「今日も変わらない」が海を越える【連載エッセイ「TBSラジオ、まずはこれから」】

エッセイストの中前結花さんが、さまざまな番組の魅力を綴るエッセイシリーズ「TBSラジオ、まずはこれから」。第4回は平日13時より放送中の『赤江珠緒たまむすび』について。ふと聴き入ってしまったという印象的なエピソードのおはなしです。

 

上京するまで家族と暮らした実家は、毎朝、洗面所からラジオが流れていた。
父が髭を剃る。わたしが髪を整え、生意気にマスカラを塗る。
そうしている間は「耳がつまらなかろう」ということで、母が気を利かしてくれていたのだと思う。
わたし達が出かけると、今度は母が、家事や編み物をしながらリビングでラジオを聞いた。
大学生になれば、昼頃まで母と並んでだらだらと耳を傾けていたこともよくある。母は、
「見なくても、耳だけでいいからラジオはええでしょう」
「聴いてたらおもしろい。でも、ちょっと聴き飛ばしてもいいのが、ちょうどええでしょう」
と、昼間のラジオをそんなふうに言っていた。

それから10年近く。
母は亡くなって、父は仕事で小さな部屋に越し、今は空き家だ。
中はずいぶんと整理されて、もうすぐその家は売られてしまうらしい。あのラジオはどこへ行っただろうか。

少し前に会社を退職したわたしも、気づけば、昼食を作るとき、洗い物をするとき。
そんな「耳がつまらない」ときには、ラジオを聴くようになっていた。
昼間は『赤江珠緒たまむすび』を聴くのがいい。
パーソナリティの赤江さんには、なんだか特別な距離感のようなものを長く感じている。きっとそれは、同じ兵庫県出身ということもあるのかもしれない。
ハツラツとした明るさと朗らかさ、けれど譲らないところは譲らないぞ!というかわいい人柄が、わたしが慕う友人たち とどこか似ているのだ。
どうにも他人のような気がせず、「きっと話が合うだろうなあ!」といつもうれしく耳を傾けている。

『たまむすび』は月~木曜日までを赤江さんが担当し、その相棒は曜日ごとに、月曜日はカンニング竹山さん、火曜日は山里亮太さん、水曜日は博多大吉さん、木曜日は土屋礼央さん…といった具合に日替わりだ。
本来、こういった番組は「曜日ごとの、それぞれの関係性がおもしろい!」なんて言った方がいいのだろうけれど、それも赤江さんのお人柄か、どのパートナーにもほとんど変わらない距離感・接し方で、毎日変わらず、朗らかにパッと花でも咲くように本当によく笑っていて、とても和やかに時間が過ぎていく。
わたしは、そんなところもすごく好きなのだ。

そして時を経て「母が言っていたことは本当だなあ」ともよく思う。
たとえば洗い物の水音で聴き漏らしたって、聴き飛ばしたって。実際、ちっとも問題がないのだ。
深夜ラジオのように「ひとことも聴き漏らさないぞ……」と意気込んで楽しむのとはまた違う、ゆったり、やさしい時間がそこには流れている。

少し前、「わたしの原風景」というテーマで投稿が募集されていたときもそうだった。
「溶接の仕事をしていた祖父の仕事場の火花が忘れられない。キャップをお猪口のようにして、栄養ドリンクを少しだけ分けてもらっていたのも良い思い出です」
といった投稿があって、わたしの心は25年近く前にすぐにさらわれてしまった。
幼い頃、小さな電気屋であくせく働く祖母から「ゆかちゃんは、ちょっとだけやで」と栄養ドリンクを同じようにしてキャップに入れて飲ませてもらっていたことを思い出したのだ。
こんな些細な1シーンは、この投稿を聞くことがなければ、一生思い出すことがなかっただろう。
時に何処かにさらわれながら。自身についても振り返りながら。
そんな昼間のやさしい時間を過ごすことが、わたしの最近のお気に入りなのだ。

ところが、3月の放送のことだった。
ふと手を止めて、しばらく聴き入ってしまうシーンがあった。
その日のパートナーはカンニングの竹山さんで、「とても高価だ」と教わっていた竹山さんのお兄さんのバイオリンが、査定してみると5万円であり「騙されていた!」というクスッと笑えるエピソードが紹介された後、イタリアのクレモナでバイオリン製作家をしている男性から、産地や生産方法による価値の違いについての丁寧なメールが寄せられたのだ。

けれど、お便りにはそれだけでなく「あくまで価格は市場が決めた価値であり、楽器は相性や思い入れを含めたものが本当の価値で、その人にとっては世界で一番の楽器かもしれない。大切に取って置かれてはいかがでしょうか」という、製作者としての考え。それから、その男性の奥様は医療に従事される方で「コロナ治療の最前線に毎日心配しながら送り出すとき、みなさんの穏やかな放送がどれだけ支えになっているか」ということも綴られていた。

そうか、この放送は海を渡ってそんな遠くの人にまでやさしい時間を届けているのか、ということを、わたしはそのとき初めて知った。

そして5月の放送で、その男性は海を渡り(もちろん細心の注意を払って)、ゲストとして登場されることになるのだけれど、その感激されている様子にもやはり、ラジオがこの方の毎日をどれだけ支えているのか、そしてあのときのお便りを読んだ赤江さん・竹山さんのあたたかなコメントにどれだけ喜ばれていたか、ということが本当によくわかった。

先行きの見えない、誰もかれもが不安な毎日。
実際に、赤江さんもコロナに感染され、その状況も丁寧にお話されていた。
これまでの暮らしが、ままならない人もいる。海の向こうには、さらに甚大な課題を抱えている国が数えきれぬほどある。
そんな中で、医療の最前線で奮闘されている方々に心から感謝しつつ、それを支えるご家族の不安に「毎日変わらない」「朗らかであたたかい」そんな日本の番組が寄り添っていたことを知って、ラジオは「耳の暇つぶし」だけでなく、時に広い海までを超えて、非日常の最中にいる人の「ひと握りの日常」「心の支え」になっているのだということを改めて思い知った。

今日も、仕事の準備をしながら『たまむすび』を聞いている。
毎日と変わらない「日常」はこんなにありがたい。
仕事がひと息ついたら父に、「やっぱり小さい頃に買ってもらったあのピアノは大切にしたいから売らずにいて欲しい」ということ、それから「あのラジオはどこに行っただろうか」ということを電話で尋ねてみようと思った。

llustration:stomachache

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