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震災のつらさを乗り越えるために

人権TODAY

毎週土曜日「堀尾正明+PLUS!」内で8:15頃に放送している「人権トゥデイ」。
様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

震災のつらさを乗り越えるために

今日は今年3月の東日本大震災の時に取材して改めて
今月取材したある避難所について澤田大樹記者がお伝えします。

この避難所は定林寺という「お寺」です。
この定林寺は宮城県東松島市の野蒜(のびる)地区の近くにあります。
野蒜地区というのは日本三景・松島の北に位置していて
「本当の松島を見るなら野蒜に来ないとわからない」
と言われるほどの景勝地でした。

松島は震災であまり大きな被害はなかったのですが
この野蒜地区では津波でほとんどの家屋が倒壊し、
500人以上が亡くなりました。

そうした中で、定林寺は本来避難所ではありませんでしたが
たくさんの人が避難してきたそうです。
その時の様子を定林寺に避難していた高橋幸子さん55歳に話を伺いました。

高橋幸子さん
『 無意識のうちに何人ぐらいいるんだろうって人数数えてました。
 そしたら500人超えてたと思います。ガソリンもない中で
 毎日家族を探しに遺体安置所まで行く。その人たちと、
 家はなくなったけどという人たちの格差。はっきりしてましたね。
 皆、おし黙ったままで。たった一人になった人もいるし、
 ちょうど小学校4年生の子供に親が亡くなったことを
 いつどうやって伝えようと悩んでる親族の方もいました。』

定林寺は野蒜地区の山ひとつ反対側にあります。
着の身着のままで逃げてきたところを和尚さんや地域の人が米や水を出し合い
行政的な支援が来るまでの間500人の命を支えました。

避難した人のほとんどが野蒜地区で家や家族を失っている人だった。
毎日安否確認をする人が行き来し、「生きてたんだね」と泣きながら
抱き合う人の姿も。
そして、つらい気持を抱えた避難生活で、ある問題が起こったそうなんです。

再び高橋さんの話です。

高橋さん
『 ご飯を作っている人たちが、大分疲れてきたのと、ご飯を届けたときに
 「避難所だから当然だろう」と1人で5個も6個も持っていく人も
 いたみたいなんですね。野蒜小学校のひとたちで。自分のだけを確保したり。
 そういうのがいくつもいくつも出てたみたいで、
 そういうことでかなりギスギスしていたんですね。』

支援する人も避難する側も一杯一杯。
家族や家を失った悲しみに加え、慣れない集団生活のストレスで限界。
ここでガス抜きが必要だと高橋さんは考えました。

実は高橋さんは看護学校の先生で周りの人を失ったときの悲しみを癒す
「グリーフケア」についての知識がありました。
そこであることを実践しました。

高橋さん
『 仏教の知恵をここでは使えば良いかなという風に感じました。
 高齢の人たちが観音様に手を合わせてたりとかそういう光景も
 見られたので、ここはお寺さんだし住職の方に、悲しみで一杯だけど
 集団の中、皆に見られてたら泣きたくても泣けない。
 そういう状況だから是非法要ということでやってもらうと
 みんな安心して涙を流せるんじゃないかと。
 そこで読経と和尚のお話。そこで泣いている人たちが随分いて、
 そういうことで、ひとつの大きな家族の形になっていったんだと思うんです。』

毎日家族を探す人も、泣くことで表情がすごく明るくなったそうです。

その後、初七日や四十九日など定期的に法要が続きました。
すると周りの避難所からも、手をあわせに来る人が増えてきて
さらに大きな輪につながっていった。
ぴりぴりしたものがなくなっていくということですね。

泣くことで解放されて、避難所はどう変わったのか。
高橋さんに聞きました。

高橋さん
『 気持ちよく寝て、排泄して、という環境づくりに一人ひとりが
 責任を持つようになった。ぼやっと毛布に包まっていられない。
 自分が主体だよ。みんなで知恵出してねって。ひとりひとりが
 考えて仕事したのが定林寺はよかったんだと思います。』

心のつかえが取れたことで率先的に動けるようになったんですね。

この避難所を半年前に取材した時に驚いたのは若い子を中心に
元気に挨拶していることでした。
若者達は、率先的に荷物を運んだり、老人の介助をしたりしていて
それをみた中高年の人たちは「今までは若い者達はダメだと思っていた。
でも、それは違った」と話していました。

また、ある高齢の女性は「役に立てない私よりもあの子達にご飯をあげて」と
高橋さんに話したそうです。
そういう感謝の言葉をみんなで共有することで避難者がさらに優しくなっていったそう。
定林寺の避難所としての役割は7月で終わったそうですが、
今も当時避難していた人たちが度々訪れているそうです。

悲しい現実を見せつけられた大震災ですが、
そうした中で、こういう話をきくと
「支え合うということがどれだけ大切なことか」が教訓となります。

担当:澤田大樹