らのアイデンティティを模索していく……という共通のテーマがあると思います」。まさに。これ、僕も後ほど話そうと思いますが。「本作も、その作家性が顕著に体現された一作だったのではないでしょうか」と。それで非常に感動したということを書いていただいて。

「仮想空間という舞台は、これまでの細田作品にも幾度となく登場してきましたが、本作ではバーチャルな世界をとてもフェアに描いていた事が印象的でした」ということで。まあ現実のインターネット世界との対比というか、それがうまく反映されてるということを書いていただいて。「……分断では無く繋がりを重んじる細田監督から、ネット社会に生きる我々への一つの教示のように思えました」というような読み解きでございます。

あとね、たとえば「鍋」さんはですね、こちらも絶賛メールで。「日本のトップアニメーション監督とアナ雪のジン・キム氏、そしてカートゥーン・サルーンまでもが参加する作品が生まれるなんて考えた事もありませんでした」と。で、非常に感動したということをやっぱり書いていただいて。「私は映画の『自分の知らない世界を見る事が出来る』というところが好きなのですが、特に細田守作品は『知らないはずの世界を生々しく感じさせてくれる力』を持っているので大好きです」。

たしかに。先ほどのメールにも「バーチャルな世界とリアルな世界の間」っていうのがありましたけども。まあ、そのバーチャルな世界の設定そのもので一旦ワクワクするというかね、みたいなところは、細田作品、毎回あるかもしれませんね。

あとね、先ほどの「もりちゅう」さん(※スタッフ註:スタッフのミスで、この方はラジオネームの記載のない別の方からの投稿でした。大変失礼いたしました。お詫びして訂正いたします)。3回見てきた後に……「一回目見た時はいろんな出来事が混在してわけがわからなかったのですが、二回目以降は実は色々説明されていたということがわかりました」という。それで特にその歌の内容のところが重要だということ。これ、私も後ほど言いたいと思いますので。これも書いていただきました。

あと、ダメだったという方。結構いるんですけど、その代表的なところをご紹介しましょう。「平日も二日酔い」さん。「初めてメッセージ送らせて頂きます」「感想としては『否』でした。私が作中に気になった2か所。感想は違えど、多くの方が着目するポイントだと思います。ひとつめは、Uの世界で起こる、ある作品のオマージュ」。これはまあ、言っちゃっていいと思う。監督もあちこちで言っているので。まあ、『美女と野獣』です。はい。

「いくら映像が綺麗でも、構図やリアクションがあそこまで近いと、正直私にとってはノイズでしかなかったです。そして『否』を決定づけた、もう1か所は……」主人公のとある行動。「ハッキリ言って大人組の対応が、正気とは思えません」「ラストでは、ディープでデリケートな問題に片足だけ突っ込んで、これからまだ問題に向き合っていかなきゃいけない人物たちをよそに、すずたちが川辺で『良かった良かった一件落着』感を出されると、もはや自己犠牲と言うより、自己満足じゃないかと思ってしまいます。主人公にとって大切な流れなのに…。ここで全てをマイナス5億点にしてしまった感が否めません」という。まあ、だからそこまではすごく良かったのに……というとことでもあるんですかね。

まあ、否定的な意見もいろいろあったんですが。一方でね、これは単に否定とかではないメールで、「名馬であれば馬のうち」さん。この方、『美女と野獣』がすごくお好きな方で、非常にディズニーアニメとかにもめちゃめちゃ詳しい方で。この方の、細田守さんという作り手に対する作家論というか、とある読み解きをされてていて。これがね、ちょっと長くて抜粋もできないんだけども、すごい面白かったです。

まあ、細田さんのある意味、実際の実人生と……実際にね、ちょっと私小説的な部分、細田さん作品には多いですから。そことも重ね合わせて「細田作品に漂うある種の暗さは何か?」というようなところに関して、すごく面白い読み解きをしてて。これ、めちゃくちゃ面白かったです。これもまた、プロじゃない?レベルのやつが来てしまいました。名馬であれば馬のうちさん、ありがとうございます。ちょっとね、全部紹介しきれなくてすいません。

■ラストで毎回、人が「増える」のが細田作品の特徴

ということで、ありがとうございます、皆さん。『竜とそばかすの姫』、私も109シネマズ二子玉川のレーザーIMAX、あと、TOHOシネマズ日比谷のIMAXで2回、見てまいりました。(アニメ評論家の)藤津亮太さんがおすすめされていた通り、IMAX、この作品自体の圧倒的な画面の密度を堪能できる大画面、高精細のIMAXがおすすめ、という、まさにその通りでございました。

ただ個人的にはですね、後ほど言う、あくまでこちら側の、私の問題がひとつありまして、2回目、物語やテーマをより理解というか、自分なりに咀嚼した後の方が、感動が本当に倍増したというか。1回目はよくわかってなかったところもあったな、みたいな感じでしたね。2回目以降の方が評価が上方修正されやすい作品かな、っていう気もします。先ほどのメールもあった通り、ちょっと情報量がかなり多くて、たぶん処理をしきれていない部分があると思うんですよね。

ということで、日本を代表するアニメーション監督というだけではなく、今やむしろそれ以上に、世界的な評価が本当に高まっている、ご存知、細田守監督最新作です。あちこちのインタビューなどでもご自身でおっしゃられているように、2000年の劇場版『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』、2009年の『サマーウォーズ』、そして2021年のこの『竜とそばかすの姫』と、およそ10年ぐらいの周期で、インターネット空間的なものを舞台にした作品を作ってきた細田監督なんですけど。もっと言えば、これまでの細田守監督作は、ある意味全て……先ほどのメールにもちょっと通じることを言いますけど。

インターネットに限らず、現実のこの世界と並行して存在する、もうひとつの世界。今ここに同時に存在している2つの世界、っていうのを舞台にしてきたと言えるし、その両者の境界線上に立つ主人公が、自らのアイデンティティーを再発見、あるいは再構築していく、それによって周囲の人々との関係性も築き直されて、より「開かれた」ものになっていく……煎じ詰めれば毎作、共通してそういう話をやってきた、語ってきたとも言えると思うんですね。

この、主人公の成長によって、周囲の人たちとの関係性も再構築され、「開かれて」ゆく、というあたり。これ、細田守作品の重要な特徴だと思ってて。要は、どんどん主人公たち以外の「他者」が消失して、その他者が背景化していく、後景化していくエンターテインメント作品というのは、実際そっちの方が多いし、まあユーザーにも好まれる、っていう傾向は明らかにあると思うんですけど、細田作品はむしろ、ラストでは人が「増える」んですよね。毎回。主人公たちプラス、その周りの人が増えて終わることが多い。あるいは、その人的ネットワークが広がって、これから「開かれて」ゆくのであろう、というような終わり方が多いという。まあ、それがほとんどだと思います。今回はまさにそうなんですけど。

■細田作品の集大成的作品で打ち出されたインターネット観とは

で、そういう本質的な部分を含めて、今回の『竜とそばかすの姫』は、さっき言った『ぼくらのウォーゲーム!』『サマーウォーズ』ラインのインターネット物というか……実際にね、今回の仮想空間「U」っていうのは、『サマーウォーズ』で出てきた「OZ」っていう仮想空間が、アップデートを重ねた結果これになったのかな?っていう風にも見えるような感じ。実際、そのオープニングで「U」という曲が流れるんですけども、その歌詞の中に、「踵を打ち鳴らせ」って……要するに『オズの魔法使い』ですよね。だから「OZの延長線のなにかですよ」っていう目配せはまあ、歌詞の中でもしているわけですね。で、非常にそこはわかりやすくつながっているし。

あるいは、『時をかける少女』要素もあるし、『おおかみこどもの雨と雪』要素もあるし、『バケモノの子』要素もあって……全部あるっちゃあるし。あとはもちろん、細田さんの作品の特徴でもある、その2Dアニメと3DCGの融合というか、共存。その「2つの世界を描くことが多い」って先ほど言いましたけども、それとも関係して、その2つの世界を2つの文法で描き分けるというところも、もうある意味極められたような作品でもあって。ということで要は、まずは非常に分かりやすい形で、集大成的な……一番表面的なレベルでも集大成的な打ち出しを、明らかに意識的にもしている作品ですよね。

ということは、でも逆に言えば、ガワの部分でこれだけ集大成的なところを打ち出しているということは、逆に言えば、これまでとは違う点というのもはっきりある、からこそのこのモード、でもあるはずですよね。ざっくり整理してしまえば、先ほどから言っているその2000年の『ぼくらのウォーゲーム!』、2009年の『サマーウォーズ』、いずれも当時のそのインターネット普及度からすれば、かなり予言的というか、むしろ2020年代現在を言い当ててもいるような作品たちだろうということは言えると思いますけど。

とにかくその二作が、超シンプルに言ってしまえば、「バーチャルな悪意に、リアルな善意が勝つ」っていう話だとするならば……これ、ちょっと乱暴なあれですよ。「バーチャルな悪意に、リアルな善意が勝つ話」だったとするならば、今回の『竜とそばかすの姫』は、同じくインターネット空間的なものを舞台としながらも、こんな感じだと思う。「それが“善”とされるものであれ、“悪”とされるものであれ、インターネット上の、バーチャルな世界でしか吐き出されえない、あるいは表出されえないものというのが、それ自体切実な、たしかなものとしてあるのであれば……そうであればあるほど、それはつまり、そうせざるをえない、バーチャルな空間でそれを出さざるをえない、現実世界での事情とか心情諸々というのも、やはり同じく等価に、切実な、たしかなものとしてあるはずだろう」というような。

■「『美女と野獣』は、現実世界の何を反映してこの話になっているのか?」

言ってみれば、誰もがインターネットを通して「もう1人の自分」を持つ、生きるっていうことは、もう今、本当に普通のことになってるわけですね。現在。だからこそ、そのまさに2つの世界を生きる我々に求められる、コミュニケーション上の想像力というものについて、本質的な考察をしようとしている作品、という言い方ができると思うんですね。しかもそのテーマを、先ほどもチラッと言いましたけど、細田さんの長年のフェイバリットでもある、1991年ディズニー作品『美女と野獣』の構造に、重ね合わせてみせた。

つまり、『美女と野獣』という物語は、誰によって、なぜ必要とされていたのか?という。要するに物語・フィクションの向こうに存在する、リアルな痛みなどなど、まで掘り下げるというか、そういう風に踏み込んで行こうとするというか。まさにクライマックスの、その問題となってる展開がその部分に当たるわけですけど。じゃあ、『美女と野獣』という話は、現実世界の何を反映してこの話になってるんだ?っていうところまで踏み込んでいく。踏み出していく、というか。そういう作品になってると思います。『竜とそばかすの姫』は。

それをその、さっき言ったインターネット上の、現代のコミュニケーション、というところに重ねている。で、『ぼくらのウォーゲーム!』『サマーウォーズ』の、今思えば牧歌的とも言えるようなインターネット観に対して、ゆえに本作は、なにしろ今の、現実の私たちの姿、というのが寓話的に描かれていく作品でもあるため、とてもヒリヒリした、一種やっぱり観客の居心地を悪くさせるような批評性、鋭さを含んでもいる。たとえば今回の、悪事を働いているっていうことになっている、「竜」が出てくるわけですね。でも、これ2度目に見ると特に「まあ、そうだよな」と思うんだけど、この竜、実はよくよく考えてみると、そんなに大きい悪事を働いたわけじゃないんですよね。

その、試合ですごい汚い勝ち方をしたとか、ひどい叩きのめし方した、というだけで。たとえば、今までの作品にあったような、ネット空間全体になにかを及ぼすようなものであるとか、あるいは、なんかミサイルを撃ってくるとか、そんなことをしたわけじゃないんですよね。じゃあ、なんであんなに“悪”ってなっているのかというと、「“悪”認定をされたから、悪になっている」存在なんですよ。いわゆる、まさしく「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアーズ」といった佇まいの、警察的な、自警団的なことをやっている集団によって“悪”認定をされて、逃げ回ってる過程であの騒ぎが起こるので。「“悪”認定されたことによって、より悪になっているだけ」というところも、面白いですよね。

で、今言ってきたようなそうしたテーマを、どう語るか、表現するか、という点においても、この『竜とそばかすの姫』はですね、少なくとも日本製のアニメ大作としては、かなり変わった、しかも確実にテーマの真芯をとらえたアプローチを取っている。

■一番大事なことは、「うた」の中で歌われている

端的に言ってしまえば、それは何かと言えば『美女と野獣』がそうであるように、まあ「ミュージカル」なんですね。ミュージカル的作劇を、要所でしている作品でもあるんですね、この『竜とそばかすの姫』。先ほども言いましたが、とある不幸があって、精神的トラウマを抱え、歌えなくなってしまった主人公。この「歌う、歌えない」っていうのは、「本当の気持ちを表に出す、表に出せない」ということのメタファーでもあるわけですけど。

ともあれその主人公が、Uというインターネット上のバーチャル世界では、もう1人の自分として、高らかに歌うことができる、というところから始まる話なわけですよね。で、主人公に限らず、さまざまな登場人物が、本当に思っていることを、いざとなるとうまく表わせない、というのを抱えてもいて。それがついに表に出せるようになるまで、の話とも言えるわけですけど。ともあれ、その主人公はですね、単に歌をうまく歌うというだけではなくて、そこに溜め込んだ本当の気持ち、思いというのを託して、世界に解き放つ、あるいは特定の誰かにそれを伝えようとする、という。

つまり、キャラクターの感情、その物語的な流れ、盛り上がりが、音楽化、「うた化」されることで、エモーションの爆発を一気に起こす。プラス、もちろんすさまじい映像の圧も込みで……歌になることで、バーン!と感情が爆発する、それで抵抗不能のカタルシスを観客にもたらす、という、まさにミュージカル的な作劇というのを、特に主人公すずがベルとなって歌う──このベルっていうのも『美女と野獣』と同じ名前ですけど──その歌うくだりで、それをしている。ミュージカル的な作劇をしていて。

で、最初に言った「僕が1回目に見た時の、こちら側の問題」っていうのは、まさにこれと関係していて。要は、恥ずかしい話ですけど、僕、このベルの歌の歌詞をですね、初見時にはうっかり、ちょっと聞き流すように見てしまったんですね。しかし、本作に関しては、主人公の本当の気持ちの吐露とか、非常に重要なというか、一番大事なこと、もうメッセージの核に当たることは、歌の中で歌われるんですよ。なので、もちろんさっきも言ったように、キャラクターの心情のお話的な流れがあった上で、ドーン!とそれが出てくるからこその巨大な感動、っていうのもあるので……完全にミュージカル的な作りでもあるので、要はシンプルに本作、歌詞を聞き流しちゃダメです! はい。ということですね。

■ベルの歌唱シーンを完璧に体現した中村佳穂。アニメの中でニュアンス豊かな人間演出を行う細田守。

僕も2度目に見て、「ああ、これは歌詞だ!」っていうことに気づいて、意識して見たらもう感動が何倍にも増した、というのがありましたね。そしてそして、ここまで述べてきたような本作のミュージカル的、あるいは歌劇的な要素の中で、とんでもなく大きな役割を果たしているのが、主人公の声を演じる、中村佳穂!ということなんですね。この番組にもね、もちろんライブに来ていただきましたし。2019年度ライムスター主催の『人間交差点』にも出ていただきました。文字通りの天才的シンガーソングライター。

もちろん天才的シンガーソングライター、他にもいろんな方がいらっしゃるんですが、特に彼女が選ばれた理由は、彼女のスタイルですよね。彼女のパフォーマンスタイル……この番組のライブでも、聞いていただければわかったと思いますが、今回のそのベルがやるような、「呟きが、いつしか歌になってゆく」というような、あるいは、「心の中の言葉が、そのまま詞になってゆく」というような、その本作でのベルの歌唱シーンに求められるニュアンスというのを、そもそも実際に、完璧に体現できる存在が、中村佳穂なんですよ。

なので、彼女ありきでこの話を作ったんじゃないのか?っていうぐらい……「えっ、彼女抜きでどうやってこの脚本を書いたんですか?」ぐらいの、もう彼女抜きでは今となっては成り立たないような作品になっている、ということですね。もちろん、他にもミュージカル、歌劇、音楽劇的なカタルシスというのはいろいろ作られていて。たとえば、具体的には伏せますが、クライマックスの終盤、主人公たちが「初対面かつ再会」をするくだりで、どうしたって涙腺を刺激される、ライトモチーフ演出……「あっ、あのメロディーが流れだした!」みたいな演出であるとか、そもそも歌とかメロディーが探索のあるひとつの鍵になってゆく仕掛けなど。そういうものが、そこかしこに仕掛けられていたりする。

もちろん、そういう部分とは別にですね、藤津さんも仰っていた通り、最小限の要素で的確に、豊かに、情報、情感を伝えてゆく、というこの細田守ならではの……もう本当に、演出が上手い! 名匠!と言いたくなる演出の技が、今回も冴え渡っていて。たとえば序盤。『おおかみこどもの雨と雪』のあの序盤のセリフなしモンタージュを彷彿とさせるような、主人公が歌えない……つまり、本当の気持ちを表に出せない人になってしまっていくプロセスを、惚れ惚れするようなテンポとタイトな語り口で見せてゆくあのくだりとか、もう見事ですし。

あるいはですね……ここはぜひ見逃さないで! 細田守監督の十八番、カメラの横移動を巧みに使った演出、『おおかみこども』とかでもやってましたけど、主人公すずが廊下の柱の影に一旦隠れて、もう一度廊下の方に戻ってゆくのを、遅れてカメラが追っかけてゆく、横移動してゆくと……っていうくだり。その後の、切り返しのすずの表情、その変化。ここ! もう、なんていうんですかね? 本来は、本質として記号的な表現が当然増えてゆく……まあそりゃしょうがないんだけど、そんなアニメーションというものにおいて、ここまで繊細で、ニュアンス豊かな「人間演出」ができる作り手、やはり世界広しといえども、やっぱりこれは細田守、稀有なレベルですよ。疑いようもないです。ここは、本当に。

■もう少し万人に飲み込みやすくなる仕掛けは作れたのでは

でね、もちろん非常に賛否が分かれるクライマックスの展開。あれはですね、主人公すずのお母さんの、過去の「あの行動」と対になっているものなので、ある種の「正しくなさ」が含まれているのは、意図の内ではあると思います。ただし、私もやっぱりですね、だとすると主人公をサポートする大人チームの言動が、不自然に感じられてしまうのは否めないと思うし。問題の場所の所在の特定や、「ラスボス」対決の顛末など、もう少し万人に飲み込みやすくする仕掛けというのは作れたかな、という気は、たしかにいたします。

あと、個人的に気になったのは、やっぱりあの、ベルがあれよあれよという間に世界的にバズッてゆくというあのプロセス。もちろんすごく楽しく見たし、実際にも今の現実、ありうることですけど……あの「巨大コンサート」って、やっぱりこれは、バーチャルとはいえ、人手やコストが絶対要ることには変わりないはずなんだけど、そこは完全に見えない作りになっていたので。なんかこれによって、ベルの音楽活動というのがちょっと、お手軽なものに見えてしまって。さっき僕が言ったテーマ性……そのバーチャルの向こうにはリアルな重みが等価であるはずだ、っていうのを、ちょっと損なっている気もする。僕は少なくとも、そこはちょっとノイズになっちゃった。

あと、これは欠点の指摘ではなくて、やっぱりその、特殊な設定のシステムというのを語る場合……たとえば今回だったら、まあインターネットはインターネットなんで、別にインフラとしてただあるだけだから、その全体像を問う、なんてことをいちいちしなくていいのはわかるけども。「5人の賢者が……」とか、なんか気になることを言うから、なのに全体像を問わない、っていうことに関して、「ああ、やっぱり全体像は問わないんだ」みたいなところは、たしかにありますけどね。

ただ、そういう話は他にいくらでもあるからね、っていうね。『レディ・プレイヤー1』とかいろいろとあるんで、そっちを見てね、みたいなところとか、あるかもしれない。あと、さっきのメールにもいろいろ書かれていたけども、たしかに音楽に対するリアクションが、僕は一律、ちょっとやり過ぎているというか、それによって冷めちゃう人が多くなるだろうな、という気はしました。はい。これは難しいだろうね。実際、中村佳穂さんの作った音楽があって、それに対してのリアクション、どう絵を書くか、というところの兼ね合いは、とても難しいところだと思うけど。僕はちょっとそのリアクションが、強すぎると思った。それは。

作家性が強くて変わった話を、ものすごい音量でエンタメ化した、とてつもない作品

まあ、そんなことよりもやっぱり、でも本作はですね、今、現にインターネット上のコミュニケーションで傷ついていたり、誤解されていると感じていたり、だからこそ、そこで何かを吐き出すしかないような、あるいは、その中で不信とか不安とか、いろいろを抱えているような、つまり言っちゃえば我々全員に大なり小なり当てはまることだとは思うけども、まあそういう人たちにとって、つまり現代の人にとっての、一種救いとなるような……特に今、すごく傷ついていたりとか、「叩かれちゃった」みたいな人にとっては、かなり直接的な救いとなる作品を志したんじゃないか、と思うし。

こういうその、「今の社会」に対する目線の強さ、というところが、日本のアニメーション作家、優れた人はいっぱいいますけど、特にやっぱり世界で細田守が高く評価されるポイントのひとつではあるかな、という風に思います。もちろんですね、ちょっとこれ、触れきれませんでしたけども、本当に世界の多種多様なアーティストを束ねる剛腕ぶり、っていうのがもう、いかんなく発揮された作品でもあって。それゆえの、音と映像の、その問答無用のパワー。その圧の強さ、っていうのは、間違いなく細田作品の中でも、段違いの強さですよね。今回は、強い!

半分ミュージカル、半分超繊細な人間ドラマ、みたいな変わったバランスのね、非常に作家性が強い、変わった話を、ものすごい音量でエンタメ化した(笑)ような感じの……もちろん、変わったドラマだし、暗さもあるんだけれども、僕はやっぱりね、とてつもない……2回見てもまだ理解しきれたとはちょっと言いがたいところもあるかもしれないから、現状はこのぐらいの感想なんだけど。もちろん、劇場で見ない手はない。もちろん、賛否も含めて、ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『プロミシング・ヤング・ウーマン』です)

 

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週はお休みして、再来週の課題映画は、『竜とそばかすの姫』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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