宇多丸、『RUN』を語る!【映画評書き起こし 2021.7.9放送】

アフター6ジャンクション

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

宇多丸:

さあここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、6月18日から公開されているこの作品、『RUN/ラン』

(曲が流れる)

「走る、逃げる」の「RUN」ですね。2018年の『search サーチ』で注目を集めたアニーシュ・チャガンティ監督によるサイコスリラー。生まれつきの病気により車椅子生活を余儀なくされているクロエは、献身的に支えてくれる母・ダイアンと、郊外の一軒家で2人暮らしをしていた。しかしある日、ダイアンが「新しい薬」と称して緑のカプセルを差し出したことから、クロエはダイアンに不信感を抱くことになる。

母・ダイアンを演じるのは、『オーシャンズ8』『ミスター・ガラス』などのサラ・ポールソン。あと最近はね、『ラチェッド』というNetflixのドラマもやってますけどね。あの役柄にもちょっと近い、サイコみあふれる役。娘・クロエをオーディションで抜擢された新人のキーラ・アレンさんが演じる、ということでございます。

ということで、この『RUN/ラン』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。

メールの量は、「普通」。まあ、そんなに回数とか館数とか多くないからね。ありがとうございます。賛否の比率は、褒めの意見が8割強。主な褒める意見としては、「期待をはるかに上回る出来。現代型のスリラーとして文句なし」「サラ・ポールソンの鬼気迫る演技も良いが、娘役を演じたキーラ・アレンも素晴らしかった」「ラストの切れ味もよい」などがございました。

一方、否定的な意見としては「全体的にはよかったが、ラストが好みじゃない」。これ、たしかに好みが分かれるラストではあるんだけどね。「サラ・ポールソンの演技が大げさに感じた」などがございました。

■「チャガンティ監督『俺は斬新な演出だけじゃなくてクラシックな映画も作れるんだぜ』」byリスナー

代表的なところを紹介しましょう。まずはね、「真夜中のゴア」さん。いろいろ書いていただいて。

「チャガンティ監督は『いわゆる“普通の映画”も作れると自分自身に証明したかった』と語っているようですが、たしかにタランティーノにおける『ジャッキー・ブラウン』のように、『俺は斬新な演出だけじゃなくてクラシックな映画も作れるんだぜ』とその真の実力を見せつけられた気分です。今回、特にフレッシュだと思ったのは、主人公クロエの車椅子アクションの数々です」ということで。主人公にそういう身体的なハンデがあるタイプの映画っていうのはこれまでもあるにはあるんだけど……。

「クロエ役のキーラ・アレンさんが実生活でも車椅子を使っているということもあってか、薬局に向かって猛然と車椅子を走らせるシーンには、疾走感やユーモラスさがあって観ていて楽しいいだけでなく、車椅子に乗るこの主人公が『庇護されるべき人物』だとか『か弱い人物』ではなく、『力強く自走できる人物』なんだと観客に印象づけることにも成功していると思います」。たしかに! たしかにそうですね。素晴らしい。ここの目の付けどころ。

「見事にこの役を務めきったキーラ・アレンさんは驚異の新人と言って過言ではないでしょう。そして白眉はなんと言っても屋根を伝って部屋から脱出するシーンだと思います」これ、いろいろと書いていただいて。「本当によくできています」と書いていただいています。

「……親からの自立、つまり文字通り『自分の足で立つ』ということがさりげなく示されたクライマックスとエンディングには、『いいストーリーを観させてもらった』」という感動でいっぱいになりました。ワシントン大学のポスターの伏線もベタといえばベタですがうまく機能していました。自分は『自分の足で歩けない』と思い込まされているだけなのではないか?ということが物語中盤からキーになっていきますが、自分で自分のチカラを閉じ込めていた人物が、自らのチカラでそのリミットを解除していくストーリーという意味では『キャプテン・マーベル』に近い精神を感じました」。

たしかに。「お前にはできない、お前にはできない」って言い続けられた人が、「いや、できるんだ!」っていう風になっていくっていうのは、たしかにそうかもしれない。まあ、もちろん『37セカンズ』とかもそうですよね。はい。

ダメだったという方もご紹介します。あのね、全面的にダメだったという人は全然いないんです。「空港」さん。「基本的には楽しく観ました。ただし、後半の展開は、見る人によっては『なるほど!』と面白がられると思いますが、私は一気に話がチープになってしまった気がして、『あ、こういう話ですか』と結構テンションが下がってしまいました」という。この、ひねりとかがない方がよかったと思いますという理由もいろいろ書いていただいて。ちょっとネタバレになるので、これは伏せますけども。

「それに加えて、あのラストで『あぁそうなりますか…』ともうひと段階、気持ちが盛り下がってしまいました。話にツイストをかけ、キャラクターや設定をシンプル・単純化することによって、この作品自体が、積極的に「<ジャンル映画>の枠に収まろうとしている気がして、そこが非常にもったいなく感じました」という空港さん。

あとはですね、これは結構最近ね、いっぱい紹介させていただいています。「コーラシェイカー」さん。コーラシェイカーさんは今回もね、評とかいろんな読み時がすごく丁寧かつ、非常にフレッシュというか。プロの評論家になれると思います……というか、プロの評論家が名前を隠して書いてるんじゃないかな?ってぐらいの。素晴らしいものだと思いますが。そのコーラシェイカーさんもやっぱり、最後のひとひねり……全体としては絶賛をしながらも、最後のひとひねりが気になる、ということを書いていただいてます。まあ、要するに主人公の劇中での展開というところに対して、このラストはちょっと裏切りではないか、というような感じの視点ですかね。

でも皆さん、それぞれにありがとうございます。基本的に、全体としては褒めつつ、やっぱりラストのひねりとかの部分に関して意見が分かれた、という感じでしょうか。ありがとうございました。

ヒッチコック型スリラーという「規定演技」で満点

ということで私も『RUN/ラン』、渋谷ヒューマックスシネマで2回、見てまいりました。入りはまあ、ボチボチっていう感じでしたけどね。はい。ということで、本作。きっちり90分というタイトな尺感を含めてですね、とてもシンプルなジャンル映画なので。この映画時評もですね、まずは先に、シンプルな結論を言ってしまいますけど。

言ってみれば、サスペンスの神様であるヒッチコック、そのヒッチコック型スリラーという「規定演技」の中で、かなり満点に近い得点をたたき出している、割と万人に「あれ、面白いよ」とストレートに勧めやすい、本当によくできた娯楽作です。ぜひぜひ劇場ウォッチしてください! はい、終わりでーす!……っていうね。全然、これでいいと思うんですけどね。もう概ねのストーリーとね、なんとなくの出来の感じだけ聞けばもういいんじゃないかな、と思うんだけど。

ただですね、本作は、2020年の製作作品なんですが、かわいそうに、ご多分に漏れずと言うべきか、コロナウイルスの感染拡大のあおりで、アメリカ本国では結局、劇場公開されず終い。Huluが買い取って、昨年11月にアメリカでは配信開始。で、他の国ではNetflixとかでも配信していると。

で、Huluで配信開始してから、かなりの視聴数を記録したらしいですけども。で、日本では木下工務店、キノフィルムズ。いろんな意味で日本の映画文化への貢献度が非常に高い会社だと思いますけども、キノフィルムズ。そのキノフィルムズが配給して、見事、劇場公開となったということで。つまり、先々週の『アメリカン・ユートピア』とかもそうだけど、これがスクリーンで見られてる日本っていうのは、実はなかなかレアっていうか。結構、ありがたいことなんだ、っていう状況があるわけです。

まあとにかく、さっき言ったようにヒッチコック型スリラーという、いわば規定演技ですね。「はい、ヒッチコック型スリラーです。皆さん、どうやりますか?」っていうね、規定演技という枠組みの中で、しかもね、これはかなりその中でも、オーソドックスな作劇に徹していて。奇をてらったようなことは全くやっていないにも関わらず、ここまで今の、その今見るジャンル映画として、しっかり……というか、かなり面白い!っていうことになってるのは、これは結構正直、並みの技量ではできないことだと思います、これを作った人は。「ああ、これを作れる人なら、本物だ」っていう風に思わざるを得ない感じだと思います。

■「最小限の情報で最大限の効果をもたらす」という意味では、監督の前作『search サーチ』と本作は同じ

脚本・監督のアニーシュ・チャガンティさん。あるいは共同脚本と製作のセブ・オハニアンさん。この方は『ユダ&ブラック・メシア』、日本では結局劇場公開されないで、9月3日にレンタルリースとなったみたいですけど、あれの製作総指揮なんかもされてる方ですけども。製作のナタリー・カサビアンさん。あるいは編集のニック・ジョンソンさんとウィル・メリックさん。このお二方、後ほどまた名前を出しますけど。あとは音楽のトリン・バロウデイルさんなどなど、要はですね、先ほども紹介でも言いました、2018年の『search サーチ』という映画のチームによる、長編二作目、ということなんですけどね。

その『search サーチ』。ガチャが当たらなくて、結局このコーナーでは取り上げなかったですけど。『たまむすび』でね、町山智浩さんの紹介。「娘を持つお父さんにとって最悪の悪夢」っていう紹介が、めちゃくちゃ面白かったですけど。とにかく、「パソコンの画面上に映るもの」だけで、しかしかなりしっかりしたサスペンスや謎解き、人間ドラマ、アクションまで描かれていく、という、なかなかに斬新な作品で。

もちろん、その「パソコンのデスクトップ上に映るものだけで全てが進行する長編サスペンス映画」という試み自体は、たとえば2014年のイライジャ・ウッド主演、ナチョ・ビガロンド脚本・監督の、日本タイトル『ブラック・ハッカー』。原題は『Open Windows』という作品。これ、僕もそのナチョさんの手がけた『シンクロナイズドモンスター』評、2017年10月18日、この中でちょっと触れてますけど。まあそういう『ブラック・ハッカー』みたいな、先行する試み自体は、あったはあったわけです。

なんだけど、そのアニーシュ・チャガンティ監督による2018年の『search サーチ』は、そういうガワのギミック、全部がPCのデスクトップで展開されるという今っぽい奇抜さ、以上にですね、これはそのさっき言ったニック・ジョンソンさんとウィル・メリックさんというこの編集のお二人が果たした役割も非常に大きいんだと思いますけど、必要最小限の情報を、しかし的確な順番、タイミングで観客に提示していくことで、最大限の、非常に豊かな効果をもたらす……最小限の情報で最大限の効果をもたらす、というのが非常にうまくできてる作品でもあって。

特に今回の『RUN/ラン』の、さっき言ったように極めてオーソドックスな、要するにそれほど多くの要素や展開があるわけではないシンプルかつタイトな作りから、振り返って一作目の『search サーチ』を見返してみると、その単にデスクトップ上という表面上新しいシチュエーションに置き換えてるだけで、やってることの本質は『RUN/ラン』とある意味同じっていうか。「要素は少なくても、シンプルでムダのない的確な表現によって最大限の効果を生み出す」という、まさに正統派の映画的ストーリーテリングを、『search サーチ』でもちゃんとやってるし、できていた人たち、っていうことがよくわかったりもするわけですね。このアニーシュ・チャガンティ監督をはじめとする作り手の皆さんは、ということで。

実際にインタビューなどでも、先ほどのメールにもあった通りですね、要するに「自分は奇をてらうスタイルだけではなくて、オーソドックスに徹することもできるのだということを証明したかった」ということを、あちこちのインタビューでもお答えになってますけども。ということで、前作『search サーチ』の評価も逆に上がるというか。そういう感じの方だと思います。

■身近な人が一番怖いという前半の恐怖から、その人に囲い込まれる後半の恐怖へ

またその前作『search サーチ』がですね、親が子供に感じる不信というか、「外で何をやっているのか、わかんない」みたいな感じとか、あるいはその、親離れしていくことの不安、みたいなことを描いた作品だとするならば、今回の『RUN/ラン』はですね、子供、特にやっぱりその、精神的にも社会的にも親離れしつつあるティーンの子供が、親に感じる束縛感であるとか、不信感、みたいなことが描かれていて。

その意味ではもちろん、非常に極端な展開・物語ではあるんだけど、ベースになっているものは、すごく普遍的な家族関係の話ですよね。その点でもこれ、『RUN/ラン』は、前作の『search サーチ』とちょうど対になる作品というか。親子関係を裏返した感じというか。そう言えると思います。

もちろんですね、「最も近しい相手が自分に害をなしているのではないか? たとえば今、まさに毒を飲ませようとしているのではないか?」という恐怖に取りつかれてるというのは、モロにこれは、1941年の『断崖』という作品があって、まさにヒッチコックなんですね。まさにヒッチコック的な話だし。プラス、お母さんの異常な束縛、お母さんの異常な愛情、という意味ではもちろん、『サイコ』でもありますし。

あと本作が、さりげなくもはっきりとオマージュを捧げている『ミザリー』という1990年。スティーヴン・キング原作の怖さもあるし。あとは、たとえば高橋ヨシキさんがね、映画評の中で挙げていらっしゃった、『何がジェーンに起ったか?』とか。そういうところもあると思いますけど。大きく言えば今回、そのサラ・ポールソンが、『ラチェッド』同様のサイコパス演技を見せる……ちなみにその『ラチェッド』も、ヒッチコックオマージュがバリバリのドラマでしたけどね。そのお母さん・ダイアンの狂気が、はっきり「確定する」瞬間がちょうど中盤に来るわけですね。

はっきり確定するまでの前半部が、さっき言ったヒッチコックの『断崖』的な、「えっ、大丈夫? すごく身近で信頼しているのに、ひょっとしたらその人が一番怖いの?」っていうこの恐怖。『断崖』的な恐怖。で、それ以降は『ミザリー』的とか、もしくは『何がジェーンに起ったか?』的な、その囲い込まれる恐怖、というかね。という言い方ができるかもしれませんけども。

まずその前半。信頼する仲良しの、大好きなお母さんに対して生じてしまった疑念が、心の中でどんどんどんどんたしかなものになっていってしまう、という、その娘・クロエの非常に複雑な心情。というか、この主人公クロエの感情っていうのは、最初から最後まで、どんどんどんどん複雑さを増していくくらいなんですよね。途中、主人公がある「あっ、私、これできるんだ」ってわかる瞬間があるんですけど、そこって喜びの瞬間でもあるけど、同時に「と、いうことは……?」っていう悲しみでもあり、恐怖でもあり、っていう。すごく複雑な感情を同時に表現しなきゃいけないキャラクターなんですけど、とにかくこれを演じていらっしゃるキーラ・アレンさん、初主演にして、文句のつけようもない名演であること、ここは異論の余地がないあたりではないかなと思います。

■エリザベス・モスに通じる可能性を感じる主演のキーラ・アレンさん

先ほども言った通り、ご自身も実際に車椅子で生活されている方であり……こうした、そのしょうがいを持つ役柄というのに、当事者をしっかりキャスティングしているという点。ハリウッド映画、ひいては映画作りの新時代、というのを感じさせて、本当に素晴らしいですし。実際、日常生活における、そのテキパキした動きね。ちょっとカーブを曲がるピッとした動きとか、なんか物を取る時とか、別にそこはもうプッと(簡単に)やる感じとか。

あるいは後半待っている、ハードな一大アクションであるとか。あとは、さっきのメールの目の付けどころ、素晴らしかったですね。薬局にバーッと急ぐ時のあれ。たしかに、人の手の助けがいる人に見えないところって、すごく素敵ですよね。あれはね。キャラクターとしてもすごく大事なところだと思いますけど。という部分であるとか。なにより、さっきも言ったように、幾重もの感情が同時に押し寄せるようなこのクロエというキャラクターの立場を、これ以上ないほどのナチュラルさで体現しきった、このキーラ・アレンさん。

僕、個人的にはエリザベス・モスに通じるテイストというか、可能性を感じましたね。『透明人間』とか『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』とかのエリザベス・モスさんに通じるような可能性も感じました。彼女は結構これから女優として活躍してほしいし、していくと思いますけども。

■ヒッチコック型スリラーとして抜かりない美術演出や衣装演出

まあとにかく、その彼女が演じる娘のクロエがですね、ある「緑とグレーのカプセル」をきっかけにその疑念を膨らませていくわけなんですけど。本作、さっきから言ってるようにヒッチコック型スリラーとしての作りを、話としても作りを持ってるし……ヒッチコック型スリラーと言えばですね、やはり美術演出であるとか、あるいは衣装演出、こういうところでも実は非常に抜かりがないものがあったりするわけなんですけど。

具体的にはこの本作の場合、「縁」を中心とした色の演出……色の演出といえば、最近では、ここの映画評でも言いました『ファーザー』の青の使い方っていうのが非常に強烈でしたけど、今回は緑と、それに対しての黄色と、あとは紫……その中間に置かれるような色と、そして要所で、がやはり非常に効果的に、印象的に使われているという、これが特徴になっていますね。要はですね、これはもうアバンタイトル、その病院のシーン……そのダイアンが赤ちゃんを産んでいるというか、産んだ後のシーン、この病院のシーンからしてもそうなんですけども、深めの緑っていうのが、このサラ・ポールソン演じるダイアンの一種、テーマカラー的に使われてるわけです。だから、その問題の薬も当然、緑ベースだし。

で、この「薬の色」をめぐるそのクロエの調査が、ある結論に達した瞬間……「緑色の薬。これは何なんだ?」って調べていって、それが何かを確定する瞬間の、それはそれは鮮烈な、まさにもぎたてフレッシュ!な色のショック演出、これ、本当に見事でしたね。僕、ここでカットがパッと変わった時に、やっぱり思わず小さく拍手、「上手い!」っていうね。あるいは、これは第3幕目、舞台が割とパブリックな場所に移って、少なくともダイアンの束縛、監禁状態からは、主人公が脱出、できたのか?っていうその場。その色はやはり、まだグリーンなんですね。全然まだ逃げられた感がしない、みたいなところも、やっぱり色の演出として使われている。

あと、これは第3幕のクライマックスのところですけど、その後、病室のシーンで、いま言った緑と黄色と赤が全部揃った上での、「ええーっ!」っていう間接ショック描写。これもね、「ああ、色の演出、そう使う?」みたいな。非常にうならされました。ということで、お母さんが深い緑色で、対するクロエのテーマカラーは、淡い黄色なんですね。優しい感じの黄色。

だからクライマックスの決着後。もう最後の最後、決着した後ですね。さっきまでと空間としては同じ空間なんだけど、緑の光があって、まだ逃げられていない感じがするのに対して、クライマックスの決着後、彼女の後ろに天井が見えるんですけど、そこで照らされる光は……? そういうですね、本当に細部まで非常に行き届いた仕事がされている、というね。もちろん撮影のヒラリー・スペラさんとか、美術のジャン=アンドレ・カリエールさんが非常に見事な仕事をされていると思いますし。

あと、衣装デザインのヘザー・ニールさん。これ、パンフを読んで「ああ、そうか」と思ったんですけど、あの主人公のクロエが、ボーダー柄ばっかり着ていますよね。これはやはりですね、「囚人」を示唆しているということなんですね。「ああ、なるほど!」と。事程左様にもう、行き届いているわけなんですね、配慮がね。

■「規定演技」の定型をちょっとだけ破っているところが効果的

示唆といえば、中盤でクロエとダイアンが映画館に行くところ。これ、見ている映画そのものは架空の映画なんだそうですが、劇場のあの入り口にかけられてるタイトルは、『Break Out』、つまり「脱出」とか「脱獄」みたいなことと、『Fake News』っていう……もう何をか言わんやですけどね。まあ、それがなにかその先行きを示唆していたりとか。

その後の、あの薬局でのちょっとイライラするようなやり取り。これもね、やっぱりすごくヒッチコックっぽいところです。その前の見知らぬ男性と電話で会話するところも……あそこ、『スパイダーマン』のフラッシュ役でおなじみ、トニー・レヴォロリさんがキャメオ出演をされているということみたいですけども、ああいう、ちょっとヒッチコックっぽい、ちょっとイライラするユーモラスなやり取り、みたいなところの後で、さっき言ったその緑と灰色のカプセルの本当の正体が、ついに確定!というその瞬間。その絶望をですね、やはりヒッチコックが『めまい』という作品で発明したことでおなじみ、ドリーズームという。

まあ、要するにズームと絞りを同時にうまく変えることで、背景の奥行きだけが変わったように見える手法。『ジョーズ』とか、そういうのでも使われてますけど。そのドリーズームという手法が、でも他の作品に比べるとやや控えめに、ちょっとキュッとなるぐらいになっていて。その控えめな使い方も、「ああ、ドリーズームをちょっと控えめに使うっていうのもあるんだ」みたいな感じで。これも逆に新鮮味を感じましたね。はい。

新鮮と言えば、そのクロエの監禁部屋からの脱出シークエンス。これ、先ほどからもう皆さん、絶賛されているシークエンスです。もちろんキーラ・アレンさんの熱演。あとは的確な引きのショットですね。ずっと今まで、割と家の中であったのが、家からバッと離れたこの引きのショットで。「ああ、こういうことか!」っていう感じがするという。それを含めた、非常に堂々たるサスペンス演出。後半の大見せ場になってるわけです。

やってることはめちゃめちゃ小さいことなのに、めちゃめちゃ巨大なスペクタクルというか、サスペンスになっているあたり。これも見事なあたりですし。特にあの、窓から再侵入する際のアイデア。皆さんも「そうか! 頭いい!」ってうなられたことじゃないかと思いますね。

他にも、そのキャスト。メインキャストの2人、サラ・ポールソンとキーラ・アレンさんの2人が素晴らしいのはもちろんですけど、たとえば、パット・ヒーリーさんという俳優さんが演じる、あの郵便局員さん。ああいう、よくあるキャラクターですよね。途中で「ああ、この人が助けになるのかなと思いきや……」みたいなキャラクター。ホラー映画ではすごく定番的な置き場ですけど。

あの彼の対応っていうので、要するにすごく今っぽい、ちゃんとした対応をするっていうか。今の基準が……昔だったらたぶん、あそこで簡単にほだされちゃったりしてダメになるところで、ちょっと今までの過去のこういうホラー映画の定形を、ちょっとだけ破ってみせるわけです。彼が今の基準で言う「NO」をちゃんと貫くので。「ああ、この人はちゃんとしている」みたいな感じで、すごく嬉しくなるわけです。主人公もすごく嬉しそうな顔をするわけですよね、「病院か、警察か」って聞かれて。「ああ、わかってるじゃん!」っていう感じがする。

ゆえに……というのも、非常に大変効果的に生きていたりとかですね。だから、こういう細かいところですけど、ちょっとだけアップデートしてあって。で、それが効果的に使われていたりして。こういうのもやっぱりね、さっき言った「規定演技」として、素晴らしいアレンジだと思いますね。

求めらる範囲の中で103点ぐらい出している

あとはですね、序盤。「ワシントン大学に入りたい」なんてやっている時に、いろんな動画を主人公が見てるわけです。その中の画像、バナーの1個がこれ、前作『search サーチ』を見た方は全員がニヤリとするもので。ひょっとしたらこれ、アニーシュ・チャガンティさん、これを毎作のイースターエッグ、隠しの目配せにする気なんじゃないかな、みたいなのもすごく面白いですし。

あと、ダイアンが、先ほど(番組18時台に金曜パートナーの)山本さんともチラッと話しましたけど、ダイアンがいよいよヤバくなってきてから作る、あの不気味な薬。もう作り方の雑さ込みで、「こんなの注射されたら……本当に本当に勘弁して!」みたいな。要するに、その「注射される」という恐怖ですよね。得体の知れないものを注射されるって、本当に怖い。そこを本当に見事にやっていますし。

あと、そのダイアンが狂気に陥った背景みたいなものを、匂わせるだけにとどめているのも、僕はこれ、すごくよかったと思います。はっきりした因果関係で語られたりすると、またいろいろモヤモヤしてくることも出てきちゃうので。ここは匂わせる程度にしておいたのは、非常に正解だと思う。

なんと言ってもクライマックス。主人公・クロエの自立。先ほどもメールにありましたが、自立への意思が示される、出来事としてはとても小さいのに、巨大な感動を生む、本当に見事な対決シーンですね。これは本当にもう拍手物だったし、本当に感動してしまいました。

そして最後に、さらにもうひとひねり。意外と、文字通り毒っ気に満ちたラスト。まあ、ここは好みが分かれるのは非常にわかりますけどね。ただ、まあ僕はこの「規定演技」の中で、最後に今までにないお土産を1個、つけますね、みたいなところは全然ありだし。あと、先ほどのメールにはちょっと反しますけども、要するにやっぱり主人公・クロエが抱いている複雑な気持ちっていうか……復讐心もあるだろうけど、それだけなのかな? ちょっとこう、何とも言えない……だから僕は、あれがつくことによって、ちょっとだけジャンル感からはみ出る気もするんですよね。

で、僕はそれはね、ちょっと好ましいものっていうか、やっぱり好ましいツイストに僕は思いました。ここは結構、好みの部分かもしれませんけどね。はい。といったあたり。でも、これがあることでその全体の流れがちょっと阻害されているという意見も、非常に理解はできます。

あと、そうだ。終わった後のエンドロール、エンドクレジットの出方も、やっぱりヒッチコック映画でおなじみのソール・バスが出すタイトルとかの感じに……その音楽と(文字が)パンパンッて変わっていくのがソール・バス風味なのも、きっちりやっぱり「ヒッチコック型スリラーという規定演技」の中で、きっちりとやってきている、ということで。なんというか、こういうジャンル物としては僕は、僕が求める範囲の中では103点ぐらい出してるっていうか。100点以上、プラスアルファを出していて。僕は結構もう十分っていうか、最高に面白かったですけどね。

少なくとも今、(映画館に)かかってるもので何かお勧めを、って言われたら、『RUN/ラン』って迷いなく言う程度には、お勧めです! ぜひぜひ……劇場でかかっているのは非常に貴重なことなんで。劇場でウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『ブラック・ウィドウ』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

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