宇多丸、『ブラック・ウィドウ』を語る!【映画評書き起こし 2021.7.16放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

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宇多丸:

宇多丸:
さあここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、7月8日から劇場公開。そして9日からはディズニープラスで配信公開もされているこの作品、『ブラック・ウィドウ』

(曲が流れる)

マーベルコミックの人気キャラクターがクロスオーバーする、マーベル・シネマティック・ユニバース24本目となる映画。24本目にして、「フェーズ4」と言われるものの一作目だよね? (フェーズ4の)最初、始まりっていうことです。凄腕のスパイで暗殺者、ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の戦いの後、逃亡生活を送っていた。ある日突然、妹と再会したことをきっかけに、自分たちが所属していた組織「レッドルーム」の陰謀に巻き込まれていく。

主演のスカーレット・ヨハンソンのほか、フローレンス・ピュー、レイチェル・ワイズ、デヴィッド・バーバーがナターシャの「家族」を演じる。監督は『さよなら、アドルフ』などのケイト・ショートランドが務めた、ということでございます。

ということで、この『ブラック・ウィドウ』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「とても多い」。今年最多クラス。まあね、MCUの新作となると、今やもう本当にそのたびにお祭りというかね、外せないというところは本当にありますからね。

でですね、賛否の比率は、褒めの意見が6割強。あらまあ、そうですか。残りの意見は、「悪くはないが、MCUにしてはいまいち」というようなテンションでした。主な褒める意見としては「単体のスパイアクション映画としても普通に楽しい。フェミニズム要素や家族愛などテーマ性もいい」「フローレンス・ピューがよかった」。フローレンス・ピュー、やっぱり誰がどう見てもいいですよね。などなど、ございました。

一方、否定的な意見としては、「悪い映画ではないが、MCU映画にしては平凡。盛り上がりに欠ける」とか「黒幕のキャラも弱く、カタルシスもない」「アクションに切れがなく、シーンも見づらい」などがございました。

■「ほぼ完璧なスパイファミリーアクション映画」byリスナー

代表的なところをご紹介しましょう。「ケンボー」さん。

「率直な感想は、めっちゃ最高でした! 事前にケイト・ショートランド監督の過去作は全て鑑賞していたのですが、はっきり言ってその段階では少しばかり疑問というか、不安というか、完全に期待値100%ではありませんでした。しかし、ウォッチしてみると、そんな不安な気持ちはすぐに吹っ飛びました。ちゃんとケイト・ショートランド監督作品だったからです。これまでの監督作品では一貫して『家族愛』『愛への渇望』『女性の強さ』という要素が印象的に表現されてきたと思いますが、本作『ブラック・ウィドウ』もその全てがふんだんに盛り込まれ、かつちゃんとMCU作品でもあるという、個人的には、ほぼ完璧なスパイファミリーアクション映画でした。スパイ映画というジャンルの中でも上位に来る作品だと思います。そして『家族愛』の描かれ方は、むしろこれまでよりもパワーアップしているんじゃないでしょうか。その大きな要因はやはり『キャラクターの良さ』でしょう」

ということで、いろいろ書いていただいて。

「……偽りの『ロマノフ家』は実はちゃんとそれぞれが愛し合って信頼しあっているということを、会話のやりとりやコミュニケーションの取り方などできちんと表現しているケイト・ショートランド監督の手腕はやはり素晴らしい。今作の起用も超納得です。疑ってごめんなさい。改めて本当にMCUの制作陣はすげえなあと思いました」というご意見。

一方ですね、ちょっとダメだったという方もご紹介しましょう。「こてこてポエマー」さん。

「初投稿です」。ありがとうございます。

「私の感想を一言で言うと、『こんなに盛り上がらないMCU映画は初めて』。ブラックウィドウがいかに屈強な精神を持つヒーローなのかは伝わってきますが、ビシッと敵を倒してカッコよく決めるシーンは一箇所も無かったのでは無いかと感じました」。ええ、言われてみればそうかもね。

「例のポーズをイジるシーンや、麻酔薬は効かん!からの大量に打ち込まれるシーンなど、ヒーロー映画のカッコいい流れを茶化したり外したりするのは勝手ですが、その後にこの映画ならではのキメるシーンが感じられなかったので、『いや、あなた達が茶化した映画の方がカッコいいんだけど…』と思ってしまいます」。反感を感じちゃったというね。あと、ちょっとこれ、省略しますけども、悪役の描き方もちょっといまいちじゃないか、というようなことを書いていただいて。

「何よりもレッド・ガーディアンですよ!」。これ、要するにお父さんにあたる役というか、デヴィッド・バーバーさん演じる、要はロシア版、旧ソ連版のキャプテン・アメリカ、みたいな感じ。「何よりレッド・ガーディアンですよ! あんなに美味しいキャラクターを出しておいてまともに敵を倒すシーンが一箇所も無いなんて、正気の沙汰とは思えません! その駄目さが愛おしいキャラクターではありますが、だからこそ『ここ!』という活躍が一箇所でもあればそこだけで数億点出せるシーンになっていたのに!
賛否では『否』でカウントお願いします」。たしかにね、言われてみればね、そういう超おいしいシーンみたいなのが、ないといえばないかもね。はい。ということでございます。

■大手シネコンでは未上映という本作。ディズニープラスでの配信のクオリティには疑問あり

ということで、皆さん、大量にメールありがとうございました。私も『ブラック・ウィドウ』、今回はですね、109シネマズ二子玉川のIMAXレーザーで……ちょっとね、普段は違うモードで2回見たりするんですけども、今回はどうしてもIMAXレーザーでもう1回見たくなっちゃって。2回、見てまいりました。あのブダペストのカーチェイスシーンの一部、あと、その親父のレッド・ガーディアンの脱獄シーンの一部、そしてクライマックス、空中にバッと降りてから……そこからIMAX画面にバーッとなったりするということで。すごかったですよね。これ、ちょっと後ほどもそういう話をしたいと思いますが。

まあ本来、『ブラック・ウィドウ』はね、2020年5月1日に劇場公開予定だったのが、ご多分に漏れず、コロナウイルスの感染拡大を受けて延期を重ね、ついに公開……ただし、MCU作品としては初めて、配信サービスディズニープラスとの、日本では1日差での同時公開になった、ということですね。ただし、日本ではですね、全国興行生活衛生同業組合連合会、略して全興連っていうんですかね、そこが事実上、要するにこの「同時配信」という形に反発を示すという格好で、TOHOシネマズや松竹、あるいはT・ジョイといった大手シネコンでは、実はこの『ブラック・ウィドウ』がやっていないんですね。

で、東京だとシネクイントとか、新宿のEJアニメシアター新宿とか、要は大きな街の中だと小さい劇場中心でしか公開されていない、という、ちょっとイレギュラーな状態の公開になっちゃってるわけです。だからこそ、特に都内で言えば池袋のグランドシネマサンシャインのレーザーIMAXとか、あとはやはりレーザーIMAX、私が2回見た109シネマズ二子玉川あたりに観客が集中する、というのも当然だと思います。

特にですね、これはいっつも文句を言ってすいませんね。日本のディズニープラス、いっぱい見てますよ? ディズニープラス、もちろん入って見てますし、コンテンツとしてはいいと思うけども、docomoを通してるからかどうか知らないけど、いまだに4Kになっていないどころか、画面とかはHD仕様、音とかは2チャンネルで、要する非常にあんまり……特に『ブラック・ウィドウ』とかは3000円とかだからね。特別料金を払ったりするんだけど、ちょっとそれに見合った仕様とは言い難いんじゃないか?っていう、そういう状態なのもあって、っていうことですよね。

まあ、なによりも、そのディズニープラスで今、見られる、本来なら『ブラック・ウィドウ』公開後に展開されるはずだった、MCUフェーズ4のテレビシリーズがありますよね。要するに『インフィニティ・ウォー』と『エンドゲーム』の二部作の、その巨大な一区切りの後のテレビシリーズ。『ワンダヴィジョン』、そして『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』。そして先日、シーズン1が一旦終わった『ロキ』というこの3つ。今のところ。まあ元々そのMCUっていうのは、テレビシリーズ的要素が強いエンターテイメントでありましたけど、それがよりテレビシリーズならではの、なんなら、テレビシリーズでしかできない……特に『ワンダヴィジョン』は明らかにそうですけど。

そういう作品群にしっかりなっていたわけですね。テレビシリーズをやるならば、もうテレビシリーズでしかできないことをやる、という作品群になっていて。で、本来はその前に公開されているはずだった、つまりフェーズ4なんだけど、フェーズ3とのブリッジ的な位置も担っていると言っていい、この『ブラック・ウィドウ』はですね、たしかに話としては『シビル・ウォー』と『インフィニティ・ウォー』の間、なおかつ、その『エンドゲーム』でこのブラック・ウィドウというキャラクターがあそこまで自己犠牲的な行動に出たという、その根本の理由……要は、ある種彼女の行動は全て、贖罪行為だったということなんですけど。

なども、より理解しやすくなっている内容だし。あとはその、シリーズをずっと見てる人はニヤリとできたりとか……たとえばブダペストで何があったか、みたいなこととか、合点がいったりする目配せ的ディテールも、そこかしこに配置されていたりしてっていうね。まあ、要はそのさっきから言っているMCUのテレビシリーズ的な要素というか、続きで見ていないとわからなくなったりもするような要素というのは、たしかにあるんだけど。

■単体作品として成り立っている、「映画らしい映画」

でも、仮にそういうのを全部すっ飛ばして見たとしても……それこそ、MCUはあんまり見たことないし、詳しくないんですけどっていう人。RHYMESTERマネージャーの小山内さんもそうだって言ってましたけど、そんな人が見てもほぼ全く問題ない程度には、単体としてきっちりと成り立っている、楽しめる……要は、すごく本来の意味で「映画らしい」1本になっている、という。さっき言ったMCUのテレビシリーズが、すごく「テレビシリーズ的」だったのと、恐らくは表裏一体なものとして……テレビシリーズを始めたことで、MCUの中のテレビシリーズ的な要素はテレビシリーズでやり、映画をやるならば、ものすごい「映画っぽい」ことをやろうよ、っていうようなモードになってるんじゃないかという1本だと思うんですね。

まあスカーレット・ヨハンソン演じる、おなじみブラック・ウィドウ。でも、このブラック・ウィドウも、要は今までのMCU作品でもですね、「元スパイで暗殺者、いろいろ後ろ暗いこともしてきました……でも、ようやくアベンジャーズという家族に出会い、救われました」みたいなことが口で語られるだけで、あんまり詳しくバックボーンが描かれているキャラクターじゃない、謎めいているキャラクターだし。他に出てくる人たち……まあ、見ればどういう役回りかは子供にもわかるあのウィリアム・ハート以外はですね、ほぼ全員もう、初登場なわけです。

で、原作のアメコミからも大幅に設定を変えているし。大抵出てくる話は、MCU的には初耳だったりすることが多いので。要は、最近は事前知識のハードルが非常に上がる一方だったんですね。『シビル・ウォー』とかもう、本当に訳がわかんない、みたいなところまで来てたわけですけど。そのMCUの中では、かなり一見さんにも入りやすい1本、比較的単体としてしっかり成り立っている、「映画らしい映画」になっているということだと思いますけどね。

■インディペンデント映画風のホームドラマとシリーズ物のブロックバスター超大作。そのふたつがシレッと同居している

まあ、そのMCU。ざっくり言えば大きく2つの流れがあって。そんなに厳密に2つにぱっかりっていうわけじゃないけど、大きく言えば2つの流れがあって。ひとつはスペースオペラ、SF色が強めのライン。もうひとつは、現実の社会や社会問題を色濃く反映した、ポリティカル・アクション風味的なライン、という。まあ、本来だったらね、全然違うこの2つのジャンルが、混在し得るってところに、やっぱり今のMCUの、なんていうか……成り立たせちゃってるけど、これは異常だよね、本当はね、っていう懐の広さがあると思いますが。

で、この『ブラック・ウィドウ』は、明らかに後者、ポリティカル・フィクション的な風味、まあ『ウィンター・ソルジャー』からの系譜、ということが言えると思いますけど。言ってみれば「旧ソ連、ロシア側のウィンター・ソルジャー」的な、人間を殺人マシーン化する計画の話という。だからウィンター・ソルジャーをそっちに置き換えた話、という面もありつつ、同時に、特に今回の『ブラック・ウィドウ』にはですね、児童虐待とか人身売買とか、ひいてはその女性全体を搾取、抑圧、コントロールしようとする男性中心的システムという、現実世界の問題の明らかなメタファー、というのが描かれている作品でもあって。

その意味では、『キャプテン・マーベル』に続いて、非常に明確なフェミニズムメッセージを打ち出した作品でもあるわけです。なんというか、社会に対するアップデートされた意識っていうのを、ブロックバスター超大作として一足早く積極的に盛り込んでいく、という姿勢においても、MCUはやっぱりちょっと際立っているな、っていう感じがしますけどね。で、特に今回、私が非常に感心したのはですね、今言ったようなそのメッセージ性などが盛り込まれた、人間ドラマとしての側面を、MCUがやはりものすごく……なんなら優先順位一番高めで、本当に大事にしている、という点ですね。そこが僕、他のフランチャイズと一番違うところだと思います。

キャラクターを描く、そのキャラクターのドラマを描く、というところをプライオリティーのかなり上の方に持ってきている、というところが、やっぱりMCUはすごい!というところと、にも関わらず、ブロックバスター超大作としてのスペクタクル性……超大掛かりなアクションやVFXなどの要素、そしてもちろん、マーベル・シネマティック・ユニバースの中の一作としての、整合性ですね。これらがですね、シレッと当たり前のような顔で、同居している、という点です。

特にそれが現れているのが、やはり監督の人選で。先ほどのメールにもありましたけど、ケイト・ショートランドさん。オーストラリアの方ですけどね。これまでに長編としては、『15歳のダイアリー』『さよなら、アドルフ』『ベルリン・シンドローム』というような作品を撮ってきた方で。たしかにたとえば『さよなら、アドルフ』、主人公が両親を含めた体制の呪縛から自らを解放していく、されていく、という話ですね。これはナチスなんだけども。ナチスが負けた後、少女が自分たちを開放し、解放されていく、という話。

あるいは、『ベルリン・シンドローム』も、男性の暴力的支配から脱出、サバイブしていく女性の話、という点であったりとか。たしかにテーマ的には、今回の『ブラック・ウィドウ』と重なるところ大の作品を、これまでも手がけてきた、非常に優れた監督なんだけども。でも同時に、そのアクション超大作的なものは、やった経験はないわけですね。当然ね。全くないわけです。

で、そういう風に、インディペンデント映画で高い評価を得た人材を、ブロックバスター超大作、しかもそのシリーズ物っていうところにいきなり大抜擢、っていうのって、ちょっと前にすごく盛んになりましたね。2010年代っていう感じかな? 盛んになりましたけども……作品によってはやっぱり、いろいろうまくいかない例というのが、結構出てきて。まあ降板したりとか、実質的には他の人が大半を撮りましたとか。あと、手がけたはいいけど、ファンが怒っちゃいました、とか。いろんなことになって、非常になかなか厳しい面もあるな、というのが近年は見えてきた、という感じでもあると思うんですが。

この『ブラック・ウィドウ』だと、たとえばですね、冒頭しばらくの間、そのナターシャたちの少女時代、オハイオで普通に暮らしているところの描写が、結構続くんですね。結構「あれ? これ、何を見に来たんだっけ?」ぐらいの感じで続くわけですよ。手持ちカメラ、非常にナチュラルな画づくりで、どっちかって言うとやっぱりインディペンデント映画風の作りが、最初結構続くわけですね。

で、それが、あれよあれよという間に、後ほども言いますがまさに『007』のアバンタイトルさながらの、大アクションシーンへとなだれ込んで行き、そこから「ああ、真相はこうだったか!」っていうのがわかってみると、恐ろしくハードでダークなポリティカル・フィクションなタッチに移行していく。そこでタイトルが出て。久々にMCUでタイトルバックの曲が流れると思いますけども、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」の、ものすごく陰鬱なカバーが流れて、というのがあって。

つまり、このトーンの変化というのはですね、主人公たちにとっての家族との日常、人生というのが、常にその巨大な暴力性と隣り合わせになっていて。で、その手持ちカメラでナチュラルで優しい画づくり、このインディペンデント映画風のホームドラマが、瞬時に崩壊して暴力化していく、アクション化していくという、そういう形になっていて。要はこの映画……映画としては根本から元々異なるタッチが共存している、というこの構造そのものが、ブラック・ウィドウのこの物語のあり方、この主人公家族のあり方と、うまく一致してる作りになってるわけですよね。

■攻めた監督をチョイスしつつも、MCU作品としての整合性も損なわない。その完成形となる一作

彼らからすれば家族という日常なんだけど、でもそれは暴力にすぐ転化しうるもの、という構造になっているわけです。これ、パンフに載っているスカーレット・ヨハンソンの言葉がちょうどそれを言い表していて。「この映画は見ていると突然、脇から別の映画が激突してくるって感じ」「そのバランスを整える役割をケイト・ショートランド監督に委ねた」という言い方をしていて。これはまさに今、言ったようなことですよね。プラス、もちろんMCUサイドのチーム。たとえば脚本のエリック・ピアソンさん。この方、今公開中の『ゴジラvsコング』の脚本も手がけられてますけど、基本的にはMCUの脚本チーム。そういうところとうまく整合性を取って作っていると。

つまりMCUは、個々のキャラクターのドラマを、それにふさわしくしっかり描ける監督をまずはチョイスしておけば、アクションやVFXは、チームとして一定以上の水準に持っていけるノウハウ、すでに蓄積があるから、後はその両者をスムーズに共存させる作りをしっかり考える……しかもこれはMCUの、MCU生え抜きのチームが、MCU作品としての整合性も含めて考えればいい、という。そういうやり方をですね、特にこの『ブラック・ウィドウ』で、ちょっと掴んだんじゃないか、という感じがする。

だからこそ、『ザ・ライダー』とか『ノマドランド』の監督のクロエ・ジャオを、そのまま『エターナルズ』に起用する、という、一見無茶なことを……これはでも、たぶんはっきりと勝算があるんですね。「こういうやり方でできる」っていう勝算がある、っていう。その意味で、MCUの強みと、今後更にですね、攻めているけどもきっちり面白い、そしてそのMCU作品としての整合性も取れている作品たちを送り出していく、その体制の完成を見る一作というか。『ブラック・ウィドウ』によって、「ああ、ここから先、MCUはさらに強くなっていくんだ」っていうことがわかる一作だと思うんですよね。

ざっくり言っちゃえば、そのケイト・ショートランドさんの『さよなら、アドルフ』系譜の、ゆがんだ体制、家族の呪縛に向き合うことになる、という、まあある意味現実社会の反映でもあるようなシリアスなドラマと、劇中で目配せ的に出てくる……『007 ムーンレイカー』をナターシャが見てるというシーンが出ますけども、要するに『007』映画的な大仕掛けですね。特にやっぱり『ムーンレイカー』。隠された敵の要塞、そしてラスボスのネーミング、あと、超強くて手強いんだけど、共感も呼ぶ敵キャラ。そしてその敵キャラと一緒にボーンと(空中に)出ていく……やっぱり『ムーンレイカー』といえば、ノーパラシュート落下シークエンスですから。それの系譜ということで、明らかに完全に『ムーンレイカー』オマージュな、そういう非常に愉快痛快なスパイアクション。

だからその、非常にシリアスな人間ドラマと、愉快痛快スパイアクションっていう、その両者の奇妙な同居……でも、その「奇妙な同居」こそが、ナターシャの家族の在り方そのものなので。まあ非常に『ブラック・ウィドウ』という映画には合ってるんですよね。この2つの奇妙な同居というのが。

■特筆すべきはやはりフローレンス・ピュー

当然のように、そのナターシャ……この場合は要するに、さっき言った人間ドラマ、キャラクターの掘り下げこそがこの映画の、そしてMCUという、そのなんでMCUがこんなに面白いのか?っていうところのキモでもあるので。当然このナターシャの「ファミリー」「家族」の、役者陣のアンサンブルこそがキモであり。実際、そこが最高にうまく行ってる作品でもあるわけですよね。

特にやっぱりこれ、誰もが言及するところでしょう、フローレンス・ピュー。ふてぶてしくも繊細、感情の揺れとユーモア、皮肉さみたいなものを自然に醸し出す……強さと弱さを同時に感じさせるような、見事な演技。まあ本当にね、この世代の中でも頭ひとつ抜け出た存在だな、というのが改めてわかりますし。あとですね、これまでで言うと割とバイプレイヤーとして活躍してきた方……たとえば『レボリューショナリー・ロード』の、あの主人公夫婦の隣人ですよね。ケイト・ウィンスレットとちょっと浮気しちゃうあの人ですよね。だったりとか。最近だと、アメコミ物で言うと新しい方の『ヘルボーイ』のヘルボーイ役とかやってますけど、デヴィッド・バーバーさん。ものすごくいい味出してる。たとえばあの、最初のムショでの腕相撲をやってるところでの、あの顔ね。顔芸(笑)。「ウエーイッ!」って。あれこそまさに「イキリ・ゲンドウ」という感じのね(笑)、その極みというような顔芸も素晴らしかったし。

ただですね、まあメールにもあった通り、たとえば、あえて言えばラスボスね。演じているレイ・ウィンストンさん。非常にいい味を出している。最高にいい味を出しているし、この役柄としては別にいいんだけど、文句があるわけじゃないんだけど、ここはやっぱり『007』の黒幕キャスティングばりに、あるいは、やっぱり『ウィンター・ソルジャー』の「あの人」ばりにですね、「この人がやるのか!」っていうキャスティングを、ちょっと期待しちゃうよね。『007』映画風というならば。

それこそ「デ・ニーロが!」ぐらいの感じでもいいぐらいだと思うんですけどね。後はですね、それこそルッソ兄弟が手がけた一連のシリーズのような、真に独創的なアクションシークエンス構築、みたいなところはやっぱり、ちょっと期待しようもない。そこまでは行ってなくて。どっちかというと、アクションシークエンス全体が一種の象徴性を帯びたものとして扱われるという、その色が濃いと思います。まあその、ナターシャとエレーナが再会してすぐ格闘になるわけです。そこが鏡像関係的になっている……もちろん、敵役のタスクマスターとの戦いも鏡像関係、お互い鏡像関係なんだけども、同時にこの姉妹のバトルは、単純に「なんだかんだで息が合っている」ムードを醸す、という役割もあって。

これは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の序盤の、奪い合いなんだけど、なんか息が合っている感じにも見えるという、それにもちょっと通じる。アクションシーンをそういう風に使ってる、という演出で、まあこれはこれで今作の方向性でもあるかなと思います。

IMAXフレーザーでの鑑賞を絶対にお勧めします!

少なくとも間違いないのは、ブラック・ウィドウというキャラクターに対する思い入れは、これまでより数倍増すのは間違いないんじゃないでしょうか。あの『アベンジャーズ』のロキ尋問シーンで見せた、ナターシャならではの見事な技量というか、それがちゃんと今回もクライマックスで、生きてましたよね。ナターシャならこれをやってくれる!っていうことをちゃんとやっていて。

だからこれは『アベンジャーズ』のロキの場面の痛快さを連想させることで、「ああ、やっぱりナターシャは間違いない!」っていうのが出る感じですね。「ご協力、ありがとうございます」っていう、あのくだりですね。素晴らしいと思いますけどね。まあ、さかのぼって彼女のMCU登場シーンを見返したくもなるし、さっき言ったように、一見さんが非常に入りやすい作りなので、じゃあここからナターシャが過去、どうだったのかをさかのぼる人も絶対いっぱいいるわけだから。そういう意味でも、非常に周到な作りですよね。

さっき言った通りですね、ブダペストでのカーチェイス、あとレッド・ガーディアンの脱獄シークエンス、そして『007』の敵アジト攻略にあたるクライマックス、からの落下シーン、それぞれ一部が、IMAX仕様になっていて。特にクライマックスの空中格闘シーンはこれ、マジでそこだけIMAXでガッと……特にレーザーIMAXで、もう画面の隅々の、1個1個のディテールがバキバキに見える環境だと、そっちこっちで爆発やら物が落ちたり、いろいろとしているシークエンスで、しかも画面的な広がりがガッとある中で、もうね、「うわーっ!」って引き込まれる感じがあって。IMAXフレーザーでの鑑賞、マジお勧めします!

ということで、これは本当に、『ブラック・ウィドウ』はすごく「映画らしい映画」と言いましたけど、もう「絶対に」って言っちゃいますけど、大きい、いい条件のスクリーン、そして音で見るべき! これはやっぱり紛れもない、「映画」だったんですね。ということで、ぜひぜひ……こればっかりは、1発目は劇場で見ることをお勧めします。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週はお休みして、再来週の課題映画は、『竜とそばかすの姫』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆過去の宇多丸映画評書き起こしは

こちらから!

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