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放送中

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日本人は浮世絵の本当の見方を忘れてマス!

久米宏 ラジオなんですけど

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
11月12日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では浮世絵の木版画職人、デービッド・ブルさんをお迎えしました。すらりとした長身で、長髪、長いひげ。時には熱く、時にはやさしくささやきかけるように、浮世絵版画の魅力を語っていただきました。

スタジオ風景

デービッドさんは1951年、イギリス生まれのカナダ人。元々はフルート奏者を目指していましたがなかなか叶わず、カナダの楽器店で働いていました。28歳の時、トロントのギャラリーで1枚の日本の浮世絵版画を見て、衝撃を受けました。カナダにももちろん版画はありますが、それは今までに見た版画とはまったく違っていたのです。やわらかい灯りがあてられた浮世絵版画は、和紙の質感や、バレンで摺(す)ったあとの凹凸まで伝わってきました。浮世絵版画は単なるプリントではなく、立体オブジェだと思ったそうです。

すぐに版画に挑戦。初めは何も知らなかったので、カッターナイフで板を彫って画用紙に摺っていたそうです。1981年に初めて日本を訪問し、彫刻刀や和紙、バレンを買い込み、カナダに帰ってまた独学で試行錯誤。1983年に再び日本に行き、本格的な木版画の技術を自分の目で実際に見ようと浅草の木版画工房の職人たちにいろいろ話を聞きました。そしてついに1986年、奥さんとまだ幼かった2人の娘を連れて日本に移住し、本格的に浮世絵の木版画に取り組むことにしたのです。35歳の時でした。以来30年。江戸中期の浮世絵師・勝川春章(かつかわしゅんしょう)の「百人一首」を10年かけて復刻したり、ゲームやアニメのキャラクターを浮世絵版画にするなど、そのアイデアと技術は高く評価されています。

スタジオ風景

デービッドさんは「日本人は浮世絵の見方を忘れてしまった」と言います。絵を額に入れてガラスやアクリルで封をして、壁に掛け、明るい照明のもとで見る。あるいは写真集で見る人もいるでしょう。でも、それでは浮世絵の美しさは絶対に見えてこないというのです。木版画としての浮世絵の魅力を知るためには、「光」がとても重要なのです。

久米宏さん

江戸時代、庶民たちがどうやって浮世絵の木版画を見ていたか想像してみましょう。額縁には入れず、壁に掛けることもなく、絵を手にとるか、ちゃぶ台や畳の上で広げ、障子越しに差し込む自然光や、行灯の灯りのもとで見ていたはずです。こうするとやさしい光が版画に対して斜めに当たるので、和紙の質感、和紙にしみこんだ絵の具の陰影、紙を摺ったことによってできた凹凸など、版画の「表情」が見えてくるのです。

浮世絵版画

例えば、デービッドさんが彫りと摺りを手がけた、鈴木春信の「鷺娘(さぎむすめ)」という浮世絵があります。雪景色の中に、白い着物に薄紫の頭巾をかぶって、傘をさして立つ若い女性の絵。背景に積もった雪と娘の着物の白が画面に大胆に構成されています。これを明るい照明のもとで見ると、どうでしょう。春信の絵の魅力は伝わってきますが、「木版画」としての魅力は実はほとんど消されてしまっているのです。

よく見ると…

試しに照明を落として、斜めからやわらかい光を当ててみます。すると、白一色に見えた着物の裾やうしろに積もった雪に凹凸の模様が現れたのです! これは「空摺(からず)り」と呼ばれる技法で、一色に見える部分に凹凸を浮き立たせるように摺られています。女性の紫色の頭巾や黒い帯にも凹凸で柄がつけられていますし、川の流れや、ちらちら降る雪も立体的になっているのです。実に芸が細かい! これは江戸時代のようなやさしい光のもとでなら見えてくるのですが、今の私たちが普通に見ている光では明るすぎて、版画の立体感はすべて消えてしまっているのです。つまり、私たちは浮世絵の「絵」としての魅力だけを見ていて、立体オブジェとしての魅力をまったく見ていなかったのです。

「版画」ということを意識して浮世絵を見るようになると、多くの職人たちの仕事も見えてくると、デービッドさんは言います。元絵を描いた絵師、それを版木に彫った彫り師、それを和紙に摺る摺り師、さらに、和紙の原料となる楮(こうぞ)から繊維をとる人、和紙を漉(す)く職人、和紙にドーサという液を塗って印刷に向いた紙に仕立てる職人、山桜の木から版木を作る職人、絵の具を作る人、彫刻刀を作る職人、バレンと呼ばれる摺る道具を作る職人…。1枚の浮世絵に関わるたくさんの職人たちの仕事が見えてくるところも、浮世絵版画の魅力なんです。

浮世絵版画

ほかにも日本人が忘れていることがあります。それは、明治・大正時代の出版物(小説など)に折り込まれていた木版の「口絵(くちえ)」です。明治になって浮世絵の人気がなくなり職を失った絵師や彫り師や摺り師たちは、木版口絵に活路を見出しました。美しい口絵は、「口絵のない小説は売れない」と言われるほど重視され、近代文学の発生時から大正初期までのおよそ30年間大変流行したそうです。デービッドさんによれば、この木版口絵には江戸時代の有名な浮世絵をしのぐ素晴らしいものがたくさん埋もれているそうです。むしろ、彫りや摺りの技術は江戸時代よりも優れているのだとか。でも現代の日本ではほとんど忘れられ、浮世絵というといまだに北斎、広重。ですから改めてスポットライトを当てようというのがデービッドさんの考えです。

版木

デービッドさんは、自分は日本の伝統を守るとは考えていないし、伝統を守ることに興味はない、と言います。浮世絵が伝統工芸でとどまっているのは、江戸時代の遺産に頼ってばかりだったからではないか。補助金を使って無理に残そうとするのは意味がない。それよりも今の人たちが面白いと感じて、ほしくなって、買いたくなるようなものを生み出さなければ、浮世絵版画は意味がない。浮世絵の本質は「ポップカルチャー」なのだから――。カナダ人のデービッドさんに、いろいろ教えていただきました!

デービッド・ブルさんのご感想

デービッド・ブルさん

久米さんのガイドで2人の話がスムーズになりました。時間がパッと経ちましたね。ただちょっと久米さんは、僕の昔のことを話しすぎたかな(笑)。百人一首版画のことも言ってくれてありがたかったけれど、僕にとっては終わった仕事でしょ。もう少し時間があれば、これからのことをもっと話したかったね。

僕は60歳の時に、このまま1人で版画をやっていくか、それとも今まで自分がやってきたことを若い人たちに教えるか、どっちの道がいいか考えました。それで今は若い人たちと共同でやる道を選びました。それから5年経った今、65歳になってまた考えると、たしかに人に教えることは毎日ストレスも多いけれど、自分は今、生きているなってすごく感じます。今日はありがとうございました。